第268話 召喚勇者と生ける災害

 一方その頃──。



 カナタたちが植物の女神ダイアナとの邂逅を果たした、その記念すべき日の実に二日前の出来事である。



 魔王軍幹部が一体、『生ける災害リビングカラミティ』イグノールとの戦いの敗北の代償として彼の巣に連れ去られ、コアノルが待つ魔族領への迎えの使者が刻一刻と迫る中で。



 連れ去られた張本人である望子はといえば──。



「──はいどうぞ! おむれつだよ!」

「おぉ! これも美味そうだなぁ!」



 何故か、イグノールに料理を振る舞っていた。



 イグノールが望子ごと持って帰った無限収納エニグマに入っていた魔石で火を起こし、その火で水を沸かして同じく無限収納エニグマに入っていた卵や野菜、干し肉等を混ぜ込んで完成した綺麗なオムレツを、イグノールは──。


「──……っっっっぇええええ……!!」

「ほんと? よかったぁ……」


 既に望子の美味しい手料理を何個も何個も完食しているというのに、それでも望子の料理に舌鼓を打つ。


 食べ方は決して綺麗とは言えないが、よくよく考えてみれば今の今まで巨大な龍の亡骸に閉じ込められ。


 まともに食事をする機会なんて殆どなかったのだろうし、その無作法も仕方ないといったところか──。



 一方、望子は望子で何やら嬉しそうにしている。



 相手は自分を誘拐した張本人であるというのに。



 そもそも、どうしてこんな状況になったのかは。



 今から、およそ数時間前──イグノールが望子の鞄から焼菓子クッキーを見つけて口にした事が発端だったのだ。


────────────────────────


「──……何だこれ……何て名前の食い物だ……?」


 ウルたちの為にと望子が作って保存していた焼菓子クッキーを、これでもかと食い散らかした彼は満足そうにしつつも今のは何だったのかという疑問に駆られていた。



 当然ながら、こちらの世界にも焼菓子クッキーは存在する。



 ただ、イグノールが知らないだけ。



 だからこそ、イグノールは疑問を解消する為に未だ目を覚ます様子のない幼き勇者の身体を揺すり──。


「おーい起きろー、この食い物は何なんだー?」

「──……ん、んぅ……?」


 魔王への貢ぎ物という事もあってか流石に加減されたその揺れに反応した望子が、ゆっくりと目を開き。


「おっ、やっと起きたか」

「ぅ、え……?」


 その瞬間、視界に映った白髪と褐色の肌と薄紫の双眸が特徴的な男性の姿に、まだ寝起きというのもあるのだろう望子は瞳をぱちぱちとさせて困惑している。



 ……それも無理はないだろう。



 何しろ望子は、あの戦いの終盤で気を失ってからというもの、ここまでずっと眠り続けていたのだから。


 尤も、この姿のイグノールが龍の亡骸の中から現れた時、望子は何とか意識を保ててはいたのだが──。


「……だ、だれ……? みんな、は……?」

「ん? 俺はイグノールだぜ? で、あいつらなら──」


 とにかく、この男の人が誰なのかを確認しなければと判断した望子が、どうにも満足に動かない身体を上体だけでも起こしながら素性を尋ねると、イグノールは何でもないかの様に自らこそが生ける災害リビングカラミティだと明かすとともに、あの戦いの顛末を簡単に語ってみせた。



 時間にしてみれば、およそ数分間だったものの。



「……そっか。 わたしたち、まけちゃったんだ……」

「ま、そうなるな」

「……みんな、いなくなっちゃったの……?」


 彼から話を聞き、その話を自分なりに噛み砕いて理解した望子の表情は、とても数分前のぽやぽやとした寝起きのものではなく、そんな絶望と悲哀に満ちた表情のまま、ここにはいない他の皆はいなくなったのかと──死んでしまったのかと問うてくるものだから。


「いや、あの時点で死んでる奴はいなかったから何日かすりゃ迎えに来るんじゃねぇか? 多分だけどなぁ」

「ほ、ほんと……?」

「俺ぁ嘘はつかねぇよ」

「……そう……」


 イグノールは思わず目の前の少女の黒い髪を粗野な手つきで撫でつつ、おそらく誰も死んでいない筈であると──碌に確認してもいないのに何やら自信ありげに答えて、それを聞いた望子が上目遣いで再確認すると、イグノールは笑顔まで見せて安堵させんとした。


 ローアやフライアなどとは違い、イグノールは別に望子の愛らしさに絆された訳ではないが、それでも望子が泣いている姿に何かを感じたのも──また事実。


 その事実に気づいていたからこそ、イグノールは疑問を覚え首をかしげながらも『まぁいいか』と頷き。


「んな事より! これは何て名前の食い物なんだ!?」

「え……? それ、くっきーだよ……?」


 望子の頭を撫でていない方の手に残っていた焼菓子クッキーの欠片を見せつつ、これは何だと未知にして美味な食べ物の正体を尋ねるも、どうして知らないのかと逆に疑問に思ってしまった望子だったが、だからといって答えないのもどうかと思い彼の望む答えを口にする。


「くっきー? ってのか! これ美味ぇよなぁ! 俺、腹減ってんだよ! もっと他にも美味いもんねぇか!?」

「う、うーんと……ちょっとまってて」

「おぅ!」


 すると、イグノールは『へぇー!』と心から感心した様な声音と表情を見せたうえで、その欠片を口に放り込みながら他の食べ物まで催促し、そんな彼を見て何となくウルやフィンを連想した望子は多少なり疲れた身体を押して無限収納を漁り、調理を始めた──。


────────────────────────


 ──と、いうのが先の展開の始まりである。



 その後、望子は異世界に召喚されてから一行に振る舞ってきたもの以外にも、この世界で手にした様々な食材を使って色とりどりで美味な料理を作り、それをイグノールが骨肉で彩られた巣で食べるというのを彼が満足するまで繰り返し──およそ数時間が経って。


「──……くはぁ……! いやぁ美味かったぜ!!」

「そ、そっか、よかったよ……」


 漸く満足したらしいイグノールは、つい先程までの痩せぎすの様な身体から如何にも魔族らしい艶やかな褐色の肌を隠しもしない筋肉質な身体へと変化を遂げており、それを見た望子はここで漸く一息つき──。


 頑張って作った料理の殆どを彼が平らげてしまった為、余ったサラダや小振りの魚などの残り物を憔悴中の胃をびっくりさせない様にちびちび食べていた時。


「あの龍の中じゃ飯も食えなかったからなぁ。 まぁそれを加味しなくても凄ぇ美味かったが、お前の世界にいる奴ぁ皆ここまで料理上手なのか? なぁ──


 別に聞いてもいないのに、あの龍に閉じ込められていた間は食事を取れず龍が食べたものを介し栄養だけを吸収していたと明かしつつ、イグノールが望子の住んでいた世界では全員が料理巧者なのかと、いつの間にか呼び捨てになっていた名を口にして問いかける。


「うん? うーん……ひとそれぞれ、じゃないかなぁ」

「ほー、そうなのか。 だったら──」


 それを受けた望子は、『わたしはおかあさんにならっただけだから』と補足したうえで、そんな事もないのではと八歳なりに考えたそれっぽい答え方をし、イグノールは何となく分かったのか頷きながら『だったら、ミコが特別なんだな』と褒めようとしたのだが。



 ──くぅ〜。



「「……」」



 と、何とも可愛らしい腹の虫が鳴った事により。



「……ぁ、ご、ごめんなさい……」


 望子は気恥ずかしそうに、そして仮にも相手が魔族だという事もあってか僅かな怯えとともに謝罪した。



 ……が、しかし。



「……悪ぃ、俺が一人で食っちまったからだよな?」

「だ、だいじょうぶだよ? まだ、ちょっとあるし」


 当のイグノールは、とても『生ける災害』なんて物騒極まりない二つ名がついているとは思えない程の困り眉を見せつつ、ガリガリと気まずげに白髪まで掻いて暴飲暴食してしまった事を謝罪し、そんな彼の様子に驚きながらも望子は『気にしないで』と主張する。


 事実、今の望子はカナタの治療術で完治しているとはいっても、つい数時間前にはお腹に穴が空いている様な危機的状態にあった為これくらいでも充分だったのだが、それでも彼は『いやいや』と首を横に振り。


「それじゃ俺の気が済まねぇ。 『恩には恩を、仇には仇を。 強ぇ奴には拳をドーン』が俺の信条なんだよ」

「ど、どーん……?」


 一体いつの頃からなのかは分からないが、どうにも野蛮としか表現しようのない信条を得意げにアピールしてくる彼に、きょとんとした表情を浮かべた望子が首をかしげるのもよそに、イグノールは頭を悩ませ。



 そして、どうやら何かを思いついたらしく望子に視線を合わせると同時に、パチンと大きく指を鳴らし。



「決めた! お前に二つの力をやろうじゃねぇか!!」

「……ふたつ? ちから……?」



 魔族特有の昏い笑み──とは少し違う、どこか純粋さの残る愉しげな笑みを浮かべるとともに、イグノールは『力をくれてやろう』と言ってきた事により望子は何が何だか分からず困惑の感情を露わにする一方。



(なんか、『まおう』みたいないいかた……)



 かつて好きだった絵本に登場する、『魔王』の口振りに似ているなぁと子供なりに思っていたのだった。

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