第266話 女神と魔族もどき
何かを匂わせるというよりは、あからさまに何かを確信させてしまう様なダイアナの独白もよそに──。
カナタ、レプター、ファルマの三人は
先程まで顕現していた結界は思ったよりも規模が大きく、そこそこの範囲でディアナ神樹林に植生する枯れ果てた木々を呑み込んで展開されており、その中だけでも完全に再生していた木々を見れば、おそらく結界の外──神樹林全体が再生しているのだというのを容易に想像する事も三人としては可能ではあったが。
「──何と……! これは凄いな……!」
「えぇ、とても神々しいです……!」
「流石はお母さん! 綺麗だね!」
実際に結界の外に広がる景色を視界に映すと、それぞれが想像していた以上に神々しく青々とした葉や芽や、とても色鮮やかな花や実をつける木々が立ち並んでおり、レプターとファルマ、そしてキューが周囲を見回しながら女神の力を改めて実感している一方で。
(……今の私じゃ、ここまでは出来ないでしょうね)
カナタは、そんな三人より少し後ろの方で神樹林を見上げつつ、まだまだ聖女としての自分の未熟さを思い知らされてしまった事で、やるせなさや不甲斐なさからくる深い深い溜息を溢してしまっていたからか。
ほんの少しだけ、
「──う"、え"ぇええ……気持ち悪いぃいい……」
そう、ヴィンシュ大陸の広大な面積の半分近くを占めるディアナ神樹林の全てを再生させる程の神力を直接その身に受けたフィンは、どう見ても絶不調といった具合の表情を隠しもせずに地面に横たわっており。
「これが、植物の女神ダイアナの神力……興味深くはあるが……このままでは、流石の我輩といえど……」
「!? だ、大丈夫か二人とも!!」
また、その隣では純粋な魔族だからかフィン以上に消耗している様にも見えるローアが口元を押さえながら跪いていたが、それでも上級魔族としての意地なのか地面に身体を投げ出す様な無様を晒してはいない。
そんな二人を見たレプターは、ハッと我に返ってから即座に駆け寄って魔族だ何だというしがらみはこの際置いて、これまで旅をしてきた仲間として心配し。
「……かたや魔族で、かたや魔族もどき……こうなってしまうのは必然だと言えなくもありませんが……」
ファルマはファルマで同じく駆け寄りつつも、こうなってしまうのは偶然でも何でもなく『神々まで含めた全存在の怨敵』である魔族と、その特性を持ってしまった
「……
そこへ、ゆっくりと歩み寄ってきたカナタは何とも暗い雰囲気を漂わせたまま、ただでさえ自分も僅かとはいえ神力を纏っているのだから、この二人を治そうとすると逆効果にしかなり得ないと確信し、ファルマの治療術に託そうと考えて声をかけようとした──。
──その時。
『──その必要はありませんよ、聖女カナタ』
「ダイアナ様……!?」
突如、彼女たちの背後から──正確には少し上の方から聞こえてきた透き通る様な女声に四人が振り返ると、そこには自分たちについてきていたらしい女神ダイアナがおり、その声で告げられた『治療は不要』だという内容の言葉に、カナタもファルマも目を剥く。
「まさか、『治すな』と仰るのですか……!?」
『えぇ、そうなりますね』
「そ、そんな……!」
少し前にファルマが脳内でのみ熟考していたが、ダイアナは完全に善なる神であり邪な一面などある筈もなく、ローアを蔑ろにするのはまだ理解出来るが、フィンまで治すなというのは全く理解出来ないからだ。
魔族どころか、そもそも元は
「お、畏れながら申し上げます! あの者たちは正真正銘、我々の仲間なのです! 貴女の様な神々にとって魔族が滅ぼすべき存在なのは分かっておりますが──」
ゆえにこそ、レプターは萎縮していた身体と心を奮わせてダイアナの前に跪き、ただの
『えぇ、それは分かっています。 ですから、その
「え……? そ、それはありがたいのですが……」
しかし、そんな彼女の熱量とは裏腹にダイアナは随分あっさりと頷き、フィンを治す事自体は否定しないし何なら自分が治してもいいと告げるも、フィンの考えを知っていたレプターは思わず視線を逸らし──。
「……ボクは……この力を、消したいなんて……!」
『その力で、あの幼き勇者を救いたい──と?』
レプターの視線の先で倒れていたフィンが、ググッと上半身だけを起こしつつ『別に魔族の力を自分の中から抹消したいわけではない』という心からの本音をぶつけようとしたところ、ダイアナは彼女の奥にある真意を看破し小さな勇者を脳裏に浮かべて確認する。
そんな穢れた力で救うつもりなのか──と、そういう意図も込めていたのかもしれないが、フィンは不遜にもキッと青紫に妖しく光る双眸で睨み返しながら。
「それだけじゃない……! その後、魔王をぶっ殺してみこを元の世界に帰してあげなきゃなんだから……」
「フィン……」
望子を救う事は勿論の事、魔王コアノルを討伐して望子を地球へと──母親が待つ家へと帰さねばならないのだという強い使命感に溢れた主張をぶつけ、それを聞いていたレプターが強く共感して頷いていた時。
『──……元の世界に、ですか』
「……? 何か文句あんの?」
「ちょ、ちょっと……」
当のダイアナは何故か半透明で整ったその表情に影を落としており、フィンは何か言いたい事でもあるのかと思って相変わらずのタメ口で声をかけ、カナタがそれを控えめにとはいえ諌めようとしたものの──。
『……っ、まぁいいでしょう。 であれば、これを』
「何それ……何かの、種……?」
ダイアナは一瞬、何かを言いかけたがそれを中断しつつ首を横に振りつつ息を吐き、その手から何かしらの植物の種子の様なものを生み出し、それを遠巻きに見ていたフィンは眩しそうに目を細めながらも問う。
『これは
「
すると、その種子は──かつて、サーカ大森林にて一組の遺体が寄りかかっていた樹木と同じ
確かに
『この世界に根づいている
とはいえ、ダイアナにもちゃんと考えがあったらしく、この世界に広く植生している療養樹は全てが原種から株分けされた劣化個体である様で、その効力は原種と比べれば回復力で遥かに下回っており、それを踏まえて原種が持つ圧倒的な回復力を説明するも──。
「……で? ボクに、それをどうしろっての?」
『……』
正直、今にも意識を手放しそうなくらいにふらついているフィンが、『そんな説明なんて後でいいから結論を』と
『──キュー、それを飲み込んでください』
「え? ……あぁ、そっか!」
フィンから視線を外しつつ、その手にあった種子をキューの方へとふわりと飛ばして手渡し、フィンではなくキューにそれを飲み込めと指示してきた事で、キューは一瞬きょとんしたが即座に意図を察して頷く。
この理解力こそが、
『えぇ、そうです。 そうする事で
「うん、分かった! フィン、やってみてもいい?」
「……まぁ、いいけど」
勿論、女神として母親代わりとしてそれを分かっていたダイアナも頷きつつ、つまりはキューの更なる強化とフィンの治療を同時に行う策だと告げて、やはり自分が考えていた通りだったキューが嬉しそうに答えてから許可を求めた事で、フィンは取り敢えず頷く。
とはいえ本来なら、ダイアナが治した方が早く確実なのは言うまでもないが──まぁそれはそれとして。
キューの中に少なくない魔族の──
そして、キューは一も二もなくダイアナから受け取った
飲み込んだ──その瞬間。
「──……ぅ、くぅ……っ!」
「キュー!? 大丈夫!?」
突如、ガクッと膝をついて苦しそうに胸──或いはお腹の辺りを押さえ始めたキューの姿を見て、カナタは何か不味い事でもと考え即座に駆け寄ったのだが。
『原種は成長速度も速いのです、キューを苦しめているのは
ダイアナからすれば今のキューの状態は至って正常であり、まず間違いなく順調に
『──いつまで、その臭い芝居を続けるのですか?』
「「「……?」」」
その視線は、とてもではないが優しさや温かさなど全くなく、ただただ冷ややかである様に感じ、どうしてそんな瞳をしているのかと疑問に思ったカナタたち三人が、ダイアナの視線の先へと顔を向けると──。
「──……やはり、そう簡単には欺けぬか」
「ろ、ローア……?」
つい先程まで跪いて苦しんでいた筈のローアが、スッと立ち上がったかと思えば一切の苦悶を感じさせない昏い笑みを浮かべており、その表情のまま何やら意味深な発言をした事でレプターが彼女の名を呼ぶも。
『当然でしょう、ローア──いえ、ローガン。 貴女程の魔族が
「て、程度って……一体、何を──」
ダイアナは、キューに向けていた様な温和さなどどこへやらという真剣味を帯びた表情で、ローガンという目の前の上級魔族の真名を口にして、さも彼女が自分を遥かに上回っているとでも言わんばかりの物言いをした事により、カナタは何が起こっているのか全く分からず、とにかく事態を確認するべく問いかける。
『貴女たちが知らないのも無理はありませんが──』
すると、ダイアナは今も不遜な笑みを湛えているローアから視線を外す事なく、まるで言いたくない事を言わなければならない時の様な緊迫感を漂わせ、それを察した全員の視線が集まってから一呼吸置き──。
『……ローガンは千年前の戦いにおいて、そして今世にて封印を解き放ってからも……かの魔王、コアノル=エルテンスやその側近、三幹部を遥かに超え──』
『この世界に生きる獣、魔物、魔獣、魔蟲から
「「「!?」」」
世界を支配せんとする魔王や、その魔王に最も近い位置で仕える魔王狂いの側近、更に三体の幹部をも遥かに凌駕して、この世界に棲まう生物の命を奪ってきたのだと明かした事で、カナタたちが目を剥く一方。
(……そんな驚く事かな)
フィンは、これといって動揺はしていなかった。
望子以外がどうなろうと知った事ではないから。
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