第265話 女神との対話
──天より見ていましたから自己紹介は結構です。
「──……は、はぁ……そう、なのですね……?」
「さ、流石と言いますか……」
そんな風に割と重要な事をサラッと告げてきた植物の女神ダイアナに対し、すっかり
別に、ダイアナの態度が如何にも神様らしい高圧的な物に感じてしまったとか──そういう訳ではない。
ただ単に、あまりの緊張で言葉を上手く紡ぐ事が出来ず、その神特有の威光に萎縮していただけである。
かつては王族や貴族などとの対話の機会が多少なりともあったカナタやレプターでさえ、こんな風に何とも言えない微妙な感じになってしまうのだから──。
「……あ、あぁぁ……」
一応、同じ『神官』という括りではあれど聖女と比べてしまうと立場が違いすぎるファルマとしては、この様に言葉を失い呆然として、ただ
「お母さん、キューたちに何か話があるんだね?」
「「「……!」」」
そんな三人をよそに、カナタに抱きついたまま離れようとしないキューがダイアナに対し、さも本当に母親に話しかける時の様に何の気兼ねもなく話を振る。
それを聞いた三人が戦々恐々とする一方──。
『えぇ、そうですね。 いくつか伝えなければならない事があるのです。 勿論──貴女たち全員にですよ?』
「「は、はい……!」」
当のダイアナが、キューからの母親扱いを完全に受け入れたうえで視線を三人に移しつつ、カナタたちを決して蚊帳の外にするつもりはないと告げた事で、カナタとレプターは震える声音で返事を返したのだが。
「……っあ、あの……っ!」
『……? 何でしょう』
唯一、返事をしなかった──いや、しようもない程に萎縮しきっていたファルマが勇気を振り絞って、か細い声をかけた事によりダイアナがそちらを向くと。
「わ、私は勇者様のお仲間でも、カナタ様の様に霊験あらたかな神官でもありません……外した方が──」
いいのでは──と、どうやらファルマは勇者や聖女と関係のない自分が女神様と話をするなど烏滸がましいにも程があるのではと考えていた様で、そもそも快活とは言えなかった表情を更に暗くしていたものの。
『……いいえ、その必要はありません。 私は
「……!」
ゆっくりと首を横に振ったダイアナは、ファルマという名はこの世界の薬学を司る女神『ファルミア』の名に肖ったものであると看破しており、ゆえにこそファルマにも聞く権利はあるし伝える事もあるのだと告げて、それを受けたファルマは目を剥き驚きつつも。
「……っ、仰せのままに……」
既に他界している両親にこの名をくれた事を──そして、この世界に産んでくれた事を感謝しながら祈る様に両手を組み、ダイアナの話を聞く姿勢をとった。
(……そっか、どこかで聞き覚えがあると思ったら)
一方、葉っぱで形作られながらも本物の髪の様にサラサラとした手触りのキューの髪を撫でていたカナタは、かつて聖女としての教育を受けていた時に教わった薬神の名を覚えていたらしく一人で納得しながら。
「ダイアナ様、伝えなければならない事とは……?」
『あぁ、そうですね。 まず、その子について』
これ以上、萎縮していても何も始まらないと判断したのか意を決して口を開き、ダイアナの言う『伝えなければならぬ事』とは何かと問うたところ、ダイアナはカナタに抱きついたままなキューを指差しており。
『見ての通り、その子は──キューは
「では、イグノールのカビが効かなかったのも……」
植物の女神なのだから当然ではあるが、キューが有する異常な程の耐性を看破したうえで、それでも多少の驚きと感心が込められた声音にて目の前の眷属への評価を口にし、レプターはそれを聞いて
そんなレプターの独り言にも似た呟きに、ダイアナは無言で首を縦に振って肯定の意を示してから──。
『もう、この世界には
そもそも、千年前に勃発した魔族との戦いの影響か
「キュー、凄い?」
『えぇ、とても』
「やったぁ!」
しかし、そんな親子の様な微笑ましい会話とは裏腹に、ダイアナの表情は決して明るいとは言い切れず。
それに気づいたカナタが声をかけようとした時。
『……ただ、それでも魔王に必ず勝てるとは言い切れません。 かの魔王──コアノル=エルテンスは我々に比肩し得る程の力を持っているのです。 そして……』
「そして……?」
たとえ、キューがどれだけ強くなったとしても世界を支配せんとする魔王コアノルに勝てるとは言えないし、それに加えて何やらダイアナの表情や心情を曇らせる程の悪い知らせがあるらしく、二の句を待つと。
『……魔王コアノルは既に
「「!?」」
「じゃ、邪神……!?」
何と、コアノルは土を司る邪神『ナイラ』に続いて火を司る邪神『アグナ』をも吸収し、その力を更に高めてしまったのだと明かした事でカナタとレプターが目を剥く一方、最早ファルマは話についていけない。
……あまりにも規模が違いすぎるからだ。
「た、確かにローアの話では
一方で、そう語るレプターの言葉通りにローアは魔王が土の邪神を取り込んだ時の話は既にしており、それを思い出して悔しげに歯噛みするレプターに対し。
『いえ、まだ諦めてはなりません。 この世界を救う為には、あの幼き勇者の力が必要です。 そして、あの勇者を影から支える者たちの力もまた必要なのですよ』
「……それが、私たちという事ですね……?」
希望を捨てるな──そう言わんばかりに救世主としての望子を支えるウルたちを始めとした勇者一行の存在の重大さを説いた事で、それを悟ったカナタが話を纏める様に呟くと、ダイアナはまたも無言で頷いた。
事実、望子がどれだけ神々に愛され厚い加護を受けていたとしても、どれだけ魔術の才を秘めていたとしても望子一人で世界を救う事など出来ないのだから。
『あの幼き勇者が、この世界に召喚されたのは決して偶然などではないのです。 ありとあらゆる因果が交わり絡まり重なりあって……そうして選ばれたのが、この世界の──そして、あちらの世界の神々にさえ望まれて誕生した子供。 あのミコという少女なのですよ』
「流石は、ミコ様……!」
それから、ダイアナは見てきたかの様に──まぁ実際に見ていたのだろうが──あの時の勇者召喚にて望子が喚び出されたのは必然であったと明かし、その理由を伺うまでもなくレプターが望子を称える一方で。
「……『望』まれた、『子』供だから──」
『……!』
誰に聞かせるでもない小さな小さなカナタの呟き。
それを聞き逃さなかったダイアナは、その呟きの異常さにカナタ自身が気づいていない事も含めて驚きを露わにしていたものの、どうにか感情を鎮めんとし。
「だ、ダイアナ様? 如何なさいました……?」
『……いえ、何でも。 それより──』
されど鎮めきれてはいなかったのか他でもないカナタに動揺を悟られてしまってはいたが、ダイアナは表情だけは崩さずにふるふると首を振って話を逸らす。
『……次は貴女たち二人と、そして外にいる者たちについての話をしたいので……一度、結界を解きます』
次の話題に移るついでとばかりに、ダイアナは自身が展開した神力の結界の外に視線を向けつつ、そこにいる魔族と魔族の様な人魚の姿を映したうえで『外で話をしましょうか』と提案しながら結界を解除──。
──しようとしたのだが。
「あ、お母さん! キューがやってみてもいい?」
『え? えぇ、構いませんよ。 やり方は──』
突如、カナタから離れたキューが『はいはい!』と片手を挙げて結界の解除をやってみたいと主張してきた為、特に断る理由は無いダイアナは流石に神力を込めた結界の解除は一筋縄ではいかないだろうと考えてコツか何かでも享受しようしたのかもしれない──。
──が、しかし当のキューはというと。
「え〜っと──……えいっ!」
『!』
方法を享受するまでもなく、さも簡単だと言わんばかりの軽い動作で結界を解除してみせた事により、ダイアナは驚きと感心が入り混じった表情を浮かべて。
「おぉ! ダイアナ様の結界を、こうも容易く……!」
「これが、
「凄いわ、キュー!」
「えへへ、褒められちゃった!」
それを目の当たりにしたカナタたちはといえば、まさに神の名を冠する
そして何事もなかったかの様に一人、また一人と結界の外で待つフィンとローアの下へ向かっていった。
──ここまではいい。
そう、かなり弱体化しているとはいえ自分の結界をキューがあっさり破った事については別にいいのだ。
問題は──そこではない。
『……
問題は──あの、カナタの何気ない呟きにあった。
本来なら、ありえない事だ。
何せ、カナタはこの世界の住人で。
望子の様な異世界人ではない──。
──と。
(自覚はない……のでしょうね。 貴女は今──)
(──……『漢字』を理解していたのですよ)
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