第264話 再生と覚醒と
キューが植物の女神ダイアナの神力を受けて
祠、或いは苗木から突如として放たれた黄緑色の閃光に、カナタたちの視界は塗り潰されていたのだが。
「──……ぅ、うぅ……二人とも、大丈夫……?」
「わ、私は大丈夫ですが……レプターさんが」
「……っ、すまない、まだ何も……」
少しずつ──そう、本当に少しずつにではあるものの、その閃光が神力を帯びているからか神官二人は殆ど視力を回復する事が出来ている一方、神々と関わりがないレプターだけは未だ視界を晴れていない様で。
(どうして、ダイアナ様のお力で視界が潰れてしまう様な事が……あのお方は紛れもなく善神であられる筈)
かの存在が邪なる神だというならまだしも、まず間違いなく善なる神として天上より見守ってくれていた筈のダイアナが、どうして失明寸前という程の閃光を放つのか──と、そんな疑問をファルマが抱く中で。
「
「……あ、あぁ、いや充分だ──なっ!?」
「ど、どうし──え……?」
カナタとしても神力に苛まれている彼女の眼を治せるかどうか微妙なところではあったが、かといって何もしない訳にもいかないと判断して治療術を行使した結果、流石に聖女と言うべきか両眼は少しずつ回復していき、レプターが晴れた視界で周囲を確認した時。
三人は、それぞれの視界の先で起こり始めていた現象に目を奪われてしまっており、その現象というのは次に発せられたカナタの言葉に全て集約されていた。
「──森が、再生していく……!?」
何と、あれ程に枯れ果てて──そして荒れ果てていた筈のディアナ神樹林に、みるみる内に青々とした色の葉や鮮やかな色の実をつける樹木、或いは目にも楽しい色彩の花が絨毯の様に広がっていくではないか。
「一体、何事だ……? つい先程までは、こんな……」
「私は、カナタ様のお力かと思いましたが……」
「わ、私じゃないわよ……?」
その非現実的に神々しい光景に、あまり取り乱す事がない──あくまで一行の中ではだが──レプターまでもが視線を右往左往とさせ、『聖女様なら可能かもしれない』と考えたファルマからの思わぬ言葉にカナタが首をふるふると横に振り否定してはいるものの。
確かに、カナタは森の再生くらいなら可能である。
何せ、あの
無機物さえも治せてしまうのだから、たとえ死にかけとはいえ立派な有機物である植物──延いては森を再生する事が出来ないという事はまず無いと言える。
──が、しかし。
それはそれとして、ディアナ神樹林を現在進行形で再生させているのが彼女ではないというのもまた事実である以上──最早、可能性としては一つしかなく。
「……もしかしなくても、ダイアナ様が──っ!?」
神の御業だと──そう確信したカナタが静かに呟いた瞬間、先程の閃光と同じ黄緑色に瞬く何かが視界の端に映った事で三人が視線を走らせると、そこでは。
「あれは、キューが発光──いや、点滅して……?」
未だに苗木の状態で地面に植えられたままのキューが黄緑色の光を明滅させており、まるで夜空に浮かぶ星の瞬きである様にさえ感じる優しくも手の届かない未知の現象に三人の視線が釘づけになっていた──。
──その瞬間。
『──……ぅううううううううううううっ!?』
「「「!?」」」
突如、苗木の方から──いや、まず間違いなく苗木から聞こえてきた悲痛や苦悶とは少し違うキューのものと思われる甲高い叫び声に、ファルマは単純に『何事か』という驚きから、カナタとレプターは『もしや目覚めたのか』という別の驚きから目を剥いており。
「今のはキューの声……! 何が起こっている!?」
「分からない、分からないけど──……っ!!」
「「なっ!?」」
今この瞬間も響き渡り続けている悲鳴とも違う金切り声に、レプターが冷静さを装いながらも焦燥感を漂わせてカナタに話を振ると、カナタは首を横に振りつつも落ち着かない様子を見せてから──駆け出した。
「か、カナタ様!? 何を──」
後ろから純粋に心配する意図でのファルマの声が耳に届いていたが、それでもカナタの足は止まらない。
(あれは多分、進化の兆し……でも、その為の神力が外に逃げすぎてる……! 私か外から抑えてあげれば!)
そう、カナタは直感でキューの身に起きている事を察するだけでなく、その現象を治める為に何をしなければならないのかを咄嗟に判断していたらしく、だからこそ制止の声も聞かずに走り出していたのである。
そして、キューが植えられている地面に神官服が汚れる事も厭わずに膝をついた彼女は、そのまま胸の前で祈る様に両手を組んで聖なる魔力を込め始め──。
「私一人でもどうにか……っ 、『形を保て、ただ
「──『
今も外へ外へと逃げ続けてしまっている神力を抑え込む為に、『今ある形を何があっても保つ』効力を持つ、かの最強の
「
そんな切迫しきった光景を目の当たりにしていたレプターは、かつて王都で従事した過去を持つゆえか結界魔術も目にする機会があった様で、その結界が如何に優れた物かを一目で理解する事自体は出来ていた。
しかし、それでも目前で溢れ続けている膨大かつ荘厳な神力を見てしまうと、いくらカナタが聖女だとはいえ一人では──そう考えてしまうのも無理はなく。
「私が結界魔術を扱えれば力添えも出来たのに……」
「……いや、大丈夫だ。 カナタならきっと──」
不安げな声を耳にしてしまったファルマが、およそ薬品の扱いにばかり長けている自分の不甲斐なさを悔いてしまうのも必然であり、レプターは即座に自分の発言の迂闊さを自覚してファルマの肩に手を置いた。
きっと──いや、絶対に何とかしてくれる。
ファルマに──そして自分に言い聞かせる様に。
そんな二人の願いが聞き届けられたのか、カナタの聖女としての力が溢れる神力を上回ったのか、それともキューが神力を制御しきったのかは分からないが。
「っ!? きゅ、キュー? 形が、いや姿が変わっ──」
苗木は少しずつ大きく、そして平均より女性らしい柔らかな人の形を成しており、その身体は以前までの明らかな植物の風体ではなく
小さな身体に相応の長さだった葉っぱ製の髪が細くしなやかな蔓の様に美しくなっただけでなく、どうにも顔の部分に貼り付けられていた様にしか見えなかった木の実の如き瞳も限りなく
また、これまでは何も身に着けていなかったというのに、おそらく植物の表皮か何かで作られているのだろう
「え、あ……!? きゅ、キュー……!?」
「まさか、これが
「何て、崇高な……」
思わず
『──……ぅうううう……っ』
先程まで響き続けていたキューの悲鳴にも似た叫びが少しずつフェードアウトしたかと思えば、おそらく進化が終了したのだろう身体の変化も終わりを迎え。
「……キュー? 貴女、本当にキューなのよね……?」
明滅も完全に収まり、その淡い黄緑色に包まれている
『──うん! そうだよ、カナタ!』
「「「!?」」」
およそ人族と変わらない晴れやかな笑顔と──そして何より、これまでのキューではありえないハッキリとした言葉を発した
生来、
そう聞いてはいたものの、やはり実際に体験してみると『驚くな』と言う方が無理があると感じていた。
『やっと……! やっと、お喋りできる! キュー、ずっとカナタやミコとお喋りしたかったんだ! 嬉しい!』
「そう、だったのね……うん、私も嬉しい」
『ほんと!? えへへ、やったぁ!』
その一方、明らかにカナタより背が高くなっても纏う雰囲気は変わっておらず、キューはカナタに抱きついたまま今まで普通に話せなかった事を残念がっていた事実を明かすと共に、『これからは沢山お話しできるね』と嬉しそうに表情を緩ませ、それを受けたカナタも思わず釣られて笑顔になってしまっている様だ。
それもその筈、彼女にとっては苗木より誕生した瞬間から一緒の娘の様でもあり、そして大切な友人の一人でもあったからで、こんな風に触れ合えるなど当時は思っていなかったのだから感動も
「きゅ、キュー? 私の事は分かるか……?」
『あ、レプターだ! うん、分かるよ!』
「そ、そうか! 良かった……!」
そんな折、流石に我慢の限界だったのかレプターが近寄り、『認識されてなかったらどうしよう』という一抹の不安を覚えながらも自分を指差すと、キューはあっさりとレプターの名を呼んで手を絡めてきて、その手をぎゅっと握ったレプターは目の前の
(……神樹林も再生した、あの
翻って、この場面では蚊帳の外にならざるを得なかったファルマはといえば、メイドリアの村長から依頼されていた一行の監視についてを振り返りつつ、まだ自分にもやれる事はあるかもしれないと考え、それとなく頷いてからふと祠の方へ目を向けた──その時。
「──っ!!」
「ファルマ?」
ファルマの視界に、どうにも信じがたく──それでいて死ぬ前に一度はお目にかかりたかった存在が移っていた事にも、そしてその存在の正体に一目で気がついた自分にも驚いており、それに気がついたレプターがファルマの方を見てから彼女の視線の先を見ると。
「ぁ、あぁ……! まさか、そんな……!」
「……!? その、お姿は……!!」
この世界の如何なる存在にも劣らない眼力を持つ龍の眼に、かの半透明で崇高なる手の届かない筈の存在が、あわや手が届きかねない場所に映った事でレプターまでもがその整った表情を驚愕の色に染める一方。
『──あ! お母さんだー! 進化、出来たよー!』
「「「お、お母さん!?」」」
漸くカナタから離れたキューが手を振りながら、まさかの母親発言をした事により三人は同時に叫んだ。
そして、カナタは少し遅れて事態を察しており。
「それでは貴女が……いえ、貴女様が……!」
『……えぇ、そうですよ。 私こそが──』
無意識の内に胸の前で祈る様に両手を組むだけでなく、ほんの少しではあるが感動からくる涙を流しながら声をかけると、その存在は笑顔を湛えつつ頷いて。
『植物を司る女神──ダイアナです』
自らを、この世界の神々の
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