第261話 森の奥の祠
一行の視界に映った祠と、その祠を取り巻く死した森という何とも言えない不釣り合いな光景に、どうにも覇気のないフィン以外の面々は興味ありげに祠へ視線を向けつつ、されど祠自体には近づかぬまま──。
「手入れが行き届いてない──って当たり前よね」
「軋んでるよ、あれ……もう壊れる寸前じゃん」
「……まぁ無理もないだろう。 この状況では──」
明らかに数年単位で放置されているだろう事をカナタが口にし、そんな彼女の言葉に補足する様に自慢の聴力で聞いた木製の祠が風でギシギシと軋む音についてをフィンが語ると、それを耳にしたレプターは納得した様子で
「……?」
そんな中、ファルマだけは祠は当然ながら祠の周囲にすら近づこうとしておらず、どういう訳か首をかしげて遠巻きに祠を疑問のこもった瞳で見つめており。
「……ファルマ? どうしたの?」
「え、あ、いや……その」
それに真っ先に気がついたカナタが少しだけ低い位置にある彼女の顔を覗き込みつつ、ファルマが浮かべている表情の理由を聞き出す為に優しく声をかけた。
すると、ファルマは言いにくそうにしつつも──。
「あれは、ダイアナ様を祀る為の祠で間違いないと思うんですが……思ったより壊れてないなぁ、と……」
「──え? あ、あぁ、そういえば……」
自分が抱いていた違和感──
「……確かに奇妙だな。 あの祠と、その周辺だけ破壊の跡が見受けられない。 いや、ほんの少しばかり劣化してはいる様だが……どう判断すべきなのだろうか」
「……」
一通り祠の周囲を見回した後、顎に手を当てつつ目の前の奇妙な現象の原因を突き止めようと思考を巡らせるも答えは出ず、その姿勢のままレプターが先程から沈黙を貫いている上級魔族へ話を振ると、ローアは小さく唸ってから一歩、また一歩と祠に近寄り──。
「? 何やってんの──」
そんな彼女の動きに対して真っ先に口を挟んだフィンが、ローアに向けて手を伸ばそうとした──瞬間。
──バチィッ!!
「っ!!」
「「「!?」」」
突如、黄緑色の閃光が放たれたかと思えば彼女の褐色の小さな手は死んだ地面と死んでいない地面との境界に出現した結界に弾かれ、その影響で発生した電気が走ったかの様な音とともにローアは大きく後退る。
「うっさ……」
そんな突然の事態にカナタやレプター、ファルマが目を見開いて驚愕を露わにする中で、やはり元気がないフィンだけは突然の大きな音に鬱陶しげに青紫の瞳を細めてはいたのだが──まぁ、それはそれとして。
「ろ、ローア!? 何をした!?」
「……ふむ」
決してローアの心配などではなく、あくまでもローアが何かを仕出かしてしまったのではないかと考えたレプターが声を荒げて詰め寄ってくるのをよそに、ローアは結界に触れた事で半ば溶けかかっていた右手を興味深そうに見つめつつ、『成る程』と独り言ちて。
「……聖女カナタ、お主の言う事は間違っておらぬらしい。 この祠には植物の女神の加護どころか、イグノールにより力を削られた女神そのものが宿っている」
「「……!」」
どうやら、この結界の中の祠にディアナ神樹林の名前の由来となった植物の女神ダイアナの加護が残存している──だけでは飽き足らず、イグノールによって弱体化した女神自身が宿っているのだと明かし、それを聞いた神官たちは表情を驚愕の色に染めてしまう。
それもその筈、『神官』とは神々を崇め仕える者たちの事ではあるものの、その中で実際に神々からの声を聞いた者など本当に一握りしか存在せず、その姿を拝見したとなれば更に限られてしまうだろうからだ。
自分たちが崇めている神ではないとはいえ、もしや神々に
「では、キューの進化も……?」
「うむ、ここならば或いは──」
そんな二人の神官を尻目に、レプターはカナタが持つ小さな鉢植えに目を向けて当初の目的である『キューの進化』を達成する事が可能なのかと問うと、ローアは自信ありげに頷きながらも表情を曇らせており。
「しかし見ての通り我輩は近づけぬ。 おそらくではあるが、フィン嬢も不可能であろうな。
自他ともに認める知的好奇心の塊であるところの彼女としては自分の目で神を見たかったのだろう、とても残念そうに諦めからくる溜息を溢しつつ、おそらく今のフィンも自分と同じく近づけないだろうと語り。
「……
「それじゃあ、どうすれば……?」
何となくではあるが、それを察していたフィンが面白くなさそうに今の自分の姿について自虐している一方で、どうやったらキューが進化出来るのかをまだ聞いていないカナタは不安げな視線をローアへ向ける。
すると、ローアは
「まずは森で最も神々の力が強い場所を特定せねばならぬのであるが……その必要はなくなったのである」
「その地に苗木と化した
「成る程……理に適っている様な……」
神力が集まった土地に
何せ自分の時は勇者の力で
「……じゃあ、それは私が。 キューの為だもの」
「私も行こう。 何が起こるか分からないしな」
そんな折、長々としつつも要点を押さえてあるローアの説明を聞き終えたカナタが、キューが植えられている鉢を抱き寄せてから祠の方へ目を向けると、レプターは隣に並び立ちながら『同行しよう』と微笑み。
「あ、あの……私も、いいですか?」
「えぇ、一緒に行きましょう」
「あ、ありがとうございます!」
二人の少し後ろから控えめに『興味』と『監視』の二つの意味で同行したいと告げたファルマに、カナタが柔和な笑みを浮かべて許可を下ろした為、結局のところフィンとローアを残した三人で向かう事に──。
それから、カナタとファルマが一足先に結界の中へと足を踏み入れ、そこにレプターが続こうとした時。
「──レプ嬢。 これを」
「ん? ……ぅおっ!」
突如、何かをレプターに渡そうとしているのだろうローアの声が聞こえた事で振り向いた瞬間、既に目の前に四つの小さく柔らかい何かが自分に向けて投げられており、どうにか受け止めてからよく見てみると。
「これは……ウルたち、か? 何故──」
それは紛れもなく望子の
「お主も知っていよう。 ウル嬢とハピ嬢が力を欲していた事を──それが神力なら文句もないであろうよ」
「それは……そう、かもしれないが……」
ハピに関しては既に風の邪神の力を手にしたのだからともかく、ウルは未だに自分の力のなさを悲観していた筈であり、それを神力で補える可能性があるのならそうすべきだと提案した事で、レプターは頷いた。
かつて冒険者の仕事として、とある魔蟲を捕獲する
この時、彼女の中に一つの疑問が浮かんでいたが。
「──……レプター? どうしたのー?」
「あ、あぁ何でもない! すぐに行く!」
それは、すっかり黄緑色に発光したせいで中が見えなくなった結界の中から聞こえたカナタの声に遮られてしまい、レプターは気を取り直して結果に入った。
その後、三人が完全に結界の中に入っていった事で二人きりになった魔族と魔族もどきはといえば──。
「……ねぇ、ローア」
「む?」
しばらくの沈黙の後、口を開いたのは気怠げな様子のフィンであり、ふわふわと宙に浮かんだままどこかへ流されていきそうな雰囲気さえ漂わせつつ、ローアに向けて何らかの話を切り出そうとし、それを受けたローアが朽ちた切り株に座ったまま視線を向けると。
「──カリマとポルネまで渡す必要あった?」
「!」
いつの間にか目の前で近寄っており、その吸い込まれそうな青紫の瞳で真っ直ぐ自分を射抜きながら、ずっと気になっていたのだろう当然の疑問をぶつける。
そして、それは先程までレプターが抱いていた疑問でもあり、図らずも彼女が代行する形となっていた。
「……目敏いな、フィン嬢」
「だって、あの二人がボクより弱いから強くさせたいって理由で連れてくならカリマたちは邪魔じゃんか」
意外と細かいところまで見ていると素直に感心しつつ、ローアが薄紫の双眸を少しも逸らす事なく言葉を返すと、フィンは邪念を感じさせない純粋な心からの見下しとともにカリマたちまで手渡した意味を問う。
本当の意味で、そこに悪気などは一切ないのだから逆に恐ろしい──ローアは、そう脳内で独り言ちて。
「……これは憶測に過ぎぬが……この大陸を取り囲む大海から邪神の気配を感じたのである。 つまり──」
「水の邪神が近くにいるって事?」
軽く溜息を溢してから、ここからでは見えない海の方へと視線を移しつつ、その海から感じたという邪神の気配について経験からくる憶測を述べると、フィンは彼女の言いたい事を察してあっさり答えを告げる。
それを受けたローアは、こくりと首を縦に振り。
「当人たちは自覚しておらぬ様だが、カリマ嬢とポルネ嬢は我輩の薬で消滅させた筈の邪神の力を覚醒させかけているのである。 おそらく水を司る邪神──『アクヤ』が接近した事で共鳴してしまったのであろう」
約十日程前、海上にて勇者一行が
その事を考えれば、カリマたちの中に燻る邪神の力を植物を司る女神の力で上書きしてしまった方が彼女たちの為になるとも、ローアは粛々と答えてみせた。
「……よく分かんないけど、まぁいいや」
そんなローアから何とも長々とした話を黙って聞いていたフィンは、ふいっと彼女から視線を外して再び宙に漂う姿勢に戻りつつ、それからまた目を合わせ。
「──全部、殺せばいいんだし。 ね?」
「……っ」
本人は夢にも思っていないのだろうが、どう見ても魔族顔負けの邪悪な笑みを湛え物騒極まる発言をする
(……どちらが魔族なのやら)
そう考えてしまうのも無理からぬ事であったのだ。
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