第259話 漁村を後にして

 所変わって──。



 数日前、魔王軍幹部が一体──『生ける災害リビングカラミティ』イグノールに敗北した召喚勇者一行の内、生物として動く事が可能な四人のメンバー、レプター、カナタ、ローア、そしてフィンは『ある目的』を達成する為に漁村メイドリアを後にして、ゆっくりと歩を進めている。


 ちなみに上述した以外の六人は命を落としたとかそういう事はなく、ウル、ハピ、カリマ、ポルネの四人は望子の人形使いパペットマスターの力によってぬいぐるみになり、ローアが扱う虚数倉庫ニルラソールという名前の亜空間に収納され。


 望子は魔王コアノルの『妾の下まで連れてこい』という命令に従ったイグノールによって、ヴィンシュ大陸の中心に位置する彼の巣へと連れ去られてしまい。


 そして、キューは樹人トレントからの上位種への進化の過程として苗木の様な姿へ変わっており、そんな彼女を上位種へと──つまりは神樹人ドライアドへと進化させる事こそ。



 彼女たちが果たすべき、『ある目的』だった。



 その為に、メイドリアから徒歩だと半日弱はかかる位置に存在する植物を司る女神ダイアナの加護厚き森林、ディアナ神樹林の跡地へと向かっているのだが。


 本当なら馬車でも出してやりたいのじゃがの──そう告げたメイドリアの村長である老爺のウォルクは申し訳なさそうに頭を下げ、その結果として全快とは言えない身体を押しつう徒歩で向かう一行の中にあり。


「──……大丈夫か? フィン」


 全快どころか未だ満身創痍もいいところである人魚マーメイドのフィンに対し、レプターは龍人ドラゴニュート特有の鋭い瞳を心配そうに細めつつ寄り添いながら肩を貸そうとする。


 しかし、ふらふらと頼りなく宙に浮いた状態でフィンは彼女の手を払い、その青紫に淀んだ瞳を向けて。


「……大丈夫じゃなかったら何? 大人しく待ってろって言うの? そんなの出来る訳ないじゃんか……っ!」

「……そう、だな。 すまない」


 きっとレプターは看破しているだろうと理解したうえで、どこからどう見ても明らかな虚勢を張り、『望子を助けに行かないなんて有り得ない』と告げた事でレプターは改めて彼女の覚悟を認識し、謝意を示す。


 尤も、そんな今の彼女の姿は望子を我が物としようとする魔族の姿と──とても、よく似ていたのだが。


「この子、本当に進化出来るのかしら……心配だわ」

「だ、大丈夫ですよ! きっと何とかなります! ね?」


 そんな二人の少し後ろを歩いていたカナタは、その手に優しく抱えている苗木と化したキューが植えられた小さめの鉢へ不安げな視線を向けており、それを聞いたメイドリアの神官ファルマが彼女を元気づけるべく、そもそもの発端である白衣の少女へ目を向けた。


 すると、その白衣の少女──村を後にしたからか人化を行使していない魔族のローアは『うむ』と頷き。


「不安もあろうが、そこは事実ゆえ信じてもらいたいのである。 キューそやつは間違いなく『神樹人ドライアド』に進化可能な魔力を蓄えている。 あとは場所さえ整えれば──」

「……そう。 そう、よね」


 そこにカナタを気遣う感情があるかどうかはともかく、すっかりボロボロになってしまった白衣を翻した背の低いローアはカナタを見上げながら、どうにか彼女の不安を取り除き万が一にも目的を中断するなどという事にはならない様に根拠を示したものの、カナタは不安を拭いきれぬまま首を縦に振らざるを得ない。


 何せ、カナタは神樹人ドライアドを見た事がないのだから実際に見た事があるローアの言葉を信じるしかないのだ。


「それはそれとして……まぁ何とも酷い有り様であるな。 あれを造ったのが我輩なのは事実であるが、これ程までの破壊力を千年間も保ち続けていたとは……」


 そんな風にカナタとの会話を終えたローアが、きょろきょろと世辞にも整っているとは言えない街道や草原だっただろう土地を見回しつつ、かつて自分が部下たちを率いて造り上げた最高傑作の破壊力、彼女にとっても予想外だった耐久性などを振り返っていると。


「──ほんっっっっとに余計な事しかしないね」

「……返す言葉もない」


 当然それを聞き逃す筈もなかったフィンが周囲に殺意を込めに込めた黒い水の海豚型の砲台を浮かべながら、それらをローアに向けたうえで彼女の千年間を全否定する旨の愚痴を吐き出すも、ローアは特に怯える事も構える事もなく浅い溜息を溢し反省の意を示す。


(千年前の戦い……一体どこまでが真実なのだろうな)


 一方で、レプターは未だに望子以外の勇者が存在した事や千年前の戦自体を信じきれておらず、どうにも懐疑的な視線をローアに向けざるを得ない様だった。


 それからも、まだまだ見えてくる様子のないディアナ神樹林跡地へ向けて一行は歩を進めていたのだが。


「──っていうか、キミは何でついてきてんの?」

「ひぇっ!? あ、え、えっとですね──」


 そもそも、どうしてファルマがついてきているのかを知らない──正確には知る気さえもなかった──フィンが視線を彼女に向けると、ファルマは俄かに怯えながらも今朝の村長やクァーロとの会話を回想する。


────────────────────────


『──……あの者たちに同行したい、じゃと?』


『は、はい……この大陸にいる間だけでも、と……』


『ふぅむ……まずは理由を聞かぬ事には──』



『あのカナタとかいう聖女の力を、もう少し近くで見ていたい──そんなところじゃねぇのか? ファルマ』


『う……わ、分かっちゃいますか……?』


真偽トルフルを使うまでもねぇよ──それより』



『俺は構わねぇぜ? どうせ村長の恩恵ギフトだからな。 ある程度の信用が置ける奴を監視につけるつもりではいたんだ、それをお前がやるなら問題ねぇよ』


『期限つき……ですか?』



『……全ての恩恵ギフトには必ず何かしらの欠陥がある。 儂が持つ遠視ルクファーで言えば、いずれ来る完全な視力の喪失じゃ。 儂は運良く、この歳まで失ってはおらんがのぅ』


『そう、だったんですね……』



『……行ってくれるかの? ファルマよ』


『……はい、務めは果たします。 必ず』


────────────────────────


「──と、いう訳でして……駄目、でしょうか」


 一切の隠し事をせず、ファルマが村長やクァーロとのやりとりと同行する理由や目的についてフィンに伝えると、フィンは少しだけ彼女を淀んだ瞳で射抜き。


「……別に、いいよ。 だけど、ボクはキミを護ったりはしないからね。 自分の事は自分で何とかしてよ?」

「は、はいっ!」


 ファルマの言葉に嘘がない事を心音から看破したのだろう、ふいっと視線を外して彼女の同行を許可しつつも、だからといって護衛までしてやるつもりはないと告げた事で、ファルマは気を引き締めたのだった。



 その後、数時間程の徒歩を続けた一行の視界に。



「──っと、あれか……?」


 とても、かつて豊穣な森林であったとは思えない滅びきった土地の姿が映り、それを真っ先に視認したレプターがそう口にして隣に立つ神官へ目を向けると。


「あ……はい、そうですね。 あれが、かつての──」


 少し遅れて荒れ果てた地を視界に捉えたファルマはレプターの問いかけに頷きながら、どうせ自分では何も出来なかっただろうとは理解していても、やはり悔しい気持ちはあるのか僅かに顔を昏く歪ませた──。



「──ディアナ神樹林、その跡地です」

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