第255話 向かう先は一緒

 あまりにも唐突に話を振られた事により、ただでさえフィンの魔力に当てられて意識を飛ばしかけていたファルマが『ぇ、あ……?』と動揺する一方で──。


「ファルマ。 ローアが言っている事は本当なのか?」

「い、いえ、私には見当も……」


 それが何だ──とまでは流石に言わないが、とにかく今は望子の事を最優先に考えたいレプターが身を乗り出して真偽を問うも、ファルマとしては何が何だか全く分かっていない為、首を横に振らざるを得ない。


 そんな折、焦燥した人族ヒューマンの理解力の欠如こそ把握していたとはいえ、『ここまで伝わらないものか?』と疑問符を浮かべていたローアが詳細を口にしようと。



 ──した、その時。



「──っていうかさぁ。 誰? キミ」

「ひぇっ!? あ、わ、私は……!」


 この中で唯一、当然の様に居座っている神官の素性を知らぬフィンが、つい先程まで自分を看病してくれていたとも知らずに顔を近づけ問い詰めると、それを受けたファルマは短い悲鳴を上げて僅かに身を引く。


 無理もないだろう、ここまで彼女を動揺させていたのは他でもない、フィンのドス黒い魔力なのだから。


(……こんな感じだったんでしょうね、私も)


 その一方で、これでもかと顔を青ざめているファルマを蚊帳の外から見ていたカナタは、『召喚した際にフィンに脅された時』や『追いついた際に殺されかけた時』を思い返したのか妙に共感してしまっていた。


「彼女は、ファルマ。 私たちの──特に貴女の看病をしてくれていた神官だ。 改めて礼を言わせてくれ」

「い、いえ、そんな……」


 それから、まるで一方的な尋問の如き状況を見かねたレプターが、ファルマの簡単な紹介をしつつ自分たちを救ってくれた者の一人だと口にするも、まさしく恐縮したという様子のファルマは首を横に振るだけ。


 結局、彼女たちを本当の意味で快復させたのは聖女たるカナタであって、あくまで自分の功績ではない。


 そう考えていたからだ。


「……そう。 で?」

「で? って言われましても──あ、あの……っ」


 尤も、そんなファルマの考えなど知らないし何なら興味もないフィンとしては、さっさと案とやらを喋らせて、それが妙案なら実行しようという旨の考えを持って急かすものの、やはり何の事だか分かっていないファルマは助けを求める様にローアへ視線を向けた。


「ファルマ嬢、先日の話を。 この樹人トレントについての」

「え……──あっ!」


 すると、ローアは心から呆れ返ったと言わんばかりの溜息を溢しつつも、『キューが退化した理由についての話』をした時に彼女自身が口にしていた、かつての神樹林の事だと暗に告げると、ここで漸くローアの言いたい事を察した彼女は目を見開いて顔を上げる。


 その事だ──と、ローアが無言で示した様に感じたファルマは、『えっと』と語り始めんとしたのだが。


「! 待て!」

「えっ?」


 その瞬間、少しだけ腰を上げて扉の方を警戒し出したレプターの声で、それを事前に察知する事が出来ていたフィンとローア以外の視線が扉の方へ向き──。


 おそるおそる──という程ではないが、それでも幾分か慎重に開かれた扉の向こうにいたのは、メイドリアの村長と村長に次いで発言力のあるクァーロ、そして何とも慄いた様子で部屋を覗く村民たちであった。


「いきなり馬鹿みてぇな魔力が飛んできたから何事かと思ったが……そいつが原因で間違いなさそうだな」


 そんな彼らを代表したクァーロは、ズカズカと部屋の中へと入りつつ綺麗とは言えない床に胡座を掻いて座り、つい先程フィンが放った極大の圧力を持つ魔力の原因を見てもないのにフィンがだと断定する。


 ……真偽を行使する素振りもなかった筈なのだが。


「……真偽トルフルを使うまでも、といったふうだが」

「村長が視てたらしいからな」


 レプターもそれを分かっていたのか、クァーロに対して懐疑的な視線を向けたうえで『何故だ?』と問いかけるも、クァーロは特に表情を崩す事もなく、それを見抜いたのは自分ではなく村長の方だと明かした。


「魔力を感じた瞬間、真っ先にお主らの方を視たからのぅ。 お主が発生させておるところも視たんじゃよ」

「……成る程」


 どうやら、ファルマと並んで一行を信じていた様子の村長も、やはり何かが起こる可能性はあると危惧していたらしく、あの魔力が家の方まで飛んできた瞬間にこの建物に向け遠視ルクファーを行使した結果、眠っていた筈の人魚マーメイドがその魔力を放っているのを視たのだと語る。


「……また知らないのが増えたんだけど」


 一方、漸く得体の知らない者がいなくなった部屋にまたしても知らない者が増えた事に、『もう覚えらんない』と空色の髪をガシガシと掻くフィンに対して。


「申し遅れた。 儂は、ここ漁村メイドリアの村長を務めておる『ウォルク』じゃ。 そして、この者が──」

「……クァーロだ」


 ウォルク──という名前であったらしい村長の自己紹介もそこそこに、クァーロは頭も下げずに名乗る。


 その時、明らかに興味なさげに彼らを見遣っているフィンに、レプターは何かを耳打ちしようと近づき。


(彼らが村民たちの過半数を説得してくれたお陰で、この村に滞在する事が出来ているんだ──くれぐれも)

(……はいはい)


 どうか穏便に──と告げてきたのだろう事は流石に理解出来たフィンは、どうにも面倒臭そうに頷いた。


「それで、お主らは何の話をしておったのかの?」

「……あぁ、そうそう。 ほら、話してよ」

「あっ、は、はい──」


 そのやりとりに気づいていながらも気を遣ってスルーした村長が、その後ろにいた野次馬たちを帰らせてから彼女たちが話していたのだろう話題について触れると、それによって思い返したフィンが話を振り、ファルマは及び腰になりながらも口を開き語り始める。



 キューの進化の事と、ディアナ神樹林の事を──。



「──……と。 まぁ、そんな感じで……ディアナ神樹林の跡地に向かえば、この樹人トレントは目覚めると同時に進化を果たすものと思われます。 上位種の、神樹人ドライアドに」

「キューが、神樹人ドライアドに……」


 およそ数分後、生ける災害リビングカラミティとディアナ神樹林の跡地が同じ方角に位置する事も含めて語り終えたファルマが話を纏めると、カナタは手元に寄せていた苗木の葉の一枚を優しく指でなぞりつつ感慨深そうに呟いた。


 ……が、しかし。


「……それが、ボクの身体が治りきってないから助けに向かうべきじゃないって事と何の関係があんの?」


 キューの進化と自分の治療と──この二つの因果関係が全く見えてこないフィンは若干の苛立ちと共に舌を打ち、『理解力のなさ』を棚に上げて睨みつける。


 すると、『『ひぇっ』』と短い悲鳴を上げる二人の神官をよそに、ローアはまたも溜息を溢してから。


神樹人ドライアドは数いる亜人族デミの中でも龍人ドラゴニュートなどと並ぶ最上位の種族であるが、それ以上に重要なのは他の種族より圧倒的に厚い神の加護を持つ、という点にある」

「……植物を司る女神、ダイアナ様のご加護じゃの」


 神樹人ドライアドが他の亜人族デミと比べ物にならない程の厚き神の加護を持ち、それゆえにレプターが属する龍人ドラゴニュートと同じかそれ以上に位置する最上位の種族なのだと明かすと、その事を長年の経験から知っていた村長も裏付ける様にキューに加護を与える女神の名を口にした。


「……それ、みこも持ってるんじゃない?」

しかり」


 その一方で、どうやら望子が召喚勇者である為にキューやカナタ以上に神々の加護を厚く受けている事を思い出したらしいフィンが尋ねると、ローアは頷き。


「ミコ嬢は、おそらく邪神を除く全ての神々の厚き加護を受けている。 もしかすると今のキューにはミコ嬢の力が及ぶかもしれぬが──それは今、出来ぬしな」


 正確に調べた訳ではないが、ストラを始めとした邪神以外の遍く神々の加護を受けているだろうと推測したうえで、この状態ならば人形使いパペットマスターの力が及ぶ可能性はあるものの、それを確かめるすべはないと口にする。


 尤も、ストラの加護は宿っているかもしれないが。


「……聖女様でも完全に快復させられぬという魔族の因子。 確かに神樹人ドライアドなら……もしくは神樹人ドライアドとの二人がかりであれば、それを祓う事も可能かもしれんの」


 望子の力の事も聞いていた村長は、その事について特に疑問を持つ事なく話題を戻し、かの神樹林が復活する可能性まで踏まえたうえで神樹人ドライアドへの進化という案に賛同する声を上げ、『如何いかがかな』と話を振った。


「……ボクは、を消したい訳じゃないんだけど」


 翻って、『祓う』と口にした村長の言葉に反論でもする様に、フィンが魔族の力を消したいのではなく有効に使える様になりたいのだと呟くと、それを聞き逃さなかったローアは『であろうな』と理解して──。


「それは重々承知しているのである。 ウル嬢たちも申していた様に思うし、それでは面白──あぁ、いや」


 あの戦いの最中、『どんな姿になろうが、ミコを護れるんなら構やしねぇ』とウルがハピに語っていたのを魔族の聴力で聞いていた事も踏まえて、やはり非常に面白いサンプルだと言おうとして──口を覆った。


(……面白みがない、とか曰うつもりだったろうな)


 勿論、全く隠しきれてない彼女の好奇心に気がついていたレプターは、これでもかと溜息を溢している。


「……いいんじゃねぇか? こっちとしちゃ不安要素が早めに出ていってくれそうでありがてぇってこった」

「く、クァーロさん! ちょっと……!」


 そんな折、未だに村の誰よりも一行を警戒しているクァーロは、『一行が村を離れる』事も『神樹林が復活する』事も叶うなら良い事づくめじゃないかと素直に語るも、つい先程フィンの魔力に当てられて相当に参っていたファルマはあわあわしながら彼を諌めた。


「……ねぇ。 キミたちじゃどうにもならないの?」


 しかし、フィンとしては彼の不遜な物言いなど心底どうでもよく、カナタやファルマへ視線を向けつつ本当に寄り道しなきゃいけないのかと確認せんとする。


「っ、ご、ごめんなさい……多分、貴女の内に宿る魔族の因子が医神アスカラ様に対しての私の信仰心を上回っているせいで治療が出来ないんだと思うの……」

「私も同じ理屈かと……すみません」


 それを受けたカナタは正直に自分の力不足で治療が出来ないのだと明かし、そんなカナタに追随する様にファルマも同じ医神を崇めているからと頭を下げた。


「イグノールの巣も、ディアナ神樹林も同じ方角に位置する。 だから向かう先は一緒なんだ──フィン」


 その三人のやりとりを見て『そろそろ話を纏めるべきだな』と判断したレプターは、フィンの肩に手を置きつつ生ける災害リビングカラミティの巣と神樹林、目当ての場所が同じ方角にある事を改めて告げて彼女を説得しようとし。


「……分かったよ。 ちょっと寄り道すればいいんでしょ? その代わり──キューの進化が無事に済んだら速攻であいつをぶっ殺しに行って望子を助けるからね」

「あぁ勿論だ。 必ず……必ず、お救いしよう」


 ほんの少しだけ俯いて黙考していたフィンが、ふと顔を上げて薄紫の入り混じる紺碧の双眸を向けて了承しながら、それでも最優先はイグノールの殺害と望子の救出だと語り、レプターもそれを受け入れ頷いた。



(……また興味深いものが見られそうであるなぁ)



 くはは──と小さく嗤う白衣の上級魔族をよそに。

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