第251話 龍人と聖女の復興作業
それから二日後──。
まともに歩く事もままならなかったレプターではあったが、それでも彼女は
本調子とまでは言えずとも、そこらの魔物や魔獣と問題なく渡り合えるくらいは回復していたのである。
ゆえにレプターは漁村メイドリアの復興に協力する事にし、クァーロの案内を受けて村民たちとの顔合わせを行う事になっていたのだが、そんな彼女の隣に。
「……何故ついてきたんだ? カナタ」
どういう訳か、フィンの看病やキューを見守ったり水やりをしていた筈の聖女カナタがおり、『役目の放棄ではなかろうが』と考えつつも疑問を投げかける。
「……それがね? 私の治療術じゃ、フィンやキューの身体を治せないみたいで……どうしようかって思ってたら、『あとは我輩に任せてほしい』ってローアが」
「……そうか」
すると、カナタは『あはは』と苦笑いを浮かべながら、もう自分の治療術では何も出来ないと悟った事もあって、やたらと自信ありげなローアに二人の世話を任せて自分は復興に協力しようと思い至ったらしい。
……不安だ。
と、そんな風にレプターは独り言ちてしまう。
レプターは、ハッキリ言ってローアという上級魔族を信じ切れてはいなかったが、それでも先の戦いで手を出せなかった彼女が彼女なりに望子を護ろうとしてくれていたのも事実であり、そこだけは信じていいかもしれないと考えて、それ以上は何も言わなかった。
「そろそろ着くぞ。 念の為に言っとくが、ここの奴らの中には二日前の俺と同じ様にお前らを良く思ってねぇのもいる。 だからって騒いだりすんじゃねぇぞ?」
「あぁ、勿論だ。 これ以上の迷惑はかけないさ」
そんな折、二人を先導していたクァーロが振り返りつつ、これから顔合わせする村民たちの二、三割は村長に諭される前の自分と同じく一行を危険視していると明かし、それを聞いたレプターは『それはそうだろうな』と彼の言葉に納得しながらも了承してみせる。
「……あ、もう始まってるみたい」
二人のやりとりが終わる頃には、レプターだけでなく
「おーい、お前ら! 一旦、作業を中止しろ!」
「「「?」」」
やはり、クァーロは村長に次いだメイドリアの纏め役でもあるのか、そんな粗野にも思える彼の言葉にも村民たちは苦言を呈する事もなく集まり始めていた。
「何だよ、さっき始めたばっかだぞ?」「そうだよ全く。 これだからクァーロは」「……あれ? あの二人って……」「お、おい……!あいつら、やべぇんじゃ」
ただ、それでも全く何も言わずに集まっている訳ではない様で、ある者たちは始めたばかりの作業を中止された事に軽い苛立ちを覚え、またある者たちは彼の後ろに控えた二人の存在に警戒心を剥き出しにする。
「あー、まぁ色々と言いてぇ事があるのは分かる。 だが先に聞いてくれ。 これから少しの間、復興作業にこいつらも参加する事になった。 よろしくやってくれ」
「「「!?」」」
そんな風にざわついていた村民たちを静かにさせた後、全員の注目を集め終えたクァーロの『レプターとカナタを作業に加える』という旨の言葉を聞いた村民たちは、ほぼ同じタイミングで目を見開いてしまう。
そこには、とある二つの驚きが込められていた。
一つは、『病み上がりの彼女たちを力作業に参加させるのはどうなのか』という心配からの驚きであり。
もう一つは、『そもそも、そいつらが始めた戦いで壊れたんだろうが』という憤りからの驚きであった。
無論、前者はファルマと一緒に彼女たちの看病をしていた者たちであり、後者は彼女たちを村に入れる事を反対した為に看病に参加しなかった者たちである。
「反論があるのも分かってる。 けどな、こいつらも結局は生ける災害の被害者なんだ。 だからといって心を許した訳じゃねぇが……ここは俺の顔を立ててくれ」
「「「……」」」
それからクァーロは長めに息を吐きつつ後者の意見を持つ者たちに対し、さも親が子に言い聞かせるが如き口調を持って一行を肩入れする様な発言とともに頭を下げ、それを見た後者の者たちは顔を見合わせる。
「……私からもいいだろうか」
「ん? あぁ、いいぜ」
その後、ザワザワとし始めた村民たちを見ていたレプターが一歩前に出つつ発言の許可を求めると、クァーロはあっさりと彼女の声に肯定して少し後退した。
瞬間、村民たちの反応は『歩く事も覚束なかったレプターへの心配』と、『
「まずは……すまなかった。 あの魔族とは、いずれ戦わなければならなかったとはいえ貴方がたに迷惑をかけてしまったのは事実。 罪滅ぼしの機会を、どうか」
「お、お願いします。 お役に立ちますから……!」
詳しい事は言えないが──と前置きしてから、イグノールとの戦いで村に被害を出した事をしっかりと謝罪し、そんな彼女を見たカナタも『あわわ』と焦りながらも隣に立って同じ様に頭を下げてみせていた。
「……私たちは、いいわよ。 ファルマちゃんも言ってたもの、『悪い人とは思えませんから』って。 ね?」
それを見た前者の意見持つ者たちを代表した一人の女性は、『身体が心配だっただけだしね』と元より断るつもりはなかったと口にし、その他の者たちも彼女の声に賛同して頷き、レプターたちの参加を認める。
「……分かったよ。 ただし、こっちの指示には従ってもらうぞ。 訳も分からず手伝われても困るからな」
「勿論だ。 ありがとう」
一方で、いつの間にか自分たちが少数派になっていた事も拍車をかけたのか後者の意見を持つ者たちを代表した一人の男性が、さも諦めの感情を表に出す様な溜息と共に妥協を口にした事で、レプターは謝意を述べると同時に改めて頭を下げ──この場は収まった。
それからは、ボロボロになってしまった漁村メイドリアを出来る限り元の姿へと戻す為に、ある時は村民たちの指示を受けて木材を運んだり、またある時は荒れた地面を龍の爪で
龍の爪で、という部分で何となく察せられるかもしれないが、これらはレプターが任されたゴリゴリの力作業であり、カナタに任せられる類のものではない。
では、カナタは何をしているのかと問われると。
「──
修繕が必要な木製の家々に対し、どういう訳か得意の治療術を行使しており、それを遠巻きに見ていた村民たちも『何をするつもりなのか』と首をかしげていたのだが──そんな彼らの疑問を吹き飛ばすが如く。
「……よし。 じゃあ次は──」
「「「えぇっ!?」」」
淡い緑色や黄色、或いは白色の光の粒子に包まれた破損箇所が、あっという間に壊れる前まで時が戻ったような状態になった事で村民たちは驚いてしまう。
「ちょ、ちょっと貴女! 何をしたの!?」
どうやら、その家屋に住んでいたらしい女性がカナタの細い肩を掴んで揺らし、ありがたいとは思いつつも何をしたのかを聞かない事には感謝も出来ないと考えて、カナタと家を交互に見遣りながら問いかける。
「いやっ、あのっ、そんな変な事は、してなっ」
「してるわよ! いや嬉しいけど!」
その一方で、カナタとしては特に変わった事をした自覚はないらしく、ガクガクと揺らされながらも自分がしたのは単なる治療術の応用だと語るも、この村が港町だった頃から多くの神官の治療術を見てきた女性からすれば、ハッキリ言って異質という他なかった。
とはいえ自分が住む家が元通りになった事もまた事実である為、追及しきれないというのもあった様だ。
そんな中、全体の指揮を取っていたクァーロは。
(普通の神官じゃ、あんな芸当は出来ねぇ筈。 少なくとも、ファルマにゃ無理だろう──あれが聖女の力か)
生物だけでなく非生物まで癒してしまう──そんな力が普通でないと充分に理解し、この村に派遣された神官であるファルマには不可能だろう事も理解したうえで、カナタが聖女である事実を信じざるを得ない。
二日前に
「これなら、この村もすぐに元通りになりそうね。 カナタって言ったかしら? ありがとう、助かったわ」
「あの
「いえ、これくらいは……」
それから、どうにか自らが聖女であると明かさずに誤魔化しきる事に成功したカナタをよそに、メイドリアの殆どの者たちはカナタの治療術やレプターの働きに感心して心を許しており、そんな村民たちの声に対してカナタが照れ臭そうに謙遜を露わにしていた時。
「そういえば、あんたらの船はあのままでいいのか」
「え? 船って──あっ、あぁ大丈夫ですよ、大丈夫」
「そうか? ならいいんだが」
村民の一人が今この瞬間に思い出したかの様に、カナタたちが──というより望子たち一行が乗ってきた船、三素勇艦という名の蒸気帆船は今も岬に放置されたままだが、それでいいのかと声をかけてきた事により、カナタは漸く船の存在を思い出して声を上げる。
勿論、大丈夫である筈もなく──。
(余裕があったら後で治しに行こう……)
──そう心に誓うカナタなのであった。
その後は、しばらく村の復興作業に従事する聖女と
場面は──フィンやキューに投薬する為の薬品を絶賛調合中の、ローアとファルマがいる物置へと移る。
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