第249話 大陸の現状

 結局、龍人レプター聖女カナタは全てを話す事となった。


 あらゆる物事の嘘か真かを見極める恩恵ギフト真偽トルフルを持つクァーロだけでも厄介だというのに、そこに圧倒的な視力を与える恩恵ギフト遠視ルクファーにより戦いの全てを視ていた村長の前では最早、隠し立ては出来なかったのだ。


 ガナシア大陸から海を渡って来た事も、ガナシア大陸で最も大きな国を出立してきた事も、かつては王国であったルニア共和国で勇者召喚の秘術が行われた事も、それを行使したのが他でもない聖女じぶんである事も。



 そして何より──。



 一目見れば誰もが見惚れる程の可愛さを持つ、あの黒髪黒瞳の幼い少女こそ異界よりの勇者である事も。



 そんな、あまりに突拍子のない彼女たちの話を黙って聞いていた村長とクァーロ、そしてファルマの三人が何とか脳内で噛み砕いて理解しようとしていた中。


「──……成る程のぅ……どうじゃ? クァーロ」


 しばらくの沈黙の後、静寂を破った村長は溜息混じりに隣に立つクァーロへと声をかけ、レプターたちの話に嘘偽りがないかどうか教えてくれと暗に告げる。


 すると、クァーロも村長と同じ様に──抱く感情は多少なり異なるかもしれないが──溜息を溢しつつ。


「……ここまでの話に嘘はねぇな。 まさか、こいつらが勇者の一行だとは思わなかったがよ。 ハッキリ言って真偽トルフルが無きゃあ絶対に信じらんねぇ話じゃねぇか」

「そう、じゃのぅ……」


 彼が持つ恩恵ギフトであるところの真偽トルフルが『真実トゥルース』の反応を示す度に、『そんな馬鹿な』とは思っていても恩恵ギフトが嘘をつく筈もないと分かりきっている為、結局のところ彼女たちの話は全て真実なのだろうと明かし、それを受けた村長は若干の歯切れの悪さと共に頷いた。


 何せ、あの戦いの中でイグノールが呟いた『勇者と聖女』という言葉を彼は偶然にも見てしまっており。


(やはり、あの魔族の言葉は虚言ではなかったか……)


 それでも実際に彼女たちから話を聞くまでは信じられなかったが、こうして恩恵により立証されてしまうと信じざるを得ず、またしても深めの溜息を溢した。


 厄介な物を抱えてしまった──そう考えて軽く後悔し、ほんの数日前の自分を思わず責めてしまう程に。


「聖女カナタ様……改めて、お会い出来て光栄です」


 そんな風に頭を抱える二人の男性とは随分と対照的に、ファルマは極めて恭しい態度とキラキラと光る瞳で目の前に座る神官の手を取り、カナタが聖女であるという事を信じて疑わず心からの尊敬を示している。


 それも無理はない。


 結局のところ、ファルマの治療術では延命させる事が精一杯だった一行の負傷を、カナタ自身の重傷も含め大して時間もかけず回復させてしまったのだから。



 一部、を除いて──。



 とはいえ、カナタとしては年齢に差も殆どない筈の少女に崇められるのは気分の良いものではない様で。


「そ、そんな畏まらないで。 私、貴女の友達だっていうイザベラやエシュネにも凄く助けられたんだから」

「ふふ……あのたちも凄く尊敬していましたよ」


 更には、ガナシア大陸で一行が訪れた港町ショストにて海霊を浄化するのに協力してくれた神官、イザベラとエシュネはファルマの同期であったらしく、それ込みで『尊敬とかいいから』とそれとなく固辞する。


 龍人ドラゴニュートや神官、白衣の少女といった組み合わせに反応していたのも、ファルマが彼女たちから港町で起きた事を冒険者ギルド経由で聞いていたからだった。


「けど、お前ら敗けたんだよな? じゃあ、もう──」


 そんな女神官たちを尻目に、クァーロは空気を読めずに──いや、話の流れを戻す為に敢えて読まずに勇者一行が魔王軍幹部に敗北した事実を突きつけたが。


「たった一度の敗北で私たちは諦めたりしない!!」

「……っ、そうかよ」


 元より半壊寸前とはいえ床に罅が入る程の衝撃と共に叩きつけられたレプターの拳の音と、その金色の瞳に宿る強い覚悟と決意にクァーロは怯んでしまった。


 全身を欠損だらけにさせられても尚、彼女に宿った力──過剰投与オーバードーズ君主守盾モナークガードナーは消えていないと見える。


「あ、あの……さっきまではレプターたちを治すのに必死で聞けてなかったんですけど……あの子は?」

「っ!! そうだ! ミコ様は──」


 その一方、話が切り変わった事を都合よしと捉えたカナタが、ここまでが自分たちの旅や戦いの目的の話ばかりだった事や、レプターたちの治療に集中していた事も相まり聞けていなかった『勇者の行方』を問わんとすると、レプターは瞬間的に飛び起きてしまう。


 しかし、すぐに『うっ』と苦しげに呻いたかと思えば膝をつき、その両脇を二人の神官に固められた。


「無理しないで! まだ本調子じゃないでしょう!?」

「わ、分かってる……だが、それよりも……!」


 カナタとしてもレプターが焦る気持ちは充分すぎる程に理解していたが、それ以上に彼女の精神が限界寸前だという事も理解していた為に意地でも彼女を寝床に戻し、レプターもそれを察したのか大人しく横たわりはしたが──それでも尚、望子の安否を尋ねる。



 あの三人の亜人ぬいぐるみと比べても遜色ない愛情を抱いている事を、きっと彼女は自覚し始めているのだろう。



 カナタは、そう確信していた。



 そんな彼女たちの心情を知ってか知らずか、クァーロが制止する手を更に遮った村長が口を開き──。


「……あの黒髪少女──いや、異世界よりの召喚勇者なのじゃったな? あの勇者は生ける災害リビングカラミティの内より出でし魔族に連れ去られ、そのまま『巣』へと帰還した」

「「巣……?」」


 硝子も張られていない窓の方を見遣りつつ、そちらの方向にあるのだろう『生ける災害リビングカラミティの巣』の存在を明らかにすると、レプターとカナタは同時に困惑する。


「……もう十年前も事だ。 あいつは突然この大陸の中心に存在した大規模な公国『ケーニギン』を上空からの一撃で亡し、その場所を自分の寝床──巣にした」

「……それくらいの事は可能だろうな」


 その後、村長の言葉を継いだクァーロの口から語られたのは、およそ十年程前に現れた龍──生ける災害リビングカラミティが女性公爵を君主とした公国を亡したうえで、その焦土を巣にしたという文字通り滅亡的な事実だったが。


 実際に、イグノールの力を全身で受け止めている彼女からすれば何一つ不思議な事ではなく、むしろ『それくらいは当然だろう』と納得さえしているらしい。


「公国に住んでいた方たちは遺体すら残さず消し飛んでしまったそうです。 そして『次は自分たちかもしれない』と考えて攻め込んだ他の国も……その全てが」

「っ、通商破壊どころじゃないわね……」


 そこに情報を付け加える様に、ファルマが口にしたのは大陸に存在していた殆どの国が生ける災害リビングカラミティを脅威に感じて討伐せんとしたが、ほんの少しも太刀打ち出来ずに返り討ちに遭い亡びかけたという凄惨な事実。


 一応は聖女であるカナタは、それらの事実に気づけなかった事を──遠く離れた地で起きた出来事なのだから無理もないとはいえ──深く深く、悔いていた。


 もし仮に自分が気づいていたとして、では何が出来たのかと言われれば、ハッキリ言うと分からないが。


「じゃが……あれに挑まなければ牙を剥く事はないと判明してからは、この大陸に一つの暗黙の了解が出来上がった。 『生ける災害リビングカラミティの破壊に目を瞑る』──と」

(……何を腑抜けた事を──とは言えないな)


 そんなカナタをよそに村長が、ヴィンシュ大陸全土に広まっているらしいルール──要は、『こちらからイグノールに手を出さない、あちらから手を出してきても抵抗しない』という暗黙の了解の存在を明かす。


 何を腑抜けた事を──と思ったはいいものの、レプターたちは実際問題イグノールに敗北している為、彼らに対して反論する事は出来ないとも理解していた。


「……この大陸の現状は、ざっとこんなもんだ。 さっき村長が言った暗黙の了解に従うなら、お前らを罰する必要も出てくるんだが──今回は、見逃してやる」

「……いいのか?」


 そして、ヴィンシュ大陸が置かれている状況を語り終えた三人を代表し、クァーロは『大陸中から顰蹙を買ってもおかしくないんだがな』と口にしつつも一行を見逃すと伝えたが、それを勝手に決めてもいいのかとレプターは至って神妙な表情と声音で問いかける。


「いい訳ねぇよ。 けどな、お前らは魔王討伐を諦めてねぇんだろ? だったら、ここで止めていい筈がねぇ」

「……恩に着る」


 それを受けたクァーロが首を横に振ってから、この世界を救わんとする勇者一行を、たかだか一般人風情の自分の裁量で足止めする訳にはいかないだろうとの考えを告げた事で、レプターは素直に謝意を述べた。


「──カナタ様、そろそろ……」

「え、あぁ、そうね」

「? どうした」


 その一方で、こそこそと何かをカナタに伝えようとしたファルマに気づいたレプターは不粋かと思いながらも、そのやりとりの内容について問いかけてみる。


「……さっきの、フィンとローアを隔離してるって話は覚えてる? ほら、こちらの村長さんが仰ってた」

「あぁ、そんな話も──ん?」


 すると、カナタは村長が告げてきた『人魚マーメイドと白衣の少女の隔離』について言及するも、レプターは当然ながらその話を覚えており『それがどうした』──と。



 問い返そうとした──その時。



「……待て、そういえばキューはどうした?」

「それが、ちょっとね……」


 ここまで色々あった為に頭から抜け落ちていた小さな樹人トレントについて問いかけると、カナタは途端に表情を曇らせつつも事実を伝えるべく意を決して口を開き。



「まだ……フィンと、キューの二人が目覚めないの」



 ローアはともかく、フィンとキューの二人が微塵も目を覚ます素振りを見せないのだと明かしてみせた。

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