第247話 漁村メイドリア

 自身の恩恵ギフトである遠視ルクファーにて戦いの一部始終を視ていた村長は、あらかじめメイドリアの村民に持って来させていた幾つかの担架に乗せて彼女たちを運ばせる。


 骨や内臓が見えてしまう程にまで背中を抉られている神官や、かの爆発の影響か全身に欠損が見られる龍人ドラゴニュートは当然ながら決して揺らさぬ様に運んでいた。



 どうして、この二人についてだけ言及したのか?



 それは──この二人を除く他の三人が、あまりにも異質な状態にあったからであり、イグノールが暴れた事による被害で亡くなった者たちを散々見てきている筈の村民たちも思わず目を疑ってしまう程だった。



 そんな三人の現在の状態はといえば──。



 あの激しい戦火の中にあって、まず間違いなく身体の右半分を消し飛ばされていた様に村長の目には映っていた筈なのに、あとは意識を取り戻すだけというところまで回復しつつあるボロボロの白衣を纏う少女。


 戦いの最中は幼生の姿だった様に思うが、どういう訳か終盤に差し掛かった辺りで幼生の更に前、例えるならば苗木の如き姿へと退化してしまっていた樹人トレント



 そして、何よりも──。



 人なのか魚なのか、そもそも命持つ生物なのかどうかも分からず、あわや小規模の風でさえ身体が崩れかねない程に全身が炭化しており、それでいて頭や背中から生えた角や翼だけは残した──人魚マーメイドの様な何か。


 ハッキリ言ってしまえば、ボロボロの白衣姿の少女が間違いなく魔族であろう事も、その人魚マーメイドの様な何かが『何か』ではなく人魚マーメイドだと村長は理解していた。



 無論、遠視ルクファーで全てを視ていたからではあるが。



 それでも、この二人を放置しなかったのは──。



 片方が人魚マーメイドである事以上に、かの龍の中から姿を現した魔族の口の動きを偶然に読めてしまったからだ。



『──……ありがとよ、勇者に聖女』



 と、そんな聞き捨てならない台詞を。


────────────────────────


 ──漁村、メイドリア。



 かつては、ガナシア大陸にとってのショストの様な交易の地として機能していた事もある、そこそこに栄えた港町だったのだが、それはもう随分と過去の話。


 その町の名の由来であり、また語源でもあった滅多に陸では見かけない水棲の亜人族デミ人魚マーメイドとの交流の深い希少な港町など──もう影も形も残ってはいない。



 それも全ては、イグノールの影響であった。



 十年程前までは普通に行われていたガナシア大陸との交易も、イグノールの通商破壊が開始されてからは碌に行えておらず、メイドリアの住民たちは先程まで勇者一行が戦っていた岬から浅瀬へと向かい、その日暮らしが出来る程度の簡単な漁をして口に糊をする。



 そんな苦渋に満ちた生活を強いられていたのだ。



 交易が出来ないという事実は、そのまま技術力や文明力、或いは生活力の低下にも直結してしまい──。


 漁村が港町の下位互換であると一概には断言しようもないが、それでも彼らの住む場所は縮小化を余儀なくされていき、かつて港町として栄えていたメイドリアは、いつしか漁村として扱われる様になっていた。


 そこに追い討ちをかけるかの様に発生した勇者一行と魔王軍幹部との戦いによって、ただでさえ衰退の一途を辿っていた村は殆ど半壊しかけていたのだが。


 メイドリアの村民たちにとっての合議の場である集会所は何とか怪我人を休ませられる程度には無事だった為、取り敢えずそこに彼女たちを運ぶ事に決めた。


「──慎重にな……なるべく揺らすなよ……」

「わ、分かってるって……!」


 彼女たちを担架で運んでいたのは、この寂れた村の中でも割と体格の良い者たちばかりであり、そうでなくとも通常より軽くなっている筈の五人を優しく担架ごと置いたのは彼らなりの気遣いによるもの──。



 ──では、ない。



(あの化け物と戦ってたって事は、こいつらも充分に化け物って事だろ……!? ふざけんじゃねぇぞ……!)


 その内の一人が脳内でのみ、そんな彼女たちの扱い方に苦言を呈しつつ表情を歪めてしまっていたが。


 それは何も彼だけが思っていた事ではなく、ヴィンシュ大陸に住まう全生物にとっての脅威と言っても過言ではない、生ける災害リビングカラミティと諍いを起こすなど──。


 ましてや、かろうじてであるとはいえ生ける災害リビングカラミティと戦って命を拾う様な化け物を数人も助けるなど──。



 ハッキリ言って愚行以外の何物でもないし。



 生ける災害リビングカラミティと同じ程の脅威を感じずにいられない。



 だからこそ、メイドリアの者たちの半数は決して明るいとは言えない表情を隠そうともしないのだろう。


「ちょっとどいて! 早いとこ応急手当てしなきゃ!」

「でも、どこから手をつければ……!?」

「とにかく、ありったけ薬を! それと──」


 そんな半数の者たちをよそに、もう半数の者たちが可及的速やかに彼女たちを救う為にと各々が出来る限りの行動を取る中で、とある女性が治療薬を持ってくる様に頼むと同時に『何か』を口にしようとした。


「分かってる! すぐに呼んでくるから!」


 そんな彼女の言葉を察した別の女性は、ここへ誰かを連れてくる旨の発言とともに、もう扉すら壊れて無くなってしまっていた半壊寸前の集会所を後にする。


 半数が忙しなく動いているのを見て、もう半数が心を動かされ手伝う気になる──とはならず、やはり彼女たちを救う事が自分たちの首を絞める事に繋がりかねないと考えたのか、その場に突っ立っているだけ。


「っ、もう! そこで立ってるだけなら出てってよ!」

「ど、どうなっても知らねぇぞ!?」


 一方、応急手当ての真っ最中である半数の者たちからすれば、ハッキリ言って突っ立っている彼らは邪魔でしかない為、一人の女性が声を荒げて退出を促したのを皮切りに他の者たちも彼らを糾弾し始め、その場に居づらくなった半数の者たちは集会所を出ていく。


 そんな中、元より集会所の外に出ていた村長とクァーロの二人は、ぞろぞろと集会所から出てくる者たちを見つつ決して快活とは言えない表情を湛えており。


「……なぁ、村長さんよ。 あんた分かってんだろ?」

「……何の事かの」


 沈黙を破ったクァーロが何かを問い詰める様に高い位置から村長を見下ろすも、その言葉に動じる様子のない村長は眉一つどころか顔を向ける事もしない。


「すっとぼけんなよ──あの白衣姿の餓鬼の事だ」

「……真偽トルフル、か」


 その答えに満足せず痺れを切らしたクァーロが、これでもかと声音を低くし語気を強めて彼女たちの内の一人である白衣姿の少女についての何かを再び問わんとすると、それを受けた村長は諦めた様に溜息を溢しつつ彼の言葉に秘められた確信の出処を口にした。


「あぁそうだ。 どうやってんのか知らねぇが、あれは人族ヒューマンに擬態か何かしてる魔族ってのは間違いねぇよ」


 それをあっさりと首肯したクァーロは、その栗色の瞳に真偽トルフルの力による淡い光を纏わせながら、この瞬間も手当てを受けている神官や亜人族デミたちと違って大した負傷が無いからか、そっとして置かれているローアに対して『魔族か否か』の真偽を改めて問いかける。



 結果としては、やはり魔族で間違いない様だった。



「他の奴らは魔族じゃねぇってのはまだいい。 つっても、あの人魚マーメイドは……あいつだけは真偽トルフルがあっても何にも分かんねぇ。 嘘か真かで計れる様な奴じゃねぇぞ」


 クァーロは更に他の四人についても視線をスライドさせる様に真偽トルフルを行使し、その中に魔族はいなかったと明らかにするも、あの満身創痍という表現すら緩く感じる程の負傷をしているのに、それでも死んでいないあの人魚マーメイドだけには真偽トルフルが及ばなかったと警告する。



 薄紫のもやの様なものが邪魔をしているらしいが。



「……儂にも分からぬ。 全てを視ておった儂にも」

「何だそりゃ……じゃあ尚更──」


 その一方、遠視ルクファーにて村から一部始終を視ていても謎めいた部分が多かったあの戦いを、ただの一般人に過ぎない老爺に理解せよという方が無茶であり、だからこそ首を横に振って『神のみぞ知る』という様な言葉を吐くも、それなら尚の事この村に入れるべきではなかっただろうと正論を投げかけんとした──その時。


「──この中にいるわ! お願い出来る!?」

「微力を尽くします!」


 先程、誰かを連れて来る為に集会所を後にしていた女性が、その傍らに純白の修道服を身につけた十代後半程で青の長髪が特徴的な女神官を引き連れて来た。


 その女神官は真新しくも見える手頃な大きさの錫杖を手に、こくりと頷いてから女性の案内で集会所に足を踏み入れる前に、クァーロと村長に軽く会釈する。


「……『ファルマ』か。 つっても、あいつの治療術でどうにかなる程度の怪我じゃなかったと思うが……」


 ファルマ──というらしい神官を見送った後、彼女の実力を把握しているのか、クァーロは『ファルマ一人に任せるのは厳しいんじゃないか』と気まずげに口にしつつ、お世辞にも綺麗とは言えない短髪を掻く。


 現に、ファルマは決して才能が無い訳ではないとはいえ、その実力を存分に発揮する事が出来る場が殆ど与えられないまま、メイドリア唯一の神官となってしまっており、とてもではないが熟練とは言えない。


 それもこれも、イグノールの影響が大きい。


 通常の場合、神官は各国の教会にて確固たる研鑽を積んでから各地に派遣され、その地で神官として骨を埋めるのが基本であり、もしカナタに聖女の適性がなかったのなら、その道を辿っていたのは間違いない。


 しかし、およそ十年前に突如として姿を現したイグノールの被害は大陸中に及び、そこまで研鑽を積めていない神官も駆り出され、ファルマもその一人として既に漁村となっていたメイドリアに派遣されていた。


 当時は他に幾人もの神官がいた筈だが、その神官たちも戦死するか過労死するか、もしくは魔力の欠乏で死ぬかして一人、また一人と次第に数を減らし──。



 気づいた時には、ファルマ一人となっていた。



「あの中の一人は神官服を着ておった。 その神官の意識を取り戻す事さえ出来れば協力して治せるのじゃから、そこまで間違った判断とは言えぬと思うがのう」

「……まぁ、そうかもな」


 そんなファルマをクァーロが心配する一方、村長が手当てを続けている村民の考えを読んだうえで『愚策という訳でもないだろう』と推測し、クァーロとしてもその考えは何となく理解する事が出来たのか、その苦々しい表情を少しだけ晴らしてから頷いてみせた。



 翻って、ファルマは集会所に入ってすぐに──。



「神官の方がいるって聞いてます! その方は!?」


 よく通る声で、あらかじめ聞いていた状況と自分に与えられた使命を果たすべく、『真っ先に治療する必要がある女神官』の所在を問いつつ室内を見回す。


「ファルマちゃん! ありがとう、そっちのよ!」

「はい! それじゃあ早速──」


 すると、とある女性がファルマの速やかな来訪に感謝を示しつつ、ファルマに治療をお願いしたい神官の方を指差した事で、ファルマは元気よく返事をした。


 そして、その手に持った錫杖に癒しの力を出来る限り強く込めて、ほぼ初めてと言っても過言ではない重傷者に対する治療術の実践を行わんと──した瞬間。



「え──」



 金色の長髪が特徴的な神官──だけでなく、その横に並べられていた龍人ドラゴニュートや白衣の少女を視界に映す彼女の思考が、どういう訳か一瞬だけ凍結フリーズしてしまう。



 何というか──そう、きょとんとしているのだ。



「ちょっと、ファルマ! 何してるの!?」

「あっ、ご、ごめんなさい! すぐに!」


 とはいえ、ファルマの奇妙な心情が手当てに必死な村民たちに伝わる筈もなく、そんな彼女を急かす様に一人の女性が声を荒げた事により、ハッと我に返ったファルマは再び錫杖に魔力を込め直し、いよいよとばかりに聖女カナタの治療を開始するのだった──。



 何故、彼女の思考は一瞬止まってしまったのか?



 その理由は、すぐに判明する事となる──。

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