第246話 傍観者たちの選択

 ──覚えているだろうか?



 望子を始めとした召喚勇者一行の十人が、イグノールとの戦いを強制的に開始させられた──その直前。



 ハピやレプター、ローアの眼に映りこそすれ、フィン以外には届かない程に離れた位置から生ける災害リビングカラミティの飛来を警告する旨の叫びを上げていた者たちの事を。



 彼ら、もしくは彼女らは戦いが始まった瞬間に、どこへ逃げたところでヴィンシュ大陸から出ない限り何の意味もないと分かっていながらも岬を離れ、その壮絶な戦いが終息するのを怯えながら待っていたのだ。



 見る者が違えば臆病だと思われるかもしれない。



 だが、あの時の十数人程の中に戦闘を得意とする者は殆どおらず、ましてや生ける災害リビングカラミティに挑もうとするなど無謀以外の何物でもない為、彼らの選択は決して臆病などではない正しい判断だったと言えるだろう。



 そして今、戦いが終わり望子を抱えたイグノールが朽ち果てた龍に乗って巣へと帰還した──その後。



「──ぉ、終わったんだよな……?」

「多分、だけどね……」


 先述した者たちの一部は、まるで局地的な災害でも発生したのかという様な──事実、災害と呼んで差し支えない程の衝突だったのだが──破壊の跡が残る岬に足を踏み入れ、おそるおそる周囲を見渡している。


 そんな彼ら、もしくは彼女らの格好は如何にも見窄らしく、ローアが口にしていた『通商破壊』の影響は決して小さくないのだろうと誰の目にも分からせた。


「……? っ! お、おい! あれ……!!」

「え──あ、あれは、あの時の……!」


 それから一歩、また一歩と重い足取りで戦いが発生した場所へと向かっていく彼らの視界に、イグノールを始めとする災害たちの破壊した岬に倒れ伏す──。


 最早、遺体ではないかと思える程に満身創痍となった人族ヒューマン亜人族デミの姿が映った事により、その逸る想いを足取りに込めて一人、また一人と近づいていった。


「酷ぇ有様だが……これでも生きてんのか。 凄ぇな」

「え……!? ほ、他の人たちも……!?」

「あぁ、そうみたいだな」


 開口一番、彼らの中でも比較的いい体格をした男性は戦火の跡から漂う人肉が焦げたかの如き悪臭に顔を歪めつつも、そこに倒れ伏していた全身欠損だらけの龍人ドラゴニュートを見て信じられないという様な発言を漏らす。


 それを耳にした女性の一人は、その男性の発言にこそ信じられないといった表情を浮かべるも、それを疑う様な事はせず龍人以外も生きているのかと問うた事で、その男性は間を置かずに彼女の疑問に首肯した。


 実を言うと、この男性は『真偽トルフル』と呼ばれる恩恵ギフトを授かっており、これはドルーカの領主であるクルトに仕えている執事バトラー、カーティスと同じく物事の本質を嘘か真かで見極められる優秀な恩恵ギフトだったのである。


 ゆえに、レプターもカナタもローアも、そして苗木に退化してしまっていたキューまでもを含め、その全てがギリギリだが生きているのだと判断してはいた。



 一人、真偽トルフルがあっても分からない者もいたが──。



「で、でもよぉ……あん時より少なくねぇか?」

「そ、そういえば……ま、まさか……?」


 そんな中、先程の二人とはまた別の痩せ型な男性が口を挟み、イグノールとの戦闘が始まる前に何とか確認する事が出来ていた人数と、ここに倒れ伏している者たちの人数が一致しない事について言及し始める。


 確かに、あの時は十人いた筈の一行は今や四人と苗木一つだけとなっており、まさか他の者たちは影も形も残らない程に消し飛ばされてしまったのでは──。



 と、ゾッとする様な考えを各々が巡らせる一方で。



「──そうではない。 ここにおらぬ者たちは皆、何某かの力によって人形パペットへと変化を遂げておったからの」


「「「!?」」」



 十数人かそこらはいる者たちの中にあって、これでもかという程に深い皺を顔に刻んだ老爺が杖で地面を打ち鳴らしつつ事実を告げた事により、その他の者たちは一斉に老爺の方を見つつ驚きを露わにしている。


「町長──い、いや、村長!? 何も貴方まで……!」

「これ以上の静観は出来ぬでな」


 どうやら、この老爺の正体は船が岬に着く前にハピが視界に映していた小さな町の様な場所の長であるところの村長──町長であり村長であったらしい。


 何を隠そう、この老爺が纏めていたのは元々ヴィンシュ大陸の誇る港町『メイドリア』であり、かつてはガナシア大陸の港町『ショスト』とも交易をしていた過去もあったが──それは、もう十年も前の話。


 陸、海、空──全てをイグノールが荒らす様になってからは加速度的に規模を縮小させられた事で、あっという間に漁村への体制変更を余儀なくされていた。


「そ、それより今のは本当なんですか……!?」


 翻って、メイドリアの村長が口にした事に対して今度こそ信じられないといった表情を浮かべた女性が声を上げるも、それを聞いた村長は重く首肯し──。


「うむ……もう随分と視力は落ちてしもうたが、それでも恩恵ギフトは──『遠視ルクファー』は決して裏切らぬからの」

「そ、そうだったんですか……」


 遠視ルクファー──という名の望遠鏡よりも更に遠くを視る事が可能になる恩恵ギフトを授かっていた為に、この地で起きた全てを漁村にある自宅から視ていたのだと明かす。


 とはいえ流石に望子の力の影響だとは分からなかったらしく、『もう少し近寄れば或いは』と考えてもいた様だが、この老体ではなと考え直しての事だった。


 尤も、その自宅も──というか漁村自体も先の戦いで殆ど半壊状態にあり、それを考えれば村長を含めた村民たちも生きる為に必死だったのだろうと窺える。


 当然と言えば当然だろう、この大陸に居を構えている以上は生ける災害リビングカラミティの脅威から逃れる事など──。



 誰一人、出来ようもないのだから。



「村長……こいつらを、どうするか決めとこうぜ」

「……そうじゃのう」


 その時、取り敢えず彼女たちを決して揺らさない様に一つの場所へ集めた村民たちを代表し、つい先程も口火を切った体格のいい男性は敬語もなしに彼女たちの処遇を決めようと提案し、それを村長は了承する。


 それから、メイドリアの村民たちは口々に意見を出したが、その殆どは否定的だと言わざるを得ない。


 例えば──。


「別に助けてやる義理はないだろう」「あれに手を出した方が悪い」「下手に助けでもして巻き込まれるのはごめんだ」「そもそも助からないんじゃないか?」


 と、いうところか。


 しかし、そんな中にも彼女たちを助けようという意見が少なからず出ている事もまた事実であり──。


「助けてあげましょうよ」「こんな小さな子だっているのに」「私たちと同じ人族ヒューマンもいるんだよ」「こういう時だからこそ助け合うべきなんじゃないのか?」


 倒れていたのが女性ばかりだからというのもあろうが、この場にいる女性陣の殆どと幾らかの男性たちは彼女たちを助けるべきだと主張してみせていたのだ。



 ちなみに人族ヒューマンとは、カナタの事だけではない。



 人化ヒューマナイズを可能とする遅効性の薬品を服用していたらしい、ローアも含めた二人を指していたのである。



 もしかすると、ローアはイグノールに敗北する事を前提としていて、その後で何某かに救助される事さえも想定したうえで薬を服用していたのかもしれない。



 一見すると五分と五分──少しばかり否定派の方が多くはあったものの、どの世界でも『女は強し』。



 次第に『助けるべき』だという声が大きくなっていたのだが、それでも否定派の意見が消えないのには。


「だが、いくら何でもは──」


 満身創痍である筈のレプターでさえ比較にならない程にボロボロで、かろうじて人の形をした何かだと分かるかどうかという──フィンの存在が大きかった。


 正確には、おそらく頭だろう部分から生えた一対の黒焦げた鋭い角と、おそらく背中だろう部分から生えた翼膜も何もない飛び魚の様な翼が魔族を思わせ、そのせいで救うべきかどうか逡巡させていたのである。


 つい先程の彼は村長に次ぐ発言力があるのか、その言葉と共に指を差されていたフィンを見た村民たちは少しずつ彼の意見に流されかけていたのだが──。


「……おそらくじゃが、この者は人魚じゃろうの」

「あ……? あぁ、そう言われりゃ……だが──」


 その時、村長がフィンの傍にしゃがみ込みつつ尾鰭の存在から彼女が人魚である事を見抜くも、『それが何だ』と考えた男性の言葉を村長が杖を向けて遮る。


「儂らの村──町の名を言うてみぃ、『クァーロ』」

「……メイドリア」


 村長から杖を向けられた、クァーロというらしい男性は村長からの至って単純な、それでいて聞く者が違えば意図など掴みようもない質問に対し、クァーロは何かを察したかの如くバツが悪そうに答えてみせた。


「……わざわざ言わねば分からんか?」

「……人魚マーメイドが語源なんだろ」


 お世辞にも良いとはいえない態度を取る彼に対して村長が、さも呆れ返っているという様な溜息混じりで再び質問をした事で、やはり質問の真意を汲み取れていた彼は町の名の語源が人魚マーメイドにある事を口にする。


「そうじゃとも。 かつて我らの先祖は世界でも有数の人魚マーメイドとの親交が深い者たちじゃった。 そんな彼らの祖先たる儂らが目の前の人魚マーメイドを見捨てる事など出来ぬ」

「……」


 すると、それを受けた村長は真剣な表情で彼の答えが正解だと明かしつつ、メイドリアと名のつく前から村民たちの先祖は、その生息域ゆえ人族ヒューマンと交流する事の少ない人魚マーメイドとの親交が深かったのだと語り、だからこそ人魚マーメイドを救わぬという選択肢はないと言い諭した。


「ひとまずは救ってみてから判断しても遅くなかろう て。 怪我人に善も悪も無いのじゃから──どうかの」


 しかし、それでも納得がいっていない様子のクァーロに、その表情を真剣なものから温和な笑顔へと変えた村長の親が子に言い聞かせる様に告げた事で──。


「……わーったよ」


 そんな説法じみた村長の言葉受けた彼が、諦めの感情と共に深い溜息を溢しつつ返事したのを皮切りに。



 村民たちは、ボロボロの彼女たち五人を漁村へと連れていき──ほんの少しでも治療を施す道を選んだ。

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