第243話 龍の規模での隠し玉

 余談だが──。



 限界突破オーバードーズとは、その身体から魔力が尽きてしまわない様に意識が強制的に失われる現象、『魔力限界』を超えた先にある強さを引き出す技術──或いは、その技術が成った事により身体に刻まれる印の事を指す。



 ウルたち三人に限界突破オーバードーズの印が刻まれた時は、リエナが用意した吸魔装具マシミレイトという名の『魔力を限界まで吸い取る』首輪を嵌められて、その身体から魔力が完全に空になるまで──いや、空になっても搾り取られた事で、あわや死にかけるところまで追い詰められ。



 その苦痛を何とか乗り越えた三人ともが限界突破オーバードーズの印を、どうにか身体に刻む事に成功していたのだが。



 本来、限界突破オーバードーズには──二つの種類が存在する。



 一つは、ウルたちやリエナが刻む『限界突破オーバードーズ』。



 今は過去のものとして扱われる旧式の技術。



 では、もう一つは?



 それこそが、レプターが刻んだ『過剰投与オーバードーズ』。



 限界突破きゅうしきに代わって新たに開発された技術である。


 

 ともすれば高い死の危険と常に隣り合わせとならざるを得ない限界突破ぜんしゃと違い、この過剰投与こうしゃは異常な程の魔力注入による激痛にさえ耐えなく事が出来れば誰であっても強さを引き出す事が出来る為、今となっては限界突破ぜんしゃを選ぶ者は殆どいないというのが現実。



 では、どうしてリエナはウルたち三人に対して、わざわざ危険性の高い限界突破オーバードーズしか伝えなかったのか?



 それは、ウルたちに魔力限界を超えるだけの器があるかどうかという事と、その自ら死地へと向かう様な方法を受け入れるだけの覚悟があるかという事を。



 どうしても、確認しておきたかったから。


────────────────────────


 閑話休題。



 レプターの一言之守パラディナイトによって超広範囲で発現した黄金色の結界により、その中で発生した超巨大規模の魔力の爆発は最初に比べて随分と鎮静化しつつあった。


 このままいけば──と、レプターだけでなくローアやカナタまでもが、この状況に希望的観測を抱く。


「……っ、ローア、今更だがフィンは……」


 だからか爆発以外の事に思考を回す余裕も出来ており、この爆発の中にイグノールとともに取り残されている筈のフィンの安否をレプターがローアに問うも。


「……分からぬ。 普段のフィン嬢であれば命を落とす様な事はなかろうが、あの爆発では流石に……」

「……ミコ様の為にも救いたいところだが……!」


 ローアとしても、それこそ世界最強を決するかの様な衝撃の中にあって、いくらフィンが勇者一行で最も強く、そのうえ異形の存在へと姿を変えていたとしても耐えられないのではと考えており、それを察したレプターは悔しげに歯噛みしつつも彼女の無事を祈る。



 彼女が死んだら、きっと望子は折れてしまう。



 そして、それは逆もまた然りなのだと──。



 レプターは、そう確信していた。



 ゆえに生きていてほしいと心から願い、その超人的な感覚を持ってフィンの声や鼓動を探っていた時。



「──ん!?」

「む……」


「え、何……?」



 両者ともに人族ヒューマンを遥かに凌駕するレプターとローアの感覚に、それが何かは分からないが少なくともフィンではない声の様なものが届き、ほぼほぼ同じタイミングで顔を上げた二人にカナタは疑問の声をかける。


 しかし、レプターもローアもカナタの声に答える事なく、お互いに驚いた顔を見合わせてから頷き。


「……今のは、まさか……ローア」

「うむ、おそらくは──」


 どうやら同じ事を考えているのだろうと理解した二人は、これまた同じタイミングで息を吸って──。



「「──イグノール」」


「え……!?」



 示し合わせた訳でもないのに同じ者の名を口にした二人の発言に、カナタは目を剥いて驚いてしまう。


「ど、どういう事……!? あの爆発の中で、まだ生きてるの!? いくら強いって言っても下級でしょ!?」


 カナタにとって最初に遭遇した魔族は上級で最高位の魔王の側近デクストラであり、その次に遭遇したのは上級の中でも異質で異端な魔族のローアであった為、下級魔族というのは『彼女たちに比べれば人族ヒューマンより少し強い程度の存在』なのだろうとしか考えが及ばなかった。


「……下級でも魔王軍幹部が一体。 正直に言って、あれを肉体的な強さで上回る同胞を我輩は知らぬ」

「そ、そんな……!」


 しかし、どうやらローアとしては充分に予想の範疇であったらしく、かの魔王軍に所属する全ての魔族の中でもイグノールは、そこらの上級はおろか下手をすれば|魔王コアノルさえ上回りかねない耐久性を兼ね備えていると明かした事で、カナタは絶望してしまう。


 あの時、宝物庫で遭遇した魔王の側近デクストラが魔王軍最強なのだとと自分なりに推測していたからこそ、まさか下級が最強格だったとは思いも寄らなかったのだ。


 尤も、それはイグノールに限った話であり、デクストラが魔王軍最強というのも間違ってはいないが。


「そ、それで……何が聞こえたの……?」


 そんな折、気を取り直す様に首を振ったカナタが二人に対し、イグノールが何を言っていたのかを問う。


 当然、彼女には声など聞こえていなかったから。


 すると、ローアは横目でチラッとカナタを見つつ。


「……朧げに、ではあるが……奴は、あの状況で何やら探し物をする様な独り言を呟いていたのである」


 あの爆発の中にいるとは思えない程の呑気な声音で聞こえてきた、『どこだったっけか……あぁ、これだこれ』という言葉を、そのまま口にしてみせる。


 ぐちゃぐちゃ──という何かをかき混ぜているかの様な水音も聞こえていたが、それは伝えなかった。


「探し物……? 一体、何を──」


 同じ魔族であるローアすら分からないのに自分が分かる筈もない、と半ば思考を放棄してしまっていたカナタが、ローアの言葉を反復していた──その時。


「──!! あれは!?」

「!? どうしたの!?」


 二人の会話を聞きながらも結界に込める力を緩めていなかったレプターの視界に、その結界の中で爆ぜている魔力とは異なる魔力の光が見えた事で目を見開きつつ叫んだ事で、カナタは驚いて勢いよく振り向く。


「……あの、輝きは──っ!! まさか!?」


 そこには、その爆発による光にも劣らぬ程の閃光が結界を貫く様に放たれており、それを見たレプターは一瞬だけ黙考し──その光の正体に気づくと同時に隣に立つ白衣姿の上級魔族の方へ顔を向けんとした。



 自分が気づいたという事は──と考えて。



「……『龍之墓場ドラゴンズエンド』であるか。 また厄介な」


 そんな彼女の予想通りに──というのが幸か不幸かはともかく、ローアは憎々しげに強く舌を打ちつつ十中八九イグノールが行使したのだろう技の名を呟く。


「ど、龍之墓場ドラゴンズエンド……? 何、それ……」

『きゅ〜……?』


 一方、誕生して間もないキューは勿論、ある程度の知識を有するカナタでさえも知るところではなかった為、二人揃ってパチパチと瞬きをするしかない様だ。


「……っ! あれは……あれは、龍が自らの身体を強大な魔力の爆弾に変える隠し玉の筈だろう!?」


 翻って、ローアが口にしたものと自分が予想していたものが同じだった事により、その予想が確信へと変わったレプターは声を荒げて『ありえない』と叫ぶ。


 それもその筈、龍之墓場ドラゴンズエンドとは文字通り──そして彼女の言葉通りに命を持つ龍が『安寧な死』を迎えられないと悟った時に、その膨大な魔力を全て消費して辺り一帯を巻き込む程の爆弾と化す最期の隠し玉。


 だからこそ、どう見ても既に命を落として朽ち果てている、あの龍にあの武技アーツを行使する事は出来ない。



 それが、レプターの確信じみた見解だったのだが。



「……おそらく、ではあるが……イグノールは、あの龍の記憶から龍之墓場ドラゴンズエンドの存在と扱い方を読み取り、それを龍の死骸を持って再現せしめたのであろうよ」


 一方のローアは、レプターとはまた違う確信じみた見解を持っていたらしく、イグノールが龍の脳を弄って龍之墓場ドラゴンズエンドの情報を抜き出したうえで、その扱い方をも理解して実際に行使してみせたのだと考えていた。


 ぐちゃぐちゃ──という水音も、イグノールが龍の脳味噌を乱暴にかき混ぜていた音だったのだろう。


「そんな非常識な事が……ありえるのか……?」


 それを聞いたレプターは、これまで散々に望子やウルたちの非凡な力を見てきたにも関わらず、イグノールの異常さに驚き少しずつ声が小さくなっていく。


 そんなレプターをよそに、ローアは『ガリッ』と音を立て右手の親指の爪を噛みつつ何かを考えており。


(……我輩や部下たちの技術を盗み見ていたか。 とはいえ、それも先程まで忘れていたのであろうが……)


 そう──。


 本来、記憶の操作や改竄、或いは抽出といった技術はローアを始めとする研究部隊リサーチャーに所属する魔族たちが編み出したものであり、どうやらイグノールは改造されて意識が混濁する前に、ローアたちの技術を盗み見て遠くない未来に利用してやると考えていたらしい。


 尤も、ローアの予想通りに望子とカナタの力で記憶や経験を取り戻すまでは完全に失念していた様だが。


「……っ、ローア、正直に答えてくれ。 あれは──」


 その時、思考の海に飛び込んでいたローアに対して力無い声をかけたレプターが、ほんの少し言い淀んでから何かを尋ねようとしたのだが、ローアは彼女の言いたい事を既に察していたのか小さな手で制し──。


「この結界では持たぬ──とだけ言っておこう」

「やはりか……! なら、どうすれば──」


 並の龍之墓場ドラゴンズエンドならまだしも、のものはレプターの最大最強の結界でも完全に抑えきるのは難しい、とレプターが欲していた──いや、本音では欲してはいなかった答えを口にした事でレプターを舌を打つ。



 ──と不明瞭にしたのは訳があった。



 何を隠そう──あの龍は、かつての召喚勇者が移動手段と戦力を兼ねて仲間にしていた個体であり、その力は並の龍とは一線を画すものがあったのである。



 そして、その並外れた力を持つ筈の龍を単身で撃沈させて魔王城まで持ち帰ったのが他でもない──。



 当時は単なる下級魔族だった筈の──イグノール。



 それを目の当たりにした当時のローアは、その龍をベースとして彼を強化する事を着想したのだった。



 とはいえ、この事実を伝えたところで詮無き事。



「……我らにも、そして大陸にも被害を出さない様にするというなら──最早、上に逃がすしかあるまい」

「上──っ、そうか!!」


 そう考えたローアが首を横に振り、まずはとばかりに事態を収束させる為の解決策を提案すると、レプターは瞬時にローアの口にした策を理解してみせる。



 ──爆発と龍之墓場ドラゴンズエンドの衝撃だけを上空に逃がせ。



 そう言っているのだろうと──。



「ローア! 一言之守パラディナイトの形状を変化させる際に、どうしても爆発の余波が漏れ出てしまう筈だ! それを──」


「──防げ、と。 承知した」



 その為、横に大きく広げていた翼を縦に大きく広げながらもローアに指示を飛ばそうとした瞬間、先読みしたローアの極めて短い言葉にレプターは頷き──。



 ──今、世界最強の龍之墓場ドラゴンズエンドが起動する。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る