第242話 勇者の盾として
それは、これまでレプターが行使してきた
先述した通り、ここまでの道中で行使しなかったのは彼女の武器である二振りの
それは彼女に
それもその筈、『身体の一部だとまで言える武器を破壊する事』で初めて行使出来る
生まれ持った類い稀なる才能と、その才能を開花させる為の計り知れない努力が実を結び、ルニア王国の
ゆえに、これは彼女にとっても一種の賭けだった。
一度も行使した事のない、『最大最強であるらしい
四つの災害と二人の
望子やカナタたちを爆発から護る事もそうだが、その爆発を中に閉じ込めて大陸をも護るつもりで行使された結界による、その効果の程を確認する前に──。
時を、ほんの少しだけ遡らせてもらいたい。
具体的には、レプターが
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望子は、ただ見ている事しか出来なかった。
望子とカナタの攻撃の影響によって朽ち果てた龍の中からイグノールの本体が姿を現し、そんなイグノールの反撃で望子とカナタが倒れてしまってからも。
望子が傷ついた事により怒りで我を忘れたフィンが
二つの災害に同調する様にウルとハピまでもが姿を変え、そこにカリマとポルネが参戦した時も──。
──ただ、見ている事しか出来なかったのだ。
望子は、そんな自分が嫌だった。
そんな自分が、とても嫌だった。
それでも、ほんの少しでも皆の力になりたい。
八歳という幼い身でありながら、そんな考えに至った望子はカナタの腕の中からスルリと抜け出した。
「え……?」
突然の望子の行動に目を丸くしたカナタは整った表情を呆けさせ、口をポカンと開ける事しか出来ない。
そんなカナタをよそに、よろよろと疲れた身体を押して立ち上がった望子はローアの下へと歩き出し。
「ろー、ちゃん……」
「っ、ミコ嬢!?」
およそ普段の可愛らしい声を発する少女のものとは思えない、いかにも疲弊しきって掠れた声を掛けてきた顔色の悪い望子に、ローアは驚いて振り返った。
「あの……ものをいれる、まじゅつを……」
「物を入れる魔術……? 一体、何を──」
すると、ほぼほぼ背格好の同じローアに縋りついた望子が、かつてローアが行使していた『空間に穴を開けて物を収納する魔術』を思い浮かべて何かを頼み込もうとするも、この状況では冷静な思考をする事も難しいのだろう、ローアは首をかしげてしまっている。
しかし、そんな風に悩むローアの問いかけに答える余裕もない望子は、ローア越しに爆発に──正確には爆発に巻き込まれる寸前の
「──『ぬいぐるみに、なって』……っ!」
掠れた涙声で、そう叫んだ瞬間──。
ぽぽぽぽんっ。
久方ぶりの間の抜けた音が
「っ、
狼、梟、烏賊、蛸──露骨な程に可愛らしくデフォルメされた四つのぬいぐるみであり、それが召喚勇者である望子の人形使いとしての力によるものだとは分かっていても、その理由が分からなかったのだが。
それも、ほんの一瞬だった。
(……いや、そういう事であるか!)
ローアは直感で望子の考えを察し、いつの間にか気を失っていた望子を優しく抱えながら手を伸ばして。
「我が声に応じ、その口を開け!
ぬいぐるみが爆風に流されて飛ばされる方向を計算し、ローアの生み出す亜空間へと続く穴の中に四つのぬいぐるみを収納した事で二人の思惑は成就する。
そして、いよいよレプターが
そんな状況だからか望子が背負う鞄、
──誰一人、気がつく事はなかった。
────────────────────────
まるで超新星の如き閃光を放つ爆発は、レプターの
──爆発と結界が、接触する。
瞬間、真剣による鍔迫り合いの如き金属音を異常な程に大きく不快にした様な音が響き渡り、それは結界の外にいる筈の望子たちの耳にすら届いてしまう。
「耳が……! 鼓膜が、割れる……っ!!」
『きゅ〜!?』
レプターとローアに対して
「く……お、おぉぉ……!!」
一方で、その爆発の影響を誰よりも直に受けているレプターは、カナタたちとは比べものにならないダメージを受けており、カナタの治療術があっても回復が間に合わない程の負傷が身体を襲い続けていた。
だが、それでも彼女は決して倒れない。
自分が倒れれば、どうなってしまうのかを誰より自覚していたからこそ彼女は決して膝をつく事はない。
(……ミコ嬢が気を失っているのが我々にとって唯一の救いではあるが……このままでは下降の一途であるな)
翻って、この結界に関しては魔族の力を混ぜない方がいいだろうと判断したローアは、ただただ気を失っていた望子を優しく抱えているだけだったのだが、それと同時に一つの不可解な疑問をも抱えていた。
(……何故、
そう、あの時──風の邪神との戦闘時に望子の中から現れた《それ》が、どうしてこの危機的状況にあって顔を出さないのかと強い疑問を抱いていたのだ。
おそらくだが、《それ》は望子が意識を手放している時にしか出てこれないのだと推察していたから。
その一方で、レプターは
(不味い……! このままでは
レプターもローアと同じく──いや、ローアよりも更に強い危機感を覚えており、その罅割れた結界から僅かに漏れ出ている力に冷や汗を流さざるを得ない。
この
黄金色の結界は次第に罅を増やしながら、その爆発の勢いに負けているのか誰の目から見ても分かる程に膨張していき、まさに秒読みという状況にあった。
「ぐ、う……! 駄目、か……っ!!」
そして、カナタの治療術を上回る勢いで負傷した彼女が血を流しつつ悔しげに顔を歪めた──その時。
「っ、な、何であるか!? これは……!!」
突如、誰も気づかない程に小さくカタカタと震えていた望子の鞄、
それは、かつてルニア王国王城の宝物庫にてハピが無限収納を見つけた際に、その性質を示す為にと適当に手に取って収めたままだった宝飾つきの絢爛な盾。
その盾を視界に映したカナタは、どうやらその正体を知っていたらしく目を剥いて驚きを露わにし──。
「え、あ、あれは……!! 『
その正体が、ルニア王国に数あった国宝の一つであると明かすとともに、どうして望子の鞄から国宝が飛び出してくるのかという疑問を覚えていたのだが。
(……いえ、そもそも
よくよく考えてみれば
そんなカナタの脳内での独り言をよそに、その盾は今も死力を尽くすレプターの方へと飛んでいき──。
「なっ、ん!?
カナタと同じくルニア王国に深く関わっていたからか、どうやら彼女もその盾の名と存在を知っていた様だが、そんなレプターの驚きなど知る由もないと言わんばかりに
パキン──という小気味良い音とともに真っ二つに割れたかと思えば、それは次第に黄金色の粒子となっていき、レプターが広げていた龍の翼に吸収された。
「まさか、これは……! 私を、選ん──ぐあっ!!」
「れ、レプター!? 大丈夫!?」
その瞬間、尋常ではない程の激痛がレプターの身体を襲い、それを察したカナタが治療術を行使しようとするも──どういう訳かレプターはその施しを拒む。
「大丈夫、だ……これこそが、
「え……? そ、そうなの……?」
それもその筈、
その事をカナタが知らず、レプターだけが知っていたのは単なる
何を隠そう、ルニア王国に属していた全ての
──
ルニア王国に属していた一部の
その性質とは、この盾自身が宿主を選ぶという事。
ただ強いというだけでなく、その
だが逆に、ひとたび認められれば
レプターの身体を襲う激痛も、それが理由である。
その後、本来の役割である結界を緩める事なく激痛とも戦い、それこそ決して小さくない悲鳴を上げていたレプターだったが、いきなり翼を大きく広げ──。
「これが
完全に
明らかに許容量を超える魔力を注ぎ込まれた事による激痛を乗り越えた、レプターへの贈り物と言える。
この瞬間、彼女は召喚勇者一行の中でもフィンに並ぶ圧倒的な力を手にしたと言っても過言ではなく、これならあの爆発をも防ぎきれると半ば確信していた。
現に、まるで龍の鱗が刻まれているかの様な先程よりも明らかに強度の増した黄金色の結界は、その爆発による罅割れもなく衝撃を完全に抑え込んでいる。
金切り声の様な音も、どんどん小さくなっていく。
(国宝と
魔王やその側近でさえ一目置く存在である上級魔族のローアも、レプターの新たな力に興味津々な様子。
「す、凄い、レプター……! これなら、きっと……」
『きゅー! きゅー!』
だからこそ、カナタとキューは自分たちの勝利を予見して、されどレプターを回復したり魔力を注ぎ込む事はやめる事をしないまま、その表情を明るくする。
朽ち果てた龍の頭上に立っていた下級魔族が、その牙を研いで雌伏の時を待っている事も知らずに──。
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