第241話 意図せぬ力の集約
──『戦う資格は充分だ』、とか。
──『かかってきやがれ』、とか。
そんな事をイグノールに言われずとも、ウルが変化した
『ルォオオ……!! ルァアアアアアアアア……!!』
『キュウゥウウウウウウウウウウウウ……ッ!!』
やはり──と言うべきか、フィンの力には僅かながら劣りこそすれ、ウルが蓄えている煌々とした真紅の業炎も、ハピが蓄えている局所的な黄緑色の吹雪も。
とてもではないが、いち生物が放っていい規模の魔術とは思えず、ウルたちが変化していく一部始終を見守るしかなかった一行は言葉を発する事も出来ない。
ましてや、ハピが放とうとしている息吹には若干ではあるが風の邪神の力も含まれており、まず間違いなく二人揃えば今のフィンにも届く力を秘めていた。
それを分かっていないからなのか、それとも分かったうえでの行動なのかは謎ではあるものの──。
「おいおい凄ぇなぁ!! 他の奴らの被害なんざ微塵も考えてねぇんじゃねぇかぁ!? 最高だなぁおい!!」
眼前で禍々しい業炎と激流が今にも爆ぜてしまいそうな程に鬩ぎ合っているにも関わらず、イグノールはボロ切れの様な服をはためかせながら高笑っている。
「く、うぅぅ……! ローア、まだいけるか……!?」
「是非もなし……! だが、このままでは……!」
そんな風に嗤いながら紡がれていた彼の言葉は決して間違っておらず、イグノールだった龍とフィンの力の余波でさえ吹き飛びかねない程の衝撃を受けていたレプターの
「
「っ、えぇ! 分かってる……!!」
ウルたちの少し後ろから援護していたカリマとポルネは、もろに四つの災害の影響をその身に受けてしまっており、ウルやイグノールの業炎によって肌がひりくかと思えば、ハピの吹雪で身体の動きが鈍くなる。
だが、それと同時に何やら妙に力も湧いていた。
それもその筈、
とはいえ、それは
そもそも、この力が邪神の力の再来である事にすら気がついていないのだから仕方ないかもしれないが。
そんな中、
そう、まだ放出していないのにカリマたちは甚大なダメージを受けているし、ウルたちが魔力を充填する際の余波でさえレプターの
実際に放出されたら──どうなってしまうのか。
そんな風に考えを巡らせたところで、どのみち今にも放出されてしまうのだから──その考えは無意味。
尤も、ローアだけは──こんな危機的状況の中でさえ、その薄紫の双眸をキラキラと輝かせていたが。
翻って、この状況では尻尾を巻いて──まぁ尻尾など生えていないが──逃げたところで誰も咎めはしないだろうに、カリマとポルネは決して退く事はせず。
「今のアイツらに連携求める方が間違いだろうし、アイツらに合わせるしかねェ! やるぞ、ポルネ!!」
「えぇ、そうね……!」
今この瞬間もダメージを受け続けている事など構う事なく、カリマの叫びが終わると同時に二人は左右に散ってから、それぞれの触手に魔力を纏わせ始める。
新しい生き方へと導いてくれた
そして何より、その新しい生き方を始めようとする自分たちを認めてくれた──あの少女に報いる為に。
その後、二人の魔力が充填しきったのを見計らったかの様なタイミングで、ウルとハピが蓄えていた業炎と吹雪が目の眩む様な閃光を放ったかと思えば──。
『ルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
『キュアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
次の瞬間──
当然ながら、それらは最前線で戦わんとしている二人の
「……っ! いくわよカリマ!! 全力で!!」
「おうよ! ぶちかましてやらァ!!」
それでも、カリマとポルネは上位種としての意地を見せて踏ん張り、まるで弾丸の様に飛んでくる砕けた地面の破片が白い肌に傷をつけるのも構わず、それぞれ充填した魔力を
カリマは今までにない程に青白く発光させた十本の触手を一つに束ね、それを巨大な刀剣に変異させ。
ポルネも同じく目が眩む程の薄紅色に発光する八本の触手を絡ませて、それを巨大な砲塔に変異させた。
「──『
かたや、十本の触手を一つに束ねて作り出した超巨大な刀剣を振り下ろす青白い閃光の斬撃を──。
「──『
かたや、八本の触手を一つに束ねて作り出した超巨大な砲塔の発射口から薄紅色の対空砲撃を──。
瞬間、二人の放った
無論、カリマとポルネはともかく今のウルたち三人に正常な判断など出来よう筈もなく、ただ目の前の障害物を排除しようとする意思しか感じられない。
それでも、三つの災害と二人の
全ては──あの黒髪黒瞳の少女を護る為に。
先程まで限りなく互角だった二つの災害の鍔迫り合いは、ある程度の余裕を持って迎え撃とうとしていたイグノールの予想を上回る横槍によって一気に傾く。
「く、う……っ!? は、ははは……!! マジかよ、おい……!! 最高じゃねぇか、お前ら……っ!!」
それでも尚、彼は純粋に戦いを愉しんでおり、やはりどこか箍が外れているのだろうと改めて思わせた。
『ゴギュウゥウウ……?』
一方、
『ギュイィイイ……! ゴギャアァアアアアッ!!!』
どういう感情の末に彼女たちを見ているのか、そもそも今のフィンに感情など存在しうるのかすら分からないが、そんな疑念をよそに
『グ、ギャアァアアアア……ッ!!』
段階的に──いや、加速度的に強くなっていく五人の亜人族による攻撃に、かつてイグノールだった龍は次第に後ろへ後ろへと押されていき、その口から照射されている
だが、それは何も諦めによるものではない。
イグノールは歴とした下級魔族ではあるが、それでも戦いに関してはどの上級魔族よりも勝り、また戦いの最中の頭の回転の速さについても同じである。
ゆえに、イグノールは虎視眈々と狙っていた。
僅かに残された形成逆転の
最早、少し前に自分たちへ向けて上空への警戒を促してくれた何某かがいた事も、そこそこ離れた船上からでもハピの眼には見えていた小さな町の事も完全に忘れているとしか思えない程の圧倒的な攻防の中で。
「……ッ、これなら、いけンじャねェか……!?」
「えぇ、このまま押せれば……!」
カリマとポルネは、イグノールが少しずつ後退している事に気がついて、ほんの少しだけ慢心した。
そう、ほんの少しだけ。
その、ほんの少しの気の緩みが──。
「今──油断したなぁ?」
「あァ……!?」
イグノールに、逆転の
「魔術だの
龍に閉じ込められ知性も知能も封じられていた時のイグノールでは絶対に出てこない、そんな風に捲し立てる様な物言いにカリマたちが圧倒される一方、彼が自身の右手に菫色の糸を勢いよく手繰り寄せ──。
「その一つだぁ!! やっちまぇええええ!!!」
『グルルルル……!! グギャアァアアアアッ!!!』
「な、ぐぅうううう……っ!?」
その右手を振り下ろしたかと思えば、つい先程まで押されていた筈の龍の
辛くもイグノールの勝利か──と思われたが。
『ルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
『キュアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
『ゴギャアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
二人と違い最初から油断も慢心もしていない三つの災害は、より一層の力を業炎と吹雪と激流に込めて放出し、またもイグノールと互角となったものの──。
瞬間、鍔迫り合いの真っ最中であった四つの災害と二人の
失明しても不思議ではない程の閃光が放たれた。
「!! あの光は……! あの規模の爆発は、ヴィンシュ大陸ごと我々を吹き飛ばしかねないのである!!」
「な、んだと……っ!? それでは……っ!!」
その閃光の強さから、あわや大陸ごと消し飛ばしてしまいかねない程の爆発が発生する事を長年の経験から察せられていたローアが珍しく声を荒げると、それを聞いたレプターには二つの懸念が浮かんでしまう。
一つは、望子やカナタを護れないのではという事。
そして、もう一つは──この大陸への憂慮。
別に、レプターはヴィンシュ大陸の出という訳でもなければ、この大陸を訪れた事がある訳でもない。
しかし、それでも彼女が望子たちと違い──この世界の住人である以上は、そして彼女が弱者を護る
「……っ、仕方ない、か……! ローア、ミコ様たちを頼む!! 私は貴女たちを大陸ごと護ってみせる!!」
「何を言って──いや、もう時間はないのであるな」
ゆえに、レプターは一瞬のうちに大きく翼を広げつつ腰に差した二振りの細剣を抜き、ローアに指示を出すも、ローアとしては何が何だか分からず首をかしげていたが、そんな疑問を口にしている時間もない。
(出来れば、やりたくはなかったが……やむを得ん!)
ますます強く大きくなっていく閃光を前に、レプターは抜剣した二振りの
「え……? れ、レプター……? 何を、して」
『きゅー……?』
そんなレプターの奇行を理解しきれないカナタやキューが、きょとんとした表情を浮かべるのも無理はないが、その疑念のこもった声にも彼女は反応せず。
「この
「っ、だから、
誰に聞かせるでもなく、これから行使しようとしているのだろう
これまでの戦いで使ってこなかったのは、この
だが、それも今となっては関係ない。
そう判断した彼女は紋章の刻まれた両腕の腕甲を交差させ、そこに黄金色の魔力を一瞬で充填させる。
レプターにとって最強にして最大の防御用の
──その名は。
「『守護の意志』を我が身に! 『
超広範囲の半球状の障壁が一瞬で展開され──。
その障壁の中で──超巨大規模の爆発が発生した。
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