第240話 人狼と鳥人の決意

 つい先程までイグノールだった龍の口からは、およそ生物が放っていい様な代物とは思えない程の真紅と漆黒に染まる超巨大規模の放射状の業炎が照射され。


 間違いなくフィンである筈の海竜モササウルスと、その海竜モササウルスの両脇を固める様に宙を泳ぐ二体の海豚の化石の口に当たる部分からは、まるで金属を擦り合わせた様な高音が鳴り響く程に超高圧縮された激流が放出される。


 二つの災害が放つ最大最強の一撃は、そこに充分すぎる程の距離があったにも関わらず一瞬で接近し。



 ──衝突した。



 瞬間、汚泥と表現しても不思議ではない程に汚染された海に面した岬は、けたたましい破壊音が遅れて聞こえてくる程の速度と苛烈さを持って崩壊していく。


 当然ながら、そんな壊滅寸前の岬に居合わせた勇者一行は身体が内側から爆ぜてしまうのではないかという規模の衝撃に、あわや吹き飛ばされかけていたが。


「やるぞ、ローア!! 絶衛城塞ランパート!!」

「──闇番守己ダクシルド


 背後でカナタが抱えている望子を何としてでも護るべく、レプターとローアは力を重ね合わせて防御用の武技アーツと魔術を行使し、いつもなら半透明な黄金色の城塞型の盾を発現させる絶衛城塞ランパートは、ローアの闇番守己ダクシルドと融合する事で薄紫色の禍々しい城塞へと変異する。



 それは、まるで魔王城の様な表構えで──。



 無論、強度はレプターが一人で行使するよりも更に上がっており、より一層の防御力を得る事に成功。


「ぐ……! そう長くは持たないか……!? 皆、頼むぞ……! なるだけ早く、あの龍だけでも……っ!!」


 とても無傷で抑えられる代物ではなかったが、それでも望子やカナタを護るという当初の目的は達せられた為、気を抜く事なくレプターは前線へ眼を向ける。


(いるかさん、みんな……がんばって……!)


 唯一、今の状態では何の役にも立てない望子は、カナタの腕に抱かれたまま応援する事に努めていた。



 その一方、異形と化したフィンの援護をする為に前線へと駆け出していった四人の亜人族デミたちは──。



「うぉおおおお!? やべぇ死ぬぞこれぇええ!!」


 踏みしめようとした足場という足場が次から次へと崩壊していく、そんな地獄の様な風景の中を駆け抜けていたウルは流石に命の危険を感じてひたすら叫び。


「……っ、叫んでる暇があるなら援護しなさいな!」

「んな事ぁ分かってんだよ!! うらぁっ!!」


 フィン程ではなくとも優れた聴覚を併せ持つ為にウルの叫びを聞き逃さず、そこそこの高さから龍の頭上に立つイグノールを狙っていたハピが彼女を咎める様に語調を強めるも、ウルも別に遊んでいる訳ではない為、反論しつつ砕けた地面に炎を纏わせ蹴り飛ばす。


 『炎蹴えんしゅう』と名づけた、その足で蹴った物に炎を纏わせて武器とする魔術による火山弾の様な一撃は、ハピが放つ無数の氷柱を発現させる魔術、『氷針ひばり』とともにイグノール目掛けて飛んでいったのだが──。


「おいおい水差してんじゃねぇぞ雑魚どもぉ!!」


 そこらの魔物や魔獣なら消し飛んでいる筈のウルとハピの攻撃も、イグノールが軽く指を動かした事で龍の皮膚から突き出してきた鋭い骨に防がれてしまう。


「あれはさっきの……っ、あぁ鬱陶しいな畜生!!」

「分かってた事でしょう!? いいから続けて──」


 それが自分の足を貫いた突起物と同じものだと悟ったウルが悔しげに叫び放つ一方で、この展開をある程度予想していたハピは『少しでも力を割かせる事』が目的の為、攻撃の手を休めるなと指示を出そうと。



 ──した、その時。



「っ!? おいハピ! 下だ!!」

「え──」

 

 何かに感づいたウルが咄嗟に宙を舞うハピの方を向くと同時に、そんな彼女の真下から異常な程の速度で突き出してくる複数の鋭い骨を視認した事で忠告する旨の叫びを上げつつ勇爪いさづめを構えるも──もう遅い。


 ハピも咄嗟に下に向けて吹雪の如き風を吹き下ろそうとしたが、その時には既に目前まで彼女を貫こうとする骨が迫り、それらがハピの身体に触れる寸前に。


「あぁ……?」


 そのうちの半分は彼女に届く前に切断され、もう半分も届く前に殆ど同じタイミングで撃ち砕かれた。


「っ、今のは……!」


 それが何なのかを一瞬で理解したハピが翠緑の瞳を少し後方へ向けると、そこには右と左にそれぞれ移動して援護の態勢を整えていたカリマとポルネがおり。


「油断してンなよ!! さッさと終わらせようぜ!!」

「後ろは任せて! 貴女たちはフィンの援護を!!」


 決して得意ではない陸上での戦闘でも、それぞれが上位種としての力をある程度は発揮する事が出来ていた二人は、その触手を輝かせながら檄を飛ばした。



 お前らが始めた戦いだろう──そう言いたげに。



「言われなくても分かってんだよ!! おいハピ!!」

「……何よ」


 それを何となく察してしまったウルは、ほんの少しだけ舌を打ってから未だ上空を舞うハピに言いたい事でもあるのか声をかけるも、それを聞いて何やら嫌な予感がしたハピは声のトーンを落として返答する。



 そんな彼女の予感は──どうやら間違っておらず。



「あたしらも──をやる。 いいな?」

「……言うんじゃないかと思ってたけど……」


 巨大な海竜の化石と化したフィンの方へ視線を向けて、これから自分たちが為す事をボカして口にしたウルに、やはり予想通りだったとハピは溜息を溢す。



 要は、フィンと同じく恐化きょうかすると言っているのだ。



ならない保証は何処にもないわよ。 もう元に戻れないかもしれないのに──やるって言うの?」


 そんなウルを諭す様な口調で言い聞かせるハピだったが──その実、彼女もこれでは埒が明かぬと理解しており、それが最も可能性があるとも理解していた。


「お前も分かってんだろ? ミコを護れるんなら、どんな姿になろうが構やしねぇ──やるぞ、ハピ」

「……そうね。 やりましょう」


 そして、それを見抜いていたらしいウルは自分たちの姿が異形になるなんて些細な事だと言ってのけ、ハピに対し改めて声をかけ直した事により、ゆっくりと降りてきたハピは覚悟を決めて──頷いてみせる。



 ──瞬間、二人の身体から膨大な魔力が溢れ出す。



 それを真っ先に悟ったのは──。



「あ? 何だ、あいつら……急に魔力が強く──」



 他でもないイグノールであり、その薄紫の双眸を細めて遥か下で力を溜めている二人の亜人族に興味を惹かれた時、唐突に二人が自分へ鋭い眼光を放ち──。


「!? お前ら何をやッてンだ!?」


 遅れて二人の異変に気がついたカリマが彼女たちに声を飛ばすと、ウルとハピはカリマたちに顔を向け。


「……っ、お前ら、後を、頼むぞ……っ!!」

「私たちに何かあったら、望子を……!」

「な、何を言って──っ、まさか!?」


 今のフィン程ではないとはいえ、それぞれが充分に巨大な真紅と翠緑の魔力を纏いながら、『もし自分たちが元に戻らなかったら』という旨の絞り出す様な声を上げた事により、ポルネは全てを察してしまう。



 と同じ力を使おうとしている、と。



 そして、それを悟ったのはポルネだけではなく。



「おいおい、マジか……? あいつらも……?」


 未だにフィンとの息吹での鍔迫り合いを続けていたイグノールも、ウルとハピが何をしようとしているのかを察し、その表情から余裕の笑みが一旦消える。



 ──そう、あくまでも



「ははっ──くぁははは!! マジかよおい!! どんだけ俺を愉しませりゃあ気が済むんだぁああ!?」


「ッ、アイツ……何を笑ッてやがる……!!」



 どこまでいっても彼は戦闘狂。



 強い者との戦いこそが生きる糧であるゆえに、この世界に生を受けたカリマやポルネたちでさえ理解しきれない常軌を逸した思考を有しているのだから。



 そんな風に高笑いするイグノールをよそに、かたや真紅の暴君竜ティラノサウルスが如き魔力を纏い、かたや翠緑の翼竜プテラノドンが如き魔力を纏う二人の亜人族デミが巨大化していき──。



『ルァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』


『キュアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』



 望子から受けた勇者の力だけでなく魔族の力さえも取り込んだフィンには大きさで劣れど、その強さだけは充分に比肩する二体の巨大な怪物の姿があった。



 その姿は──やはり全身骨格の化石の様になっており、そこにウルやハピの身体は見て取れない。



 そして、新たに出現した強敵を前にイグノールは。



「いいぜぇお前らぁ!! 今のお前らだったら俺と戦う資格は充分だ!! かかってきやがれぇええ!!」



 どこまでも、どこまでも──愉しげに嗤っていた。

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