第234話 鍵を握るのは

 ウルとイグノール、双方の咆哮の余韻が消えぬうちからウルとフィンが真っ先に飛び出していき──。


「速攻でいくぞ! 援護とミコの護りは任せた!!」

「ボクも行く! さっきのお返ししなきゃだもん! 君はみこを護る事に全力を尽くすんだよ! いいね!?」

『──!』


 かたやガリガリと紅蓮の爪でカビに汚染された大地を削りながら全速力で駆け出し、かたやカナタの治療術により全快となった事で、望子の傍に分身ドッペルを一体置く余力を見せつつウルと同じ速度で向かっていく。


「もう、相変わらず気が早いんだから……!」


 ハピもすぐ後を飛んでいき、ポルネとカリマも遅れを取るまいと構える中で、レプターはどうしても先に確認しておかなければ気が済まない事がある様で。


「……ローア、一つ確認しておくが──」


 どうやら確認しなければならない相手とは自分と同じく望子の前に立って護ろうとしている筈の白衣姿の上級魔族であるローアだったらしく、イグノールから目を離さぬままに極めて神妙なトーンで声をかける。


 すると、ローアはレプターが口にしようとしていた事を悟り、そんな彼女の言葉を遮ってから──。


「レプ嬢の読み通りであるよ。 我輩は彼奴に手を出せぬ。 躱し、惑わし、身を隠す事しか出来ぬのである」


「……やはり、か」


 このメンバーの中でも一二を争う実力を持っていながらにして、ウルたちと共にイグノールに攻撃をしなかった事について言及し、それを大体は察する事が出来ていたレプターは苦々しい表情で歯噛みする。



 それと言うのも──。



 ヴィンシュ大陸に到着するまで、『三体の幹部と魔王の側近は魔王の力を直に受けている』『魔族は魔王に逆らえない』、『唯一イグノールだけがそのことわりを覆せた』といった事をローアが全員に明かしており。


 レプターはその事を思い返して、『もしかすると魔王の力を受けたイグノールに、ローアは手出し出来ないのでは』との考えに至り、それは正解だったのだ。


「……私も前線に向かう。 カリマ、ポルネ。 すまないが、ローアやフィンの分身ドッペルと共にミコ様とカナタを」

「おい、アタシもか?」


 その後、諦めの感情を込めて溜息を溢しつつ、『上級魔族を護りに回せるなら』とプラスに捉える事に決めたレプターが翼を広げ、まだ動いていなかった二人の人魚マーメイド勇者みこ聖女カナタの護りを任せようとするも。


「待て待て、アタシも戦うぜ? どのみちアタシは護りには向いてねェンだからよ。 なァ、ポルネ」


 誰が見ても護りには向いてないのは明白であり、それを充分に自覚していたカリマは十本の触手のうち一本を棘付きの鉄球に変異させつつ、『アタシも前線に出る』という旨の意見を口にすべく相方に話を振る。


「仕方ないわよ。 私たちは水棲の亜人族デミ、あのが異質なだけで陸上での戦闘には向かないんだから」


 しかし、ポルネとしては自分たちの陸上における機動力のなさや、水上や水中でなければ戦力としては今ひとつだという事実、そして何よりそれらを覆しているフィンがおかしいのだと言い聞かせる様に語った。


 現に、フィンは今この瞬間もウルやハピと共にイグノールを翻弄しつつ、隙あらば大きな一撃をぶつける為に、兵器とまで称された触媒に魔力を溜めており。


「……わーッたよ」


 それを遠目に見ていたカリマは、あそこまでの動きは陸上では出来ない事を彼女なりに理解し、変異させていた触手を元に戻したうえで渋々了承してみせた。


「とかげさん、きをつけてね……?」


 そんな中、方針が決定した事を悟った望子はレプターの手にそっと自分の手を重ね、自分なりに精一杯のエールをするべく涙目の上目遣いで声をかける。


「っ、はい! お任せください! 行くぞ、キュー!」


『きゅーっ!』


 それを受けたレプターは未だかつてない程のやる気に満ち満ちた様で、僅かに顔を赤らめさせながらも肩に乗るキューに発破をかけると、キューは普段通りに一鳴きしつつ空を飛ぶレプターにしがみついていた。


「大丈夫、よね、みんな──わっ! 地面が……っ」


 一方、フィンの治療に思った以上に魔力を消費をしてしまっていた事で、ただ立っている事も難しくなっていたカナタは地面にへたり込みつつ、その地面がカビの侵食を受けている事に気がついたのか、彼女が治療術とは別に得意とする浄化魔術を行使せんと──。



 ──した、その時。



「……あ、れ? これなら……ね、ねぇ──」


 自分の魔術がイグノールのカビを簡単に浄化する事が出来たのを見たカナタは、ある事に気がついて目の前の龍に最も詳しいだろうローアに尋ねようとした。


「……当時、イグノールに明確な有効打を持っていたのは、あらゆる魔術を自在に扱う召喚勇者と、今はミコ嬢の師匠でもある火光かぎろい、そしてそんな勇者たちと共に魔族われらと最後まで戦い抜いた──聖女であった」

「え……!?」


 そんなカナタの言葉を聞くまでもないといった風に遮りつつ振り返ったローアは、先に告げた『有効打』が当時の召喚勇者とリエナ、そして聖女の力だったと明かし、それを聞いたカナタは目を剥いて驚愕する。


「ここまで言えば、お主でも分かるであろう? イグノールは早い話が──黄泉返りレヴナントの完全上位互換。 痛覚はなくとも、火と浄化に弱いというのは変わらぬ」

「! それなら……っ!」


 翻って、ローアはこの位置まで飛んでくる戦闘の衝撃を闇番守己ダクシルドという防御用の闇魔術で防ぎながら、結局のところイグノールは限りなく黄泉返りレヴナントに近い性質を持っているのだと語ってみせたのはいいものの。


「っ……でも貴女、火力不足って言ってたじゃない」


 それを聞いていたポルネはと言えば、『それが分かったところで、どうにもならないって話をしてるんじゃないの?』と正論を持って割り込みながら、カリマと共に隙を見て斬撃、或いは砲撃を放ち援護する。


「それは覆しようのない事実であるな。 ウル嬢の炎が効いていない時点で突破口は無いに等しい──」


 そんなポルネの物言いを受けたローアは、さも噛み締めるかの様にゆっくりと首を縦に振りつつ、多少なり怯みはしてもダメージにはならなかったウルの一撃を思い返し、『ああして翻弄する事に意味を見出せればよいが』と他人事の様にウルたちを見遣っていた。



 ──瞬間、ローアの背後から。



「ろーちゃん。 おししょーさまは、ゆうしゃさまといっしょにあのおっきいとかげさんをたおしたの?」

「む? あ、あぁ、まぁ……そういう事であるな」


 天真爛漫な望子としては珍しい極めて真剣な表情と声音で、先程ローアが口にした『有効打を持っていた者たち』の中に自分の師匠が入っていた事実を再確認する旨の声が聞こえた事で、ローアは若干面食らいながらも何とかそれを肯定し、望子の二の句を待つ。


 すると、望子はおもむろに首に下げた立方体を小さな手で、ぎゅっと握りしめながらローアを見つめて。


「じゃあ──わたしにもできるかな……?」

「……いや、それは……どうであろうか」


 要は、『師匠が出来た事なら弟子の自分も出来る様にならないと』と言いたいのだろう事を察したローアが、『あんなのと望子を戦わせたくない』と口にしていたハピの言葉を脳裏に浮かべて困惑する一方。


「……私も、やる──ぅ、うぅ……っ」


 ふらふらと立ち上がったカナタが、両手に純白の魔力を溜めつつ浄化魔術の準備をしようとするも、どうやら本当に意識を保つギリギリの状態であるらしく。


「うォ!? おい、邪魔すんなッての!!」

「あ、ご、ごめんなさい……っ」


 図らずもふらついた先にいたカリマに寄りかかってしまった事で怒鳴られてしまい、カナタは謝意を示しつつも魔力の充填を取りやめようとはしない。



 ──覚悟は、出来ているのだろう。



「……かなさん、いっしょにがんばろう。 あのおっきいとかげさんをたおして、みんなをまもるの」

「……っ! えぇ! 任せて!」


 そんなカナタを見ていた望子は、きっと自分と同じ気持ちを持ってくれているのだろうと踏んで、魔力の宿ったカナタの手を握って決意を新たにし、それを受けたカナタは感極まった様子で首を縦に振った。



 やっと、望子の役に立てる──。



 そう考えていたのかもしれない。



「ッ、本当にやるンだな!? 仕方ねェ──ポルネ!」

「そうね、私たちは援護を」


 それを目の当たりにしていたカリマは思わぬ展開に強めに舌を打ちつつも、こうなっては止められないと判断して相方に声をかけ、ポルネも分かっていたとばかりに頷き、攻撃の通り道を作る為の支援を始める。



 そして、望子が運命之箱アンルーリーダイスを紺碧に輝かせると同時にその小さな身体は蒼炎の狐人ワーフォックスと化し、カナタも少し前に海に出没した悪霊を祓う際に行使した浄化魔術を今度は前方に放つべく両手をスッと前に遣り。



『いくよ──かなさん』


「えぇ──生きとし者へは祝福を、死せる者へは追悼を。 聖なる光は平等に、遍あまねく者へと降り注ぐ」



 二人は顔も見合わせぬままに互いの呼吸のみを感じ取り、カナタが浄化魔術の詠唱を終えた瞬間──。



『──っ、えぇええええええええいっ!!!』


「──神聖光雨リーネライン!!」



 これまでのどんな時よりも巨大な蒼炎の狐の口から放たれた煌々とした放射状の熱線と、さも神の力と見紛う程の神々しい曲射状の光の雨は、五人の亜人族デミと戦闘を繰り広げていたイグノールに──照射される。

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