第233話 災害は阿呆

 未だに『ぐぁははは!』と大気が震える程の大声で高笑いをするイグノールをよそに、勇者一行はイグノールと同じ魔族であるローアが口にした衝撃の事実に目を見開き、揃いも揃って言葉を失っていた。


「有効打が、無い……!? ふざけんな! じゃあどうやって倒しゃいいんだ!? あんな化け物をよ!!」


 その時、わなわなと身体を震わせながらも、『んな事があってたまるか!』と叫び放ったのは真紅の瞳を光らせて白衣の少女を睨みつけていたウルであり、鋭い牙を剥き出しにして怒鳴り散らかしたのはいいが。


「……」


 当のローアは何故か言葉を発そうともせず、あくまでも無表情のまま薄紫の双眸を細めてイグノールを見遣りながら、何やら思案するように顎に手を当てる。


 まるで、他人事だとでも言わんばかりに。


「……ちょっと待って。 ローア、貴女──」


 そんな折、小さく呻きつつもカナタの治療術を受けて少しずつ回復しているフィンを心配そうに横目で見つつも、ローアの『有効打が無い』という発言の前につけられていたとある言葉を思い返していたハピが。


「──『今の世界に』、って言ったわよね」

「……」


 暗に『かつては間違いなく有効打があった』と解釈させようとしたのではないか、と推測して語りかけると、ローアはイグノールから目を離さぬまま頷いた。


「……そうか。 今でも半信半疑ではあるが、ミコ様よりも前に魔族と戦っていた勇者がいたんだったな」


 それを聞いたレプターは後ろにいる望子にチラッと視線を移し、ここまでの道中でローアから聞いた世界中の人族ヒューマン亜人族デミの記憶や記録から消えた千年前の魔族との戦いの事を思い出し、複雑な表情を見せる。


 それというのも、レプターとしては失われた千年前の戦いの記録など全く要領を得ず、ましてや彼女は望子を敬愛し、崇拝し──自覚は薄いものの慕情さえも抱いており、かつての召喚勇者がどうのと言われても興味が湧いてこないというのが本音だったのだ。


「その勇者が魔族を封印したって話が事実なら、あのイグノールとかいう龍も例外じゃないって事ね……」


 一方、ハピやレプターと並んで思慮深いポルネは自分の全力の攻撃が通用していない事に割とショックを受けつつも、その話に納得したように首を縦に振る。


 つまり──かつての召喚勇者がイグノールを封印する事が出来たのなら、それは少なくとも勇者がイグノールへの有効打を持っていたという事に他ならない。


「……確かに、お主たちの推測通りである。 『有効打が無い』というのは正確には誤りであって──『火力不足』というのが最も正しい表現であろうな」


 すると、ローアは漸くイグノールから目を離して口を開き、ハピ、レプター、ポルネの言葉を肯定しながらも、あくまでイグノールの絶対的有利は変わらないという旨の発言をし、それを聞いたカリマは──。


「……アタシらが弱ェから、ッてか」

「……我輩の口からは何とも」


 ウルと似たり寄ったりな怒気に満ちた表情を浮かべつつ、されど自分の攻撃が意味を為さなかったのも事実であるゆえに、それを表に出さない様に静かな声音で問いかけるも、ローアは肯定も否定もしない。



 ……だが、それが全てを物語っていた。



「……どのみちやるしかねぇんだ。 有効打があろうがなかろうが関係ねぇ、あいつを倒してミコを守るぞ」


 そんな中、気を引き締める為に強めに自分の頬を両手で叩いたウルが、おそらく自分に言い聞かせる事を主とした言葉を口にしながら全員に視線を向ける。


「ボクもやる……! ミコは、ボクが守るんだ……!」


 一行の誰しもが同じ気持ちではあったが、その中でも特に強い意志を抱いているフィンは、カナタのお陰で傷は完治していても精神的には疲弊し切っている身体を起こし、自らの触媒である口元のマイクと二つの宙に浮かぶスピーカーを模した音響部隊ユニットを展開した。


「……まぁ、止めはせぬよ」


 それぞれが属性に応じた色の魔方陣、或いは武技アーツを行使しようと構える一方で、やはりローアは我関せずといった具合に『やれやれ』と首を横に振る。


 それでも──望子を守るつもりではあるらしく、レプターと同じ様に望子の前に移動してはいたが。


『はー……いやぁ、笑った笑った。 お、ちょうどそっちの話し合いも終わったみてぇだなぁ?』


 翻って、それまでずっと笑い通しだったイグノールは漸く高笑いを抑え、ちょうど一行の話し合いが終わったのを確認した事で、そのボロボロに朽ち果てた全身にはそぐわない牙の生え揃った口を歪めて笑う。


『お、そうだそうだ。 忘れてた……なぁ、一個だけ聞きてぇ事があんだけどよぉ。 いいか? いいよな』

「……聞くだけならな」


 その後、イグノールは唐突に望子たちに質問があるのだと低い声音で話しかけ、『拒否権は無い』と言わんばかりにそれを強いてきた為に、せめてもの抵抗とでも言いたげにウルは語気を強めて返答した。


『そうかそうか! いやぁ悪いな! じゃあよ──』


 すると、イグノールは心から嬉しそうな声音で笑いながら、質問を口にするべく一拍置いて──。



『勇者ってのは──どいつだ?』


「は?」



 その底冷えする様な低い声が真剣味を帯びていた事からも、おそらく冗談で言っているのではないのだろう事は分かるが、それはそれとして質問の内容に理解が及ばないウルは思わず口をポカンと開けてしまう。


『いやー、それがよぉ──』


 そんなウルや他の者たちの反応を尻目に、イグノールはその質問の意図や理由をつまびらかにし始める。


 ある日、いつもの様に魔王コアノルからの命令である通商破壊をすべく海や港を空高くから荒らしていたイグノールの下に、魔王の側近デクストラから通信が入った。


 どうやら、ここ数日の間に以前にも聞いた召喚勇者がヴィンシュ大陸を訪れるらしいとの事であり、その勇者を生け捕りにして連れてこいと指示を受けたが。



 ……ここでデクストラ、痛恨のミス。



 以前にも聞いた──とは言ったものの、その時に伝えた召喚勇者の特徴をイグノールは完全に失念しており、『流石に大丈夫でしょう』と踏んだデクストラは再び伝える事はせず、通信を終了してしまっていた。


 特徴はおろか名前すらも忘れていたイグノールだったが、何とか性別だけは覚えていた様で『一行の中の女が勇者なんだろ』と楽観的に考えていたのだが。


 いざ岬に着いた船から降りてきたのは揃いも揃って女であり、イグノールには全く区別がつかなかった。


 ゆえに、『本当に勇者ならこれくらいじゃ死なねぇよな』と踏んだうえで息吹や咬撃を行い、現に耐えてみせた事からも勇者一行だと断定して、この中の誰が勇者なのかと問いかけた──という事らしい。


(……そういえば、大陸の支配など任せられよう筈もない程の阿呆だとか言ってたが──まさに、だな)


 そんなイグノールの独白を黙って聞いていたレプターは、ローアが彼の力を強める為に知能を下げたという事実を思い返し、呆れた様に溜息を溢していた。


『それで、勇者はどいつだ? 教えてくれよ』

「ぅ……わ、わたしが──」


 その後、改めてイグノールが血走った眼を向けながら問いかけてきた事で、ビクビクとしつつも勇者たる望子が名乗り出ようと前に出んとした──その時。



「教えてほしけりゃ──あたしら全員、倒してみろ」



 望子の前には中指を立てて挑発するウルを始めとした、カナタとローアを除いた六人と、レプターの肩の上にちょこんと乗ったキューも含めた七人の亜人族デミが立ち塞がり、徹底抗戦の意志を示していた。


『……そりゃあ尤もだなぁ。 勇者ってのは強い奴の称号だ、最後に残った奴が──勇者だよな』


 この並びだと望子かカナタが勇者かもしれないと考えが及びそうなものだが、イグノールは既に戦いの事しか頭に残っておらず腐敗した息を口から漏らす。


 一行の中でも特に嗅覚に優れたウルは、その息の腐乱臭に顔を顰めながらも再び大牙封印スロットルを装着し、それと同時に他の六人も臨戦態勢に移行していき──。



『さぁ、始めようぜぇ!! 最高の戦いをよぉ!!』


「望むところだ! かかってきやがれぇ!!」



 大陸ごと揺らすかの様な轟音とともに叫ばれた開戦の合図に対し、ウルも自らの身体に煌々とした業炎を纏いながら咆哮を上げ──今、戦いが幕を開ける。

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