第232話 この一撃に

 今まさに自分が行使した泡の盾に食らいつかんとする龍の姿に、カナタの治療術で癒されながらも未だにダメージを受け続けて息を切らすフィンはといえば。


「うえぇ!? いや無理無理!! あれは無理ぃ!!」


 これまで、どんな攻撃も大抵の場合は防ぐ事が出来てはいたが、それでもあの龍の牙の一撃をどうにかするのは今の自分では無理だと悟り、首を横に振る。


 尤も、彼女が万全な状態だったのなら拮抗する事くらいは出来ていたかもしれないが、泡沫うたかたどころか身体にまでカビが侵食している今の彼女では無理だろう。


絶衛城塞ランパートで──」


 一方、経験からその事を充分に理解していたレプターは、半透明な金色の城を模した盾を発現させる防御用の武技アーツ絶衛城塞ランパートで望子やカナタ以外の戦闘要員たちも守れるかどうかを逡巡するも──。


「……いや、無理だ……! ハピ、何か──」


 自分から見て前方にしか展開する事が出来ない為に押し潰されるだけだと考え直し、他の者たちと比べて冷静に見えるハピの方を向き、早急に意見を求める。


 こんな状況で頼られても困るといった具合に顔を顰めるハピだったが、どのみち何とか出来なければ自分たちが──そして何より望子が危ない目に遭うというのは彼女にも理解する事は出来ていた為に──。


「……っ、全員で遠距離攻撃! あれの口の中に!!」

「……選択の余地は、なさそうだな……!」


 自分の意志で発現させるかどうかを決められる可変式の爪に風と冷気を纏わせて、その手を迫り来る龍に向けながら全員に指示を出し、それを聞いたウルもマズルガード型の触媒──大牙封印スロットルを口に装着して自分の拳に煌々とする業炎を纏わせ始める。


「フィン! 牙が泡沫うたかたに触れる寸前で解除出来る!?」

「う〜……やってみる、けどぉ……!」


 更に、ハピがイグノールから目を離さぬまま泡沫を解除するタイミングを指示すると、フィンは腐敗の苦痛と治療術の安楽のアンバランスさという妙なむず痒さに抗いながらも了承し、その瞬間を見計らう。


「わ、わたしも……!」


 その時、一応ではあるが超級魔術を二種も扱う事が出来る望子が、首に下げた小さな立方体を握りしめつつ『いつでもいいよ』とでも言いたげにしていたが。


「望子はその場を動かないで! あんなのと戦わせるなんて、そんな危ない事させられないわ!!」

「っ、ぅ、うん……」


 この瞬間だけハピがくるっと後ろを向いて、『お願いだから!』と守るべき対象に声を大にして頼み込んだ事により、しゅんとした望子は立方体を握っていた手をそっと下ろしてレプターの後ろに隠れてしまう。


「っあ、もう目の前に……っ!」

「来るぜェ! 備えろォ!!」


 そんな事を話し合っている間に、イグノールは牙の生え揃った口を大きく開けて飛来せんとし、それを目の当たりにしたポルネとカリマは、かたや顔を青くしつつも八本の触手に魔力を込め、かたや様々な衝動に駆られながらも十本の触手を鋭く輝く光刃に変える。


 瞬間、イグノールの口が泡沫うたかたを食い破る為に勢いよく閉じようとしたのを確認したフィンは──。


泡沫うたかた、解除……! ごめん、ちょっと休ませて……」

「いっ、いるかさ──」


 最早、侵食するカビの勢いがカナタの治療術を上回っているのか、少しではあるが腐ってしまっていた両手を下ろして泡沫を解き、そのまま倒れてしまう。



 動くな──と言われた以上、駆け寄る事も出来ない望子がフィンを案じて彼女の名を叫ぼうとした。



 ──その瞬間。



「──『拳火けんか』ぁ!!」



 ウルは、グルグルと回した右腕に纏わせた業炎を放射状に変化させ、イグノールの口を目掛けて放出し。



「──『冷旋れいせん』!」



 ハピは、爪に纏わせた冷気を直線状の吹雪へと変化させ、イグノールの口から全身を貫く様に放ち。



「──『海皇接撃カイザーファルシオン』!!」



 カリマは、青白く輝く光の刃と化した触手を振り抜き、十の巨大な斬撃をイグノールの口に見舞い。



「──『海神隔撃デウスフォーカス』!」



 ポルネは、八本の触手の全てを薄紅色に光り輝く砲塔に変化させ、イグノールの口に光線を照射した。



 レプターが、あくまでも非戦闘要員を守る為に攻撃を控え、もしもの場合に備えて絶衛城塞ランパートを行使する中で、イグノールの閉じかけていた口に魔術や武技アーツが衝突し──瞬間、強く大きく鮮やかな光が辺りを包む。



『グ、グァルルルル……!!』


「こ、この野郎ォ……ッ!!」


「く、このままじゃ……っ!」



 魔術や武技アーツを行使している訳でもないイグノールの咬撃と、ウルたち四人の全身全霊の攻撃は完全に拮抗しており、食らいつこうとするイグノールの咬筋力と四人の亜人族デミの魔力の勝負はしばらく続いたが──。



「……っ、あぁ!! いい加減にしやがれぇええ!!」


「!? ウル!? 何を──」


 痺れを切らすだけには留まらず、完全にブチ切れていたウルは乱暴な手つきで大牙封印スロットルを外し、その口から拳火などよりも更に勢いの強い業炎を吐き出す。



 大牙封印スロットル──装着している間は牙を攻撃に使えなくなる代わりに、それを外した後の牙、或いは口を用いての魔術が一度だけ極端に強化される触媒であり。



 放たれた魔術の名は──『砲火ほうか』だった。



 その瞬間、拮抗していた他三人の攻撃を呑み込んで放出された業炎は、イグノールの口を無理やり開き。



『──グ!? グギャアァアアアアアアアアッ!?』



 全員の視界が一瞬、真っ赤になる程の光と衝撃が発生すると同時に、イグノールはけたたましい悲鳴とともに大きく吹き飛び、『ズシン』という大陸ごとゆれたのではという地響きを伴って仰向けに倒れた。


「……や、やったか……!?」


 未だにグラグラと地面が揺れる中で、おそるおそる絶衛城塞ランパートを解除したレプターが立ち込める土煙の向こう側を龍の眼で見通しながら小さく呟く一方。


「……いや、あの程度では──」


 戦闘要員に数えられる上級魔族でありながら何故か攻撃に参加しなかったローアが、手を加えた自負からか絶対に倒せていないと確信する旨の発言をした。



 ──その時だった。



「グ……グルルルル……──」


 地を這う様な低い唸り声が望子たち全員の耳に届いたかと思えば、もんどりうって倒れていたイグノールが大きく朽ち果てた翼を起点に起き上がり、その血走った真っ赤な瞳で望子たちを強く睥睨している。


「マジかよ……!! あたしは全力で──」


 一切の加減などなく殺すつもりで魔術を放ったというのに、ダメージを微塵も感じさせないイグノールの佇まいを見たウルは、ほんの少しだけ畏怖を覚えて後ずさってしまったのだが、そんな彼女をよそに──。



『──ぐぁーっはっはっはっはっはっはぁ!!!』


「「「「!?」」」」



 イグノールがおこなったのは、その口から咆哮を轟かせるでもなく、再び腐乱息吹モウルドブレスを放つでもなく、ただただ大きく口を開けて──高笑いをする事だった。


『──おいおい! やるじゃねぇか、お前ら!! 今のは痛かったぜぇ!! ま、多分だけどなぁああ!!』


「ぅ、うるさ……!」


 その後、高笑いを終えたかと思えば今度は自分を吹き飛ばしたウルたちを称賛する旨の言葉を発し、それを聞いたフィンは満身創痍の身体で何とか耳を塞ぐ。


「多分、だと……? 何を言ってやがる……?」


 一方、イグノールが口にした『多分』という言葉に引っかかりを覚えたウルは、何が何だか分からないといった具合に疑問符を浮かべる事しか出来なくなっていたものの、ふと『餅は餅屋』という地球の故事成語を思いついた為にローアがいる方を振り向いた。


「……イグノールの痛覚は随分と前に我輩が取り除いた。 加えて超再生能力も搭載しているのである」


 すると、ローアは特に臆面もなく──かつておこなったイグノールの改造の際に不必要だと断定した痛みを感じる感覚を全て取り除いたのだと明かしつつ、その痛みを感じない身体を活かす為の再生能力も半ば無理やり取り付けたのだと全員に対して語ってみせる。



 ちなみに『随分と前』とは──千年以上も前の事。



「……つまり?」



 それを聞いたウルが、いまいち要領を得なかったらしく苛立ちながらも分かりやすい答えを求めた事により、ローアはイグノールから目を離さずに口を開き。



「今の世界に──イグノールへの有効打は存在せぬ」



 ──どこか、得意げにそう告げた。

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