第230話 落着の裏側で

 突然の魔王軍幹部騒動から──早一ヶ月。


 あれから、ピアンの等級クラスが八位等級の鋼鉄メタルから七位等級の瑠璃ラピスに昇級したり、それまでは奴隷身分だったアングたち三人がリエナとアドライトの口添えで解放され正式な冒険者になったりと色々あったのだが。


「珍しいね、あんたがあたしに話があるなんて」


 ある日、『少し話があるんだけど』と切り出したアドライトの頼みを聞き入れたリエナが店の扉に『本日休業』の看板を出した後、青い火の着いた煙管キセルを咥えて紫煙を燻らせながら長く艶やかな足を組み替える。


「わざわざ時間を作ってもらってすまない、リエナさん。 ただ……確認したい事がいくつかあってね」

「確認?」


 その一方、行儀よく椅子に座っているアドライトは貴重な時間を割いてしまった事を謝罪しつつ、どうしても聞きたい事があったのだと口にするも、いまいちピンときていないリエナは首をかしげてしまう。


「あぁ、まずは……そう、クルトさんたちはどうなったのかなって。 あれから一度も顔を見てなくて」

「……あぁ、あいつかい」


 すると、いくつかの聞きたい事のうちドルーカの領主たるクルトや、その私兵たるシャーロットやジェニファーがどうなったかをアドライトが尋ねてきた。


 ちなみに──彼女の言う『クルトさんたち』にはリュミアやサーキラの街の事は含まれていない。


 そちらに関しては、既に自分で確認しているから。


 あの騒動があってからというもの、サーキラの街はそれまでの百年が嘘や冗談であったかの様に亜人族デミの存在を受け入れており、やはり彼ら……或いは彼女らは闇黒死配ダク・ロウルの影響下にあったのだと分からされた。


 尤も、ここまで簡単に魔術が解除されたのも術者がウィザウトだったからであり、もしこれが魔王本人だったのなら──その代償としてサーキラに住まう全ての者たちの命が奪われていても不思議ではない。


 最初のうちは亜人族デミたちも唐突に受け入れられた事に困惑していたが、それでも今は少しずつサーキラへ出入りする亜人族デミも増加傾向にあるとの事だった。


 そして──リュミアはといえば。


 リエナの分身ドッペルが抱えていた二つの遺体を見た彼女は殆ど記憶にない両親の姿だとしても、やはり本能で親だと分かるのかボロボロと涙を流して寄り添い、誰に憚る事もなく声を上げて泣き続けていた。


 その後、アドライトに抱きしめられながら慰められた彼女は、しばらくしてから落ち着きを取り戻し、アドライトとともに再び馬に乗りサーキラへと帰還。


 無論──二つの遺体を連れて。


 今は、セヴィアたちに支えられながら次期当主になる為の勉学を寝る間も惜しんで頑張っているらしい。


 が、それはそれとして──この一ヶ月で全く情報が入ってこなかったクルトたちの事の方も気がかりだったらしく、だからこそリエナに尋ねにきたのである。


 一方、そんなアドライトからの質問を受けたリエナは極端なまでに顔を顰めて深い溜息を溢し──。


「しばらく部屋にこもってたみたいだけど、最近になって漸く少しずつ執務に手をつけ始めたらしいよ。 全く……餓鬼じゃあるまいし、いつまでもウジウジと」


 幼い頃から互いを知り、いつも傍に従者として仕えてくれていたカシュアが魔族だと判明し、そんな彼女が消されてしまったとはいえ、ドルーカに戻ってきてから彼は三週間近くも自室に引きこもっていた様で。


 そんなクルトの現状を聞いたリエナが元教育係としての情けなさからか、或いはカシュア──もといウィザウトを消した責任からか彼を叱咤した事により、ここ一週間で漸く自室から姿を見せたとの事だった。


 ともすれば──自死の可能性もあると考え、またシャーロットやジェニファーも同じ考えを抱き、それを彼女に相談したからこそ、リエナはわざわざ彼に発破をかけに屋敷の自室まで出向いたらしいのだが。


「あ、あはは……まぁまぁその辺で……」


 尤も、そんなリエナの機微までは理解しきれなかったアドライトから見れば、クルトの女々しさに呆れているとしか思えず、とにかく彼女を宥めんとした。


 その後、気持ちを落ち着かせる為に時間を置いたリエナに対し、アドライトは次に聞きたい事を尋ねる。


「二つ目だけど。 魔道具アーティファクトの痕跡調査の依頼クエストの時、ピアンに同行をお願いしようとしただろう? でも、『課題があるから』って断られた。 その件については?」

「課題……あぁ、あれの事か」


 そう、今回の騒動の火種ともいえる──リエナからの依頼クエストを彼女が受ける時、当初はピアンを連れていこうとしていたものの、それが何かを教えてもらえないままに断られた事を思い返して問いかけた。


 すると、リエナが何かを思い出そうと顔を上に向けて、その後すぐに思い出したらしく顔を戻す。


「あんたは覚えてるかい? あの子と一緒に旅をしてる筈の──白衣姿の小さな上級魔族の事」

「それは……勿論、忘れようもないさ。 でも、あの魔族とピアンの課題がどう繋がっていると──」


 翻って、リエナは唐突に黒髪黒瞳の召喚勇者と行動をともにしている上級魔族について語り出し、その魔族が勇者たちの一行に加わった瞬間も見ていたアドライトは当然ながら首を縦に振り、先を促そうとした。



 ──その時。



「店主ー! 店主からの課題、完了しましたよー!」


 突然、『本日休業』の看板が出されている筈の店の扉が勢いよく開いたかと思うと、そこから入ってきたのは他でもないリエナの見習い弟子──ピアン。


「あぁ、お疲れさん。 よく頑張ったね」

「えへへ、ありがとうございます!」


 いかにも兎らしく『ぴょんっ』と飛び込んできた彼女をリエナが慣れた手つきで受け止め、『課題が完了した』という弟子の言葉に師匠らしい嬉しそうな笑みを湛えつつ、その綺麗な銀髪を梳く様に頭を撫でるとピアンは心からの満面の笑みを浮かべて礼を述べる。


 しばらく気持ちよさげに目を細めていたピアンだったが、何気なく視線を横に向けたとき──。


「あれ? アドさん、こんにちは! どうしたんです?」

「こんにちは、ちょうど君の話をしてたんだよ」

「私の、ですか?」


 ここで漸くアドライトの存在に気がついた様で、スッとリエナから離れて笑顔で挨拶しつつ来店している理由を尋ねると、アドライトは爽やかに挨拶を返しながらも彼女の質問に返答してみせた。


「あんたに与えた課題が何だったのか、って話さね」

「あぁ! それなら──これです!」

「ん? これは──」


 一方、何の事だか分かっていないピアンに対してリエナが補足するやいなや、ポンと手を叩いた彼女は自分の鞄をゴソゴソと漁り──取り出したは。


「──光の、魔石……?」


 この世界であれば、どんな街や村でも見かける事の出来る光の魔石であり、アドライトとしては何をそこまで得意げにしているのかがいまいち分からない。


「はい! 以前、レプターさんたちと依頼クエストを受けて盗賊のアジトに攻め入ったのを覚えてますよね?」


 そんな彼女とは対照的にピアンは達成感からくるニコニコとした満面の笑みを浮かべながら、かつてはアングたちも属していた死風旋風シムーンという名の盗賊団を壊滅させる為、召喚勇者と行動をともにしている龍人ドラゴニュートや聖女たちと受注した依頼クエストについて話を振り、当然ながら覚えていたアドライトは無言で首を縦に振る。


「あの時、暗い洞穴を照らす為の松明代わりの光の魔石が至るところに設置してあったと思うんですけど」

「あぁ、確かに──で、これをどうしたのかな」


 そんな彼女の反応を見たピアンが、その魔石が壊滅した盗賊団のアジトの照明として使われていたものだったと明かすも、いまいちアドライトは要領を得ないらしく薄い胸を張ったままのピアンに問いかけた。


「実は、これを加工しての『とある魔道具アーティファクト』の作製というのが店主からの課題で──えっと、これです」


 翻って、ピアンが魔石を鞄に戻しつつ別の何かを取り出し、『これは失敗作なんですけど』と苦笑いしながらアドライトに見せると、どうやら経験も知識も豊富な彼女はその魔道具アーティファクトに見覚えがあった様で──。


「これは──あぁ、『設置結界マインオーラ』かな」

「流石はアドさん! その通りです!」


 設置結界マインオーラとは──いずれかの属性を込めた魔石を触媒として設置式の結界を魔力が尽きぬ限り発生させ続ける魔道具アーティファクトであり、もしも魔力が尽きれば後から注ぎ直せばいいという便利な代物として知られている。


 無論、これもリエナが考案して広めたものだが。


「光の設置結界マインオーラ──リエナさん。 もしかして……さっき、あの魔族の話をしようとしてたのは」

「あぁ、そういう事さね」


 そんな中、設置結界に込められた属性を改めて確認したアドライトは、ハッと何かを察してリエナの方へ顔を向けて話を振ると、リエナは我が意を得たりと頷きながらも失敗作それを手に取り同じく苦笑している。


 つまりは──魔族除けの結界という事なのだろう。


「さっきまで、これを街の外周をグルッと囲む様に置いてたんですよ! 具体的にはですね──」


 その後、ピアンが自分の成果を誇らしげに語らんとするべく、やいのやいのとリエナ相手に詳細な情報を伝えようとしているのを察したアドライトは──。


「……邪魔になりそうだし、私は失礼しようかな」

「え、もう帰っちゃうんですか?」

「うん、聞きたい事は聞けたから。 それじゃあ──」


 本当はもう一つだけ聞きたい事があったが、せっかくのピアンの頑張りを邪魔するのも、と考えピアンの言葉を受けつつも日を改めようと──した、その時。



「最後にあたしが使った魔術の事はいいのかい?」


「!!」



 まるで全てを見通しているかの様な、ほぼ確信を持って告げてきたのだろうリエナの声が耳に届いたアドライトは、ふと扉を開けようしていた手を止める。


 完全に──図星というほかなかったから。


「あんたは気づいてたんだろう? あれは攻撃の為の魔術じゃなく──転移の為の魔術だったって」

「……え? どういう、事ですか?」


 自分に背を向けた状態で足を止めたアドライトを尻目に、あまりにもあっさりとあの時の魔術──彼女は天津御狐アマツミコと名付けていた──が攻撃用ではなく対象を遥か遠くへ飛ばす転移の魔術だと明かし、それを聞いたピアンは驚愕と困惑が入り混じった表情を見せる。


「……あの魔術からは……そして何より、あの時のリエナさんからは微塵も攻撃の意思を感じられなかったんだ。 おかしいとは思ってたんだけどね……」

「て、店主? どうして、そんな事……」


 一方で、アドライトがその事に気がついていたというのは事実だったらしく、長年の経験から魔術に込められた──或いは術者自体の感情を読み取る事も可能としていた彼女からすると、あの時のリエナにはウィザウトを慮る様にすら見えていた様で、ピアンはますます困惑の極みに陥ってリエナの裾を摘んでしまう。


 すると、リエナは深く溜息を溢してから──。


「……あの幹部、ウィザウトって言ったっけ。 あいつの身体には──『呪い』がかけられてたんだ。 多分だけど、あいつ自身も分かってない類の呪いがね」

「「呪い……?」」


 ウィザウトの身体には、おそらくウィザウト自身も感知する事が出来ていない程に巧妙にかけられていた呪いがある、とリエナは彼女を消す為の魔術を選ぼうとしていた時──それを察知する事に成功していた。



 その呪いとは──自らを殺した者を殺し返す呪い。



(ああいう……小賢しく陰湿で同族の命さえ軽視する様な事をするのは──あの『魔王狂い』で間違いないね)


 ともすれば、ウィザウトを最初から捨て駒としか思っていないかの様な呪いをかける……魔王コアノルのやり方や性格をよく知っているリエナからすれば、まず間違いなく今回の件は魔王の仕業──ではなく。



 ──魔王の側近デクストラが発端だろうと確信していた。



「ま、とにかくだ。 心配しなくても転移先は魔族領だから、もうここへは当分来られないだろうさ」

「そっか……それなら──って」


 その後、咥えていた煙管を口から離して煙を吐いたリエナが話を終わらせようと、ウィザウトを懐かしき魔族領へと飛ばした事を明かし、それを聞いたアドライトは一瞬安堵しかけたが──すぐにハッとなって。


「それだとあの子が……ミコちゃんが危険なんじゃ」

「そうですよ店主! ミコさんに何かあったら……!」


 おそらく今も魔族領──延いては魔王の城に向かっている筈の愛らしい少女の身が危ぶまれるのでは、と口にするやいなや、その少女のお陰で上位種へと進化していたピアンもリエナに縋り付いて涙目になる。


 無論、そんな事はリエナも分かってはいた。


「大丈夫さね。 あの子も小さいとはいえ召喚勇者なんだから、きっと自分たちで何とかするだろうさ」


 しかし、あの少女には優しく頼もしく──そして何よりどこまでも少女を愛してやまない三人の亜人ぬいぐるみがついており、それに加えて幹部と同等かそれ以上の力を持つと踏んでいる上級魔族に、少女を後から追いかけている龍人ドラゴニュート樹人トレント、少女を『救世の勇者』としてこの世界へ召喚した聖女もついている筈である。




(そうだろう? ミコ。 あたしの可愛い二番弟子──)




 だから、きっと大丈夫。




 そんな、リエナの願望にも似た想いは──。




 大きく、悪い方へと──外れてしまう事になる。

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