第228話 魔王の予備

「ま、魔王軍幹部……!? マジかよ……!!」

「そん、な……という事は、また、上級……?」

「か、幹部ですわよ? きっとあの時の魔族より……」


 あまりにも唐突な魔王軍幹部との邂逅。


 普通の魔族すら見た事がないアングたち三人は一瞬で臨戦態勢を整えつつも後退り、よりにもよってこの洞穴で再び上級かもしれない魔族に出会ってしまったシャーロットたちも身体を震わせてしまっている。


「て、店主……っ! 洒落にならないですよ……!」

「……」


 そんな中、魔族自体は見た事があっても交戦の経験は一切ないピアンが先の五人と同様にリエナの色打掛の裾を摘んで怯える一方、当のリエナは表情一つ変える事なく少し離れた位置に立つ魔族を見据えていた。


(幹部……? それにしては随分と……)


「あの──」


 時を同じくして、アドライトもまたウィザウトと名乗ったその魔族を冷静な様子で見つめていたが、どうやら彼女は何かに気がついたらしく、その違和感や疑念を拭うべくウィザウトに話しかけんとする。


「──らだ」


「? 何です?」


 しかし、そんな彼女の声は声になる前にクルトの小さな呟きに遮られてしまい、それが聞こえていたウィザウトは随分とわざとらしく主人に聞き返した。


「一体、いつからだ……いつから、お前は……」


 すると、クルトは数歩だけ前に出てから、ありとあらゆる感情を押し殺しているかの様な声とともに、どの段階から自分たちを欺いていたのかを尋ねる。


「……ふふ。 最初からですよ、クルト様」

「最初、だと……?」


 それを受けたウィザウトがクスクスと喉を鳴らして嘲る様に笑いつつ、『いつからも何も』と付け加えたうえでそう答えると、クルトやリュミア、シャーロットたちは信じられないといった表情を浮かべていた。



 そもそも、『最初』とはいつを指すのか。



 カシュアが正式にクルトの従者になった時か?



 クルトが初めてカシュアに出会った時か?



 それとも──カシュアが産まれた時か?



 ──否。



 その、どれでもない。



「えぇ、最初からです。 より正確には──」


 

魔族わたしたち百年前からずっと、ですね」



「……は……? ふ、復活……?」



 カシュアはクルトの呟きに対し周知の事実であるかの様に平然と衝撃の真実を口にして、それを聞いたクルトは『最初』がいつを指すのかという事に関してもそうだが、『復活』という言葉にもまた驚いている。


 ──それも無理はないだろう。


 この世界に住む人々は、リエナも参加していた千年以上前に勃発した魔族との最初の大戦についても、当時の召喚勇者によって魔王や魔族たちが封印された事も、そして目の前のウィザウトも含めた今の魔族たちが封印を解いたのだという事も知らないのだから。


 無論、復活という言葉に疑念を抱いていたのはクルトだけでなく、リエナと……その見習い弟子であるピアン、そして図らずも史実に触れる機会に恵まれていたアドライトの三人を除いた全員が困惑している。


「百年前、私は魔王コアノル様より王命を賜ったのです。 『とある亜人族デミを始末せよ』との王命を」


 しかし、ウィザウトはそんなクルトたちを尻目に自らの至上目的を語り始め、『とある亜人族デミ』という言葉の時点でリエナは全てを察していたが、『勝手に話してくれんならそれでいいか』と止める事はしない。

 

「そして私はその王命を果たす為、対象の亜人族デミと親密かつ高貴な身分を持つ人族ヒューマンの家系に対して闇黒死配ダク・ロウルを行使し、その内の一人にのです」


 その後、何かを言いたげにするクルトたちなど気にもかけず、コアノルから王命を受けた直後に彼女が取った行動を、『とある亜人族デミ』と『高貴な身分を持つ家系』の部分を明かさぬままに説明してみせた。


 つまり、彼女は人化ヒューマナイズ闇黒死配ダク・ロウルを駆使して人族ヒューマンの生活圏に紛れ込み、名を変え声を変え姿や性別も変えて、百年にも渡って王命を果たさんとしていたのだ。



 ある時は──執事バトラーとして。



 また、ある時は──女中メイドとして。



 そして、現在となる最後には──従者サーバントとして。



 本来ならば、カシュア=シュターナとして産まれる筈だった人族ヒューマンへと成り代わっていた。


 高貴な身分を欲したのも、どうせならある程度の権力を有した方が後々得だろうと考えての事だった。


「まさか、それが……」


 一方、ウィザウトの説明で察してしまったリュミアがクルトの隣までよろよろと歩きつつ、『高貴な身分を持つ家系』が何を指すかをつまびらかにしようとする。


「えぇ、シュターナ家です。 ここで言うのもあれですが、とてもいい隠れ蓑でしたよ。 我が妹、リュミア」

「……っ、私を! 妹なんて呼ばないで!!」


 そんなリュミアを見たウィザウトは、まるで本当に姉が妹を見守るかの様な視線とともに返答し、それを聞いたリュミアはアドライトと出会ってからこの場所に至るまでに溜め込んでいた感情を爆発させた。



 ──『ふざけるな』、と。



 この一言に尽きるだろう。



「そんな事を言わないで下さい。 お父様やお母様が哀しみますよ? ほら──じゃないですか」


 しかし、それでもウィザウトは先程から浮かべている──いや、姉の表情でリュミアたちの後ろに控えていた二体のリエナの分身ドッペルを指差す。


 彼女は分身ドッペルが抱えているものが何か気づいていた。


「……っ!! やっぱり、あんたが……!!」


 無論、あらかじめ分身ドッペルが抱えるものが何かを聞いていたリュミアは、ウィザウトの言動で全てを理解してしまい、珍しく粗雑な二人称を口にして睨みつける。


 その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。


「えぇそうですよ。 私が始末しました。 その後、発見されてしまわない様に闇黒死配ダク・ロウルで死骸に細工したんです。 人族ヒューマンが──というより親が持つ『子を想う』気持ちは私の目的の邪魔になると踏んだので」

「そんな、理由で……! よくも……っ!!」


 そんなリュミアとは対照的に、ウィザウトが何でもない事であるかの様にリュミアの両親を死に追いやった事実を明かした事により、リュミアがポロポロと涙を流しながらウィザウトに詰め寄ろうとするも。


「いっ、いけませんわリュミア様!!」

「悔しいのは分かります! ですが、どうか抑えて!」

「離して! 離しなさいよぉ!!」


 魔族の恐ろしさを嫌という程に分からされた経験のあるシャーロットたちが二人がかりでリュミアを抑えたものの、当のリュミアは我慢の限界だと言わんばかりにバタバタと暴れてしまっていた。


 年相応に──と言えば、そうかもしれないが。


「……サーキラの街の変化も、貴女が?」

「えぇ、私の闇黒死配によるものです」


 二人に抑えられつつも宥められていたリュミアが涙を流しながら膝をつく中、アドライトが不意にサーキラの街の住民たちによる亜人族デミへの差別や偏見の元凶について問いかけると、ウィザウトは首を縦に振る。


 彼女が言う事には──まずはサーキラの住民を実験台として、ウィザウトが始末しなければならない対象と同じ亜人族デミという種族そのものを嫌悪させる様に洗脳を施し、それが上手くいったのなら対象の亜人族デミが住むドルーカに着手するつもりだったらしい。


 いくら始末対象の亜人族デミが強くとも、住民たちの弾劾を受ければ必ず隙が出来る──と、考えていた。


「──しかし、そう上手くはいかなかったのです。 それが何故だか、貴女に分かりますか?」

「何故、って……そんなの、分かる訳が」


 だが、どうやら彼女の目論見は全く持って上手くいかなかった様で、その理由についてアドライトに話を振ってきたが、そんなものが彼女に分かる筈もない。



 ──その時。



「──あたしが……無意識下で闇黒死配ダク・ロウルを妨害してたからだ。 違うかい? ウィザウトとやら」

「え……?」


 突如、それまで分身ドッペルとともに後ろに控えて沈黙を貫いていたリエナがアドライトの隣に移動しつつ──。


 ウィザウトの策が成功しなかった理由は──リエナ自身、過去に随分と長く魔族との戦いを続けていた弊害で、やたらと魔族が扱う闇の力に敏感になってしまっており、ひとたび闇の気配を感じたが最後、無意識に妨害……或いは焼失させる癖のせいだと語った。


 尤も、それが闇黒死配ダク・ロウルだとは知らなかった様だが。


「……えぇ、その通りです。 そして何より──」


 そんなリエナの説明をウィザウトは口惜しげに肯定しながらも、更に補足する様に話を続け──。


「私の目的は──火光かぎろい。 貴女を始末する事でした」

「え……!? 店主、を……!?」


 彼女が受けた王命である『とある亜人族デミの始末』とはリエナの事だったと明かすも、当人であるリエナより師匠想いのピアンの方が驚いてしまっていた。


「我が魔王、コアノル=エルテンス様は──この世界に存在する他の誰より貴女を警戒していました。 未来の世界の支配者たる自分に唯一、比肩する存在だと」

「……そうかい。 そりゃあ光栄だね」


 その後、ウィザウトが『無論、当時の召喚勇者を除いてですが』と付け加えたうえで、魔王コアノルが復活後もなおリエナを最大限に警戒している事実を告げると、リエナは微塵も嬉しくなさそうに煙を吐く。


 既に一線を退き、一人の魔具士として生きている彼女としては、魔王などという厄介極まりない存在と関わり合いになりなくないと考えていたからだ。


 リエナが黒髪黒瞳の召喚勇者を二番弟子にしたのにも、あの少女が魔王を倒す事が出来れば面倒な事に巻き込まれないで済むという打算も──僅かにあった。


 無論、愛らしさに負けたという事の方が大きいが。


「ですが、コアノル様はゆえあって城から離れる事が出来ません。 その為、私が派遣されたのです」

「……魔王の予備サタンズスペア、か」


 異世界から来た少女の愛らしさを思い浮かべて少しだけ機嫌を直していたリエナをよそに、ウィザウトは肝心の『コアノルが城を離れられない理由』を口にせぬままに自分が選ばれた理由と自身の二つ名を結びつけ、アドライトが納得した様に頷いた──その時。



「──いいや、違うだろう? ウィザウト」

「っ」



 溜息混じりに紫煙を燻らせながら、『見抜いているぞ』とでも言いたげに挑発的な笑みを浮かべたリエナが声をかけた途端、ウィザウトは軽く舌を打つ。


魔王の予備サタンズスペアなんて二つ名は戦場でも聞いた事がなくてね。 だから幹部は二体だけだと思ってたんだ。 けど、ある時ラスガルドの奴がこう言った。 『幹部は三体だ。 もう一体、戦闘に向かぬがいる』ってね」


 そんなウィザウトを尻目に、リエナは千年以上も前の出来事をなるだけ詳細に思い返し、ウィザウトの存在すら知らなかった事と、かつて黒髪黒瞳の召喚勇者の中から出てきた何かが討伐した魔王軍幹部筆頭の名を挙げ、幹部が三体であると知った事を明かした。


 その後、そこまで語ったリエナが一拍置いて、『それってさぁ』と口にしながら青い瞳で射抜くと、当のウィザウトはビクッと身体を震わせて──。



「あんたの事だろう? だって、あんたはどっからどう見ても──その辺の下級魔族はおろか、ここにいる誰より非力な存在だ。 闇黒死配ダク・ロウルだけが取り柄の、ね」

「……!!」



 咥えていた煙管で目の前の魔族を指しつつ、『世界規模でも下から数えた方が早い』と付け加えたリエナを、ウィザウトが薄紫色の双眸で睨みつける。


(……随分と弱々しく感じると思ったら……成る程ね)


 そんな中、長年の経験からかウィザウトが強者には全く見えなかったアドライトは、自分の脳内を支配していたモヤモヤが晴れた様にスッキリしていた。


「と、いう事は……アングが言っていた、『飛ぶのに慣れていない様に見える』というのも……」

「まともに飛行する力もねぇって事か」


 一方、蚊帳の外となっていた元盗賊の三人の一人であるオルンが、アングが何気なく口にしていた『魔族の逃げ方』について言及し、それを聞いたケイルは妙に納得した様子で『成る程なぁ』と頷いている。


 本人たちは気づいていないが、ウィザウトは一瞬だけ彼らにも薄紫の双眸による睨みを飛ばしていた。


「……その通りですよ。 私はたまたま闇黒死配ダク・ロウルを扱えたというだけの──お飾り幹部ですから」


 そして、ウィザウトは観念したかの様に溜息を溢してから、自らの身の上話をつらつらと語り始める。


 自分がれっきとした上級魔族である事や、下級にも劣る魔力や身体能力しか持ち合わせていない事、されど下手に闇黒死配ダク・ロウルという最強クラスの魔術に適性を持ってしまったがゆえに、『魔王の予備サタンズスペア』などと揶揄された挙句、幹部として祭り上げられてしまった事。


 魔王の予備サタンズスペアという二つ名は──蔑称だったのだ。


「どうやら、ここまでの様ですね。 もし仮に闇黒死配ダク・ロウルを行使しても……貴女がいたのでは意味がない」

「……なら、どうする?」

「簡単な話ですよ。 私を殺したければ──」


 その後、再び溜息を溢したウィザウトが右手に魔方陣を展開してからすぐに消し、それを見たリエナが自らの進退について彼女に問いかけると、勝てぬと分かったうえで特攻でもするつもりなのか騎士らしく装備していた長剣をスラリと抜いた──かと思えば。



「──どうぞ、ご自由に」



「……何?」



 その長剣を投げ捨てた事による、カシャンという金属音を洞穴内に響かせながら、ウィザウトが自らの生を諦めるかの様な発言をした事に……リエナだけでなく全員が眉を顰めて困惑してしまっていたのだった。

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