第227話 特級危険生物を越えて
「さて、
その後、しばらく歩いた先に位置する巨大な洞穴に領主を含む一行が辿り着いたのはいいものの、どうやらリエナは先に『冒険者ではない』四人に対して言っておかなければならない事があった様で──。
「中に入れば当然、魔獣だの魔蟲だのがいるんだろうし……あんたら四人は待機してても──」
それは、紛れもなく心配からくる言葉……などではなく、ハッキリ言ってしまえば『邪魔だからここにいろ、連れてくるから』という戦力外通告だった。
ならば、そもそも街で待たせておけばと思うかもしれないが、流石に住民も多くいる街の中へ魔王と同じ魔術を扱うという魔族を入れる訳にはいかないからこそ、わざわざ直前まで連れて来ていたのである。
以前、今回と同じくらいに厄介な白衣姿の上級魔族がドルーカに滞在していたのは……まぁ、別として。
「ここまで来て、『はいそうですか』って大人しく待ちぼうけをくらう訳ないでしょ。 私は行くわよ」
しかし、そんなリエナの忠告を真っ先に蹴ったのはリュミアであり、『ふんっ』と鼻を鳴らして自身の意思の堅固さを誇示すると、リュミアには勝れどこの中では弱者に分類せざるを得ない二人の
「私も行きます。 あの時は散々だったけど……」
「えぇ。 今度こそ足手まといにはなりませんわ」
かつて、この洞穴で自分たち以外の上司や仲間たちを全滅させられた経験がある為、今も恐怖に打ち震えてはいたが、それでも決して退こうとはしない。
「……で? クルト、あんたは──」
それを見たリエナは少しだけ微笑ましげに喉を鳴らした後、表情を戻してもう一人のお荷物に話を振る。
「……この中において俺が何の戦力にもならないのは分かってる。 だが、この目で見なければ納得しようもない。 迷惑をかけてしまう事も分かっているが──」
すると、既に馬から降りていたクルトは彼女以上に真剣味を帯びた表情を浮かべ、己の非力を理解しながらも『どうか同行させてくれ』と深く頭を下げた。
「別にいいよ。 幸いな事に、ここには現役の冒険者が五人いるし……おまけに一人は
「はは、過度な期待はしないでほしいけどね」
一方のリエナは『苦にもならないし』と言わんばかりに片手をヒラヒラと振りつつ、いつの間にか隣に立っていたアドライトの頭に手を乗せ、それを受けた彼女は苦笑しながらも『任せてよ』と薄い胸を叩く。
結局、全員で
ちなみに、潜入する際に
残念ながら、非戦闘要員であるクルトとリュミアの二人、そして元盗賊であるアングたち三人も使う事が出来なかった為、まるで
……が、その程度で彼女たちが怯む事などある筈もなく、リエナの二体の
「そういえば……今の
しばらく洞穴内を警戒しながら歩いていた時、ピアンが随分と今更な事を口にして注目を集める。
この
今回は事態が事態である為か、そんな暇は無いと判断して潜入しており、それも『最悪あたしが何とかする』というリエナの発言によるところが大きかった。
「あー……まぁ、この気配は多分──」
尤も、
──そこには。
「……ん? おい、あれってまさか──」
「は!? おいおいマジかよ!」
「……よりにもよって、か」
身も皮も骨も無い、ぶよぶよとしたそれは。
「……
そう、かつてサーカ大森林にて召喚勇者の所有物たる
──特級危険生物に分類される、謎の存在である。
「この
その一方、誰に聞かせるでもないアドライトの邪推に賛同し、そして補足するかの如くピアンが彼女と似た様な推察を口にすると、『確かに……』とアドライトが思考の海へと飛び込み沈みかけていた中で。
「対策としては火か冷気、よね……シャル」
「えぇ、その通りですわジェーン。 ただ……私たちの力で
二人の
「……」
「リエナ、さん? ちょっと、どうしたの?」
「何を黙って……いや、何を考えてるんだ」
アングたちやアドライトも各々の武器を構えて臨戦態勢を整える中、何故かリエナがその場から全く動こうとせず口も開かない事に違和感を覚えたリュミアとクルトが声をかけるが、リエナは微塵も反応しない。
(事態が事態だし、あたしがやってもいいけど……)
どうやらリエナは、ここで立ち止まっている暇は無いと分かっていつつも気にかけている事がある様で。
(それじゃあ、ここまで連れてきた意味がない。 もっと言えば、あたしは既に冒険者なんて引退した身だ)
それは何も、ここに潜入する事となった時に限った話ではなく、ここ十数年の冒険者の軟弱さをリエナは憂いており、それこそ彼女が認める者など
ゆえに、リエナは
「って事で──『
「「「「「!?」」」」」
洞穴内に『パチン』という音を指で鳴らして響かせて何らかの魔術の名を呟くと同時に、アングたち三人と二人の女魔術師が一瞬だけ蒼炎に包まれる。
突然の事態に五人は驚かざるを得なかったが、その蒼炎がすぐに消えた事で更に困惑してしまう。
──しかし、その意味を五人は即座に理解する。
「な、何だこれ……! 身体の底から熱い何かが……」
「あぁ、凄ぇぜ! 今なら
「いけそう、だな……やるか」
今、アングたちは……まさしく熱に浮かされているかの様に身体を軽く感じており、それを一時的な超強化だと捉えてしまうのも仕方ない事だった。
……無論、超強化でも間違いではない。
「この、青い炎は……これって、私たちも……?」
「みたいですわね。 流石はリエナ様、支援魔術とはまた異なる方法で味方を補助する事が出来るなんて」
その一方、ある程度の魔術に対する知識を有するジェニファーとシャーロットは、リエナが行使した魔術が支援魔術ともまた違うものだという事を理解していながらも、『力が増している様に感じる』のは相違ないと判断し、二人して
──している様に、錯覚させる魔術である。
地球で言うところのプラシーボ効果に近いか。
当然ながら本当に強くなっている訳ではないが、それでも気持ちが前を向いているか否かというのは戦いにおいて最も大切な事だと言っても過言ではない。
現に……千年以上も前の事だが、至って普通の
「さぁ、あんたら五人で
「「「おぅ!!!」」」
「「はい!!」」
だからこそ、リエナは今にも駆け出さんとする五人に向けて号令を飛ばし、それを受けた五人は各々の武器を持って
「て、店主? 私たちはいいんですか?」
「そうだね。 対抗手段もなくはないし……」
一方、戦闘要員であるにも関わらず何故かリエナの魔術を受けていない二人の
「二人には一応、魔族と戦う事になった時にあたしの支援をしてもらうつもりだからね。 まぁ、でも──」
「? 何かな」
「……いや、何でもないよ」
それもその筈、言っていなかったが
その事を伝えた後、何かを含ませる様に意味深な物言いをしたリエナにアドライトは疑念を感じて問いかけたが、それが何かは教えてもらえなかった。
……時間としては、およそ三十分程だろうか。
「……た、倒せたな……何とか、だけどよ……」
「はー、はー……ギリギリ、だったぜ……」
「流石は、特級危険生物……伊達では、ないな」
本当に少しずつではあるが、奥へ奥へと進みながら討伐を続けていた兼ね合いで、一行は
「ふぅ……り、リエナ様の魔術ありきとはいえ……」
「うん、いけたね……すっごく、疲れたけど……」
アングたちもシャーロットたちも、狐超之夢とは別に付与されていたリエナの蒼炎を持って、『リエナ相当の力を持った気分』で戦っていた為、疲労はあってとそれを上回る充実感に浸ってもいたのである。
その後、アドライトやクルトの心からの称賛を受けた五人が疲弊しつつも何とか立ち上がり、『先に行ってくれ』『遅れても必ず行きます』とそれぞれが口にした為、リエナたち五人は奥へと進んでいった。
しばらく進むと、アドライトが思わず言葉を失う。
(この、扉は……前に壊した筈……)
彼女たちの目の前にある大胆な装飾が施された大きな鉄扉は、かつてこの洞穴の最奥を根城としていた白衣姿の上級魔族を連れ立つ際、間違いなく壊した筈。
しかし、あの時と全く同じ様相で道を閉ざすその鉄扉は、どこを見ても壊れている様には見えない。
あの時は
「多少は頑丈そうだけど──『
リエナが『コンコン』と数回だけ鉄扉を小突いたかと思えば、そのまま片手を扉に当てて魔術を行使。
いつもなら蒼炎が発生する筈だったが……発生したのは同じ青色のドロドロとした溶岩であり、それは侵食するかの様に扉を覆い、気づけば鉄扉は完全に溶け切ってしまい、あっさりと彼女たちの道が開けた。
そして、鉄扉があった場所を五人で通り抜ける。
──その、瞬間。
「──ここまで追ってくるとは思いませんでしたよ」
今ここにいる五人の耳に間違いなく聞き覚えのある声が届き、その声の主が奥から歩いてくる。
「っ、お前……お前は……! 本当に……っ!」
その声に誰よりも真っ先に反応したのは他でもないクルトであり、覚悟していてもやはり衝撃的だったのか言葉に詰まりながらも確認の為の声を飛ばす。
「えぇ、そうですよ。 もう隠す意味もありませんね」
そこにいたのは、金髪、鎧、長剣という騎士然とした姿を見せるクルトの従者、カシュア=シュターナ。
──の、皮を被った何か。
「カシュア=シュターナは仮の姿。 私の名は──」
カシュアは……白衣姿の上級魔族と魔王の側近を除けば唯一、魔族で習得しているらしい
金色の髪と瞳を薄紫色に、そして透き通る様な白い肌を褐色に染めて、その薄紫の髪を掻き分ける様に二本の漆黒の角を、身につけた軽鎧から
「魔王軍幹部、『
──あまりにも衝撃的な事実を、さも何でもない事であるかの様に明かしてみせたのだった。
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