第226話 従者を探して

 亜人族デミが五人に人族ヒューマンが三人、蒼炎の分身ドッペルが二体。


 おまけに人族ヒューマンの一人はドルーカの領主という、召喚勇者一行と大差のない奇想天外ユニークさを誇る八人は、住民たちから奇異の目で見られながらも街の外に出た。


「──さて、どうだい?」


 その後、門兵に事情を誤魔化すのを二人の女魔術師ソーサレスに任せ、リエナが煙管を咥えたまま『街から出て何処へ行ったのか』をアングに確認せんと声をかける。


「……門の辺りまでは色濃く残ってたんだが……外に出た途端、地面からは消えちまったな」


 しかし、当のアングは少しだけ苦い表情を浮かべて地面に鼻を近づけながら、さも失態を演じてしまったかの様な物言いとともに首を横に振ってみせた。


「マジかよ、それじゃあ追えねぇんじゃねぇか?」


 それを聞いていたケイルは尻尾でペシッと地面を叩きつつ、『お前が頼りだってのに、なぁ?』と隣に立つオルンに同意を求めたものの──。


「……いや。 その……カシュアだったか? その従者が魔族なら移動手段は徒歩に限らないと思うが」

「俺も同じ事を考えてた。 んでもって──」


 知力に優れる混血のオルンは既に『カシュアが魔族である事』を前提とした思考に切り替えており、ふとした仕草で空を見上げつつ提言すると、どうやらアングもほぼほぼ同じ様な事を思いついていたらしく。


「──ビンゴだ」


 自分とオルンの考えが正しかった事を、犬人コボルトたる自らの超嗅覚を持って証明してみせた。


「飛んで逃げた……って事か。 追えるかい?」

「いけなくはねぇ。 ただ、まるでみてぇににおいが分散してっからなぁ──」


 それを受けたリエナが同じ様に空を見上げた後、屋敷を出る時と似た口ぶりで問いかけるも、アングは首を縦に振りつつ何やら含ませた言い方とともに『時間はかかるが』と最後まで遂行する意思を見せる。


「それなら、これで──『鋭敏化メイクセンス』」


 その時、目的地がサーキラの街かもしれないという事もあり、念の為に緑色のフードを深めに被っていたピアンがワンドをかざし、何らかの魔術を行使した。


「ぅお──お、おぉ!? 一気に色んな臭いの情報が入って……でも、さっきの臭いは嗅ぎ分けられるぞ!」


 すると、アングの身体──というより鼻──が一瞬だけ光を放ったかと思えば、誰に聞かせるでもなく支援魔術によって自らの身体に起きた変化を解説する。


 事実、鋭敏化メイクセンスとは対象の感覚──特に五感──を極端に鋭くさせる魔術であり、まさしく今の状況に、そして今の彼に適した支援魔術だといえるだろう。


「それが鋭敏化メイクセンスですから。 じゃ、頑張って下さい」

「お、おぅ! ありがとな!」


 嬉しそうな表情を見せるアングとは対照的に、ピアンは至って素っ気ない態度を崩さぬままそっぽを向いてしまったが、それでもアングは自分の役割をこなせる事の有り難さからピアンに感謝の意を示す。


 かつて、この草原で盗賊に襲われた事のあるピアンは、ハッキリ言って彼らとの関わりなど持ちたくもなかったが、されど私情を持ち込んでいる様な事態にない事は充分に理解していたゆえの手助けだった。


(……あの子も、ちったぁ大人になったね)


 そんな見習い弟子の精神的な成長に、リエナがさも親であるかの様な微笑ましげな視線を向ける一方。


「……はぁ……」

(……で、こっちはいい大人なのにウジウジと……)


 長年の付き合いであった筈のカシュアが魔族かもしれないという事に、どうやら未だにショックを受けているのか落ち込み続けているクルトを見て、リエナは正直に言えば街を歩いていた時から苛立っていた。


「……いい加減、その辛気臭い顔をやめな。 そんな顔されたら、こっちまで気が滅入るってもんだよ」

「……っ」


 この八人の中で唯一、クルトが乗馬した状態である為に、百九十以上の長身を誇るリエナでも彼の顔を軽く見上げなければならず、そんな状態で領主である彼に対して罵るかの様な物言いで檄を飛ばす。


「……仕方ないだろう。 俺にとってカシュアは従者だが、妹の様に思ってきた節もあるんだ。 それが魔族かもしれないなどと……そんな……そんな……っ」


 すると、クルトは心の奥底から搾り出す様な声とともに、カシュアへの想いを口にしながら悔しげに拳を握り、馬の背に装着されている鞍を叩いた。


 その一方、特にカシュアに思い入れなどないリエナでも、幼い頃から勉学だの魔術だのの指導をしてきたクルトの気持ちだけは何となしに分からなくはない。


「妹ねぇ……ん、妹?」

「……? 何だ」


 だからこそ、さも同感している様な素振りを一瞬だけでも見せてあげていたのだが、クルトが口にした妹という単語に、リエナの脳内を何かの存在がよぎる。


「……カシュアには、妹がいなかったかい?」

「──っ! そう、いえば……!!」


 そして、遠い昔──といっても彼女にとっては最近だが──に顔を見た覚えのある、カシュアの妹だと紹介された少女の事を思い返したリエナが顎に手を当て尋ねると、クルトは馬上で顔を上げて跳ね起きた。


「そう、リュミアだ! カシュアの五つ下の妹で、俺と同じ恩恵ギフトを授かった子で……今は十五か十六か……」

「……あぁ、そんな名前だっけ……その子は知ってんのかねぇ、カシュアの事」


 しばらく唸った後、クルトはカシュアの妹の名を思い出しつつ自分と同じ威圧スリートという恩恵ギフトを授かっている事も、そして現在の年齢をも口にしたのだが、それよりも気になっている『訳知りなのかどうか』という事をリエナは紫煙を燻らせながら呟く。


 そんなリエナの呟きに対し、クルトは『ふむ』と軽く唸って当時の出来事を脳裏に浮かべて──。


「分からないが……今、サーキラを統治しているのは鑑定シント恩恵ギフトを持つセヴィアという男だ。 商人としても武人としても優秀で、俺の親戚に当たるんだが」

「あー……成る程ねぇ」


 当初は別の街を治めていたが、サーキラを統治していたシュターナ家の者が亡くなった事で急遽サーキラを統治するべく、元々治めていた街を息子に任せてサーキラへと派遣された男の有能さと彼が持つ恩恵ギフトを口にすると、リエナは『それなら知っててもおかしくないか』と若干ではあるが納得した様に頷こうとした。


「あれ? 誰かが馬に乗ってこっちに……」


 その時、フードの中に納めていたピアンの耳がピクッと動いて、何某かが馬に乗った状態でこちらの方へと走ってきている音を捉えたかと思えば──。


「──リエナさん!」

「ん?」


 その馬に乗っていた人族ヒューマンの少女と森人エルフのうち、精悍な森人エルフがよく通る声で狐人ワーフォックスの名を呼んだ事で、リエナはふとそちらを向き──アドライトの姿を映した。


「おや、アドじゃないか。 もう戻ってきたのかい?」

「あぁ、ちょっと──って、クルトさん!? どうして貴方がここに……それに、随分と大所帯だね……?」


 さも日常の中にあるかの様な素振りでリエナが声をかけるも、アドライトは彼女の声に応える前にクルトを視界に入れた事でそちらが気になってしまう。


「こっちも色々あってねぇ……で? あんたの前に座ってるその子は? まぁ、何となく分かるけど」

「りゅ、リュミア……!」


 きょとんとした表情を浮かべるアドライトとは対照的に、リエナが特に表情を変える事もなくアドライトの前に座る金髪の少女に話題を移した事で、クルトも馬を寄せて少女の名を呼び『何故ここに』と問う。


「……お久しぶりね、クルト様。 貴方がここにいるという事は──もう、知ってしまったのかしら?」

「……っ、と、いう事は……?」


 すると、リュミアは馬上で軽く頭を下げつつ、『こちらが気がついた事で』という養父の言葉を思い返してクルトに声をかけ、そんなリュミアの口ぶりでクルトも察したのか言葉を詰まらせながらも尋ね返した。


「えぇ。 カシュア=シュターナは魔族よ。 いつからかは分からないけれど……私の姉の皮を被った、ね」

「……やはり、そうなのか……っ!」


 それを受けたリュミアは一拍の間を置く事もせずにあっさりと彼が望まぬ答えを口にし、その覆しようもない事実にクルトは再び馬上で顔を伏せてしまう。


「……取り込み中すまない、アングが大体の居所を掴んだらしい。 逃げられてしまわないうちに──」


 そんな中、重苦しい空気が流れるリエナたちの間に割って入ったオルンが、アングが役割を遂行したと報告し、『急いだ方がいいのでは』と提案した。


「あぁ、そうだね。 けど、その前に──リュミア」

「っ、何、かしら……?」


 一方、『そりゃ尤もだね』と口にしつつも、先に済ませておきたい事があったリエナがリュミアに声をかけると、彼女は少しだけビクッと身体を震わせる。


 ……普段は誰に対しても尊大な態度の彼女だが、流石にリエナの様な圧倒的強者は怖いのかもしれない。


「今、そこの二体の分身ドッペルに……あんたの両親と思われる遺体を持たせてある。 確認するかい?」

「……っ」


 翻って、リエナが自分の後ろに控える二体の分身ドッペルを後ろ手に指差し、その分身ドッペルたちが蒼炎の尻尾に包んでいる二つの遺体の存在を、そして半ば確信していた正体を明かすと、リュミアは少しだけ瞳を潤ませる。


「……っ、いえ、後でいいわ。 どうせなら、カシュア=シュターナを問い詰める時に一緒に確認する」

「……そうかい。 強いね、あんたは」


 だが、『今はそれどころではない』と充分に理解していたリュミアは首を横に振って断り、それを聞いたリエナは彼女の頭にポンと手を置いて軽く慰めた。


「……行くわよ、クルト様。 ここで立ち止まっていても何も変わらないわ。 それは貴方も分かるでしょ?」

「……あぁ」


 アングの成果を聞く為にオルンとともにリエナが去っていった後、リュミアはアドライトの腕に抱かれたままの状態で落ち込むクルトを鼓舞し、自分より一回り程も年下の言葉を受けた彼は何とか気を取り直す。


 ……完全に、とはいかなかった様だが。


「それで、どの辺にいるんだい?」

「どの辺、っつーか……ほぼ特定はできてるぜ」

「一体、何処に?」


 そんな折、自分の近くへとやってきたリエナと、少し遅れて馬上から声をかけてきたアドライトの問いかけに対し、アングはスッと指を差して──。


「もう少し先にある──大きな洞穴の中だ」

「「え……!?」」


 苦い表情とともに目的地を口にすると、その場所には嫌な思い出しかないシャーロットとジェニファーを始めとした、リエナとアングを除く全員が驚く。



 ……無理もないだろう。



 その洞穴の名や性質は、この辺りに住まう者なら誰しもが知っており、それこそ冒険者や傭兵でもなければ入る事もない程に苛烈な場所であるからだ。



 その洞穴の名は──。



「──奇々洞穴ストレンジケイヴか」



 尤も、その名を呟いたリエナにとっては。



 ──何の障害にも、なりえないのだろうが。

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