第224話 狐人の検分

 一方その頃。


 ドルーカの街の入口で偶然にピアンと合流したアングたち三人は彼女とともに、二つの白い繭を抱えたまま魔道具店へと足を運ぶ事になっていた。


 ……が、正直に言えば。


 あの異常な程に強者特有のオーラを纏い、それを隠そうともしない、あの狐人ワーフォックスと面と向かって話をするなど出来る事なら回避したいというのが本音だった。


 ……が、アングたちに無機質な首輪が装着されている以上、依頼クエストを中途半端に投げ出す事など出来よう筈もない、というのもまた事実な訳で──。


 尊大な態度で目の前の椅子に座って煙管を咥えるリエナに対し……サーカ大森林で起きた事と、そこで出会った蜘蛛人アラクネの事、森人エルフは別行動を取った事、そして森で拾った二つの遺体の事を簡潔に説明してみせた。


「──で? あんたらは……それが、あたしが依頼した魔道具アーティファクトの……運命之箱アンルーリーダイスの痕跡だって言うのかい?」

「あ、あぁ。 そうなるな」


 それを聞いたリエナは煙管を逆さにしてから机の上の灰皿に青い灰を落としつつ、アングたちが元盗賊だからかゴミを見る様な視線を向けながらも彼らの説明を締めくくり、アングが代表してそれを肯定する。


「それ、見たところ遺体だろう? って事は……その遺体が生前に持っていた運命之箱アンルーリーダイスを、あの人狼ワーウルフが漁ったってとこかねぇ……取り敢えず、顔を見てみようか」

「うおっ!?」


 その後、溜息混じりに煙を吐いたリエナが床に置かれた二つの繭に包まれた何かの正体を看破し、かつて黒髪黒瞳の召喚勇者に手渡した魔道具アーティファクトの出自に対する推論を立てたうえで、『パチン』と指を鳴らすやいなや繭が煌々とした蒼炎に包まれてしまう。


 尤も、その蒼炎は遺体を火葬する為ではなく、遺体を包んでいた蜘蛛糸を焼き切る為のものであり──。


「……あぁ、露骨に魔族の力の残滓が──んん?」


 段々と弱まっていく蒼炎の中から現れた二つの人族の遺体から漂う悪の因子を、アドライトを遥かに上回る感覚を持つリエナはあっさりと感じ取り、ついでの様に『何か魔術でもかけられてないかね』と青い瞳を細めて検分しようとした……その時だった。



「これは……確か──『解狐カイコ』」


「「「!?」」」



 突如、何かに気がついたらしいリエナが小さな呟きを漏らすと同時に何らかの魔術の名を口にすると、彼女が片手に持っていた煙管から二匹の蒼炎の狐が飛び出し、既に繭を焼き切った筈の遺体の心臓部に潜り込んだ瞬間、遺体が再び蒼炎に包まれた事にアングたち三人は予想外の事態に驚いて目を見開いてしまう。


「て、店主!? いきなり何を──」


 そして、驚いていたのはアングたちだけでなく、普段リエナと生活をともにしているピアンも同じだった様で、彼女の行動の意図を問おうとするも──。


「……やっぱりね」


「「「「!?」」」」


 自分の予想が正しかったと確信する旨の言葉をリエナが発すると、その言葉を証明するかの様に蒼炎が弱まり……燃え盛っていた二つの遺体に変化が起きた。


「なっ、か、顔が変わった……!?」

「顔だけじゃねぇぞ、髪色も服も全部……!」

「これは、一体……?」


 そう、アングたち三人の口から飛び出している驚きの言葉そのままに、先程までとは全く異なる顔立ちをした男女の遺体が姿を現し、もっと言えば顔だけでなく髪の色も金色に変わり、身につけた服も高貴な身分でなければ着れない仕立てのものになっている。


 ……鋭刃蜜蜂シェイドルの群れに襲われた過去はリエナでも消せない為、遺体が穴だらけなのは変わらないが。


「確か、解狐カイコって……生物、非生物を問わず強制的に魔術を解除する店主の独創的オリジネイトでしたよね……?」


 その一方、驚くだけに留まる事しか出来ない彼らとは違い、その魔術を見た事があったピアンは遺体とリエナを交互に見遣りつつ、解狐カイコというらしいリエナが創った火属性の魔術の名と効果を確認する様に呟く。


「そうだね。 で……この二人は生前、何某かの──というか魔族の力を受けて姿を変えられたんだろうよ」

「ど、どうしてそんな事を……?」


 そんなピアンの言葉を肯定したリエナは『多分だけど』と前置きしてから、この二人に魔術をかけたのは魔族だと決め打ちしたうえで自らが立てた推論を語ってみせるも、その行動の意図に対して全く理解が及ばない事実にピアンは首をかしげてしまう。


「さぁね。 あたしが知った事じゃないけど……」


 無論、リエナも全知全能ではない為、紫煙を燻らせながらも再び遺体へと視線を戻したのだが──。



(……にしても、あの魔術は──いや、まさかね)



 リエナは先程、解狐カイコを行使して二つの遺体にかけられていた魔術を解いた時、何やら妙に懐かしく感じた事に強い違和感を覚えてしまっていた。


 正確に言うのなら、かつての魔族との戦の際、自分と仲間たちを除く人族ヒューマン亜人族デミが何故か自分たちに牙を剥いた時に感じたものと同じ様な気がして──。



「──あれ? よく見たら、この女の人……あの人に似てませんか? ほら、領主様のところの……」


「は──っ!?」



 そんな折、思考の海に沈むリエナの鮮やかな紺の色打掛の裾を摘んだピアンが、きょとんとした表情のまま首をかしげて声をかけた途端、彼女としては珍しくリエナは目を見開いて驚きを露わにしてしまう。



 ……それも無理はないだろう。



 ピアンの言う通りによくよく二つの遺体を見てみると、その遺体の顔や髪の色は見れば見る程……彼女の教え子に仕える従者の女性に瓜二つだったのだから。



(この遺体ふたりは元々サーキラの方角から森に入った。 確かサーキラの街は今、異常な程に亜人族デミを差別する傾向にあった筈。 結局、原因は不明だったけど……あの分家の従者が亜人族デミを嫌っている事を思えば──)


 最早、思考の海底と表現した方が正しい程に思案を巡らせていたリエナの脳内では、アングたちから受けた依頼中の出来事の報告が渦巻き、それを元にした一連の事態に関する議論が行われていた。


(確証は一切ない──が、これ程に状況が悪い方へ整っている以上、放置しておく訳にもいかないか)


 しばらく瞑想するかの様に思案を続けていたリエナだったが……結局、何一つ確証らしい確証などなくとも、あの従者が怪しいと踏んだ時点で彼女は自分が為さなくてはならない事を直感で理解しており。


 だからこそ、決意と煩わしさが入り混じった複雑な表情で、リエナはすくっと立ち上がったのだろう。


 何せ、彼女は既に冒険者を引退した身なのだから。


「あ、そうです店主! 私、課題をこなして──」


 その時、立ち上がったリエナに対して、ピアンは店主に言われていた課題を何とか攻略していた事を思い出し、背負っていた鞄を下ろそうとしたのだが──。


「それは後。 ピアン、出かけるよ」

「……え? あっ、ど、どちらに?」


 そんな彼女の行動と言動はリエナの声にバッサリと遮られてしまい、さっさと店から出ようとする店主の姿に呆気に取られていたピアンは、ハッと我に返って彼女が自分を伴おうとしている目的地を尋ねた。


領主クルトの屋敷さね。 手遅れになる前に終わらせるよ」

「て、手遅れ……?」


 すると、リエナは至って真剣味を帯びた表情を湛えたままに目的地を明かし、何やら意味深な言い回しとともにピアンへ青い瞳を向け、それを聞いたピアンは何が何だかといった具合に首をかしげはしたが。


「よ、よく分かりませんが取り敢えず準備します!」

「急ぎなよ」


 ピアンは『自分程度の考えで店主の考えに及ぶ筈がない』という事を理解しており、だからこそ首を横に振ってから店の奥へと駆けていったのだろう、という見習い弟子の思考をリエナは完全に読み切っていた。


「……あぁ、あんたらはどうする? 魔道具アーティファクトの痕跡を調査するっていう、あたしからの依頼クエストは殆ど達成されてるし……ギルドに報告して帰ってもいいんだよ」


 そんな中、蚊帳の外になっていたアングたちに気がついたリエナが、アドライトが未帰還だとしても『あたしが達成したって言えば終了だ』と自らの発言力の強さを隠そうともせず三人へと選択を迫る。


「……いや、もう半端はしねぇって決めてんだ」

「……へぇ」


 しかし、彼女の予想に反してアングが若干だが怯えながらも『最後まで見届ける』という旨の発言をした事で、リエナは少しだけ感心した様な声を漏らした。


「それに、このまま帰っちまったら……この先の展開が気になって眠れそうにねぇしなぁ」

「そういう事だ。 俺たちも同行させてもらう」


 更に、ケイルとオルンも彼と同じく決意を示し、そう口にした彼らの表情に後悔や不安といった負の感情はリエナの目からも見られない。


「……そうかい。 ま、好きにしな」


 そんな三人の覚悟を秘めた言葉を受けたリエナは微笑みつつ、『一端の冒険者みたいな口を』と呟きながら生意気な子供を見る様な視線を彼らに向ける。


 数百どころか下手をすれば数千年以上も年下なのだから、その口ぶりも視線も間違いではないのだが。



 その後、リエナ、ピアン、そしてアングたち三人も含めた五人は、ドルーカの街の領主であるクルトの従者、カシュア=シュターナに話を聞く為に……そしてリエナの考えが正しかったとするのなら──。



 ──塵や灰すら残さずに、この世界から滅してしまう事も覚悟したうえで屋敷へと向かうのだった。

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