第223話 あぁ、そういえば

「──こうしてはいられない。 セヴィアさん、カーターさん、そしてリュミア。 情報提供、感謝するよ」

「……もう、戻るの?」


 セヴィアたちからカシュアの正体を聞いたアドライトが椅子から立ち上がりつつ、ドルーカへ帰還する旨の発言とともに三人へ礼を述べるも、リュミアは椅子に腰掛けたまま不安げな表情で彼女を見上げていた。


 そんなリュミアに対して『来て早々ごめんね』とでも言いたげに申し訳なさそうな笑みを湛える。


「彼女が本当に魔族だというのなら……これ以上、放置しておくのは危険だからね。 それに──」


 実のところ、未だにアドライトはカシュアが魔族だという事を信じきってはおらず、だからこそ自分の目で確認する為にも早く戻らなければと考えている。


 だが、アドライトは同時にカシュアが本当に魔族だった場合に起こりうる事態をも想定しており──。


「こうして貴様が正体を知ったという事を、あれが勘づいても不思議ではない……と、そういう事だな」


 どうやら、セヴィアには彼女の考えなどお見通しだった様で、アドライトの言葉を遮った彼が『あれ』呼ばわりしつつも口にした推論を、アドライトは至って神妙な表情を浮かべたままに無言で肯定してみせた。


「では、早馬をご用意いたしましょうか?」


 一方で、そんな二人のやりとりを見たカーターはといえば、『カツッ』と靴を鳴らしながらアドライトが帰還する為の足を用意せんときびすを返そうとする。


「いや、大丈夫だよ。 私が自分で走った方が速いからね。 お気遣いありがとう、カーターさん」


 しかし、アドライトは早馬の速度よりも自分の足で駆けた方が速い事を充分に理解していた為、提案してくれた事に感謝しつつ、やんわりと断りを入れた。


「でも、アドライト……」


 その時、リュミアがアドライトの薄手の服の裾を控えめに摘み、やはり心配そうに上目遣いで見つめてきた事にアドライトは心が揺らぎかけたものの、すぐに気を取り直してリュミアの綺麗な金髪に手を乗せる。


「大丈夫さ。 さっきセヴィアさんも言ったけど、こう見えて私は銀等級シルバークラスの冒険者だからね。 それに、ドルーカには私なんかより遥かに強い人だって──」


 そして、椅子に座ったままの彼女に出来る限り目線を合わせる為に屈みながら、ギルドが定めた自身の決して低くない等級クラスを改めて自分の口から明かしたうえで、銀等級シルバークラスたる自分を圧倒的に上回る存在リエナについても言及して安心させようとしたのだが──。


「いや、そっちじゃなくて」

「?」


 当のリュミアは首をふるふると横に振りつつ、『心配はそこまでしてないんだけど』と彼女の発言が的外れだと告げるも、いまいち要領を得ないアドライトは疑問符を頭に浮かべて首をかしげてしまう。



 そんな彼女に対して、リュミアは『あのね?』と言い聞かせるかの様な前置きをしてから──。



「貴女、他にも聞きたい事があったんじゃないの?」


「……あぁ、そういえば」



 アドライトには元々この街を訪れる事になった事情があり、それに関係する何かも自分に聞こうとしていたのを覚えていたらしく同じ様に首をかしげている。


 その一方、ここまで色々な話を聞いた事で完全に本来の事情を忘れてしまっていたアドライトは、『ついでだし、貴方たちも聞いてくれるかな』と言って、セヴィアとカーターに着席を促しつつ説明を始めた。


 とある魔具士の依頼クエストを受けて魔道具アーティファクトの痕跡を調査していた事や、その為にサーカ大森林へと赴いた事。



 ──そして。



 深い深い森の奥にて互いに身を寄せ合う様にして木にもたれかかったまま、魔蟲の群れの襲撃により命を落とした二人組の男女の遺体を発見し、その二人はサーキラの街がある方角から来た、という事を。


「……二人組の、男女って……まさか」


 その後、大して長くもない説明を受けたリュミアが顎に手を当て俯いた状態で、『二人組』、『男女』という情報から……今もなお発見されていない自身の両親なのでは、とブツブツ呟いていたものの──。


「私も同じ事を考えてたけど……よく考えればありえないんだよ。 あの遺体は亜人族デミではなく、とある魔蟲の群れに襲われて亡くなっているし……もっと言えば双方ともに死後一年くらいしか経過していなかった」


 そんなリュミアの呟きを森人エルフの聴覚により聞き逃さなかったアドライトは、それらの遺体を簡単に検分した際……最低で半年、長くても一年程しか経っていない事を見抜いており、『ご両親が亡くなられたのは君が物心つく前なんだろう?』と宥める様に補足する。


 尤も、『亜人族デミの群れに襲われて』というのは、あくまでもカシュアが口にした与太話なのだろうが。


「そっ、か……そう、よね。 お養父とうさまや私兵たちが数ヶ月かけても見つけられなかったんだし──」


 とはいえ、アドライトの説明はリュミアを納得させるのに充分だった様で、『そう簡単に見つけられる訳ないわよね』と落ち込んでしまっていたのだが──。



「──いや、それは分からんぞ」


「「え?」」



 瞬間、沈黙を貫いたままアドライトたちの話を聞いていたセヴィアが不意に声を上げた事に、そして彼が発した声が二人の結論を否定する旨だった事に彼女たちは一様に疑念を込めた声を漏らしてしまう。



闇黒死配ダク・ロウルは生物であるか非生物であるかを問わず全てを支配する闇の超級魔術。 そこには当然──」



 すると、セヴィアは自らが得た情報を元にカシュアが行使した筈の魔術について語り出し、『支配』とは生命だけに限らず、それこそ地水火風の様な概念でさえ掌握するものではないかと想定し──。



「──時間も含まれている、と考えていい筈だ」


「時間、操作……!? いや、しかし……」



 カシュアがどれだけの使い手なのかなど知る由もないが、時間や空間さえも支配してしまえるというのであれば……あの遺体が実はリュミアの両親で、カシュアの魔術によって名も声も姿も……果ては生きていた時間までもが改変されてしまったのではないか、と。


 セヴィアが言いたい事を察したアドライトは、そんな彼の荒唐無稽にも思える推論を否定しきれない。


 仮にも魔王が扱う魔術と同じ名を持つというのならば、時空操作くらいは可能なのでは………と、何の確証もない考えを多少なり持ってしまったから。


「っ、それじゃあ、もしかしたら……! ねぇ、アドライト! お願い、私をドルーカに連れて行って! その遺体は今、ドルーカにあるんでしょ!?」

「……っ」


 その一方、顎に手を当て思案していたアドライトに縋りつく様に、リュミアが自分の同行を認めてほしいと声を荒げて頼みこんできた事により、アドライトは彼女の勢いに若干ではあるが気圧されてしまう。


 それがリュミアの授かった恩恵ギフトである威圧スリートの影響なのか、それとも彼女の瞳に宿った決意や覚悟によるものなのかは、アドライトにも分かっていない様だが。


「……仕方ない。 カーターさん、さっきは断ってしまったけれど……やっぱり早馬をお願い出来るかな」

「お任せ下さい、早急に手配いたします」


 結局、アドライトの方が先に折れてしまい、カーターへと視線を向けつつ『私だけならともかく』と口にした事で、カーターは改めてきびすを返して退室する。


 しばらくして、『用意が出来ましたので、どうぞ外へ』とカーターに言われ、アドライトとリュミアが椅子から立ち上がろうとした……その時だった。



「──リュミア、お前の目で見届けてこい。 お前の姉の皮を被った魔族の目的と……その末路を」


「……っ、言われるまでもないわ、お養父とうさま」



 二人とは対照的に未だ椅子に腰掛けたまま、リュミアの様な恩恵ギフトもなしに強い威圧感を放ちながら、どうやらカシュアに対して強い怒りを覚えているらしいセヴィアが底冷えするかの如き声を発した事で、リュミアは萎縮しつつも頷きアドライトとともに退室した。


「それじゃあ行くよ。 ちょっと揺れるかもしれないけれど、今回は事が事だから急ぎたいんだ」

「……大丈夫よ、よろしくね」


 その後、用意された端正な顔立ちをした馬に乗ったアドライトが、手綱を握る自分の腕に抱かれる様にして馬に乗る少女を気遣う旨の声をかけると、リュミアは『構わないわ』とでも言わんばかりに首を横に振った後、覚悟を秘めた瞳とともに返答してみせる。



 セヴィアとカーターが、アドライトの正体を知ってしまっていた女中メイドや門兵たちを街の中で抑える中、二人がドルーカへ向けて出立した……その時。



(……あぁ、そういえば──)



 アドライトは自分よりも遥かに速度で下回る走りを見せる馬に乗りつつ、とある事を思い返していた。



(……今回は縁に恵まれた、というのもあるんだろうけど……銀等級かたがき、あんまり役に立たないなぁ)



 ……そう。



 当初、予定していたサーキラの冒険者ギルドへの訪問をしておらず、ましてや銀等級シルバークラス免許ライセンスをわざとらしくひけらかすといった事も出来ていなかったのだ。



 尤も、サーキラの街全体が魔族カシュアの魔術による影響を受けているのだとしたら、おそらくギルドでさえ例外ではなく、そういう意味では赴かずに済んでよかったかもしれない、と考えてもいたのだが──。

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