第222話 養父と執事を交えて
一瞬、
「何故それを──と、言いたいところだけど……貴方がいるなら話は別だ。 カーターさん、だったかな」
年齢、経験、実力……果ては身長に至るまで、その全てが自分に劣っている筈のカーターに、アドライトは何故か若干の恭しい態度を持って『あの時、
尤も、カーターがどうのというよりは、リュミアと同じ色の髪を後ろに撫で上げた強面の男性が、とても客人に向けるそれではない様な視線を向けてきていたからこそ控えめな態度になっていたのだろうが──。
「えぇ、その通りです。 お嬢様から既に聞き及んでらっしゃるかもしれませんが、ドルーカの領主であるクルト様に仕えるカーティスは私の父に当たります」
「……今、それについて言及するという事は──」
そんな彼女の思考から来る態度の変化を尻目に、カーターがアドライトとは比較にならない丁寧さを持って彼女の言葉に潜む真意を汲み取った事によって、アドライトも即座に彼の返答の意図を理解した。
「はい。 私の授かった
たとえ答えが分かっていても、『念の為に』と声をかけたアドライトに対し、カーターは首を縦に振りつつ自身が授かった
「その事を貴方は、そちらの……あぁ、えーと」
それを聞いたアドライトは、『成る程ね』と自分の推察が間違っていなかった事を満足そうに噛み締めた後、先程の
「……セヴィア=シュターナだ」
すると、アドライトの言いたい事を察したらしい男性は、至って無表情のまま底冷えする様な低い声音で自らの名と貴族の証たるシュターナ家の姓を名乗る。
「セヴィア……さんに伝えた、のかな?」
彼の名乗りを受けたアドライトは、こちらも年下だろうとは分かっていても一応とばかりに敬称をつけたうえでカーターに視線を戻して問いかけた。
「いいえ、そうではありません」
「……?」
しかし、そんな彼女の予想に反してカーターは首を横に振って否定の意を示し、それを見たアドライトが彼の言葉に要領を得ず首をかしげていた時──。
「俺の
「え」
瞬間、唐突にセヴィアから告げられた彼自身の
一つは、セヴィアの
……そして、もう一つは。
彼が授かった
ドルーカの最上位の冒険者であり、何度か領主からの指名
「クルトの
「っ」
「重ねて言えば……リュミアもそうなる」
そんな彼女の思考を
ちなみに
「そうね。 今はまだ使い道が殆どないけど、いずれ私がサーキラを統治する時が来るんでしょうし」
ゆえに……と言えるかどうかはともかく、この
先程、サーキラの街の入口にて一悶着あった時、リュミアは自分の地位をひけらかして門兵たちを脅している様に見えたが、あれは
「……そういえば、貴方たちも私を……
その時、不意に街の名を耳にしたアドライトの脳裏を掠めたのは、かねてより気になっていたサーキラの住民たちの
「アドライト、それが……さっき私が言いかけたカシュア=シュターナの正体に繋がってくるの」
「……どう、いう」
そんな中、彼女の問いかけに反応したのはセヴィアでもカーターでもなくリュミアであり、そんな彼女が口にした……いや、口にしかけた事を再び話そうとしているのを察したアドライトが言葉を詰まらせる。
「
「え……?」
その一方で、セヴィアがアドライトを
事実、アドライトは百年前に勃発した魔族との戦に参加してはいたものの、ただの一度も魔王コアノルの姿を直に拝んだ事はなく、コアノルから全世界に向けての宣戦布告の際、宙に浮かぶ超巨大な水晶玉に映った一見すると幼女の如きその姿を見ただけであった。
しかし、それでも魔王が放った魔術の衝撃は海を挟んで遠く離れたガナシア大陸やヴィンシュ大陸にまで轟いており、当時はそれらの大陸に住む生物でさえ影響を受けてしまっていた程だったという。
「俺も後で知った事だが、その際に魔王が行使した魔術の名は──『
「超級……まぁ、魔王ならそれくらいは……」
その後、セヴィアは自分の商人としての伝手を最大限に利用して、かつての商売相手や商売敵が存在したフュプル大陸と、そこを主戦場として行われた大戦について調べ上げた結果、魔王コアノルが行使した魔術の正体に辿り着く事に成功していたのだった。
「そして、ここからが本題となる訳だが──昔、
「な……!?」
更に、セヴィアは覚悟を決めるかの様に深呼吸をしてから……リュミアたちの両親の後釜となる際、
──『魔王に並ぶ程の実力者だというのか』。
おそらくは、そんな事を考えてしまっていた。
しかし、たとえ同じ魔術であっても魔族たちの級位によって威力も範囲も……そして効果も随分と違う。
支配と一言に言っても……対象の生殺与奪の権利を握ってしまうものから、ただ単純にその場から動けない様に命令するだけのものまで実に多種多様だという事は、アドライトとしても充分に理解しており──。
当然、支配した者の思考回路を完全に掌握し、まるごと作り変えてしまう事もまた、支配と呼べる筈。
──
「それじゃあ、やっぱり……彼女の正体は」
「あぁ、あれは……カシュア=シュターナは──」
そして、いかにも神妙な表情と声音で確信に迫らんとするアドライトの問いかけに対し、セヴィアは首をゆっくりと縦に振りつつ、一拍置いてから──。
「魔族だ」
「魔族よ」
「魔族です」
セヴィアだけでなくリュミアも、そしてカーターまでもが決してそのつもりはないのだろうが、図らずも声を揃えて彼女の望む答えを口にしてみせた。
「……そう、なんだね……」
リュミアの話を聞いた時から予想していた事だとはいえ、ほんの少しの関わりしかなかったとはいえ、見知った者が自らの正体を隠しており、ましてや魔族だったと知った彼女の心中は穏やかではないだろう。
自分も『より素敵な女性に出逢いたい』という理由で性別を偽っている事は……まぁ、ともかくとして。
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