第221話 カシュア=シュターナの謎

 カシュア=シュターナとは……幼い頃からクルトの従者となるべく教育を受けてきた分家の女性。



 ──の、筈。



 筈──と表現したのはアドライトが特別カシュアと親しくなく、世間話をする様な仲ではなかったから。


 あれ程に敵対視されていれば無理はないだろう。


「カシュア=シュターナ……クルトさんの従者の、だよね? 彼女は君の……お姉さんなのかい?」


 ゆえに、カシュアと目の前の少女が姉妹だったと聞いたアドライトは、ほんの少しだけ翠緑の瞳を見開いて驚きを露わにしつつ、『本当に?』と確認する。


 ここまで容姿が似通っていても、『視界にすら入れたくない』と目で語っていたカシュアと、打算ありきとはいえ亜人族デミである自分を助けてくれたリュミアが血の繋がった姉妹だと思うのは少し抵抗があった。


 無論、この様な質問はリュミアにもカシュアにも失礼だとアドライトも理解していた為、『何よ、まさか疑ってるの?』と機嫌を損ねさせてしまっても仕方ないと考えたうえでの問いかけだったのだが──。


「……


(多分……?)


 そんな彼女の予想に反して、リュミアは全くの無表情のままでアドライトから視線を逸らす事なく、まるで他人事であるかの様な無関心さを持って答える。


 一瞬、リュミアの妙な物言いに引っかかりを覚えたものの……アドライトは、それ以上に気がかりな彼女の過去をクルト経由で知った事を思い返していた。


「……いや、それなら尚更おかしい。 こんな事を言いたくないけど、君たちのご両親は──」


 そう、あくまでもクルトが話していたのを聞いただけではあるが、カシュアの……そして、リュミアの両親に当たる二人の人族ヒューマン亜人族デミに殺されており、だからこそ彼女は一見すると極端な程に自分の様な亜人族デミを嫌悪、或いは憎悪の対象としていた筈である。


 これが事実ならば、リュミアも彼女と同じく亜人族デミを目の敵にしていても不思議ではない筈だが──。


「えぇ、亜人族デミに殺されたわね」

「ら、らしい……?」


 その一方で、アドライトの抑えめな声を遮ったリュミアの言葉からは、どうにも対岸の火事であるかの様な感情が見え隠れし、それを感じ取った彼女は『何が言いたいんだろうか』と首をかしげてしまう。


「っ、そ……それより、さっきの女中メイドは『旦那様』って言ってたよね。 あれは君の……というか、君たちの父親の事を指していたんじゃ?」


 少しの間、眉根を寄せて思案していたアドライトだったが……ハッと我に返ってから、リュミアが口止めをしたらしい先程の女中が口にしていた言葉に引っかかりを覚えていた事を思い出して問いかける。


 尤も、ここが商家である以上……『旦那様』という呼称が必ずしも父親を指すとは限らないとはアドライトも分かっていたが、あの場面なら流石に父親そうだろうと踏んでの質問だったのだが──。


「この街を統治しているのは私たちの養父。 血の繋がりなんてあってない様な遠縁の親戚なの。 だから私たちの両親が既に他界してる紛れもない事実よ」


 またもリュミアは彼女の予想とは随分と異なる事実を明らかにしつつ、『両親は他界している』という情報自体は間違っていないと認めながらも、どこか不明瞭に感じてしまう物言いをやめようとしない。


「……さっきから随分と曖昧な言い回しが多く感じるけど、結局のところ何が言いたいのかな」

「……っ」


 だからなのかは分からないが、アドライトは珍しく女性相手に少しだけ苛立った様な空気を纏わせながら声音を低くしており……それを見たリュミアは若干の動揺とともに思わず身体を震わせてしまう。


「……信じて、もらえるかは分からないけど……」

「構わないよ。 話してごらん」


 そして、アドライトの長身に比べれば遥かに小柄な震える身体と同じ様に、ふるふると揺れる声音でリュミアが何とか言葉を紡ぐと、アドライトは怯えさせた自覚があったのか努めて優しく先を促したが──。



「──カシュア=シュターナは……は、私の姉の姿をした何かよ。 少なくとも人族ヒューマンではないわ」


「は……?」



 至って真剣な表情と声音を持って……あまりに突拍子も何もあったものではない『カシュアが人外』というリュミアの発言に、またも彼女としては珍しく呆けた表情で疑念の意を込めた呟き声を漏らしてしまう。


「……それは、いくら何でも……あ、もしかして仲が良くないのかな? それなら私が取り持って──」


 しばらくの間、リュミアの自室を二人が醸し出す静寂が包んでいたのだが、その気まずさを紛わせるべくアドライトは茶化す様な発言とともに、『そういう冗談は好きじゃないな』と暗に告げてみせた。


「……冗談で言ってるんじゃないわ。 むしろ……冗談だったら、どれだけ良かったか……っ」

「……詳しく、話してくれるかな」


 しかし、リュミアは更に真剣味を帯びた表情のままに首を横に振りつつ、短期間とはいえ姉の形をした何かとの生活の辛さを想像させるに余りある声音で言葉を詰まらせていた為に、それを充分に理解したらしいアドライトも真面目に彼女の話を聞く事にする。


 リュミアがカシュアを……自身の姉を人外だと推察するに至った判断材料は二つあるとの事だった。


 一つは、リュミアが物心つく前に両親は亜人族に殺されたのだと……育ての親である養父から聞いた時。


 当時、リュミアの五つ上であるカシュアは五歳であり、外に出たいと言っても護衛が必要な年齢だった。


 その日は先に挙げた理由もあり、リュミアを除いて街の外へ出かける予定を立てており、護衛の兵も合わせて八人でサーキラの街を出て馬車で進んでいた。


 しかし、そこに現れたを持つ亜人族デミの群れが一家と護衛を襲い、必死の抵抗も虚しく全員がへと引きずり込まれてしまい、『何とか娘だけでも』と両親が護衛の一人に頼んでカシュアを逃した。



 ……らしい。



 これらは全て、五歳の……いや、本当に五歳だったかどうかも分からないカシュアの口から告げられたものであるに過ぎず本来ならば信用に足る筈もなく、カシュアを逃がす様に頼んだという一人の護衛も、その途中で亜人族デミに捕まり殺されたという話だった。


 だが、何故か当時の使用人たちは皆……そんな幼いカシュアの言葉を全て鵜呑みにしたとの事。


 結局、養父の有する私兵たちでさえ遺体を発見する事は出来なかったらしいが、それもまたカシュアを怪しむに充分な要素の一つだったとリュミアは語る。


 ……確かに、『異常な強さの亜人族デミ』や『未発見の遺体』など、怪しさが一切ないとは言えない。


「──極めつけは、カシュア=シュターナが十二歳を迎えた時……恩恵ギフトを授かろうとした時よ」

「……」


 最早、姉と呼ぶ事もせずに二つ目の判断材料を語り出そうとするリュミアの言葉に対して、ふとアドライトは『恩恵ギフトが遺伝する確率』について考えていた。


(……そうか、さっきの執事バトラーが私の方を見てたのは)


 そう……先程、屋敷の入口にて自分たちを出迎えたうちの一人である若輩の執事バトラー恩恵ギフトは、おそらくクルトに執事バトラーとして仕えているカーティスと同じ真偽トルフルであり、その恩恵ギフトを持ってアドライトを森人エルフだと見抜いたからこそ妙な視線を彼女の方へ向けていたのである。


「貴女も知ってると思うけど、基本的には教会に高い献金をして祈りさえ捧げれば……種族なんて関係なく恩恵ギフトを授かる事が出来るわ。 ある存在を除いて、ね」


 そんな事を考えていたアドライトをよそに、リュミアは恩恵ギフトを授かるまでの一連の流れと、『そういう意味じゃあ人族ヒューマン亜人族ヒューマンも同じ様なものよね』とサーキラの住民たちの思考とは正反対の言葉を口にした。


 そして……世界からも精霊からも、何より神々からも厭われている為か、どう足掻いても恩恵を授かる事の出来ないについて言及しようとする。


「ある存在って──まさか」


 それに心当たりがあり……直近で言えば召喚勇者に同行していった白衣の少女を思い浮かべながら呟いたアドライトに対して、リュミアは重々しく頷き──。



「えぇ。 カシュア=シュターナは──」


「──っ!」


「っ、な、何よ」



 彼女なりに推察した、『カシュア=シュターナの正体』について口にしようとした時、アドライトは何某かが部屋に近づいている気配を察知して振り向き、それより少し遅れたタイミングで扉がノックされた。


「誰か来たみたいだけど……隠れた方がいいよね」


 足音やノックの大きさからも、おそらく男性なのだろう事は分かっても、ここがサーキラの街であり、たとえ屋敷の中であろうと亜人族デミの自分に安息の地はないと理解しているからこそ彼女は隠遁を提案する。


「……あぁ、別にいいわ。 多分お養父とうさまだから」

「え、だったら尚の事──」


 しかし、そんな彼女の提案を蹴ったリュミアがヒラヒラと片手を振りつつ、もう片方の手で持った紅茶入りのカップに口をつけるも、『そうもいかない』と判断したアドライトは咄嗟に先程リュミアから貰った外套を羽織って森人エルフの特徴たる長い耳を覆い隠した。


 その後、荒々しいノックに対しての返事を待つ事もなく入ってきたのは……ドルーカの領主であるクルトと血の繋がりがある様には見えず、ましてや商家の主人である様にも見えない、軍人だと言われてしまえば納得してしまう程に体格の良い壮年男性であり──。



「──貴様、森人エルフだな」



 先程の若輩執事バトラー、カーターを引き連れて入室するやいなや、外套を羽織ったアドライトへ鋭い眼光を放ちつつ、その正体をあっさりと口にしたのだった。

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