第220話 屋敷にお呼ばれ

「お、お嬢様……? その様な事、旦那様は一言も」


 シュターナという姓を聞いたアドライトが、ドルーカの若輩領主を脳裏に浮かべる一方、見るからに困惑の感情に支配されてしまっている様子の女中メイドが声を震わせながらもリュミアに反論しようとするも──。


「えぇ、そうでしょうね。 だって……今、私が決めたんだもの。 何か問題あるかしら?」

「も、問題って……! あ、貴方たちも何か……!」


 当のリュミアは先程までの高圧的な態度を微塵も崩す事なく、さも自分を中心に世界が回っているとでも考えているかの様な物言いとともに女中メイドを睥睨する。


 無論、亜人族デミを招き入れないというのは街の決まりでもあり、何より彼女自身も亜人族デミを心から嫌悪しているというのもあって、どうにかリュミアを説得しようと門兵たちに対して援護を求めたのだが──。


「……それじゃあ、私を断罪する? 貴族であり、この街を治める商家の娘でもある私を──ねぇ?」

「「「……っ」」」


 瞬間、リュミアは女中メイドと門兵たちを含めた三人を視界に移しつつ、まるで嘲っているかの如き笑みを湛えて自らの高貴な身分をひけらかしながら煽り立て、それを受けた三人は思わず自分たちより遥かに幼い筈の少女に敵意のこもった視線を向けてしまう。



 ……しかし。



(傲慢……或いは異端──)



(──と、思われる様に振る舞ってる……?)



 これでも三百年程この世界で生きてきて、この世界に生きる様々な生物の感情の機微に触れてきたアドライトからすると、どう見てもリュミアは相当に無理をして驕り高ぶっているとしか思えなかった。


「……わ、分かりました。 どうぞ、お通り下さい」

「なっ!? ちょ、ちょっと貴方──」


 そんな事を考えていたアドライトをよそに、それまで頑なに彼女の入街を拒んでいた門兵の一人が槍を下ろし、とても招く側には見えない歪んだ表情と声音で許可を出そうとするも、その隣では女中メイドが信じられないといった具合に声を荒げんとしたのだろうが──。


「ですが、もし何か問題が起きたなら──」

「その時は私が責任を取るわ。 さぁ行くわよ」

「え、あ、あぁ……ありがとう」


 どうやら、もう一人の門兵も同じ考えをしていたらしく、されど『責任の所在は私どもにはない』とでも言いたげな苦々しい表情を浮かべるも、リュミアは充分に理解していた様で、あっさりと頷いてみせる。


 そして、未だに状況を掴み切れていないアドライトに視線を向けつつ踵を返した後、納得のいっていない様子の女中メイドに何かを囁き、すっかり顔を青くした女中メイドを乗ってきた馬車とともに先に帰らせたのだった。


 その後、リュミアとともにサーキラの街の門を通ったアドライトの視界には、その規模も道行く人の様相もドルーカの街と大した違いのない街並みが映っていたが、それでも明確に異なる点が二つある。


 一つは……この街を統治しているのが、かつて商業で財を成したシュターナ家の分家だからか、ドルーカならば通常の家屋が建てられていただろう通りに、まるで商店街の様に露店や屋台が立ち並び、そして通行人の中にいる商人の割合がドルーカに比べて多い事。


 そして、もう一つは……ドルーカよりも賑やかな街であるにも関わらず一人も亜人族デミがいない事だ。


「それ、見たとこ具合はいいみたいね。 いくら事情があるからって、その耳くらいは隠しなさいよ」


 そんな折、門を完全に通り切る前に『これでも羽織ってなさい』と肩に掛けた革袋から取り出した、そこそこに綺麗な外套がいとうをアドライトに手渡していたリュミアが強気な口調で遅めの忠告をしてみせる。


 ……ちなみに、仮にも商家の娘であるからか随分と観察力に長けているらしく、アドライトが男装した女性である事は一目で見抜かれてしまっていた。


「重ね重ねありがとう。 リュミア、だったかな」

「えぇそうよ。 せいぜい感謝する事ね」


 一方のアドライトは見た目にそぐわない物言いに若干だが苦笑いを浮かべながらも、リュミアのお陰で街に入れたのも事実である為、外套がいとうを羽織る兼ね合いで邪魔になった羽根帽子を手に恭しく謝意を告げる。


「……リュミア、どうして君は──」


 しばらくの間、言葉も交わさぬままにガヤガヤとした街並みを歩いていた時、意を決して……とまではいかないが、『自分を庇ってくれた理由』をリュミアに確認しようとしたアドライトの声を遮って──。


「『私を庇ってくれたの?』ってとこかしら」


 少女がチラッと横目でアドライトを見つつ、あまりにあっさりと彼女の考えていた疑問を看破してしまった事にアドライトは多少なり驚きながらも、コクリと首を縦に振り無言を持って肯定の意を示してみせた。


「……そうね。 まぁ……貴女に事情があるのと同じ様に、私にもそれなりの事情があるのよ」

「その事情というのが私に関係している、と?」


 それを見たリュミアが何やら仄めかす様な物言いとともに『察しなさいな』と溜息混じりに呟く一方、彼女の態度にも慣れてきたからか割と何の気なしにアドライトが問い返すと、リュミアはつい先程のアドライトと同じ様に無言で首を縦に振ってみせる。


「ひとまず私の屋敷に来てもらうけど、いいわよね」

「勿論。 助けてもらったし、断る理由はないよ」


 その後、リュミアが互いの『事情』を共有する為の話の場を用意するべく、ちょうどサーキラの中心部に当たる土地に建てられた、いかにも絢爛なシュターナ家の分家の屋敷に招待すると口にする一方、アドライトは二つ返事でその提案と招待を受ける事に。


 その屋敷の外観は……ドルーカにあるシュターナ家の本家となる屋敷と酷似している様に見受けられた。


 そんな中、自宅なのだから何の問題もないのだろうが、スッと一礼する警備兵たちに目もくれずに開かれた鉄製の柵扉を通り、少し歩いた先にある屋敷の大きな扉を開いたリュミアを待ち構えていたのは──。


「お帰りなさいませ、お嬢様。 そして……そちらが話に聞いたお客人でございましょうか?」


 ドルーカの領主であるクルトに仕えていたカーティスという名の老執事とは違い、とてもではないが長く務めている様には見えない若輩の執事バトラーと、広い屋敷に相応な人数の見目麗しい女中メイドたちだった。


 その中には、つい先程までリュミアたちと別れて先に屋敷に戻った女中メイドもいたが、どうやら顔を上げる気はないらしく、ただひたすらに無言を貫いている。


「えぇ、そうよ。 でも、もてなしは必要ないから」

「え……あ、か、かしこまりました」


 一方、リュミアは若輩執事──名はカーター、どうやらカーティスの息子であるらしい──の問いかけに対して、あまりにも素っ気ない態度で返答しつつ、茶菓子などの用意は自分でするという旨を伝えると、カーターは少しだけ困惑した様子を見せたものの気を取り直して一礼し、踵を返すリュミアを見送った。


(……?)


 そんな中、リュミアの後をついて行こうとしたアドライトの視界に……一瞬だけ自分と目を合わせたカーターの姿が映ったものの、そんな彼の目からは先程の女中メイドや門兵とは違う感情が見えた気がした。


「……彼女、君の言いつけを守ったみたいだね」

「そうでしょうね。 『話したら飛ばすわよ』って脅したし、これでバラしてたら本当に飛ばしてたわ」


 ひるがえって、スタスタと自室を目指して長い廊下を先導するリュミアに、アドライトが先程の女中メイドについて言及するも、リュミアは何の興味もなさそうに女中メイドを脅迫した事実と、もし話していたのなら解雇していた事を口にし、それを聞いたアドライトは『あはは、そんなまさか』と空笑いを浮かべていたのだが──。


 ……おそらく彼女は本気で解雇するつもりでいたのだろう事は、アドライトも充分に理解していた。


「──それで、いくつか聞きたい事があるんだけど」


 そんな考えを脳内から散らすべく、アドライトが話題を切り替える為にわざとらしく咳払いしてから声をかけると、リュミアは自分で淹れた紅茶を嗜みながらも音を立てずにカップをソーサーに置いて頷く。


「えぇ、いいわよ。 その代わり、私も貴女に聞きたい事……というか頼みがあるから。 後で聞いてよね」


 とはいえ、どうやら彼女もアドライトに対して何らかの話……或いは頼み事があるらしく、やはり上から目線な物言いで『早くしなさいな』と先を促した。


「まず、この街の人々について。 どうして彼ら……或いは彼女らは、あれ程に亜人族デミを嫌っているのかな」


 相手が美少女である以上、特に腹が立ったりはしないアドライトは至って冷静な様子を崩さず、この街の現状について知りたいという旨の疑問を投げかける。


「……私の話も、まさにその事なんだけど……まぁ先に貴女の質問に答えるとしましょうか」


 すると、リュミアはゆっくりと椅子から立ち上がりつつ、部屋の端に置かれていた大きな本棚に並べられている分厚い本を一冊だけ手に取ってから再び椅子に座り直し、それをアドライトと自分の前で開く。


「結論から言えば分からないわ。 けれど、分かってる事もあるの……少なくとも百年前までは亜人族デミとの交流が間違いなくあった。 それも友好的な、ね。 でも今の街には亜人族デミなんて一人も住んでいない」


 どうやら、その本はサーキラの歴史について記された文献であったらしく、そこには元よりサーキラの住民であった人族ヒューマンたちが、こことは全く異なる地より移住してきた亜人族デミたちを受け入れていた事実を示す記録も、かつては街の発展の為に人族ヒューマン亜人族デミもなく尽くしていた過去も古ぼけた絵で描かれていた。


 しかし、その文献には……いや、それとは別にリュミアが持ち出してきたどの文献にも、ちょうど今から百年前……魔族が出現してからの記述はなく、それについてはリュミアにも何故かは分からないとの事。


 ……尤も、そこまではアドライトも情報として得ていた為、『ふむ』と唸るだけに留まっている。


「……私は、街単位で魔術か何かの影響を受けてるんじゃないかって考えてる。 森人エルフの貴女なら、もしかすると何か知ってるかもって思ったんだけど……」

「ごめんね、逆に私が聞きたいくらいなんだ」


 その後、リュミアが彼女なりにサーキラの現状に対して推論を口にしつつ、ただの人族ヒューマンである自分より遥かに長い時を生きているだろう森人エルフのアドライトならば何か情報を持っているかもしれないと考えた為、入街の際に助け舟を出したのだと明かしたものの──。



 ──瞬間、一つの疑問がアドライトの頭に浮かぶ。



「……あれ? じゃあ、どうして君は──」

亜人族デミを嫌悪してないのか、って?」


 そう、リュミアも紛れもなくサーキラの民である筈なのに、どうして先程の女中メイドや門兵の様に亜人族デミであるアドライトに嫌悪感を抱いていないのか……という疑問を口にしようとした彼女の言葉を先読みしたリュミアの声にアドライトは再び無言で首を縦に振った。


「それが私の頼み事に繋がるの……ねぇ、クルト=シュターナは知ってるわよね。 ドルーカの領主の」

「あぁ、それは勿論だけれど?」


 それを見たリュミアが、これまでで最も真剣味を帯びた表情を浮かべながら手元の文献を閉じつつ、どうやら遠縁に当たる関係にあるらしいクルトについて触れ、当然だが彼の事を知っていたアドライトは『何故そんな事を?』とでも言いたげに首をかしげる。




 すると、リュミアは覚悟を決めるかの様に一度だけ深呼吸をし、しっかりとアドライトの瞳を見ながら。




「……そう。 それじゃあ──」




「カシュア=シュターナは──私の、姉の事は?」




「……え?」




 あまりにも唐突に少女が口にした領主クルトの従者の名を聞いたアドライトは、よくよく見ると身長を除けばカシュアとリュミアが似ている事に気づくと同時に。




 ──そういえば、彼女も亜人族デミを嫌っていた様な。




 ……そんな事を、ふと思い返していた。

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