第218話 邂逅、見習いうさぎ
一方その頃。
アドライトとウェバリエに見送られてサーカ大森林を後にしたアングたち三人は、その腕に蜘蛛糸で包まれた二つの遺体を抱えたままにドルーカへの帰途に就き、そこそこの時間をかけて門まで辿り着いていた。
「──やーっと着いたか……割と距離あるよなぁ。 あの森……サーカ大森林とドルーカって」
「そうだな。 すっかり夕刻になってしまった」
溜息混じりに呟いたケイルや、それに応えたオルンの言葉通り、サーカ大森林とドルーカの街との間にある草原は控えめに言っても広大であり、アドライトとともに出立したのが早朝でありながら目的地に着いたのが昼頃だった事を鑑みれば、二人が思わず愚痴の様な言葉を溢してしまうのも無理はないだろう。
「つっても全く疲れはねぇけどな。 これ、『ほんとに
そんな中、
「これなら別に運ぶのは
「俺に言われてもな……」
ケイルは膂力に優れた純血だからと自分たちが遺体運ぶ事になった件について納得がいかないらしかったが、それを指示したのは
──その時。
「──あ」
「どうした? 何か気になる事でも──」
間も無く日も落ちるというのに門の前に行列をなしていた冒険者や商人を見ていたアングが突然、何かを思い出したかの様な……いや、何かに気がついたかの様な気の抜けた声を出した事に疑念を抱いたオルンが彼の方を振り返って『何事だ』と問いかけると──。
「気になる事っつーか……俺ら今から、あの門を通ってドルーカに入るんだよな」
「そりゃそうだろ、出る時もそうだったんだし」
当のアングは『ん〜……』と低く唸り、ふさふさとした毛の生えた頬を掻きつつ随分と今更な、そして当たり前な事を改まって語り出し、それを受けたケイルは尻尾で地面を軽く叩いてから『で?』と先を促す。
「当然、門には兵士だの警備隊だのがいるよな」
すると、アングは他の二人を自分の辿り着いた解答へと導いていくかの様に、そこそこ大きな門のところで街へ入ろうとする者たちの身分や持ち物を検めていた門兵や警備隊を指差して言い聞かせた。
「……そうなるな。 それが一体──っ!」
「うお、何だぁ?」
その時、『結局、何が言いたいんだ』という様な困惑の入り混じった声を発そうとしたオルンが突然、何かを察したかの如く言葉を止めて目を見開く一方、何が何だか分からず目を細めるケイルに対して──。
「……
「……あ、あ〜……そういう……?」
アングが自分の肩に担いだ純白の繭を横目で見遣りつつ、どうやら彼自身に妙案はないらしい事を暗に伝えると、そこで漸く事態を理解したケイルは爬虫類特有の縦長の瞳孔を持つ目を不自然に揺らしてしまう。
「……そういや、そうだな。 これ思いっきり死体だもんなぁ。 奴隷身分の元盗賊が死体担いで街に……」
「入れねぇよなぁ、どうすっか……」
その後、多少は動揺も落ち着いたケイルが自慢の尻尾を巻きつけて運んでいた繭の片割れを見下ろし、よくよく考えなくとも遺体を担いだ元犯罪者が止められない筈はないというのを改めて口にした事により、アングが深い溜息を溢すと同時に二人は思案を始める。
「……ありのままを話すしかないだろう。 ここにはいない
しかし、ただでさえ混血に比べて知能や思考力で劣る純血の彼らに妙案が浮かぶ筈もなく、それを充分に理解しているからこそオルンは『俺が何とかしなければ』と彼なりの精一杯の案を出そうとしたのだが。
「──うわ」
「「「ん?」」」
瞬間、彼らの後ろから溢れ出る嫌悪感を隠そうともしない高めの女声が聞こえた事で、『何だ何だ』と三人が殆ど同じタイミングで振り向くと──。
「店主からの課題も何とかこなせて、ウキウキ気分で帰ろうとしてたところだったのに……はぁ〜あ」
そこには、『嫌なもの見たなぁ』と何やら愚痴めいた呟きとともに深い溜息を溢し……白銀の頭髪を掻き分ける様に二本の白く細長い兎の耳と一本の鋭く尖った角を生やした緑色のローブ姿の少女が立っていた。
「お前、あん時の……
「ピアン、だったな」
その少女は何を隠そう……魔道具店主であり魔具士であるリエナの見習いで、かつては召喚勇者との交流もあった混血の
「えぇ、そうですよ。
「……あんま大声で言うんじゃねぇよ」
するとピアンが随分とわざとわしい大声で、『彼らが奴隷身分である理由』を周囲に聞こえる様に口にした事により、ケイルは妙に刺々しい視線を辺りから感じてしまい、声を潜めて彼女を諫めようとした。
「今更では? そもそもドルーカの人は殆ど知ってますし。 それより貴方たちは何をしてるんです?」
「あ、あぁ。 実は──」
しかし、この草原で彼らの属していた盗賊団であるところの
「へぇ、店主からの
「そうだな。 だが、その
その後、最後尾に並んだ状態で少しずつ消化されていく行列を見遣っていたピアンがアングたちの説明を反復した事で、『その通りだ』と頷きつつもオルンが他二人の運ぶ繭に目を向けようとした時──。
「……じゃあ、私と一緒に行きましょう」
「い、いいのか?」
完全に嫌々ではあったが、『私なら門兵や警備隊の方々とも親しいですし』と彼らへの助力を申し出はしたものの、いまいち彼女の考えが読みきれないアングは、おっかなびっくり確認をしようと声をかける。
「ほんとは同じ空気を吸ってるのも嫌ですけど。 それが店主の為に……延いてはミコさんの為にもなりそうですし、ちょっとくらい我慢してあげますよ」
「……そうかい、そりゃどうも」
ピアンと三人の間には随分と体格差があり上背も遥かに上回ってはいるのだが、それでも彼女は彼らを軽蔑する姿勢を取り止める事なく流暢に嫌味を投げかけた為、三人の中では特に反省しているつもりのケイルは細長い舌を垂らしつつ溜息を溢してしまっていた。
そして、そこから多少の時間が経った後……漸く四人の前の行列が掃けて、『これで今日は最後か』と門兵たちが少しの疲弊を纏わせた声で呟く中で──。
「えぇっと……あぁ、いたいた。 アルロさーん!」
「うん?」
別に誰でもよかったのは事実だが、『どうせなら彼の方が話が分かる筈』と考えたピアンが辺りを見回して目当ての人物を探すと、その人物は思いの外すぐに見つかった為、彼女は右腕を振りつつ彼を呼び、その声が耳に届いたらしい細身の男性が反応を見せる。
「おや、ピアンさん。 おかえりなさい。 出発する際に言っていたリエナさんからの課題は大丈夫でした?」
「はい、お陰様で!」
アルロと呼ばれた彼は、『ここは自分が対応しますから』と他の門兵や警備隊たちに引き継ぎなどの指示を出しながらピアンに挨拶をし、それを受けた彼女の表情は、明らかに先程まで彼らに向けていたものとは全く異なる晴れやかな笑みになっていた。
「それは何より──うん? そちらの三人は確か、アドライトさんと一緒に
「……あぁ。 それなんだが──」
その時、ふとピアンの後ろにいたアングたちが視界に映ったらしいアルロは、アドライトとともに早朝に出立した筈の彼らが何故ここにいるのかという事を疑問に思って声をかけると、この中では最も思考力で勝るオルンが代表して自分たちの事情を話し始める。
「──成る程、アドライトさんとは別行動を……それで、その繭の様な物は何ですか? あぁいや、アドライトさんを信用していない訳ではないんですが」
一通り彼らの事情を聞いて納得した様子のアルロだったが、だからといって不審物を見逃す理由にはならない様で、
(俺らを信用してない、って事だよな。 仕方ねぇが)
……アングとしても、アルロの表情が示す意味は充分に理解する事が出来ていた為、『後は頼むぜ』と言わんばかりの視線をチラッと隣のピアンに向ける。
「アルロさん。 この繭、店主がアドライトさんたちに頼んでいた
「リエナさんが? いや、しかし……うーん」
すると、ピアンがアルロとアングたちの間にヒョコッと身体を割り込ませて、彼らが持ち込もうとしている繭……もとい遺体の事を不明瞭にしつつも、これらは
「……分かりました。 しかし何かあった場合、対処はしますし責任も取って頂きます。 たとえ貴女やリエナさんであってもです。 よろしいですね?」
「勿論です! ありがとうございます!」
とはいえ、
ちなみに、ある一件というのは……長く昏睡状態にあり、とある聖女の治療術によって目覚めた二人組の冒険者の速やかな拘束や尋問、最終的な罰則の施行などに多大なる貢献したから、であるとの事だった。
「……悪ぃな。 フォローしてもらっちまって」
その後、何とか繭に触れられる事なく門を通り、ドルーカへ戻る事が出来た三人を代表したアングが礼を述べるも、ピアンは『ほんとですよ』と不満げで。
「ただでさえ以前に貴方たちの仲間に襲われたせいで店主の許可がないと外出も出来ないのに。 これで責任問題になったら二度と街から出られなくなりますよ」
「す、すまん」
どうやら盗賊たちの襲撃の一件で、ピアンに対するリエナの保護が少しだけ……いや、かなり強まっていたらしく、今回の様に『課題』として与えられなければ街の外にも出られないのだと告げた事により、アングは申し訳なさそうに頭を下げるしかなかった。
すっかり日も暮れてしまったドルーカを光属性の魔石の淡い光が照らす……そんな静けさが支配する様な街を、ピアンを先頭に歩いていた四人の足が止まる。
「さぁ、到着しましたよ。 何をどう説明するのか知りませんが、せいぜい頑張ってくださいね」
「「「……っ」」」
そして、ピアンが入店を譲る様に扉の横に立ち、まるで他人事かの如く──事実、他人事なのだが──彼らに嘲笑じみた表情と声音で語りかけた事で、アングたちは極度の緊張からか思わず息を呑んでしまう。
……無理もないだろう。
──自分たちが属していた盗賊団の初代首領。
──その首領を消し飛ばしてみせた
──つい先程まで死闘を繰り広げていた
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