第217話 サーキラの街について

「サーキラの街か……俺たちは基本的に街へ入る事は出来なかったから、あまり詳しくないんだが……」


 一方、アドライトが口にした街の名を反復したオルンが顎に手を当て思案する仕草を見せつつ、アジトから出ては商隊か何かを襲い、金品や女を奪ってアジトへ戻る……そんな掃き溜めの様な日常を思い返して呟くと、ケイルも同意するかの如く首を縦に振る。


「はは、まぁ紛れもなく犯罪者だったからなぁ。 入口で弾かれるだけならまだしも捕まるのは御免だしよ」


 それもその筈、彼らは盗賊だったからであり、村や小さな町ならともかく身分証明が要求される程の規模の街には入れず、そんな事をしようものならまず間違いなく警備隊や冒険者に捕らえられ、そうでなくとも深手を負う様な事態を招いてしまっていただろう。


「……で? どんな街なんだ? お前は多分、詳しいんだろ? 何百年も生きてるっつーんだから」

「……そうだね。 一言で言うと──」


 そんな二人の話を聞いて、かつての自分の行いを彼なりに悔いていたアングが溜息を溢しながら、明らかに自分よりも長命であるアドライトにサーキラという街の状況について尋ねるも、彼女は露骨なまでに声のトーンを落として一拍置く様に間を開けてから──。



「──嫌な街、かな」



「「「嫌な街……?」」」



 おそらく彼女なりに言葉を選んだのだろう、不特定多数を揶揄したり煽ったりする事など殆どないアドライトの口から溢れた嫌悪や困惑を纏わせた呟きに、アングたちが思わず顔を見合わせてしまう中で。


「……」


 何故かウェバリエだけは沈黙を貫いており、さも後悔でもしているかの様な視線をアドライトともアングたちとも違う方向へ……ドルーカの方へ向けていた。


「何というか……ルニア共和国は人族ヒューマンが主体となってるから仕方ないんだろうけど、それでも亜人族デミに対する偏見や差別がドルーカの比じゃないんだよ」

「……!」


 その後、冒険者ギルド経由で国が置かれている現在の情勢を知っていたアドライトが、この国が共和国に変わった事をさりげなく口にしつつも、やはり人族ヒューマンが優遇されているのは同じだという亜人族デミにとっては哀しい事実を述べたうえで、サーキラは特に亜人族デミへの先入観が最悪に近いのだと簡潔に語ってみせる。


 ……それを受けたウェバリエが驚愕を露わにして切れ長な真紅の眼を見開いていた事には、アングたちは勿論の事、アドライトでさえ気づいてはいなかった。


「比、って言われても……ドルーカの住民はそもそも偏見も差別も殆どしてこねぇぞ?」


 そんな折、短期間ではあるが戦奴隷としてドルーカで過ごしてきたアングが、『んー?』と唸って街の住民たちの様子を思い浮かべたが、とても人族ヒューマンだけを優遇している様には見えず、『それ本当か?』とアドライトに対して疑念の言葉を投げかけてしまう。


「確かになぁ。 露骨に奴隷の証つけてる俺らにも態度なんて変えずに接してくる印象あるぜ?」


 そして、それについてはケイルとしても同意見だったらしく、自分の首に装着された奴隷の証たる無骨な首輪を不快そうに爪で突きながらも、『良い奴らだよな』と言わんばかりにカラカラと笑みを湛えている。


「それは彼が……クルトさんが尽力してくれているからさ。 本来、自分たちと異なる生き物を自分たちと同じ様に扱うなんて、そう簡単に出来ないんだよ。 私たち亜人族デミも、人族ヒューマンも──魔族も」


 しかし、アドライトは……これまでにどれだけドルーカの領主たるクルト=シュターナという若輩の貴族が亜人族デミを受け入れてもらえる様に二代、三代にかけて住民たちに訴えかけてきた結果だと理解していた。


 ゆえに、この世界においても高い知能や知恵を持つ三つの種族の名を挙げつつ、『そういう見方をするのなら、この三種に差異なんて殆どないんだよ』と言い聞かせる様に首を横に振ってみせているのである。


「まぁ……君たちの場合は銀等級わたしと行動をともにする事が多いから、というのも一因だと思うけど」

「……だろうな」


 尤も、アングたち三人に関して言えばアドライトの言葉通り、住民たちからの信頼も……そして女性からの人気も厚い彼女が行動を管理している為に『街の厄介者』といった評価をされないだけであり、それを何となく理解していたオルンも頷いて同意する。


「さて、話を戻そうか。 さっき私はサーキラを『嫌な街』だと言った。 とはいえ何も、ずっと前からそうだった訳じゃない筈なんだよ。 少なくとも──」


 翻って、逸れてしまっていた話の流れを戻さんとする為に『パンッ』と軽く手を叩いたアドライトが、どういうところが『嫌』なのかという事を語ろうとすると、当然アングたちやウェバリエの視線が彼女の方を向き、それを確認したアドライトは頷いてから──。



「──百年前までは、そんな事はなかった」



 心証の変化という……いかにも不透明な事象であるにも関わらず、いやに具体的な年数を口にした。


「百年前って言やぁ、ちょうど魔族が現れた頃か」


 それを受けたアングはといえば、その当時は生まれてすらいなかったとしても流石に知っていた魔族の出現について呟き、アドライトは無言を持って答える。


「……魔族への恨み辛みというなら分かるが、どうしてそれが亜人族デミへの嫌悪や憎悪が強まる事に……?」


 その一方、三人の中で最も思慮深いオルンは、『ふむ』と唸って腕を組みつつ、この百年でサーキラに何があったのかをアドライトに対して問いかけた。


 おそらく何も知らない……というより、何も分からないのだろうと高を括ったうえで。


「それは分からない。 私が聞いても教えてくれなかったからね。 でも今なら……国中の冒険者ギルドの統括が国から首都のギルドマスターに移った今なら話を聞けるかもしれない。 私は仮にも銀等級シルバークラスだしね」


 ……すると彼女はオルンの予想通り首を横に振りながらも、昔は駄目でも今ならと語り始める。


 かつて、召喚勇者の所有物たる三体の人形パペットたちがルニア王国の王、リドルス=ディン・アーカライトを惨殺し、王族の血が途絶えてしまった事で君主制から共和制へと変革せざるを得なかった現ルニア共和国。


 その影響で全ての冒険者ギルド統括が完全に首都のギルドマスター、ノーチス=サイシンという男性に移った事を考慮すれば、街の者が何を言おうが銀等級シルバークラスの冒険者をギルドが拒む筈はない……そう考えているからこそ彼女は微かな笑みを湛えているのだろう。


「という訳で……私はサーキラの街に向かう。 ウェバリエ、この二人の遺体を糸でくるんでくれるかい?」

「……っえ、えぇ。 任せて」


 そこで半ば強制的に話を終わらせにかかったアドライトは、そこまで口を閉じていたウェバリエの方へ顔を向けつつ二人組の遺体を指差し、『繭みたいな感じで頼めるかな』と口にすると、ウェバリエは少しだけ驚いた様な反応を見せつつも糸を出し、くるむ。


「あぁ、それと……君たち三人は遺体を持ってドルーカへ帰還を。 魔道具アーティファクトの痕跡としてリエナさんに渡してほしい。 その後は自由にしていいから」

「……あぁ」


 そして、アドライトの話を聞いて少し呆然としていたアングたちに対し、すっかり純白の繭と化した二つの遺体を指差した彼女が指示を出すと、アングは納得のいってなさそうな表情を浮かべつつも返事をした。


 暗に、『これから先、君たちは邪魔だ』と言われた様な気がして……それを否定しきれなかったから。


「世話になったね、ウェバリエ。 久しぶりに会えて嬉しかったよ。 また今度、依頼クエストじゃない時にでも顔を出すからさ。 その時は、ゆっくり話でもしよう」


 その後、混血に比べて膂力で勝る純血のアングとケイルが遺体を抱えてドルーカへと帰還していくのを見届けたアドライトが、ウェバリエの方を振り返って一時の別れの挨拶を済ませようとしたのだが──。


「……えぇ、そうね」

「……?」


 当のウェバリエは何故か随分と気落ちした様子を見せており、それでも返事はしてくれたのもあってかアドライトは彼女に言いようのない違和感を覚えながらも、改めて『また会おう』と再会を約束してからサーキラの街がある方角へ向けて歩を進めていった。


 そんなアドライトの姿が見えなくなるまで見送っていたウェバリエは、ゆっくりと上げていた右腕を下ろしつつ段々と……その表情を暗くしていってしまう。



(……まさか、サーキラがそんな街だったなんて)



 ……そう。



 このサーカ大森林の主であるという事も、そして彼女が人族ヒューマンには受け入れられにくい蜘蛛人アラクネだという事も相まって、『仕方がなかった』と言ってしまえばそこまでだが、サーキラという街の名は知っていても、その街が置かれている現状までは知らなかったのだ。



 ……ゆえに、彼女は心の底から後悔していた。



 彼女自身、知らなかった事であるとはいえ……あの人狼ワーウルフを、あの鳥人ハーピィを、あの人魚マーメイドを……そして何より、あの愛らしい黒髪黒瞳の召喚勇者を陥れかねない選択肢を提示してしまった、あの時の自分の浅はかさを。



(……こんなんじゃ、おねえさん失格ね……)



 いつか、あの少女が念願である筈の魔王討伐を果たし、元の世界へと帰還する前に再会する事が出来たなら……その時はまた姉として抱きしめて謝ろう。



 たとえ、この世界にいる間だけの関係だとしても。



 そんな風に悲観的な考えを広げていた為か、蜘蛛人アラクネたるウェバリエの人の部分がはらはらと落涙を促してしまい、それを自分の手で受け止めた彼女の表情は。



 ……どこからどう見ても、人族ヒューマンと変わりなかった。

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