第215話 働き蜂の記憶
その後、一応は
依頼者が誰なのか、という事に関しては女王に話しても無意味だろうと考えたアドライトは勿論の事、アングたち三人もそれを察して余計な口は挟まない。
「──と、そんな訳で私たちはとある
……時間としては数分足らずだっただろうか、アドライトが自分たちの事情を話し終えると、女王は思案でもするかの様に少しだけ俯いていたのだが──。
『
「子、って……いつ確認したんだ?」
ややあって、ゆっくりと頭を上げた女王は半透明な翅を擦り合わせて言葉を紡ぎ、『残念ナガラ』と特に羽音のトーンを下げたりする事もなく蜂の樹へと顔を向けて返答したものの、それを聞いたアングは『そんな時間あったか?』と思わず疑問を口にする。
『……余ハ女王ダ。 コノ森ニ棲マウ全テノ子ラガ見テキタモノヲ……記憶ヲ共有スル事ナド容易イ』
「……またもや初耳だな」
そんなアングの何の気なしの質問に対し、『ギョロッ』と複眼を彼に向けた女王は溜息めいた羽音とともに、この蜂の樹の女王となった瞬間から獲得していた
偵察や蜜の収集に出ていた働き蜂たちが
尤も、この森に棲まう女王個体は当然ながら彼女だけであり、この森から出た事もない身としては、『他ノ女王個体ニ同ジ事ガ可能カハ知ラヌガ』と念を押さなければならないのも……また事実だった様だが。
「しかし……結局、手がかりなしっつー事か」
「うへぇ、マジかよぉ」
そんな折、『広く不気味な森の調査の面倒臭さ』から、アドライト以上に女王からの情報提供に期待していたアングやケイルが、自分たちが戦った訳でもないのに深い溜息を溢しつつへたり込んでしまう中で。
「……ごめんなさいね、アドライト。 彼女に話を聞きましょうって提案したのは私なのに」
いかにも申し訳なさそうな声音とともに、女王から情報を得ようと提案した事についても、ボロボロになるまで戦ってくれたのに無駄になってしまった事についても謝意を示すウェバリエだったが、当のアドライトは『気にしないで』と微笑みながら首を横に振る。
「女王蜂さんと戦ったのは私の意思だし、情報が手に入らなかったのも誰かに非がある訳じゃ──」
『──タダ』
「うん?」
そんな彼女のウェバリエに対する慰めの言葉を遮る様に、『リィン』と鈴虫の如き羽音で紡がれた女王の声にアドライトが反応した事で全員がそちらを向く。
『其方ラニトッテモ既知ノ事トハ思ウガ、ソコニイル森ノ主ハ少シ前マデ魔族ノ力ヲソノ身ニ受ケテイタ』
「……あぁ、そうらしいね」
すると女王は宝石めいた複眼をアドライトからウェバリエへと滑らせる様に向けつつ、かつてウェバリエがとある女性魔族からの洗脳を受けて、この森を悪の因子の巣窟……養魔場にする為の魔素溜まりを守るべく森への侵入者を撃退していた過去を持ち出した。
あらかじめサーカ大森林で起こっていたらしい厄介事をウェバリエから聞いていたアドライトは、チラッとウェバリエを横目で見つつ首を縦に振ってみせる。
『ソノ際、多クノ魔蟲タチガ魔族ノ力ニ汚染サレタ森ノ主ノ糸ニ触レタ事デ、サモ
「……」
それを受けた女王がアドライトへと視線を戻してから、まるで呪詛かと言わんばかりの忌々しげな低い羽音で自分の子供たちも巻き込まれた一連の事柄を語り出し、ウェバリエが気まずそうに視線を逸らす一方。
「……何とも迷惑極まりねぇな。 魔族ってのは」
「俺らが言えた義理じゃねぇ気もすっけど」
実際に魔族と遭遇した事はなくとも、この世界を支配せんとする魔族に対しての嫌悪感は充分に抱いていた為にアングが舌を打つも、かつての自分たちの所業を思った以上に悔いていたケイルとしては『他を悪く言う資格はねぇな』と独り言ちざるを得ないでいた。
『──ガ。 アル時、巣ニモ帰ラズ森ニ散ッテイタ筈ノ子ラガ戻ッタ事デ余ガ真ッ先ニ共有ヲ図ルト、ソノ子ラハ森ノ
そんな二人の呟きをよそに女王は少しだけ羽音のトーンを上げつつ、ウェバリエに操られていた子供たちが帰ってきた際に共有した記憶を改めて思い返し、そして一拍置くかの様に擦り合わせていた翅を止め、全員の注目が更に集まったのを確認してから語り出す。
『空腹ヲ満タス為、或イハ餌ヲ貯蓄スル為ニ余ノ子ラハ様々ナ生物ヲ襲撃シテイタノダガ……ソノ中ニ妙ナ動キヲ見セテ逃亡スル二人組ノ
「……妙な動き? どんなだ」
『
「……
すると女王が、もし目蓋があれば閉じていただろう俯いた姿勢で子供たちが見た記憶を手繰り、魔族の力で強化された蜂たちの襲撃を受けてズタズタになりながら、それでも手の中に収めていた何かを守りつつ奥へ奥へと逃げていったらしい二人の
『アァ。 ダガ、ソノ死骸ハ未ダ森ニ残ッテイル。 トハイエ余ハ満足ニ動ケソウモナイ……其方ラノ案内ハ手ヲ下シタ子ラニ任セル事トナロウガ、如何ニ?』
「充分だよ。 貴重な情報をありがとう、女王蜂さん」
しかし、ゆっくりと頭を振る女王の話には続きがあったらしく、アドライトたちから見て右の方へと視線を向けた彼女が溜息の様な羽音とともに一つの提案をすると……アドライトは一行を代表して、とても先程まで死闘を繰り広げていた相手に向けるものとは思えない爽やかな笑みを浮かべて礼を述べたのだった。
『……余ヲ負カシタ其方へノ褒美ダ。 ダガ、先程モ申シタ通リ次ハ絶対ニ勝利スル──覚悟シテオケ』
一瞬、異常な程の彼女の爽やかさに認めた筈の敗北を覆しそうになったが、それでも感情を出来る限り押し殺しつつ捨て台詞を吐いた女王は痺れの残る身体を何とか動かし飛び立って……蜂の樹へと戻っていく。
それを見送ったアドライトたちが『案内役トシテ連レテイクト良イ』と女王が指示を飛ばしていた数匹の
「──
かつて、このサーカ大森林の主の座を巡って戦いを繰り広げた結果、辛くも勝利して森の主となったウェバリエは、『余ガ敗北スルナドアリエン!』と最後の最後まで粘っていた女王の姿を脳裏に浮かべ、苦笑いを湛えながらも四人の後を追いかけていった。
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