第214話 女王も森人も義理堅く

 残念ながら地面に倒れるアドライトを抱きとめるのが間に合わなかったウェバリエが、毒針による傷口は回復薬ポーションで治っていても女王の毒までは解毒しきれず意識を手放していたアドライトを介抱する一方で。


「……周りの蜂どもも吹っ飛んじまったな」

「死んでんのか? あれ」


 先程のアドライトと女王の戦いによってウェバリエの蜘蛛糸の壁は半壊してしまっており、アングたち三人は身体や服に付いた土埃や草葉を払いながら、自分たちを囲っていた全ての蜂たちが地面に落ちているのを見て、おそるおそる生死の確認をしようとする。


「いや、見たところ生きているな。 それも一匹残らずに……森の主の意地、というやつか」


 しかし、この状況にあっても冷静なオルンの見立て通り、鋭刃蜜蜂シェイドルたちの身体にはウェバリエの蜘蛛糸が繭の様に絡みついており、それが先程の強大な衝撃から蜂たちを守ってくれていたのだった。


「あの子たちは……まぁ、そのうち起き上がってくる筈よ。 それよりも今は──」


 揺らさない様にアドライトを抱き起こしながらも彼らの話が聞こえていたウェバリエは、『このを手当てしないと』と口にしようとしたのだが──。



『──森ノ主ヨ』


「「「!?」」」



 その時、暴風の蛇を纏った豪雷の鳥によって焼け焦げた森の奥から……アドライトの魔術、麻痺雷針による痺れの残る身体を引きずって、よりノイズが強くなった様な羽音を鳴らした女王が現れた事に、アングたち三人は思わず目を見開いて驚愕を露わにする。


 女王の身体は誰の目から見ても満身創痍ではあったが……それでも王としての意地なのか、王の証たる冠の様な触覚だけは未だ彼女の頭部で形を保っていた。


「く、くそっ、まだ動けんのかよ!」

「しぶてぇなぁ、虫ってのは……」

彼女アドライトが戦えない以上、次は──」


 そんな女王に対してアングやケイルが自分たちの武器大袈裟に構えて威嚇し、オルンも『いよいよ俺たちの番か』と決死の覚悟を決めていた時──。


「ちょっと待って……一体、何の用かしら?」


 一方、既に女王から戦意や敵意は感じられない事に気がついており、だからこそ女王が現れた事にも驚かなかったウェバリエが彼らを諫め、『姿を現し、自分に声をかけてきた意図』を確認するべく問いかけた。


『ソレヲ、ソノ森人エルフニ』


 すると、女王は無言で蜂の樹の方へと顔を向けつつ言葉を紡がない羽音を響かせ、おそらく戦闘要員ではないのだろう他と比べて小さめの鋭刃蜜蜂シェイドルに、黄金色の液体が入った透明な袋の様な物を持たせた状態で呼び寄せて、それをウェバリエに手渡さんとした。


「これは……成る程、感謝するわ」

「ん? それ、蜂蜜か?」


 女王の命令でウェバリエに手渡されたそれを見た彼女は、すぐに女王の意図を看破して鋭い爪で袋に小さな穴を開け、未だ目を覚まさないアドライトの口元へ近づけて黄金色のドロリとした液体を流し込み、それが何なのかを理解したケイルは何故か随分と羨ましげに細長い舌をチロチロと動かしている。


 ……見た目にそぐわず、甘味が好みらしい。


「そりゃあ確かに鋭刃蜜蜂シェイドルの蜂蜜なら多少は回復するだろうが……一旦、街に帰って治療した方が──」


 ひるがえって、この世界における蜂蜜に疲労回復や滋養強壮、果ては魔力の微量な増強といった効果がある事を知っていたらしいアングが、『ドルーカになら解毒が得意な治療術士ヒーラーもいるだろ』と提案しようとしたのだが、それを耳にしたウェバリエは即座に首を横に振り──。


鋭刃蜜蜂シェイドルの蜜は、鋭刃蜜蜂シェイドルの毒の特効薬なのよ」

「……初耳だな」


 無論、一般的な治療術でも治りはするだろうが、最も効果的なのは他でもない鋭刃蜜蜂シェイドルたちが集めてくる蜜であるらしく、それらは集めてきたばかりの頃は普通の蜜であるものの、蜂の樹の中で……いや、もう少し正確に言うのであれば女王たる個体の魔力を受ける事で解毒の効果を持つ様になるとの事だった。


 彼ら三人の中では唯一の混血の亜人族デミであり、元盗賊とは思えない程に普段から冷静で聡明なオルンにとっても、どうやら初めて知る情報であったらしい。


「こうやって持ってきてくれなかったら私から『分けてくれるかしら』って言おうとしてたのよ。 それにしても貴女って妙なところで鋭いし、義理堅いわよね」


 だからこそウェバリエは、『女王が何も言い出さなければ自分から提案するつもりだった』という事を明かしつつも、それを見抜いて彼女に蜂蜜を渡してきた女王の慧眼と義理堅さに対して呆れた様に苦笑する。


『……余ニ勝利セシメタ者ガ戦イノ後ニ効イテキタ毒デ死ヌナド、ソンナ事ガ許サレテイイ筈モナイ。 次コソハ……余ガ其奴ニ勝利スルノダカラ』

「……そ。 まぁ好きにしなさいな」


 そんな彼女とは対照的に、ただの少しも笑い声の様な羽音を立てるつもりはないらしい女王が、たった今アドライトに敗北したばかりだというのに武人の様な口ぶりで次の戦いについて言及し始めた事で、ウェバリエは更に呆れ返って溜息を溢してしまっていた。


────────────────────────


 その後、彼女たちの周囲でひっくり返っていた働き蜂たちも一匹、また一匹と起き上がり女王の無事を確認してから蜂の樹へと帰還していく中で──。


「──ん、んん……ウェバリ、エ……?」

「えぇそうよ。 気分はどうかしら」


 漸く意識を取り戻したアドライトがうっすらと目を開けて、そんな自分を蹲み込んだ状態で抱えてくれていたらしい蜘蛛人アラクネの名を呟くやいなや、ウェバリエは安心した様に息をついてから微笑みつつ彼女の体調を確認した事で、それを受けたアドライトは『問題ないよ』と言わんばかりに微かな笑みを浮かべてみせる。


「……あれから、どれくらい経ったかな」


 そして、ゆっくりとした動きで何とか身体を起こしたアドライトが、ウェバリエの方を向いたまま『自分が倒れてから起きるまでの時間』を問いかけた。


「え? あー……そうね、そんなに経ってないと思うわよ。 やっぱり森人エルフの生命力って凄いわね」

「はは、光栄だね──っと」


 ウェバリエは少しだけ思案する様子を見せてから返答し、ついでに森人エルフの生命力を称賛したのだが、ふとアングたちを気にかけて辺りを見回したアドライトの視界に巨大な蜂の姿が映った事でそちらへ向き直る。


「……女王蜂さん。 戦いの結果は──」

『先ノ戦イハ其方の勝利ダ。 ダガ、次ハ負ケヌ』

「……そう、だね。 楽しみにしておくよ」


 そして、本人としても完全勝利だとは思っていないゆえに、良くて『引き分け』だと言おうとしたのだろうが、それを遮る様に女王が自分の敗北と次戦の勝利を宣告してきた事により、引き分けそれをここで言及する事の意味のなさを理解したからこそアドライトは素直に頷き、愛想笑いを浮かべていたのだった。


「歓談中のところ悪いが……女王蜂よ。 今の戦いの前に言っていた聞きたい事についてなんだが……」


 そんな中、そもそも女王と戦う事になってしまった理由であるところの『魔道具アーティファクトの痕跡』について聞かなければと考えたオルンは、おそるおそる声を挟む。


『……構ワヌ、余ガ知ッテイル事ナラバ答エヨウ』

「えぇ、実は──」


 それを聞いた女王は壊れかけの機械の様な動きでオルンへ顔を向けてから、『ソウイエバ、ソノ様ナ話ダッタカ』と小さな羽音を鳴らし質問に答える姿勢を見せ、最初に女王に問いかけた事もあってか代表してウェバリエが改めて質問しようとしたのだが──。


「待ってウェバリエ、これは私たちが受けた依頼クエスト。 報酬も無しに案内をしてもらったうえ、事情の説明まで君に任せるなんて訳にはいかないよ」


 自分たちに協力してくれていたウェバリエに負い目でも感じていたのか、それとも単純に使命感が強いからかは分からないが、『ここは私たちが』とでも言いたげに前に出たアドライトが力無い笑みを見せる。


「……貴女も大概、義理堅いわよね」

「?」


 一方、ウェバリエはアドライトと女王を交互に見遣ってから溜息を溢すも、意識を手放していた為にその話を聞いていなかったアドライトは、端正な顔には似つかわしくない幼げな動作で首をかしげていた。


 ……弱っているのも、あるかもしれないが。

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