第211話 荘厳なる女王蜂
奥へ奥へと進めば進む程に不気味さを増していく森を、きっぱりとした足取りで歩いていくウェバリエやアドライトとは対照的に、アングたち三人は地面を踏み固めるかの様に慎重な歩みを見せており──。
「そろそろ見えてくる筈だけれど──あぁ、あれよ」
だからこそ、ウェバリエが『蜂の巣に到着した』との旨の声を上げて前方に指を差した事で、彼らは一様に若干の安堵感とともにそちらへ顔を向けたのだが。
「う、おぉ……凄ぇな、何だあれ……」
「あれが蜂の巣なのか……?」
五人の視界には……いくつもの樹木が生えている影響で薄暗くなっていた道中とは違い、たった一本の巨樹だけが生えている奇妙な光景が映っていた。
「巣、というより……あれでは、まるで──」
一方、ただひたすらに驚いて呆然とするだけの二人とは異なり、枝葉の部分が『栗色でブツブツとした何か』で構成されている樹を見つめていたオルンが『どう表現すべきか』と顎に手を当て思案していた中で。
「──そう、あれは蜂の樹。 本来ある筈の青々とした枝葉を全て取り除いて……樹そのものを巨大な一つの巣にしているのよ。 女王蜂の指示で、ね」
「……成る程」
「うへぇ、マジかよ……」
そんなオルンの疑念をこめた声に反応したウェバリエが彼の思考を読んだうえで、『樹に巣を作ったのではなく、この巨樹自体が巣なの』と語ってみせた事により、かたやオルンは納得が出来た様で顎から手を離し、かたやケイルは集合体恐怖症でもないのに感じていた気味の悪さに顔を顰めてしまっている。
「……お前は、あんまり驚いてねぇんだな」
「私? まぁ……何度か見た事があるからね。 とはいえ以前より大きくなっている気もするけど──」
すると彼女は苦笑いを浮かべ、『以前にサーカ大森林を訪れた時に見たんだ』と簡単に告げてから、前に見た時よりも規模が拡大している様な気がした事に違和感を覚えながら、『何年も経ってるし、よく考えれば普通の事だよね』と結論づけていた……その時。
「──! 出てきたぞ!」
二振りの
「おいおい……何百匹いやがんだよ。 あん時の比じゃねぇぞ、やっぱり逃げちまった方が……」
次から次へと湧いてきて、ほんの少しも勢いを衰えさせる様子のない蜂の群れは一瞬のうちに五人を取り囲んでしまい……最早、蜂のドームと呼んで差し支えない光景にケイルは隠す事もなく後悔を露わにする。
「もう遅いだろう。 まぁ……どのみち、
「……言ってみただけだっつの」
それを聞いたオルンは自虐するかの如く『はっ』と鼻で笑った後、自分の……いや、自分たちの首に装着された首輪を見せつけており、それを見たケイルは自分の首元に視線を落としつつ溜息を溢し、拗ねた子供の様に悪態をつくしか出来ないでいた。
「……ウェバリエ」
そんな中、森の主であるウェバリエがこちら側にいるうえに、自身も
「えぇ、任せて──と言いたいところだけれど、これだけ騒がしくしてしまったのだもの。 あちらも既に勘づいているでしょうし……ほら、お出ましみたいよ」
「な、何だありゃ……!?」
「あれが、まさか……!」
それを受けてアドライトの言いたい事を察したウェバリエは首を縦に振ったが……彼女が何かをするまでもなく蜂の樹の中心部が生物の口の様に『ぐぱっ』と開き、緩慢とした動きで現れた
……無理もないだろう。
五人の前で半透明な翅を動かして
「──そ、
一見すると、どちらが森の主なのか分からなくなる程に荘厳な佇まいの鋭刃蜜蜂に対して、ウェバリエはアドライトも含めた四人に目の前の個体こそが女王であると告げつつ気軽に挨拶してみせたのだが──。
『──何用ダ、森ノ主ヨ』
「「「!?」」」
まるで別の生物かと思えてしまう程の異常な羽音とともに五人の耳に届いたのは……ノイズが走っているかの様な雑音混じりでありながら、いかにも上に立つ者に相応しい尊大な言葉遣いの返答だった。
「まさか、羽音で言葉を紡いでるのか……?」
アングやケイルが『魔蟲が喋った』という事実のみに集中して驚いていたのとは違い、同じ様に驚きつつもオルンは極めて冷静に女王の生態を分析しようとしており、おそらく知っているのであろうウェバリエの方へ顔を向けると彼女は無言で首を縦に振る。
これは、
「……実はね? 貴女に聞きたい事があるのよ。 あぁ勿論、知らなければそれでもいいのだけれど──」
その後、ウェバリエは何歩か女王の方へと近寄りながら、アドライトたちが知りたい情報であるところの
『──ソノ前ニ其方ハ何カ……余ヲ始メトシタ森ノ生物全テニ言ワネバナラヌ事ガアル筈ダガ』
そんな彼女の言葉を遮る様に再び耳障りな羽音が鳴り響き、とても同じ森の仲間だとは思っていなさそうな……敵意が剥き出しな女王の声が聞こえてきた。
「……その事については謝ったじゃない。 未だに根に持ってるのは貴女くらいのもので──」
一方、女王の言う『言わねばならぬ事』に関して心当たりがありすぎたウェバリエは……かつて魔族に洗脳されたうえに鋭刃蜜蜂を始め、この森に棲む魔蟲たちを道具の様に扱っていた事は既に謝罪したと伝えつつ、『まだ引きずってるの?』と睥睨し返す。
『根ニ持ツモ何モ……其方ガ
「それ、は……」
しかし、この森において最も個体数の多い彼らを束ねる女王としては、先の一件は完全にウェバリエの弱さが招いた結果なのだと決めつけずにはいられないらしく、魔族を『あれ』呼ばわりしながら詰め寄ってきた事で、ウェバリエは思わず視線を逸らしてしまう。
『口ダケの謝罪ナド必要ナイ。 仮ニモ主ダトイウノナラバ……我々ノ上ニ立ツトイウノナラバ、ソレ相応ノ責任ノ取リ方ガアルト思ウガ、如何ニ──』
それを好機と捉えたのか、『ドシン!』と辺りが揺れる程の衝撃とともに女王は地面に降り立ち、目線の高さをウェバリエに合わせたうえで『其方に主が務まるのか?』と暗に告げようとしたのだろうが──。
……その時。
「──ちょっといいかな? 女王蜂さん」
『……』
助け舟でも出すかの如く声を割り込ませたアドライトに対し、女王はウェバリエに向けていたダイヤカットされた様な複眼をギョロッと動かし彼女に向ける。
「この森で何があったのかは彼女から聞いたよ。 こう言ってはなんだけど……貴女は彼女と魔族の戦いを遠巻きに静観していただけなんだろう? そんな貴女たちに彼女を非難する資格があるとは思えないね」
「アドライト……」
アングたち三人が女王の放つ覇気の様なものを感じ取って臨戦態勢に移る中、当のアドライトは微塵も萎縮などする事なくニコニコと爽やかな笑みのままに毒づき、それを見ていたウェバリエは浮かない顔を上げてアドライトとの友情に少しの感激を覚えていた。
『……ナラバ、如何ニスルトイウノダ』
「んー……そうだね、それじゃあ──」
とはいえ、そんな二人の事情など女王にとっては些事でしかなく……大して興味もないという事が露骨に分かる程に聞こえてくる音のトーンを下げた女王の問いかけに、アドライトは顎に手を当て思案を始める。
そして……次に紡がれたアドライトの言葉に、ウェバリエを始めとした四人は思わず息を呑んだ──。
「──私と一戦、交えてみないかい?」
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