第209話 意外な因縁

「っな、あ……!?」

「お、おい、いつの間に……?」


 突如、四人の前に姿を現したウェバリエという名の混血の蜘蛛人アラクネに、既知であるらしいアドライトを除いた三人の戦奴隷のうち、アングとケイルの二人が臨戦態勢を崩しかねない程に驚きを露わにする一方で。


「……蜘蛛人アラクネ、か」


 基本的に冷静沈着であるオルンは……そんな彼らとは違い、さも落ち着き払っているかの様に自分の武器である二振りの投擲鉞トマホークを構えるも、つぅっと一筋の冷や汗が頬を伝っており緊張しているのが分かる。


「……久しぶりだね、ウェバリエ。 最後に君に会ったのは、かれこれ……五、六年前になるのかな」


 そんな三人の動揺、焦燥、狼狽といった感情からの緊迫感には目もくれず……アドライトは一歩、また一歩とウェバリエに近づき、彼女の顔が高い位置にある兼ね合いで段々と目線を上げながら声をかけた。


「そうだったかしら……? 時が経つのは早いわね」


 翻ってウェバリエは、ここ最近で随分と衝撃的な出来事が続いていた事もあってか、それとも時計など存在しようもない森の中で過ごしているからか、きょとんとした表情を浮かべながらも差し出されたアドライトの手を出来るだけ優しく握り返す。


「……それで? 数年ぶりに顔を出したかと思えば三人も男を連れてくるなんて……貴女、何の為にわざわざ男装してるのか理解しているの?」


 その後、ウェバリエがチラッとアドライトの後ろで未だ自分を警戒している三人の亜人族デミを見遣り、『隠してる訳でもなさそうだし』と彼女が男装している理由を知っているらしく呆れた様子で問いかけた。


「勿論。 ただ念の為に言っておくと……彼らは元盗賊で現在は戦奴隷なんだ。 私を襲うなんて事は出来ないし、そもそも私の方が強いから心配はいらないよ」


 しかし、当のアドライトは薄暗い森とは対照的な明るく爽やかな笑みを浮かべ、自分の首元をトントンと指で軽く叩きつつ彼らの境遇を簡潔に語り、『私と彼らとでは戦いにもならない』と、かつて圧倒的強者リエナに面と向かって言われた皮肉をアレンジしてみせる。


「……盗賊?」

「「「!」」」


 その一方で、それを聞いたウェバリエはといえば先程よりも随分と嫌悪感が増した視線を三人に向けており、それに伴って彼女の口から漏れた底冷えする様な声に彼らはビクッと身体を震わせてしまう。


 ……だが、彼女は以前にサーカ大森林を訪れた召喚勇者や龍人ドラゴニュートの様に正義感に溢れている訳ではない。


「……そこまで警戒しなくてもいいわ。 私は貴方たちに興味が無いし、そんな風に睨まれる筋合いも──」


 よって、『いないものとして扱う』のが最適なのだろうと判断し、ふるふると首を横に振りながら言い聞かせる様な口調で話を終わらせんとしたのだが──。


「──あるぜ」

「「え?」」


 三人を代表……したつもりはないのだろうが、アングが反論にも似た発言をしてきた事に、ウェバリエだけでなくアドライトも驚き疑問の声を重ねてしまう。


「あんたは森の主なんだろ? だったら……覚えてるんじゃねぇか? 俺たちがまだ盗賊やってた頃、偶然この森を通った時に……いきなり凶暴な魔蟲の群れに襲われたんだよ。 巣を突いた訳でもねぇのにな」


 首をかしげて見つめてくるウェバリエに対し、アングは自分たちが盗賊を引退せざるを得ない事態に追い込まれる前に、この森を訪れていた事を明かし……理 不尽な魔蟲の襲撃に遭っていた事もつまびらかにした。


「あー……あったな、そんな事。 あん時ゃ確か──」


 そんなアングの言葉を聞いたケイルが、細長い舌を動かしながら当時の出来事を回想し始める。



 ──それは、ほんの半年前。



 他の者と比べて彼ら三人は新参であったが……それでも充分に実力はあり、盗賊団の二代目を襲名したルーベンという青年から『商隊を襲ってこい』と命じられた為、十五人という少数精鋭で襲撃を実行。


 数十分足らずで完全に護衛の冒険者ごと制圧した彼らは商隊の積荷を奪い……盗賊稼業の数少ない楽しみの一つである女性がいない事を残念がりながらも、商人や冒険者の遺体もそのままに帰路に着いた。


 その帰路の途中、偶然に通りかかったのがサーカ大森林だったのだが、そんな彼らを唐突に魔蟲が襲う。


 一人、また一人ととなってたおれていき、何とか捌き切った頃には……アング、ケイル、オルンの三人だけになっていたのだった。


「──あれは、あんたが命令したんじゃねぇのか?」

「……」


 当時の苦い出来事を振り返っていたアングが、『あんたのせいで仲間が死んだかもしれねぇんだ』と言わんばかりに問いかけると、当のウェバリエは軽く溜息をつきながらも八つの赤い眼で彼らを射抜き──。


「……違う、とは言い切れないわね」

「っ、やっぱりか……!」


 彼女にとっても苦い過去……魔族に洗脳されていた事実を思い返した事で多少なり気落ちした様な声で返答し、それを受けた三人は再び臨戦態勢を整え直す。


 アングは身の丈程もある巨大な戦鎚ウォーハンマーを、ケイルはジャラジャラと音を立てる鎖鎌チェインサイスを、オルンは先程から手に握っている二振りの投擲鉞トマホークを彼女に向けた。


「でも……自然界は弱肉強食なのよ。 貴方たち以外の十二人が弱かったというだけじゃないの」

「それ、は……そうかもしれないが」


 しかし、まさしく自然のことわりの中で生きている彼女にしてみれば……魔蟲の群れの襲撃すら凌ぎ切れない弱者が悪いというだけであり、それが正論に聞こえたオルンは思わず投擲鉞トマホークを構えていた手を緩めてしまう。


「ましてや貴方たちは盗賊だったんでしょう? 沢山の物や命を奪ってきたんでしょうし、いつどこで殺されても文句は言えないんじゃないかしら」

「「「……」」」


 若干だが躊躇した彼らに対してウェバリエは追い討ちをかけるべく、『自業自得じゃないの』と諭す様に告げると……三人は一様に顔を見合わせた後、誰からともなく武器を下ろして臨戦態勢を解いた。


「まぁ、これに関しては私にも非がない訳じゃないしね。 お互い様って事にしましょう?」

「……全く腑に落ちねぇが……分かったよ」


 そして、漸く彼らとの話に一段落つけられそうだと踏んだウェバリエは、自分の非については語る事の無いままに『手打ちにしましょう』と提案し、彼らは正直に言えば納得していなかったが……ゴネたところで無駄なのだと判断したのか、アングが首を縦に振る。


「で? アドライト、貴女たちは何をしに来たの?」

「ん、あぁ実は──」


 その後、三人の亜人族デミとの問答を終えたウェバリエが、いよいよ本題だとばかりにアドライトへと視線を向けて森へ足を運んだ理由を問うと、彼女はなるだけ簡潔に……それでいて分かりやすく説明を始めた。


 とある魔具士からの依頼である事、内容は魔道具アーティファクトの痕跡の調査だという事、そして……その魔道具アーティファクトは現在、黒髪黒瞳の少女が有しているという事を。


 ……黒髪黒瞳の少女と、その少女とともにいる三人の亜人族デミの名をウェバリエが知っていた、というアドライトにとっても衝撃的な事実を聞いたりもしたが。


「……うーん、魔道具アーティファクトねぇ……あの子が背負ってた鞄を除けば、それっぽい物は無かったと思うけれど」


 アドライトの説明が終わった頃、少女や三人の亜人ぬいぐるみについて大袈裟に反応した事を除けば大人しく聞いていたウェバリエが、あの時の一行の姿を脳裏に思い浮かべつつ黒光りする甲殻に覆われた細長い腕を組む。


 どうやら彼女は森に潜んでいる間に出くわした冒険者や旅人、或いは商人や……それこそ盗賊などの所持品や遺物を色々と見てきた経験から、少女が背負っていた鞄が魔道具アーティファクトである事は見抜いていた様だった。


 ……国宝級だという事は分からなかったらしいが。


「そう……ウェバリエ、もし君がよければ──」


 無論、アドライトとしても絶対に彼女が情報を持っていると決めつけていた訳ではなかった為に落ち込むといった事もなく、『それよりも』と森の主であり友人でもある彼女に協力を申し出ようとした時──。



「いいわよ」

「協力を──え?」



 随分と食い気味に、そして言葉にもしていないのに彼女の二の句を読んで協力すると宣言してくれたウェバリエにアドライトは思わずきょとんとしてしまう。


「他でもない友人の頼みだもの。 それに──」

「それに……?」


 するとウェバリエは軽く頷いてからニコリと柔和な笑みを浮かべて、『貴女からの協力を断る理由は無いわ』と答えつつも、もう一つの理由を仄めかす様な発言をした事でアドライトが彼女の言葉を復唱する。


「……下手に動き回られるのもね」

「あぁ、そういう……」


 だが、そんな彼女の緊張感をよそにウェバリエは三人の亜人族の方へと再び視線を向けて、『森を荒らされたくない』と暗に伝え……それを充分に理解する事が出来たからこそ、アドライトは少し苦笑していた。



「『いつどこで殺されても文句は言えない』……か」



 そんな風に二人が談笑していた一方で、先程ウェバリエが自分たちに対して口にした忠告……いや、何なら脅迫の様にも感じられた言葉を反芻していたオルンは、ふいに他二人へ真剣な表情を湛えた顔を向ける。



「……隙は見せるなよ」



 三人の中では唯一の混血であり、この三人の中では最も冷静な思考を有した亜人族デミである彼の言葉の重要性は他二人も存分に理解していたらしく──。



「……あぁ、分かってるよ」


みなまで言うなっての」



 かたやアングは思わず剥き出してしまっていた鋭い犬歯を親指で触りながら、かたやケイルは頭の部分まで生え揃った茶色の鱗を爪で掻きつつ返事をした。

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