第208話 心当たりはなくもない
そんなリエナとの会話を薄暗い森の中を歩きながら掻い摘んで説明したアドライトは、思ったよりも真剣に話を聞いてくれていた三人の
「──と。 まぁ、そういうやりとりもあって君たちに協力を頼んだんだけど……理解は出来たかな?」
「……何となくはな」
暗に『二度も説明させないでね』という意を込めつつ声をかけると、一様に顔を見合わせ頷いた彼らを代表してアングが頭をガリガリと掻きながら返答した。
余談だが、そんな
「なぁ、あん時の聖女だの
その時、アドライトの話を聞いた事で少し前にドルーカを旅立った……
実のところ彼の言い分は何一つとして間違っておらず……現に、元より召喚勇者を狙っている魔族はともかくとして、それ以外の勢力が勇者を取り込み、利用するなどと考えないとも限らない為に、勇者一行はなるだけ正体を隠しつつ行動しているからである。
……しかし、当のアドライトは『そんな事は百も承知だよ』とでも言わんばかりに肩を竦めて──。
「君たち三人は冒険者ギルドが管理する戦奴隷。 依頼に参加している間に得た情報を漏洩する事は許可されていないから、そんな事は気にしなくていいよ」
「「「……」」」
元盗賊という事もあってか随分と屈強な彼らの首に装着されている……見るからに頑丈そうで無骨な造形の首輪を見遣りながら、『知ったところで伝えられなければ意味はない』という旨の忠告をする。
忠告……というのは大袈裟でも何でもなく、もしも彼らが管理者たる冒険者ギルドに牙を剥いたり、或いは損害が発生する様な何かを企てんとしたりといった行為をしたのなら……瞬時に首輪に刻まれた魔法陣が反応して、辺りに被害を出さない程度の爆発が発生。
……無論、首輪の装着者は死に至る。
ちなみに、この首輪を……いや、この首輪に刻まれた魔法陣も数百年前にリエナが開発して世に広めたものであり、それを知らされているからこそ彼らは彼女に対して強い恐怖心しか抱けないでいたのだった。
「もっと言えば……ギルドマスターのバーナードさんも召喚勇者や聖女の事は知っているんだけどね」
「……そう、なのか? 意外と隠してねぇんだな」
その後、若干だが顔を青ざめさせて黙りこくってしまった彼らに向けて、アドライトが『ははは』と爽やかな笑いとともにドルーカの冒険者ギルドのマスターである巨体の老爺の名を口にすると、ケイルは爪でカリカリと首輪を掻きつつ意外そうに唸ってみせる。
「そうでもないさ。 今のところ彼女たちの事情を把握してるのは……私とピアン、リエナさんにバーナードさん、そして……あー、君たち三人くらいだよ」
「ほーん……まぁ、そんなもんか」
それを受けたアドライトはというと……現状、召喚勇者たちの事情を知っている者たちの名を細く白い指を一本、また一本と折り畳めながら連ねていき、三人の前に何某かの名を口にしようとしたものの、すぐに首を横に振ってから彼らへと目を向けた。
実を言うと、もう一人だけ……図らずも勇者や聖女の事情を知ってしまった警備兵がいるのだが、アドライトは『おそらく彼の事を詳しく知らない三人に言っても仕方がないだろう』と判断したらしい。
そんな取り留めの無い会話をしていた時、ふと足を止めて近くの木に触れ目を閉じてしまったアドライトを不思議に思った三人が声をかけんとしたが──。
「──この辺りが、ちょうど森の中心の様だね」
「……分かんのか?」
その瞬間、パッと目を見開いて木から手を離した彼女が三人に視線を向けぬまま、あまりに突拍子もなく現在地を把握したとの発言をした事で、一瞬きょとんとしてしまったアングがおずおずと尋ねた。
「ふふ、これでも私は
するとアドライトは視線をアングたちに向けるやいなや、クスクスと微笑みつつ種族特有の能力を誇らしげに語りながらも、『これくらい同種なら誰でも出来るんだけどね』と若干の謙遜さえ見せている。
……尤も、かつては世界中に点在していた森人たちだったが、内在する魔力の質や量から魔族との戦に駆り出される事も多く、その殆どが戦死……そして一部は魔族に捕らえられて実験台と成り果てていた。
そして、それを先頭に立って実行していたのは……現在、召喚勇者に同行している白衣の上級魔族だったという事をアドライトは知る由もない。
「それじゃあ……ここを拠点として四方に散開しようか。 何か発見があれば、ここに戻って──」
「待ってくれ」
「……うん? 何かな」
その後、多少なり開けたその場所を拠点とするべく草を刈り、四つの簡易式の天幕を設置してからアドライトの指示の下に調査を開始しようとしたのだが、これまで口数を減らしていたオルンが待ったをかけた事で、アドライトは首をかしげて彼の二の句を待つ。
「このだだっ広い森を何の当てもなく四人で探し回るのか? 正直、無謀と言わざるを得ないと思うが……」
「当て……というか、心当たりはなくもないよ」
「心当たり?」
全員の視線が集まったのを確認した後、薄暗いにも程がある森の奥へと視線を向けつつ、『事情を隠すのはいいが人手不足だろう』と真っ当な意見を口にしたオルンに対し、同じ方向へと目を向けたアドライトは誰に聞かせる訳でもない様な呟きを漏らした。
「このサーカ大森林には……老獪な森の主がいる。 彼女なら何か知っているかもしれないからね」
「彼女って……詳しいのか? その主とやらに」
その呟きにオルンが反応したのを見た彼女は、こくんと頷き『君たちも知ってるかもしれないけど』と前置きしてから森を治める主の存在を語るも、どうしてか性別まで口にしたアドライトの言葉を不思議に思ったアングが怪訝そうな表情とともに問いかける。
「そうだね。 もう何年も会っていないけれど──」
そんなアングの疑問に対してアドライトは軽く頷いてから、さも昔を懐かしむかの様に少しだけ空を見上げつつ目を細めていたのだが、そこで唐突に言葉を止めてしまった事に三人が違和感を覚えていた時──。
「彼女は既に、私たちの存在に気がついているよ」
「「「!?」」」
突如、これまでになく真剣な声音で告げられた『勘が鈍いね』とでも言いたげな彼女の言葉に彼らは怒るでも焦るでもなく、ただただ驚きつつも三人は森の奥へと視線を向けて臨戦態勢を整える。
……そして、そんな彼らとは対照的に至って冷静な様子を保ち続けていたアドライトが口を開き──。
「──そうだろう? ウェバリエ」
何の前触れもなく、とある方角へと顔を向けてかと思えば……何某かの名を口にして語りかける。
「──えぇ、そうね。 アドライト」
そこには……
艶やかな銀髪と六つの赤く小さな眼、二つの赤く切れ長な眼が特徴的な……混血の
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