第195話 宵闇の中で
その日の夕食は昼食が海の幸だったという事もあって、かつてレプターたちが遭遇し、結局は望子が狩ってみせた猪の魔獣、
味自体は決して悪くなく、ショストでもらい受けた
その後、昼食とは違い平穏に夕食を終える事が出来た一行は、少し早いがそれぞれ就寝の準備を始め、一部屋につき二つのベッドが設置された寝室に、今日のところは望子とフィン、ウルとレプター、カリマとポルネ、そしてカナタとキューが一緒に寝る事に。
……ハピだけは、今日の見張り当番がローアである為、一人で寝る事になっていたが。
そんな中、天体の明かりだけが頼りな程の宵闇に包まれた甲板をスタスタと歩いていたローアは。
(……さて、ここまでは予定通りであるな)
今日の見張りを引き受けた事、そして何より一人で受け持った事こそが彼女の思惑の一つであった事を、誰に聞かせるでもなく独り言ちていた。
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……時は、望子たちが
(……やはり凄まじいな、勇者の力は)
若干の身体の震えとともに脳内でそんな事を呟いていたのは、先の激闘の一部始終を上空から見ていた青年、
望子の……いや、正確には
その凄まじさは勿論の事、ローガンどころかこのままでは他の者にまで勘づかれるかもと考えたからだ。
(魔王様に命じられたはいいものの……一体どうやってローガン様に接触すれば……?)
……最早、彼は自分程度ではどうやっても勝負にはならず、発見された時点で終わりだろうと判断しており、どういう手段を取れば穏便に済ませられるのか、とそんな事ばかりがグルグルと彼の脳内を支配する。
しかし、彼は仮にも魔王の眼に留まった中級魔族。
(……いや、船旅だというのなら必ず見張りが必要になる筈だ。 そしてローガン様であれば、一人で見張りを担当する事だって有り得る)
知能の差でいえば……そこらの下級は勿論、程度の低い上級ならば超えてしまう程には有能な存在であるからして、大して時間もかけずに発意する。
ヒューゴは自身が思いついたその妙案に従い、しばらくの間……数日かかってもいいから、ローガンが見張りを一人で担当する日を上空で待つ事にした。
……が、彼の意気込みに反してローア……もといローガンはあっさりと今日の見張り当番を単身で引き受けたらしく、ヒューゴの眼下で甲板を闊歩している。
(まさかいきなりとは思わなかったが……ここまで想定通りだ。 他の者たちに気取られない様に、あの方と)
男性としては少し高めのその声で唸りながらヒューゴはこれを好機だと捉えつつ、それでも最大限に警戒したうえでローガンとの接触を図ろうとした。
……自分の着想が上手くいきすぎている事に、ほんの少しの違和感を覚えてはいたのだが。
そして、その違和感は……現実のものとなる。
ヒューゴに向けて少し強めの海風が吹いた事で、彼が一瞬だけ薄紫の双眸を閉じたその刹那。
「……え?」
彼は一度、大袈裟に眼を擦ってから改めて船を、そして甲板を見遣ったが……先程まで絶対にその場にいた筈のローガンの姿が消えてしまっていた。
「ど、何処へ──」
一瞬で狼狽したヒューゴが闇を見通す魔族の眼で海を、空を見回すも、ローガンの姿は見当たらず──。
──瞬間。
「──声を荒げるのは勧められぬな。
「な、あ……!?」
いつの間にか彼の背後を取っていたらしいローガンは、蝙蝠の様な漆黒の羽を大きく広げて宙に浮かんでおり、更にはヒューゴの喉元に、かつて魔王軍幹部の部下の一人が行使したものと同じ上級魔術、
「ろっ、ローガン、様……! 本当に、私の存在を勘づいていらっしゃったのですか……?」
ヒューゴにとっての主人たる魔王から、『ローガンは確実にお主に気づいておるぞ』とあらかじめ聞いてはいたが、実際に背後を取られてしまった事に彼は改めて驚き、おずおずと問いかけるしか出来ない。
何故なら彼は今この瞬間も、自らの身を……そして存在そのものを隠蔽する為の魔術を行使しているからであり、たとえ中級ではあっても彼は
「逆に……お主はそれで気づかれないとでも思っていたのであるか? この様な……粗末な
「……っ」
だが、当のローアはそんなヒューゴの自負心など何たるものかと言わんばかりに嘲笑った後、あっさりと彼が行使している闇の魔術を看破してしまう。
……それは、かつてとある洞穴にて遭遇した上級魔族が行使した、
「ろ、ローガン様。 私は、貴女様に──」
されどヒューゴは何とか動揺を抑えて震える口を動かし、伝えなければならない事がと言おうとして、ゆっくりと背後にいるのだろうローガンの方を向いた。
……が、しかし。
「所属と級位、そして名を述べよ。 お主は我輩を知っている様であるが、我輩はお主を知らぬのだからな」
そんな彼の言葉は、ローガンの凄みがあるうえにとても冷ややかな薄紫の双眸と、全く抑揚と感情の感じられない声に遮られてしまう。
……それも無理はない。
そもそも、格上の魔族を相手に名乗らないという時点で随分と不敬であり、今のヒューゴはその不敬を自らが体現してしまっているのだから。
「っ! し、失礼致しました! 元
瞬間、彼はせめてもの敬意の表れとして胸の前で右手を強く握った姿勢を取り、ローガンではなく真っ直ぐと前の方を向いたまま名乗ってみせた。
「
一方のローガンは彼の名乗りを受け、空いた方の手を顎に当ててヒューゴの異動について思案を始める。
戦闘系の部隊である
とはいえ彼女はすぐに首を横に振り、自分の考えを否定してから彼に確認する為に……というより、自分の推測が正しい事を証明する為に口を開く。
「大方、魔王様の差し金であろう?
「……ご、ご明察です」
……当然の事ではあるが、ローガンはヒューゴよりも遥かに長い期間を魔王への奉仕に費やして……いると自分では思っており、ゆえに魔王コアノルの性格も側近であるデクストラと同じくらいに理解していた。
だからこそ、あっさりとヒューゴの珍妙な異動の理由を見抜いてしまい、やはり幹部や側近を除けば最も優れ、かつ最も狂っているとまで云われているのは間違いないのだろうと彼は感じてしまう。
「で? 先程、何かを言いかけていた様であるが」
「っあ、そ、そうでした! ローガン様にお伝えしなければならない事が──」
その時、ローガンは突然パッと彼を解放し、ヒューゴが何かを伝えようとしていた事を思い返して声をかけると、当のヒューゴは冷や汗を流しながらも空中で器用に敬礼し、魔王からの依頼を遂行しようとした。
「──イグノールの事ならば、既に察しているが」
「……え?」
しかしローガンはきょとんと可愛らしい表情で首をかしげつつ、今まさにヒューゴが口にしようとしていた情報をサラッと答えてみせた事で、彼はローガン以上に呆けた表情を浮かべてしまう。
「おや、その反応だと我輩の推測は間違っていなかった様であるな。 全く、面倒な事である」
「……ご賢察、恐れ入ります」
……いくらイグノールが下級魔族だとはいえ、幹部の一人を相手に面倒の一言で済ませてしまうのは、側近であるデクストラを除けば、きっとローガンだけなのだろうとヒューゴは脳内で独り言ちていた。
「……まさかとは思うのであるが、この事を伝える為だけに我輩と接触を図ろうとしたのであるか?」
「あ、いえそれは……その、ですね……」
そんな中、『たったこれだけの為に我輩の時間を無駄に?』とでも言いたげな様子で話しかけてきたローガンに対し、一方のヒューゴはもう一つだけ彼女に大事な用件があった為、首を横に振ったのだが──。
「……我輩も暇ではない。 さっさと用件を述べよ」
「……はっ! で、では──」
何故か随分と口ごもっているヒューゴを見て、ローガンは同胞相手だからかやたらと苛つきを露わにしながら低い声音でそう告げると、彼はビクッと身体を震わせて敬礼し、いよいよ持って口を開く。
「……ローガン様、どうか……フライアを──い、いえ、フライア様を解放する為のお口添えを!!」
「……フライア?」
そして、一度だけ大きく息を吸った彼の口から出てきたのは、ローガンとしても聞き覚えのある魔族の名であり、『何故、敬称を後から付け加えたのか?』という事と、『解放とは一体?』という二つの疑問を込めて首をかしげ、その名を口にするだけに留まった。
……彼が口にしたその名は、望子たちが
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