第192話 戦闘終了後の一幕

 水棲主義アクアプリンシパルとの戦闘を終えた望子たちは、魔中豪雨マナスコールの影響でずぶ濡れとなってしまった身体を温める為、造船の際に散々リクエストしていた船内の大浴場……その脱衣所へ向かおうと船室に繋がる扉を開いた。


「……うん? なんだろう……」


 その瞬間、聴覚に優れたフィン以外にも聞こえる程に、ドタバタとこちらに向かって走ってくる何某かの足音が船内に響き、何事かと一様にそちらを見遣る。


「──ミコ様! お怪我はありませんか!?」

「ぅわぁ!?」


 とことんまで心配そうに眉尻を下げつつ真っ先に望子の下へ駆け寄っていったのは、水棲主義アクアプリンシパルの特性により先程まで体調を崩していた筈のレプターだった。


 ……誰の目から見ても明らかに今の彼女は健常な様子であるのだが、どうやら望子たちが水棲主義アクアプリンシパルを倒した事により、カナタの治療術が常通りに作用した為に彼女の体調も一瞬で快方へと向かったらしい。


「わ、わたしはだいじょうぶだよ。 それよりとかげさんはどう? もうきぶんわるくない?」

「えっ!? え、えぇおかげ様で……ミコ様、もしかしなくとも既に、元凶は……?」


 そんな彼女の勢いに若干だが気圧されつつも、望子は自分に怪我が無い事を伝えて、目の前の龍人ドラゴニュートを心配し返す様に声をかけると、当のレプターは我に返ってそう答えた後、気を取り直してから問いかける。


「げん……? ……あぁ! うん、やっつけたよ?」

「そ、そうでしたか……」


 一方の望子は、『元凶』という言葉の意味を掴みきれずにいたが、隣に立っていたローアが何かを──おそらく元凶という言葉の分かりやすい説明を──呟いた事で理解出来たらしく、こてんと首をかしげた。


 それを見たレプターは望子が無事であった事に安堵してホッと息をつきつつも、何故か彼女はすぐに表情を暗くして望子の前で片膝をついてしまう。


「……ミコ様。 この度は何のお役にも立てず、申し訳ございませんでした。 一月ひとつき前、あれ程に召喚勇者あなたの盾を名乗っておきながら、私は、私は……!」


 ……そう、たたでさえ彼女は水棲主義アクアプリンシパルとの戦闘が開始する前、ウルとともに望子の不興を買っており、少しでも挽回しなければならない立場にあった。


 だが、結局は彼女の言葉通り、大言壮語と表現せざるを得ない状況にあり、こうして頭を下げなければならないのも無理はないと言えるだろう。


「き、きにしないで? とかげさんたちはわるくないんだもん。 ね? ろーちゃん」

「うむ。 まぁ此度は……相性が悪かったと言わざるを得ぬ。 それと厳しい事を言う様であるが……お主がいようといまいと結果は変わらなかったのである」

「……っ」


 ……尤も、本当に気にしていない望子としては、同じ様に彼女を慰めてくれる事を求めてローアに話を振ったのだが、ローアは極めて興味の無さそうな冷めた視線を湛えつつ、随分と厳しめな発言をしてしまう。


 そんな彼女の諫言かんげんを受けたレプターはといえば、いかにも悔しげな様子で小さく唸りながらも、自分が不在でも討伐出来てしまっているのは事実な訳で、彼女もそれが分かっているからこそ唸るだけに留まった。


「もぅ、ろーちゃん! なんでそんなこというの?」

「い、いや、我輩は事実を述べたまでで──」


 そんな折、望子はローアの冷たい口ぶりをあまり快く思わなかったらしく、若干だが責める様な姿勢を見せた事で、当のローアは彼女としては珍しくあたふたとした素振りを見せていたのだが──。


「……いえ、いいのです。 おそらくローアが言っている事は正しいのでしょうから」

「とかげさん……ほんとにきにしなくていいからね」

「はっ……はいっ!」


 誰よりも自分の不甲斐なさを自覚しているレプターは首をゆっくりと横に振って、より一層の暗い表情を浮かべていたものの、望子が慰めようと金色の髪を撫でた事により彼女は急激に顔を赤らめ、情けなさよりも嬉しさが勝ってしまったらしく上機嫌で返事する。


「れ、レプター? 何でいきなり走り出して……」

『きゅう〜?』

「っ! あ、あぁ、すまない」


 その時、漸くレプターに追いついたカナタが息を切らして声をかける一方で、彼女の肩にしがみついたままのキューがよく分かってなさそうな鳴き声を上げると、二人に今の自分の赤らんだ顔を見られるのは恥ずかしいのかレプターはスッと立ち上がった。


「あ、かなさん。 ふたりをありがとうね」

「え? あ、あぁうん……それが、私の役目だもの」

「きゅーちゃんもだいじょうぶそうだね、よかった」

『きゅー♪』


 そんな二人に気がついた望子が、ぬいぐるみにしていなかったレプターと、現状ではぬいぐるみに出来ないらしいキューの治療をしていたカナタにお礼を述べた事で、カナタはいきなり話しかけられた事に若干びっくりしたものの、気にしないでと口にする。


 無論、望子はキューにも声をかけ、当のキューは心から嬉しそうに目を細めていたのだった。


「……なァミコ、そろそろあの三人も起こしてやった方がいいンじゃねェか?」

「そうよね。 きっと心配──いや、眠らされてるんだから心配も何もないのかしら」


 一方、空気を読んでいたのかどうかはともかく、ここまで沈黙を貫いていたカリマが、望子が手に持つ海豚のぬいぐるみと化しているフィンと、背負った鞄の中にいるウルとハピを指してそう告げる。


 その後、ポルネも同意する様に頷いたものの、半強制的に眠らされている様なあの状態で、そういった感情を持とうという方が無理難題かと独り言ちていた。


「あ、そっか。 ん、んん──『みんな、おはよう』」


 無論、忘れていた訳ではないだろうが、少しだけハッとなった望子は手に持った海豚のぬいぐるみと、背負っていた無限収納エニグマをよいしょと下ろし、いつもの様に重なって聞こえるその声で語りかける。


 すると、赤、緑、そして青の淡い光とともに、三つのぬいぐるみが三人の亜人族デミへと変化した。


「──う、頭、痛……く、ねぇ…….?」

「ん……ここは……?」


 つい先程まで謎の不調に──今はそれも判明し、解決済みなのだが──苛まれていたウルとハピは、かたや頭痛を訴えようとしたものの、痛みがすっかり消えている事に気がつき、かたやきょろきょろと周りを見回して現在地を把握しようとしていたのだが──。


「ふぇ? あ、みこ! 上手く出来たの!?」

「うん! みんなのおかげだよ!」


 三人の中で唯一、水棲主義アクアプリンシパルとの戦闘を繰り広げていた為に現状を把握出来ていたフィンだけは、ボーッとしていた頭をすぐに切り替えてから上手に天気を変えられたかどうかを望子に問いかけ、それを受けた望子は薄い胸を張りつつニコッと満面の笑みを見せる。


「な、何があったんだ? もしかしてもう、全部終わってんのか……? あたしらがああなってた原因も」

「うむ。 ミコ嬢と……そちらの二人の活躍によって」


 望子とフィンがはしゃいでいるそんな中、状況をいまいち理解していないウルがきょとんとした表情を浮かべていると、てくてくと彼女の方へ歩いていったローアが頷きつつもそれを肯定してみせた。


「そ、そうか……頑張ったんだな、ミコ」

「ごめんなさいね、何も出来なくて」

「うぅん、そんなことないよ! だって、ふたりの……みんなのちからのおかげでかてたんだから!」


 望子だけでなくカリマたちも充分な活躍をしたのだと語られた事で、ウルはまたも若干の危機感や焦燥感を覚えてしまっていたが、取り敢えずは望子を褒めるのが先だと考えて綺麗な黒髪にポンと手を置く。


 そんな彼女に続く様に、ハピがレプターと同じく力になれなかった事を謝罪するも、望子としては三人のお陰で上手くいったという事も理解出来ていた為、首をふるふると横に振ってから笑みを向けた。


 その後、全員が揃った事もあり、みんなでおふろにはいろう、との望子の提案を受けた彼女たちはガヤガヤと話しながら浴場へと歩を進めていく。


「……なぁ」

「ン? 何だよ」


 その時、若干だが遠慮がちに声をかけてきたウルに対して、先程の戦闘で気持ちが昂っているのか、それとも快勝した影響で自信がついているのかは分からないが、カリマは強めの語気で返事をした。


「その……まぁ、何だ、ありがとうな。 ローアも言ってたが、ミコを守ってくれたんだろ?」


 すると、その事については特に言及するつもりもないらしいウルが少しだけ照れ臭そうに頭をガシガシと掻きつつ、望子を守ってくれた事に謝意を述べる。


「……あァ、気にすンな。 それに……アタシらが何かしなくてもアイツはきっと何とかしてた、だろ?」

「……はっ、違ぇねぇ」


 だが当のカリマはヒラヒラと手を振って彼女からの感謝を軽く流し、何せ勇者サマなんだしなと笑いかけた事でウルは一瞬呆気に取られてしまったが、すぐに鼻を鳴らして同じ様に笑い、二人して歩き始めた。 


 ……口調が似てるからというのもあるかもしれないが、少なくとも敵対していた時より仲良くなっていたのは紛れもない事実であり──。


(みんな、なかよくなったみたいでよかった)


 望子はそんな彼女たちを見て、ほくほくと嬉しそうな表情を浮かべながら脱衣所へと向かっていった。


 無論、それには自分の存在が大きく……不可欠なのだという自覚を、望子が持っている筈もないのだが。

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