第171話 龍人の魔術教習
時は少し遡り、フィンがローアやカナタたち、二人の船長や冒険者などなどを率いて海底のアジトに眠る積荷の回収へと赴いたばかりの頃――。
「ミコ様、わざわざ申し訳ありません。 この様な場所まで出向いていただいて……」
「うぅん、きにしないで」
やる事がある、といってカナタやキューについていかなかったレプターは、望子を連れ立ち町の住人たちに教えてもらった岩塩の採掘場を訪れており、
「それで? 一体此処で何をするつもり?」
特にする事も無いからと二人について来ていたハピが、ここに来た目的をレプターに問いかける。
――ちなみにウルは、未だに拗ねているのか一人寂しく宿屋で不貞寝していた。
一方のレプターは、ゆっくりと首を縦に振ったかと思えば、何故かすぐにその首を横に振り直して、
「あぁ、実は……いやその前に、ミコ様に一つお伺いしたい事があるのですが……宜しいでしょうか?」
「? うん、いいよ」
どうやら目的を語るよりも先に前提として確認したい事があるらしく、
それを受けたレプターが、一度こほんと咳払いし、では、と前置きしてから口を
「ミコ様はこの世界に召喚されてから、その触媒……
望子に……正確には、望子の首に下げられた青と黄色の面がある小さな立方体に向けながらそう尋ねた。
「え? えっ、と……ない、というか……」
すると望子は、何やらしゅんとした様子で口ごもりつつ、隣に立つハピを見上げると、
「……出来ない、のよね? 確か」
「うん……なんでかは、わかんないけど」
彼女は事情を把握していた様で、艶のある黒髪を梳く様に撫でながら望子の言いたい事を見抜く一方、望子はその言葉で更にしゅんとしつつもそう答える。
そんな望子の答えを受けたレプターはスッと立ち上がり、成る程、と神妙な表情で頷いてから、
「……先日、貴女たちに追いつく少し前に、リフィユ
「えぇ、同じ道を通って来たのよね」
そう語った彼女の言葉通り、レプターたちは望子たち一行を追いかける過程で、望子たちと同じくリフィユ山の頂上に存在する翼人の集落に辿り着いていた。
しかし、他種族を敬遠しがちな現頭領、ルドの方針はそう簡単には変わらず、道中で遭遇した彼の付き人であるブライスとアレッタには武器まで向けられてしまったが、自分たちは望子やウルたちと相識なのだと説明すると、集落の者たちは快くレプターたち三人を受け入れ、歓迎してくれていたのだった。
「その際に、スピナやレラから聞いたんだ。 ミコ様は……触媒を用いずに魔術を行使出来ないのだと」
――そう語るレプターの言葉は何も間違ってはおらず、現に望子は初級魔術すら行使する事が出来ないばかりか、普通に身体に魔力を纏わせる事も満足に出来ないでおり、
そんな中、その時の話を
「……もしかして、それを解決する策でも?」
実際にその場面を見た訳では無いハピは、未だに望子の頭に手を置きつつも、怪訝な表情で問いかける。
一方、レプターはハピの問いかけに反応しつつも、自分の言葉でより一層しゅんとしてしまっていた望子に目を向けてあわあわとしながら、
「そ、そうなるな。 無論確証は無いが……ハピ、何でも良いから一つ、魔術を行使してみてくれないか?」
「……え、私?」
ミコ様に非は無いのですと前置きして立ち上がり、今度はハピに目線を合わせてそう提案すると、今まで望子の話しだったのに? と当のハピは首をかしげた。
「あぁ。 そしてミコ様は……ハピが行使した魔術を、真似てみていただきたいのです」
「まねっこ……? うん、やってみる」
しかしレプターは、表情を困惑一色に染めるハピをよそに再び望子に目線を合わせて、よろしいですか? と提案した事で、望子はよく分かってはいないが取り敢えず頷き、何となく了承してみせる。
自分の疑問をサラッとスルーされたハピは、若干呆れた様子で溜息をついてしまっていたが、
「……まぁいいわ。 それじゃあ、よく見ててね?」
「うん!」
よくよく考えると望子の前で自分の
その後、ハピは採掘場にいくつも存在する大きな岩の一つに人差し指を向け、その先に纏わせていた黄緑色の魔力を集中させてから――。
「
「っ、ミコ様!」
かつて、騒がしいウルの口を塞ぐ為に行使したり、望子を侮蔑したルドを吹き飛ばす為に行使した風の弾丸を放ったのだが、その風は彼女の予想を遥かに超えた威力を有しており、されど余計な破壊はせず、向こう側が見える程に貫いてしまっていた。
「とりさんすごい……!」
「そ、そう? ありがとう……」
それを見た望子はキラキラと目を輝かせ、ハピの魔術を心から称賛していたのだが、
(……手加減、したのだけど……やっぱり私、強くなってる? 捨てた物じゃ無いわね、邪神の力って……)
当のハピは、砕けた破片が望子の方へ飛んでもいけないから、と随分威力を弱めたつもりでいた為か、自分の中の邪神の力を感じずにはいられない様だった。
一方のレプターはというと、ハピならこれくらいするだろうと思い、特に慌てた様子も無く頷いてから、
「ではミコ様、お願いします」
「うん! えっと……ふう、しゃ!」
いつも以上に笑顔が眩しい望子にそう告げると、やっと自分にも普通の魔術が使えるとばかりにわくわくしていた望子は、
「……あれ? でないよ……?」
――行使、出来なかった。
「……やはり、そういう事か」
とはいえ、どうやらここまでは予想の範疇だったらしく、レプターは然程焦っている様子も無かったが、
「何を一人で納得してるのよ」
「っ、あ、あぁすまない……ミコ様、大丈夫です。 ここまでは予想通りですから」
「ほんと……?」
先程のわくわく状態から一転、『しゅん』、どころか『ずーん』というところまで落ち込んでしまっていた望子を慰めていたハピの言葉に反応した彼女は、慌てて望子にそう声をかける一方、当の望子は体育座りのまま涙目でレプターを見上げている。
「えぇそうです。 ではここからが本題……ミコ様、ハピを
「もどすの?」
そんな折、うるうるとした瞳の望子に若干目を奪われつつも、レプターが望子に対してそう言って、望子がこてんと首をかしげると、お願いします、と彼女が何やら自信ありげに頷いた事もあってか、
「う、うん……それじゃあ」
「えぇ、いつでも大丈夫よ」
取り敢えず言う通りにしてみようと望子は判断し、ハピへ目を遣ると彼女はニコッと笑って受け入れた。
――そして。
「『もどって、とりさん』」
――ぽんっ。
「おっと……とかげさん、もどしたよ?」
いつもの様に重なって聞こえる望子のそんな言葉によって、ハピが間の抜けた音と共にぬいぐるみへと戻り、空中で跳ねたそれを望子が優しく受け止める。
一方、そのやりとりを見ていたレプターは、首をかしげた望子に目を遣ってから頷き、
「ありがとうございます。 では……この状態でもう一度、先程の魔術を試していただけますか?」
「え? う、うん?」
先程望子が魔術を放とうとした岩を指差し、お願いしますと告げると、いまいち要領の得ていない望子はハピ……もといぬいぐるみを片腕で優しく持って、もう片方の手を伸ばし、人差し指の先を岩へと向けた。
「えっ、と……ふう、しゃ……っ!?」
そして、レプターの言う通りにもう一度ハピの魔術を行使しようとした望子の指先に、先程まではそこに無かった筈の黄緑色の魔力が集中し、明らかにハピよりも濃度も質も高い魔力は次第に大きくなり、望子が術名を口にしたその瞬間――。
「――ぅ!? わあぁっ!?」
「ミコ様っ!」
望子の指先から風の弾丸……いや、嵐の砲弾が放たれたかと思えば、そのあまりの勢いに体重の軽い望子は後ろに吹き飛んで、それを察知したレプターは瞬時に翼を広げて飛び立ち、望子を優しく受け止める。
「ミコ様、お怪我はありませんか!?」
「う、うん……でも、これ……どういうこと……?」
レプターが心配して望子に声をかけるものの、望子は目の前に広がる自分が起こした筈の魔術によって出来上がった光景に、呆然としてしまっていた。
――それもその筈、目標と定めていた岩は勿論、その岩が突き立っていた地面……そしてその後ろにそびえる巨大な岩盤をも陥没させてしまう程の強大な嵐が吹き荒れていたのだから。
(凄まじい、の一言に尽きるな……これが勇者の力……そして、やはり私の考えは間違っていなかった)
レプターは、改めて望子の潜在能力に目を見張りながらも、自分の考える『ミコ様が魔術を普通に使えない理由』が、正しかったのだろう事を確信する。
そもそも
そこで、レプターはこう考えた……ならば逆も可能なのでは、つまり、三人が扱える魔術をミコ様が扱う事も出来るのではないか、と――。
ウル、ハピ、フィンの三人を
尤も、この説明をミコ様にしても理解していただくのは難しいかもしれない、と考えたレプターは、
「流石ですミコ様! 触媒に頼らない魔術の行使、成功ですよ! お見事でした!」
まず何よりも、とばかりに腕の中で呆気に取られている望子を誉めつつ、望子の服についた土埃を払う。
その時、ややあって望子がレプターを見上げながら、ゆっくりと口を
「……ね、ねぇとかげさん。 これって、おおかみさんといるかさんでもできるの……?」
「え? えぇ、おそらくは……ウルもこの場に来ていれば、試す事が出来たのですが」
ここにはいない二人の魔術も使えるのかなと尋ねてきた事で、確証は無いにしろ可能だろうと踏んでいたレプターは、苦笑しつつもそう答えてみせた。
「そっか……よし! まだじかんはあるし、もうちょっとがんばる! とかげさん、いっしょにいてくれる?」
「は、はい!
それを受けた望子はレプターの腕の中から離れ、右手をグッと薄い胸の前で握り、やる気に満ち満ちた表情をレプターに向けると、彼女は大袈裟な様子で望子の前に片膝をつき、改めて忠誠を誓ったのだった。
「とわ?」
「い、いえ! 何でもありません!」
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