第172話 合流と話し合い

 フィンたちが積荷の回収をその日の内に終えて港町へと帰還してすぐ、冒険者やギルド職員、船乗りたちが積荷を船から降ろす作業に取り組む中で、もう戻ってもいい? と尋ねたフィンに彼らが快く了承した事により、ローアとカナタ、キューを引き連れ望子たちが待っているのだろう宿屋へと向かっていった。


 ――船長たちを、秘密裏に牢屋敷へ送った後で。


 宿屋の大部屋の扉を勢い良くけたフィンは、既に魔術の修練から戻ってきていた望子を視界に入れるやいなやベッドに腰掛けていた望子目掛けて飛び込み、

「みこー! ただいまー!」

「いるかさん! おかえりなさい!」

 快活な様子で望子をぎゅっと抱きしめると、望子も笑顔で彼女を迎えつつ同じ様に抱きしめてみせる。


 先日、この部屋で望子に慰められていたウルが余程羨ましかったのか、同じ姿勢で薄い胸に顔をうずめ、

「今日ね、ボクすっごい頑張ったんだよ!」

「うんうん、えらいねぇいるかさん」

「えっへへー!」

 褒めて褒めて、とまるでペットの様にせがんでくるフィンを、望子は慈愛に満ち満ちた優しい笑顔を浮かべながら、彼女の水色の髪を梳く様に撫でていた。


 無論、この場には望子たち二人も含めて一党パーティメンバー全員が揃っていたのだが、ウルの時とは違い、フィンならこうなるだろうとある程度予期していた為か、特段冷めた視線を送っていたりはしていない。


 その後、むふー、と満足げにしつつも望子から離れようとしないフィンから目線を移した望子が、

「ろーちゃんもおかえり、だいじょうぶだった?」

「うむ。 といっても、我輩何もしておらんのである。 どちらかといえば……なぁ、フィン嬢」

 いつの間にか椅子に腰掛けていたローアに話を振ると、彼女はこくんと頷きながらそう言って苦笑し、フィンに声をかけてから神官服の少女へと目を向ける。


 一方のフィンは、何の事やらと首をかしげていたものの、ローアの目線を追った事でそれに気がつき、

「……あぁ、そのも結構頑張ってたんじゃない?」

「そうなの? かなさん」

 二人の神官を差し置いて、海霊ネビルの殆どを一人で祓っていたカナタの姿を思い返してそう言うと、望子は期待の眼差しをカナタへと向けて問いかけた。

 

「え……あ、あぁ、少し、ね。 でも私だけじゃ無くて、キューも頑張ってくれたのよ」

『きゅー!』


 すると、当のカナタは望子のキラキラと瞳に若干照れ臭そうにしながらも、もう一人の同行者たるキューの頑張りも大きかったのだと口にした事で、

「ほぅ、ならば同行した甲斐はあった訳だな?」

「……まぁ、仮にも聖女なんだものね」

 それまで沈黙を貫いていたレプターとハピがそれぞれ彼女たちを評価し、やるじゃないかと称賛する。


(……聖女あいつも、活躍したのか)


 ――唯一、ウルだけは未だに口を閉じたまま、自分の不甲斐無さに溜息をついてしまっていたが。


「そっか! それじゃあ……ちょっとかがんで?」

「え? えぇ……」


 それを受けた望子は、ニコッと笑いつつフィンを優しく引き剥がしてベッドから降り、カナタたちに近寄ってそう告げると、カナタは困惑しながらも、キューをその肩に乗せたまま少しだけ屈んだ事で、

「よしよし、かなさんもきゅーちゃんもえらいね」

「へっ!? あ……あり、がとう……」

『きゅ〜……♪』

 かたや艶々の金髪を梳く様に、かたや葉っぱでかたどられた翠緑の髪を優しく擦る様に撫でると、二人は気持ち良さそうに望子の手を受け入れていた。


「む〜……」


 先程まで散々撫でられていたのにも関わらず、羨ましげに彼女たちを見つめて唸るフィンに対し、

「……それよりフィン嬢、あの事をミコ嬢たちに話さなくてはならぬのでは? 早い内に済ませておくに越した事は無い筈であるが、如何いかに?」

「うん? ……あぁそっか。 すっかり忘れてたよ」

 本題だとばかりに口をひらいたローアが、あらかじめ船上で聞かされていた彼女の提案について問いかけると、望子の事で頭が一杯だった為に、例の二人を完全に忘れていたフィンが手をポンと叩いて思い出す。


 そんな二人のやりとりに気がついた望子が、カナタとキューから手を離して首をかしげ、

「どうしたの? いるかさん」

「実はね――」

 きょとんとした表情で尋ねると、フィンは一度全員に目を向けてから、まずは、と言わんばかりに今日の依頼クエスト中に聞いた船長たちの話を簡単に語り出した。


 彼女たちが元は捨て子だった事、全く違う二つの海賊団に拾われていた事、互いの船長の突然の消失によって発生した偶然の出会いにより一目惚れした事、何より、既に邪神の加護はローアの力で消えている事。


 ――そして、自分と同じ人魚マーメイドの二人ならばぬいぐるみになれるかもしれず、このまま処刑されるのも勿体無いから連れて行くのはどうか、という事を。


 もう一人の当事者であるローアと共にそれらを語り終えたフィンは、どう? と笑顔を浮かべ、さも自分の提案が否定されるとは思っていない様だったが、

「……貴女ねぇ、普通そういうのは私たちに……というか、望子に意見を求めるべきでしょうが」

「そう、だな。 いくら貴女が強いといっても、相手は正真正銘の罪人だ。 その様な者たちをミコ様に引き合わせるばかりか、仲間に引き入れようなどと……」

 心底呆れ返った様子で深々と溜息をついてそう口にしたハピの発言を皮切りに、レプターも同意する様に首を縦に振りつつ腕組みをして渋面を湛えている。


「い、いやまぁそうなんだけどさ……どうせこのまま放っといたらあの二人、処刑される筈だよ?」


 明らかに乗り気で無い二人に、勿体無くない? とあの時考えていた事を口にして何とか説得しようとするフィンだったが、そこで漸くウルが口をひらき、

「……あいつらがやってきた事考えりゃあ当然の報いだろうよ。 わざわざ贖罪の機会なんざ与えてやる事ぁねぇとあたしは思うんだがな……?」

「そもそも本当に処刑になるとして、町の判断に口を出していい理由なんて無い様な気がするけど……」

 ただでさえ海賊たちを快く思っていない彼女としては、いいぜ、などという訳にもいかず、そんなウルの言葉に乗って追い討ちをかける様に、カナタは町の人たちを引き合いに出し、受け入れ難いと口にした。


 あろう事かほぼ全員から否定されてしまったフィンは、ぐぬぬと悔しげに唸りつつも、

「うぐ……ねぇみこ! みこはどう思う!?」

「え? う、う〜ん……」

 自分たちの持ち主であり、一党パーティ頭目リーダーでもある望子に意見を求めんと縋りついたが、当の望子は困惑した表情を浮かべて思案を始めてしまっている。


「……ねぇとかげさん。 その……なんとかっていうかいぞくさんたちもぬいぐるみになったら、わたしがつかえるまじゅつもふえるかな」


 その後、全員が見守る中で思案を続けていた望子がふと顔を上げ、今日取り組んでいた魔術の修練の成果を自覚出来ていた為かそう問いかけたものの、

「え? あぁ、そう、ですね……かも、しれません。 ですが何の確証もありませんし、そもそも私と同じで魔術を扱う事が出来ない可能性も――」

 そもそも人形パペットになれるかも、というのもフィンの推論でしか無い訳でと答えつつ、自身が魔術を使えないという割と衝撃的な事実を口にした事で――。


「……え? レプター……貴女、魔術使えないの?」

「ん? あぁ……どうやら向いていないらしくてな」


 そういえば見た事無い様な、と呟いたカナタが確認する様に口を挟むと、不甲斐無い事だが、と彼女が苦笑いを浮かべて答えてみせる一方で、

(じゃあ今視えてるのは全部……武技アーツ、ってやつなのね。 本当、ややこしいわ……)

 ハピの眼にズラッと視えていたレプターの扱う武技アーツの数々をその緑と黄色の眼に映し、勉強不足かしらねと人知れず溜息をついてしまっていた。


 ――事実、レプターはルニア王国へと派遣される以前からも魔術の行使は一切出来ず、派遣されてからも様々な魔術師ソーサラーなどに教えを乞うてみたものの、残念ながら武技アーツしか使えないと判明してからは、必死に唯一の取り柄を鍛える事のみに集中していたらしい。


 そんな自分の苦い過去を簡素に語った後、レプターは改めて望子に目線を合わせてから、

「――とにかく、私はミコ様の安全を第一に考えるのなら賛成は出来ませんが……他でも無い貴女自身が良いというなら、私に否やはありません」

「ちょ、貴女まで何を――」

 フィンと同じく望子至上主義である彼女は、貴女の決定に従いますと片膝をついてしまい、それを見ていたハピは慌ててレプターを諫めようとする。


 しかし、そんな彼女の言葉を遮って、望子がふいっとレプターからフィンへと視線を移し、

「いるかさん。 そのふたり、いまからあえるかな」

「! うん! いけると思うよ!」

「!? おいミコ!」

 会ってみてから決めようと判断したらしい望子がそう言うと、フィンが嬉しそうに頷く反面、ベッドから身を乗り出したウルが止めようとしたが――。


「だいじょうぶだよ、おおかみさん。 ほんとにわるいひとだったらことわるし、それに――」

「「「「「「それに?」」」」」」

『きゅ?』


 一方の望子は珍しく真剣な表情を湛えてウルを黒い瞳で射抜き、勿体ぶる様に一拍置いた望子の言葉を全員が待っていると、望子はスゥッと息を吸って、

「――いるかさんがだいじょうぶだっておもったんなら、きっとわるいひとじゃないとおもうんだ」

「〜っ! ありがとうみこ! 信じてくれて!」

「わっ……もぅ、いるかさんったら」

 一転、いつもの愛らしい笑顔で告げた事で、良く分かっていないキューを除いた全員が魅了され、あまりの嬉しさにフィンは再び望子に飛び込んでいった。


「……わーったよ。 つってもあたしは信用してねぇからな、一応ついて行くぞ」


 その後、若干赤らんだ頬を誤魔化す様に爪でカリカリと掻きながら同行を宣言したウルに対し、

「あら、さっきまで拗ねてたのに」

「うっせぇ!」

 皮肉じみた口調と表情でそう口にしたハピにウルが叫ぶと、大部屋は温かな笑いに包まれる。


「ぇへへ、それじゃあみんなでいこっか」


 そして望子の言葉を皮切りに、八人はゆっくりと立ち上がってその部屋を後にした。


 ――向かうは、人魚マーメイドたちが収容された牢屋敷。

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