第170話 同行か処刑か

 フィンが良からぬ着想を得てから早一時間程経過した頃、人魚マーメイドたちはひたすら積荷を運び出していた。


 かたやフィンは泡につつんで浮かび上がらせ、かたやカリマやポルネは自慢の触手を用いて複数の積荷を同時に海上まで運び、海面から顔を出す。


 そして船の乗組員……ギルド職員や冒険者、元々ショストに住む船乗りたちが準備した、縄を括り付けたいくつかの板に三人が積荷を載せて、それを船上まで引き揚げる……そんな地道な作業を繰り返していた。


「はァ、結構疲れンなこれ……」


 木製の大きな箱を持ち上げようとしたカリマが溜息と共にぼやくと、ポルネも同調する様に頷きつつ、

「……こんなに貯め込んでたかしら?」

 まだまだ目の前に広がる大小様々な略奪品が並ぶ保管庫を見遣り、首をかしげて問いかける。


 それを聞いたカリマは、そりゃあオマエ、と心当たりがあるかの様な素振りを見せて、

「同盟組んでからは、アタシらが別々に略奪したブツも纏めて此処に保管してたからだろォよ」

「……あぁ、そういえばそうね……」

 言いたい事は分かるが、とその大きな箱を軽々と持ち上げながら答えを示し、ポルネは改めて自分たちがやってきた事を実感し、彼女なりに反省していた。


 そんな折、二人の会話が聞こえていたのだろう、ふよふよと海上から戻ってきたフィンが、

「ねぇねぇ、ちょっと聞いていい?」

「「……?」」

 突拍子も無く自分たちに何かを尋ねようとしてきた事に、カリマたちは一様に首をかしげてしまう。


 それを肯定の仕草だと受け取ったフィンは、キミたちってさぁ、と前置きしてから、

「何で海賊なんてやってたの? 多分そこそこ強いんでしょ? だったら魔族と戦ったりすればいいのに」

 実際にはまともに戦う前に彼女が殲滅してしまったゆえ分からないが、邪神に見初められたくらいなのだから強いのだろうと考えて、何の気無しに尋ねた。


「「……」」

「え、言いにくい事なの?」


 しかし、何故かフィンの問いかけに対して二人はその口を噤んでしまい、それを不思議に感じた彼女はそう言いつつも、きょとんとした表情で再度尋ねる。


 ――自分の知りたい答えを彼女たちが持っていないかもしれない、とは微塵も考えていなさそうに。


 彼女たちは互いに顔を見合わせてから、答えなければきっとこの場で……と考えてしまった事により、

「いや、そォいう訳じゃねェが……アタシら、お互い捨て子だったンだよ。 なァ、ポルネ」

「……えぇ、そうね。 といっても、その頃からの知り合いという訳でも無くて――」

 決して良い事ばかりでは無かった自分たちの過去を語りたくないのか、口ごもりながらもポツポツと……海賊になった理由を話し始めた――。

 

 ――それは、今からおよそ二十年前の出来事。


 それぞれ全く違う海域で産み落とされた二人は、残念ながら良い親に恵まれず、産まれてから一週間程で魔物や魔獣の蔓延る広大な海へと捨てられてしまう。


 最も、亜人族デミという種は本来、その元となった動植物……或いは精霊や幻獣などといった不透明な存在と同じ生態や特性を持って産まれてくる兼ね合いで、オクト烏賊スクイッド人魚マーメイドである彼女たちは産まれて数日にして自分の力で泳ぐ事も出来てはいたのだ。


 しかし、本当なら産んでくれた親から生き方を教わる筈だった彼女たちは、何も分からぬままにただ海を漂うだけの存在に成り果ててしまっていた。


 運が良いのか悪いのか、魔物や魔獣に捕食される事無く半年程経過した頃、二人はそれぞれとある亜人族デミの集団の手によって拾われる事になる。


 それこそが、数日前に彼女たちが率いていた海賊団であり、ポルネが拾われたのはめすの混血で烏賊スクイッド人魚マーメイドが船長を務める海賊団、カリマが拾われたのは同じく雌の混血、オクト人魚マーメイドが船長を務める海賊団だった。


 一言に海賊と言ってもその二つの海賊団は略奪などの悪事を働いてはおらず、魔族の影響で海の底へと沈んでしまった遺跡や洞窟に眠る財宝を求めて海を旅する、海賊とは名ばかりの冒険家の様な集団。


 船長も含めそれぞれの船員クルーたちは、二人が言葉という概念すら知らないままに捨てられたのだと理解すると、まずは二人に言葉を教え、次に自分たちがどういう存在なのかを説明した。


 二人は幼いなりに彼らに……何より、その綺麗な手で自分たちを拾ってくれた船長たちに恩を返したいと考え、海賊団への入団を決意する。


 その後は色々と苦労しながらも海賊たちの世話になりつつ彼らの財宝探しに協力したり、見事財宝を見つけた時は一緒になって朝まで宴をしたりといった事を繰り返し、二人は次第に今の姿へと成長していった。


 ――それから、およそ十五年経ったある日。


 奇しくも彼女たちが拾われたのと同じ曇天の日、二つの海賊団から船長が突如姿を消してしまったのだ。


 彼ら……或いは彼女らは、それは必死になって船長たちを探したが、一向に見つかる様子は無い。


 いよいよ縄張りを出てまでも探そうと、彼らが遠征に出て二日……ついに、二つの海賊団が相対する。


 瞬間、彼らはすぐに目の前の海賊団を疑い辺りが怒号に包まれる中で彼女たちは……互いを見初めた。


 一目惚れだったと言ってしまえばそれまでだが、おそらく自覚はしていたのだろう。


 ――その姿に、互いの恩人の面影を感じたのだと。


 それから更に半年、結果的に船長たちは見つかる事無く捜索は終わりを迎え、その頃には二つの海賊団は完全に対立してしまっており、最後の良心だとばかりに姿の似た二人を船長に据えてからは、彼らの心の支えだった船長が消えた事でたがを失った亜人族デミ本来の闘争本能のままに互いを傷つけ、略奪すらも是とした。


 それでも互いを諦められない二人は、他の船員クルーの目を盗んで逢引きを繰り返していた。


 ――ポッカリと空いた、心の隙間を埋める様に。


 そして二人が自分たちの過去について語り終わってからも、しばらく静寂が辺りを包んでいたが、

「――だから、私たちには」

「海賊以外の道が無かった、って事?」

「「……」」

 ポルネがそう口にしようとした言葉を遮って、フィンが珍しく真面目な表情で確認する様に尋ねると、ポルネだけで無くカリマも無言で頷き、肯定した。


 そんな中、再び表情を人当たりの良さそうな笑顔に戻したフィンが唇に人差し指を当てつつ、

「ふーん……ねぇねぇ、もう一個いい?」

「……ンだよ。 いっぺンに聞けっての」

 本題はこれからとばかりに声をかけると、嫌な事を思い出してしまったからか、さっさと作業を終わらせようとしていたカリマが軽く舌を打って先を促す。


「この作業が終わって町に帰ったら多分、キミたち処刑されると思うんだけど……それでいいの?」


 どうやらフィンは、数日前に港町の牢屋敷で彼女たちが……そしてつい先程も口にしていた自らの死を受け入れているかの様な発言の真意を問い、この後自分がしようとしている提案をする価値が、果たして彼女たちにあるのかどうかを調べたいらしかった。


 それを受けたポルネが唇を噛み俯く一方、カリマはカッと目を見開いて近くの箱をガンッと叩き、

「……ンな訳ねェだろ! アタシだって死にたかねェ! 死にたかねェ、けど……っ」

「カリ、マ……そう、よね。 大丈夫よ、私も貴女と一緒なら何も怖くないもの……」

「……ッ、ポルネ……」

 ポルネと同じく、これでも彼女なりに反省していたらしく、それでもやはり恋人と逢えなくなるのは嫌なのだろう逆上して叫び放った事で、ポルネは彼女に同調するべくカリマの手をそっと握って微笑みかける。


「……じゃあさ、ボクたちと一緒に来ない?」

「「……は?」」


 そんな彼女たちのやりとりには特に興味も無かったフィンが、本当に何の気無しに提案すると、何を言ってるんだと二人は困惑し、硬直してしまう。


 そんな中、だってさぁと前置きしたフィンは、彼女たちの様子などお構い無しに話を続け、

「死にたくないんでしょ? このままだとキミたち絶対処刑されるだろうし、それって勿体無くない?」

「勿体無いって……」

 どうやら目の前の二人を望子の護衛として連れて行きたいと考えているらしく、軽い口調で告げられたその言葉にポルネはより一層困惑を露わにする。


「でね? 実はボクたち三人以外にもキミたちの言う、ぱぺっと? になった亜人族デミがいてね? まぁ出会ってきた亜人族デミ全員がそうだった訳じゃないんだけど――」


 その一方で、フィンは片手の人差し指をピンと立てて、ペラペラと能書きを口にしていたのだが、

「……まさか、アタシらも人形パペットになれってのか?」

「そうそう! ボクと同じ人魚マーメイドのキミたちなら、可能性はあると思うんだよね。 どうかな?」

 彼女の言葉で全てを察してしまったカリマが渋面を湛えおずおずとそう言うと、フィンはグッとサムズアップしつつウインクし、再度二人に笑みを向ける。


 ――断らないよね? そんな声が聞こえた気がした。


「……その、ミコ? って勇者は……私たちを受け入れてくれるの? 私たち、罪人なのよ?」


 正直に言えば、カリマ以上に死にたくないと考えていたポルネが提案を受け入れる方向で尋ねると、

「そうだねぇ……だからまずは、みこに分かりやすく説明するところから始めなきゃね」

「……カリマ」

 町の人たちにも説明しないと、と既に自分の提案を実行するつもり満々のフィンは脳裏に望子の笑顔を浮かべてウキウキとしており、こちらは一旦放っておこうと考えたポルネが最愛の恋人へ意見を求めた。


 カリマはしばらく俯き、腕を組んで思案していたものの、何かを決意した様にゆっくりと顔を上げて、

「……分かった。 その提案、受けるぜ」

 静かな、されど確かな声音で彼女の提案を受け入れる旨を伝えると、フィンはニパッと笑って、

「そうこなくっちゃね! じゃ、残りの積荷持って帰ろっか! ほら、行くよ二人とも!」

 話しながらも一ヶ所に纏めていた積荷を大きな泡で包み込んで浮かび上げつつ、二人に元気良く声をかけてから一足先に海上へと泳いでいく。


「……悪ィなポルネ、勝手に決めちまって」

「いいのよ。 言ったでしょう? ずっと一緒だって」

「……あァ、そォだな」


 ――人知れずそっと小指を結び、どちらからとも無く口づけを交わす……二人の人魚マーメイドをよそに。

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