第164話 人狼と龍人の悩み

 望子やカナタが主体となって冒険者ギルドにて、カナタ、レプター、そしてキューの三人を一党パーティへと加入させる手続きを済ませ、がんばってね、と手を振る望子たちが宿へ戻っていく中で――。


 同時刻、身体を動かしたいからと冒険者ギルドで適当な依頼クエストを受注したウルに同調したレプターが、

「それにしても、ギルドは随分と賑わっていたな。 貴女たちの話では……海賊に返り討ちに遭い意気消沈した冒険者で埋め尽くされているという話だったが」

 リフィユざん中腹辺りで一旦足を休めつつ、そこから見える水平線を眺めながら、ガヤガヤと騒がしかったギルドの様子を思い返してそう口にする。


「そりゃまぁ……くだんの海賊騒ぎはもう終わったし、冒険者たちも海賊どもの死体処理に参加して……ちったぁ溜飲も下がったんじゃねぇの?」


 その一方で依頼クエストを受注した当のウルは、干し肉をブチッと噛みちぎりながら海賊討伐の前と後では彼女の目から見ても纏う空気がガラッと一変した冒険者たちを思い出して、ほんとこの世界の奴らは切り替え早いよな、と苦笑いを浮かべていた。


「成る程……つまりはそれも、貴女たちの功績という事か。 流石は勇者様の……ミコ様の仲間たちだな」


 それを受けたレプターが、まるで自分の事の様に得意げな表情で彼女を……彼女たちを称賛するも、

「……まぁ、そうっちゃあそうかもな。 つっても今回は……いや今回も、か。 主に活躍したのはフィンの奴で、あたしは大した事はしてねぇよ」

 今回の海賊討伐においても、今までの戦いと同じ様に、結局美味しいところフィンに持っていかれていたウルは、ハッ、と嘲る様な笑いをしてみせる。


 ……無論、不甲斐ない自分に。


「そう謙遜するな。 貴女たちが一人残らず有能だという事は、私が誰より知っているよ」

「……そうかい」


 そんな彼女の自虐的な発言をあくまでも無用にへりくだっているのだと捉えたレプターは、自分なりに彼女を精一杯フォローしたが、ウルは明らかに納得がいっていない様子で小さく返答するにとどまった。


 誰より知っているという言葉自体はフォローとして悪くは無いが、おそらくウルたちの事を最もよく理解しているのは……かつて彼女たちが訪れたドルーカの町の魔具士である狐人ワーフォックスか、その見習いの有角兎人アルミラージ、或いはドルーカ最上位の冒険者の一人である森人エルフ


 それを分かっているからこそ、ウルは若干不満げな様子なのかもしれないが……それは彼女にしか分からない事であり、当然彼女自身もそれを口にはしない。


「だが一ついいか? 何故貴女は……この依頼クエストを受注した? 明らかに……その、向いてなさそうというか」


 その時、レプターが唐突に今回の依頼クエストの受注理由を問いつつ、どちらかと言えばウルには不向きな気がしてならない、そんな思いを込めて問いかけると、

「……それはあたしが一番分かってる。 けどな、これにはちゃんとした理由があんだよ」

「ほぅ。 聞かせてもらっても?」

 どうやらウルは全てを理解している上で尚、今回の依頼クエストを……依頼クエストを受注した様で、その理由とやらが気になったレプターは興味深そうに彼女を見遣る。


戦闘たたかい以外でも……ミコの役に立ちてぇんだ」

「……それは、どういう……?」


 その後、言い憚られる様な事なのか、しばらく口ごもっていたウルが口をひらき、ポリポリと頬を掻きながらそう告げると、言葉は理解出来てもその真意までは分かっていないレプターが首をかしげて再び問うた。


 すると、ウルは深く深く溜息をついてから進めていた足を止め、屈強な自分の右手を見つめつつ、

「ハッキリ言ってあたしは脳筋だ。 他の事には向いてねぇってのも分かってる。 けどな、今やその戦闘でさえフィンに劣ってんだ。 このままじゃ駄目なんだよ」

 拳をぎゅっと握りしめて悔しげに語る一方、ノーキン? と聞き慣れない単語に困惑していたレプターだったが、肉体派という事か? と話の流れから判断する。


「……成る程。 だからこそ、捕獲依頼クエストを受注したのだな。 確かにこれなら重要になるのはもっぱら知恵や工夫、策略であり……力は二の次、という訳か」


 そして大方彼女の主張を理解したレプターがそう言うと、ウルは表情を笑顔に戻してから、

「そういうこった。 で、お前は詳しいのか? その……毒牙毒蛾ヴェノモスって魔蟲について」

 レプターの言葉を肯定しつつ、話題を切り替えるべく改めて今回の捕獲対象……かつてドルーカの冒険者ギルドにて、受付嬢から簡単な解説を受けた事のある魔蟲についての知識の是非を問うてみた。


「ある程度は……まぁ厄介な魔蟲だが、大して強くは無い。 少なくとも、これまで貴女たちが戦ってきた存在に比べれば遥かに劣ると言ってもいいだろう」


 一方、あぁ、と頷いてから今回の捕獲対象である魔蟲……毒牙毒蛾ヴェノモスと、先日彼女たちから聞いた強敵たちとを比較しつつ、討伐するだけならばと付け加え、

「へー、じゃあ何が厄介なんだ?」

 淡々と語ってみせたレプターに対し、ウルは山を歩く足を止めぬまま首をかしげて問いかけた。


一度ひとたび危険を察知すると……その身を爆発させて猛毒の鱗粉を撒き散らすんだ。 ゆえに捕獲は難しく、ゆえに完全な状態で捕獲された個体は何処にでも需要があり……依頼クエストとしての難度は非常に高い」


 レプターが自身の知る毒牙毒蛾ヴェノモスの生態や、生け捕られた個体の希少性、そして紅玉スピネル以上で無ければ受注出来ない高難度の依頼クエストである事を改めて口にする中、

「ほーん……なぁレプ、それって成虫の話だよな? じゃあよ、幼虫捕まえて育てさせりゃ---」

 ウルはさも妙案だと言わんばかりに手を叩き、おそらく毛虫なのだろう幼虫を捕らえればと提案したが、それを読んでいたかの様にレプターは首を横に振る。


 残念だが、と前置きしてから、彼女は毒牙毒蛾ヴェノモスがいそうな樹を観察しつつ、

毒牙毒蛾ヴェノモスの幼虫は成虫より更に厄介なんだ。 孵化したばかりで羽を持たない幼虫はただでさえ外敵に襲われやすいが……毒牙毒蛾ヴェノモスの場合はそうじゃない」

 この世界にも存在する至って普通の虫や、魔蟲でも比較的弱い種を例に挙げて、結局その樹にはいなかったのか首を横に振りながらそう語り、話を続ける。


「幼虫だからこそ、外敵への対抗手段として成虫より遥かに強い毒性を持った毛針を備え……それをほぼ無尽蔵に外敵へ放ち、鎧や盾で防いだとしてもまるで侵食するかの様にジワジワと猛毒に蝕まれてしまう」


 そんな風に、つらつらと幼虫の危険性について語り出したレプターに対し言葉を挟む暇も無いウルは、

「何だよそれ……じゃあどうすりゃあ……んー」

 結局成虫を何とかして捕獲するしかないのだと理解させられ、心底呆れた様子で別案を考え出す。


(……最も、今の私に毒牙毒蛾ヴェノモス程度の毒が通用するとも思えないが……それにしても)


 そう脳内で呟いていたレプターの考え通り、彼女はサーカ大森林で一戦交えた蜘蛛人アラクネのお陰で習得した武技アーツ龍如吸引ドラガサクス蜘蛛人アラクネの劇毒を吸収し、適応した事で……毒物への完全耐性を得ていたのだが――。


 その時、何故か脳内で考えを広げながらも、ふふっと微笑んでいたレプターに違和感をいだいて、

「……? 何笑ってんだよ」

 ウルが心底怪訝そうな表情を浮かべつつ、何なら若干イラッとした口調で問いかけると、

「あ、あぁすまない。 少し……そう、嬉しくて」

「嬉しい? 何がだ」

 その一方で、彼女は少しあたふたとして、ははは、と言い訳でもするかの様に苦笑していた。


 するとレプターは、あぁそれは、と前置きして、先程のウルと同じく浮かない表情を見せ、

「先日私はこの山で……あの方の中に居る何某かでは無く、ミコ様自身の力を垣間見た。 相手は単なる魔獣だったし、一瞬の出来事だったが……それで充分思い知らされたよ。 ミコ様は既に、私より強いのだと」

 望子が邪神の力を使って魔獣を屠ってみせた……そんな光景を見て以来、望子たちとの再会を喜びながらも悲観的な考えを持っていた事を明かす。


「その時私も……ウル、貴女と似た様な事を考えたんだ。 ここまで追いかけて来たはいいが、最早貴女たちに……何よりミコ様に、私は必要無いのでは? と」


 守るべき存在よりも劣っている様ではな、と沈黙を貫いていたウルに向けてやや自嘲する様に語ると、

「……似た者同士って訳か」

 一方のウルは、ハッ、と自虐気味に鼻で笑いながらも、正直彼女の言った事……特に『ミコに自分は必要無い』という部分が心に響いており、他人事じゃねぇな、と改めて少しの危機感や焦燥感をいだいていた。


「あぁ、だから少しだけ……っ、ウル、あれだ」


 少し感傷に浸るかの様なウルの呟きに、苦笑いを浮かべて返事をしようとしたレプターの視界に、そこそこ大きな樹に張り付いた捕獲対象の姿が映り、

「ん……? あぁあれか。 思ってたよりでけぇし……そんで結構綺麗な羽してんな」

 ウルも釣られてそちらを見遣ると、そこには受注書に描かれていた個体よりも一回り大きく、それでいて随分と煌びやかな模様の羽を持つ数匹の毒牙毒蛾ヴェノモスが、文字通りその羽を休めている様に見えた。


「時間はある。 色々試してみよう」


 個体差もあるから慎重にな、と忠告してきたレプターの言葉に頷きながらも、ウルは彼女に聞こえない程小さくか細く……されど確かな決意を込めて――。


「あたしの存在価値、あたし自身が証明してやる」


 ――そう、呟いた。

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