第165話 蛾に苦戦する人狼

『あたしの存在価値、あたし自身が証明してやる』


 ――そう呟いてから、およそ一時間。


「……っ、だぁああああっ!! 何なんだよ次から次へとボンボンボンボンよぉおおおおっ!!」


 そんな風に叫びつつ、全身をメラメラと燃やしているウルの言葉からも分かる通り、彼女は未だ一匹として毒牙毒蛾ヴェノモスを捕獲出来ておらず、

「お、落ち着けウル! 気持ちは分かるが……!」

 彼女に同行してきていたレプターが宥めようとするも、ウルの苛つきは全く衰える様子が無い。


「これが落ち着いてられるかぁ! あたしがちょっと近寄っただけで簡単に爆発してくれやがってぇ……!」


 随分と悔しげに歯噛みしながら地団駄を踏むウルの足下には、すっかりバラバラに爆ぜてしまい、煌びやかだった筈の毒牙毒蛾ヴェノモスの死骸が散らばっており、

(だから向いてないのではと言ったんだが、まさかここまでとは……どうしたものかな)

 癇癪を起こしているウルをどうするべきかと悩みつつ、レプターは先程遠回しに彼女に伝えた事を思い返し、頭を抱えて溜息をついていた。


 ……ちなみに、その場に漂っていた毒の鱗粉は毒の効かないレプターが既に翼で吹き飛ばしている。


 レプターがうんうん唸って思案していた時、突然ウルが静かになった事に違和感を覚えて覗き込むと、

「くそぉ……やっぱりあたしは無能なんだ……ハピみたいに頭が回る訳でもねぇし、かといってフィンみたいに飛び抜けて強い訳でもねぇ……『じゃあね、おおかみさん♪』っていつかミコに捨てられるんだ……」

 どうやら今度は自己嫌悪に苛まれているらしく、炎を灯した爪で地面に『の』の字を描きつつ、露骨なまでに自信の喪失を露わにしながらそう呟いていた。


 無論、彼女よりも望子との付き合いが短いレプターでさえ、望子はそんな事をしないというのは分かり、

「……別に貴女は無能などでは……それに、あのお優しいミコ様がその様な事を仰る筈が無いだろう」

「そりゃあ、そうだが……けどよぉ……」

 貴女がそんな風に思ってどうする、と若干諫める様な口調で言い聞かせる一方、それを充分に理解しているウルは、それでも尚イジイジとしている。


「と、とにかくだ。 もう少し頑張ってみないか? 幸い時間はまだあるし、私も試したい事があるんだ」

「……試したい事? 何だよそれ」


 『口は悪いが明るく活発で、困っている友人を見捨てる事はしない』……レプターが知るウルに何とか戻ってもらい、立ち直ってもらおうと提案すると、彼女はチラッとレプターを見上げて問いかけた。


 するとレプターはニコッと笑い、ウルに目線を合わせる為にしゃがみ込んでいた腰を上げながら、

「まぁ見ててくれ……あれと、あれでいいかな」

「え……お、おい」

 きょろきょろと辺りを見回し、その視界に二匹の大きな毒牙毒蛾ヴェノモスを映したかと思えば、そちらへスタスタと歩いていく彼女に、何をするつもりだとばかりにウルがおそるおそる声をかける。


 ――瞬間。


「――!」

『……ギッ!? ギュアッ!!』


 無言で龍如威圧ドラガスリートを行使したレプターは、器用に片方の毒牙毒蛾ヴェノモスだけを睨みつけ、それを察知したその片方の個体は一瞬で自らの死を悟り……爆発した。


「ぅわっ! 結局爆発してんじゃ……おいレプ!」


 それを座り込んだまま見ていたウルが、自分の方まで飛んで来かねない猛毒の鱗粉を警戒しつつ、漂う鱗粉の中で突っ立っているレプターに叫び放つと、

「……龍如ドラガ吸引サクス……!」

「なっ、何だ……!?」

 レプターは重々しい声音でそう呟き、すーっ、と思い切り息を……もとい、鱗粉を吸い込んでしまい、驚いたウルが目を見開いていたその時――。


(レプの髪が……いや髪だけじゃねぇ、鱗も……!)


 ウルの目の前でレプターの金色の長髪が、翠緑の鱗が……彼女からは見えていないがその山吹色の瞳でさえ菫色すみれいろに染まり……更にウェバリエの時とは違い彼女の翼は完全な菫色すみれいろでは無く、所々に黄土色が混じったうえに、その翼膜には大きな目の如き模様があった。


 ……毒牙毒蛾ヴェノモスそれと、同じ様に。


 その後、ふーっ、と深く息を吐いたレプターが自身の大翼をバサッと羽ばたかせ、

「……これで、おそらくは……『さぁ、こっちへ』」

 毒牙毒蛾ヴェノモスと同じ猛毒を持つのだろう鱗粉を散らしつつ、もう片方の個体に手を差し伸べると――。


『ギ……ギギ? ギュイ〜……?』


 何故かその毒牙毒蛾ヴェノモスは自身の複眼にレプターを映してから、さも興味があるとでも言うかの様に鳴き、

「よし……良い子だ」

 パサパサとその羽を動かし樹から飛び立って、そう呟いたレプターの右の腕甲に……大人しく止まった。

 

「……はぁ!? 何で――」

「……!」

「ぁ、いや、えぇ……?」


 当然これにはウルも驚いて思わず声を上げ、レプターがシーッと指を口の前に立てた事で、何とか自分の口を覆い声量を下げる事には成功したものの、

(な、何であいつの腕にとまって……! いや待てそれより、何であの蛾は爆発しねぇんだ!?)

 彼女の脳内は最早、レプターや毒牙毒蛾ヴェノモスに対する疑問でいっぱいになってしまっており、

「お……おいレプ」

 どうしても聞かずにはいられなかったウルは、おそるおそるレプターに話しかける。


 すると彼女はウルの声に反応するやいなや、どうした? と首をカクンとかしげていたが、

「ん? あぁこの姿の事か? これは龍如吸引ドラガサクスといってな。 私が吸い込んだもの――今回は鱗粉に含まれた毒だが――に身体を適応させ、ついでの様に自分の力として扱う事も出来る武技アーツなんだ」

 随分と変わり果てた自分の姿に疑問を持ったのだと判断し、原因となった武技アーツについて解説をし始めた。


 そっちじゃ……いやそっちもだが、と呟くウルをよそに、レプターは自分の長い髪をサラッと指で梳き、

「……まぁ副作用か何かは知らないが、見ての通り髪や鱗……瞳の色まで変わってしまう」

 やれやれといった様子で肩をすくめつつ、納得出来たか? と視線を向けてくるではないか。


 一方、その件については充分に理解したウルが、分かった分かったと返答しつつも、

「……その事と、お前の腕にそいつがくっついてるのとは何の関係があんだ?」

「え? あぁ、それは――」

 本題はこっちだと言わんばかりに、未だレプターの腕で大人しくしている毒牙毒蛾ヴェノモスを指差して尋ねると、あぁそっちか、と得心がいった彼女は再び語り出す。


 レプターの言う事には、数ある毒牙毒蛾ヴェノモスを捕獲する方法の一つとして、探知機ソナーの役割も果たす鱗粉による感知の外から洗脳や共鳴といった干渉メドル系統の魔術を行使する……といったものがあるらしかった。


 ゆえに……鱗粉を吸い込み適応し、また鱗粉を扱う事も可能になっていたレプターは、毒牙毒蛾ヴェノモスの感知の外から『自分は同種だ』とばかりに鱗粉を飛ばし、危険を悟られず……つまりは爆発させずに生きたまま捕獲する事に成功していたのだった。


 ……無論、基本的に攻撃の為にしか魔力を使えないウルに、そんな器用な事が出来る筈も無く――。


「毒の扱いはともかく、鱗粉まで再現出来るかどうかは賭けだったが……いや、上手くいって良かった」


 少し得意げな様子で頷きながらそう語るレプターとは対照的に、何故か先程より表情を暗くしたウルが、

「……なぁ、やっぱあたしって無能じゃないか?」

 自分に出来ない事をこうもあっさりやってのけたレプターを見て、再度いじけてしゃがみ込んでしまい、

「え……っあ、い、いや、そんな事は……ほ、ほら! まだ時間はある! 私も手伝うから! な!」

 そんなつもりは毛頭無かったレプターが、親が子の機嫌を取るかの様にあたふたとしつつそう口にする。


 それを受けたウルはジロッと彼女を睨みながらも、重い腰をゆっくり上げてから、

「……わぁったよ」

 深い溜息と共にそう言うと、レプターは、そ、そうか……と心底安堵した様に応え、その後はウル主体で動きつつも二人で協力し、捕獲に努めていた。


 ……そう、ウルは精一杯頑張ったのだ。


「……くそぅ、くそぅ……」


 だが頑張りとは往々にして実らない事も多く、夕刻まで粘ってみたのだが……結局、ウルはレプターからの助言ありきでさえ唯の一匹も捕獲出来ず、

「あ、あはは……まぁこういう日もあるさ……」

 今日はもう戻ろう、と提案したレプターの言葉にウルは無言で頷き、ショストへと帰還する。


 ――結果、ウル零匹、レプター三匹に終わった。

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