第163話 人魚たちの交渉

 カナタたち三人が望子たちの一党パーティに加入する事が仮決定したその日、彼女たちは互いにこれまでの旅の話に花を咲かせ、いつの間にか夜が明けていた事もあり、揃いも揃って昼頃まで眠っていた。


 その後、一人、また一人と目覚めた望子たちは朝食を取りつつ、こんな大人数で動いても仕方ないという事で、今日はそれぞれ別行動を取る事を決める。


 望子とハピ、カナタとキューの四人は新たな一党パーティメンバーの加入手続きをしに冒険者ギルドへ、ウルとレプターは身体が鈍らない様にと適当な依頼クエストを受注してからリフィユざんへ向かっていった。


 そして残ったフィンとローアはというと、海賊が奪った積荷の回収をせよという依頼クエストに、捕らえた二人の船長を同行させる為、現在彼女たちが投獄中のお世辞にも綺麗とは言えない牢屋敷を訪れている。


「……にしても、まさかフィンがこんな事言い出すとはなぁ。 予想外にも程があるぜ」


 ははは、と若干の苦笑いとずっしり響く声でそう語るのは海運ギルドのギルドマスターのオルコであり、

「まぁ……そうだね。 あたしとしちゃあ、出来ればやめてほしいんだけど……そうもいかないんだろう?」

 依頼クエストを持ちかけた張本人であるファタリアは、話を振られた訳では無いが深く溜息をついて答えつつ、自分と同じくふわふわ宙に浮かぶフィンに問いかけた。


 一方、正直困惑気味な彼女たちとは対照的に、ん? と何でも無いかの様な表情で首をかしげたフィンが、

「だってさぁ、元々あの二人が先導して奪わせてた積荷なんでしょ? 手伝わせて当然だと思うんだけど」

 さも正論だと言わんばかりにそう口にして、彼女の隣を姿勢良く歩く人族ヒューマンの女性に声をかける。


 そんなフィンの意見をあまり快く思っていないのか、ファタリアと同じ様に溜息をついて、

「それはそうですが……今まさに処遇を決めている真っ最中だったのですけれど……それで、貴女は?」

 港町ショストの町長であるグレースが呆れた様子でぶつぶつと呟きながら、この中で今回の件に唯一関係無さそうな白衣の少女を見下ろして話しかけた。


 勿論、その白衣の少女とは人化ヒューマナイズ済みのローアであり、あぁ、と反応を示した彼女は、

「我輩の事は気にしないでほしい。 ただ単に、くだんの船長とやらに興味が湧いただけなのである」

 船長たちが邪神の加護を受けていたという情報を聞き、研究意欲が高まったゆえについて来ていて、

「興味って何の……っと、ここだぜ。 さぁご対面だ」

 オルコは何となくローアの言う興味が気になっていたが、そうこう言っているうちに牢屋へ辿り着く。


 そこには……完全に心が折れているのか思いの外大人しい二人の人魚マーメイド、もとい船長たちが捕まっており、光属性の魔術が込められた魔石はあれどそれでも仄暗い檻の中で、彼女たちは来訪者の気配や音を感じ取ってゆっくりと身体を起こしていた。


 一方、この暗さの中でもハッキリ二人の姿が見えていたローアは、顎に手を当て二人を見つめ、

(ほぅ……成る程、確かにこれは邪神の気配。 下手をすればハピ嬢よりも……くふふ、実に興味深い)

 彼女たちの身体から……そして、何よりそれぞれの右眼と左眼から感じる邪神特有の妖しくも悍しい気配を感じ、『支配』と『加護』ではこうも違うのであるか、と新たな発見に密かに心躍らせる。


 そんな中、特に手枷や足枷も掛けられていない様子の二人……オクト人魚マーメイドであるポルネと、烏賊スクイッド人魚マーメイドであるカリマがニュルッと触手を動かして、

「……まさか、昨日の今日でもう決まったの?」

「はッ、どうせ極刑なんだろうがよォ――」

 緩慢な動きで質の悪そうな藁の敷物から身体を起こし、ポルネは疲労しきった声音で呟いて、一方のカリマは諦めた様に乾いた笑いを浮かべていた。


 ――次の、瞬間。


「やっほー」


 わざわざ大きなオルコの陰に隠れて、ひょこっと突然顔を出して二人に手を振ったフィンの姿に、

「「!?」」

 ここまでの大人しさなど何処へやら、これでもかと驚きを露わにしつつ可能な限り檻から離れてしまう。


「ど、どうして貴女が……! まっ、まさか貴女が私たちを処刑するなんて事、無いわよね……!?」


 ポルネはガタガタと身体を震わせながらカリマに抱きついて、自分たちが討伐された際の絶望的な力の差を思い返し、顔をすっかり青ざめさせてそう言って、

「待て待て他のやり方なら受け入れてやるがコイツだけはやめてくれよ怖ェんだよ何かァ!!」

 ひるがえってカリマは同じく怯える様子を見せながらも、自身の十本の触手を鋭い剣の様に変化させて威嚇し、極めて早口で一息にそう捲し立てていた。


 ……本来、その力があれば檻など簡単に破壊出来るだろうが、それを実行しないのは……二人が亜人ぬいぐるみたちを、特にフィンを恐れているからに他ならない。


「……フィン、あんた一体何したんだい?」


 心底怯えきっている二人を見たファタリアが青い羽を輝かせ、出現させていた水玉で葉巻の火を消してからそう尋ねると、フィンは全く表情を崩さずに、

「何って言われても……ボクとしてはいつも通りに邪魔な奴らを蹴散らしただけなんだけどね」

「「……」」

 何か変な事しちゃったかな、と腕組みをする中、あの大虐殺がいつも通り? と二人は青ざめた表情のまま脳内で揃って呟いたが、決してそれを口にはしない。


 その時、こほんとわざとらしく咳払いして彼女たちの話を遮ったグレースが一歩前に出て、

「まぁそれはさておき……貴女たち二人の処遇に関してはまだ未定です。 ですがその前に……フィンさんが貴女たちに対してとある依頼クエストへの協力を要請しています。 最も、受けるかどうかは貴女たち次第ですが」

依頼クエストへの……」

「……協力要請だァ?」

 ファタリアとオルコが作成し、彼女が認可した依頼クエストの受注書を二人に見せつけると、彼女たちはゆっくり壁から離れて再び檻に近寄ってそれを覗き込む。


 二人が受注書を黙読し始めた頃、フィンが彼女たちとグレースの間にひょこっと割り込んで、

「まぁそんなとこだよ。 何を隠そうその依頼クエストってのは、キミたちが今まで奪ってきた積荷の回収だからね。 いくら海の底にあるからって、ボク一人でやるのは……正直めんどくさいんだ。 だからぁ――」

 一切臆面も無くニコッと笑顔でそう口にしつつ、彼女は一度言葉を区切って息を吸い――。


「――手、貸してくれるよね?」

「「……っ!」」


 魔族や邪神よりも余程邪悪な冷めきった笑みで脅す様に告げると、どうやら効果は抜群だったらしく二人は声も出せずに口をぱくぱくと動かすだけであり、

(((うわぁ……)))

 それを見ていたグレース、ファタリア、そしてオルコの三人は、残り二人の亜人ぬいぐるみたちにもこんな一面があるのだろうかと邪推しながら引いていた。


 そんな折、こ、こほんと引きつった表情を何とか戻しながら咳払いしたグレースが、

「い、今のうちにハッキリ言っておきますが、仮にこの協力要請を受けたとしても貴女たちの罪が軽くなる訳ではありません。 本来であれば恩赦などを適用出来る案件ですが、今回はあまりに被害が甚大ですから」

 厳しくも、よくよく考えれば当然の報いであろう忠告をしたものの、それはそうだろう、とポルネたちは既に分かっていたらしく特に声を荒げたりはしない。


「だってさ。 ほら、断ってもいいよ?」


 グレースの言葉を受けたフィンが、断れるもんならね、という声が聞こえてきそうな程の露骨な嘲笑を浮かべて二人の顔を覗き込んでそう口にすると、

「分かった……分かったわよ」

「……受けりゃあいんだろ受けりゃあ……何で数日後に死ぬって知っててこんなめんどくせェ事を……」

 正直言って、全くフィンに勝てる見込みは無いと理解していた彼女たちは、見ようによっては拗ねた様にも思えるそんな口調で返事をしてみせた。


 するとフィンは唐突にいつもの快活な笑顔に戻り、うんうんと頷いて檻から身体を離して、

「オッケー! じゃ、近いうちに声をかけるからいつでも海に出られる様に準備をしといてね!」

「あっ、おい! ……行っちまった」

 ビシッと二人を指差してそう告げた後、おそらく望子の元へ向かう為か結構な速度で牢屋敷を出ていき、そんな彼女にオルコが声をかけたが……時既に遅し。


「本当に気侭きままだねあのは……一党パーティメンバーも置いて飛んで……いや、泳いでいっちゃうし」


 一方、ファタリアが再び火を着けた葉巻を咥え、煙を吐きつつ呆れた様に声を漏らしたが、

「……まぁ、フィン嬢らしいのである」

 くはは、とローアは少し乾いた笑いを見せて、これもいつも通りであるよと口にしていた。


「では、私たちもこれで……あぁ、依頼クエストが終わる頃には処遇も決まっている筈……覚悟しておく事ですね」


 その後、受注書をクルクルと纏めたグレースが鋭い視線を向けつつそう告げると、二人はかたや目を逸らし、かたや舌を打っており、そんな彼女たちをもう一度睨んでからグレースは牢屋敷を出て、ファタリアとオルコも彼女に続いてその場を後にする。


 だが、何故かローアだけは牢屋の前に一人残っており、そんな彼女を不思議に思ったカリマが、

「……? 何だよ、まだ何か用があんのか?」

 フィンがいなくなった事で大分だいぶ余裕を取り戻したらしく、特に怯える様子も無くローアに問いかけた。


 瞬間、ローアは先程のフィンにも劣らぬ昏い笑みを浮かべ、それを見た二人がビクッとするのも構わず、

「……お主たちが受けている水の邪神の加護とやら、我輩ならば消せるかもしれぬのである」

 ハピから彼女たちが加護を受けた時の話を聞き、二人が加護を消したいと考えているのではと判断したローアがそう提案すると、二人は揃って目を見開く。


「……は、何、だと……ッ!?」

「それってどういう……!」


 どうやらローアの判断は正しかった様で、彼女たちは良い意味で驚いているらしい……少なくとも、ローアからはそう見えていた。


「我輩が次にお主たちの前に現れた時、もしお主たちにその気があれば……声をかけてほしい」

「「……」」


 ザッ、と音を立てて彼女たちに背を向けきびすを返しそう告げたローアに、二人は何と答えるべきか分からず互いに顔を見合わせるだけにとどまってしまう。


「くはは……では、またいずれ」


 そしてローアは静かに笑いながら牢屋敷を後にし、二人はそんな白衣の少女を一体何者だとばかりに怪訝そうな表情で見送っていたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る