第162話 不本意ながら

 望子たちが冒険者ギルドでの用件を終えて宿屋へ戻ろうとしていた頃、突然自分たちの元を訪れたカナタに対し、かたや歯を剥き出して威嚇し、かたや首をかしげて困惑していたものの、取り敢えず部屋へ通して話を聞こうとしたウルとハピだったが――。


『きゅ〜』

「……」


『きゅっ、きゅ〜♪』

「……」


『きゅ――』

「……だぁああああ! 何なんだよさっきからぁ!」


 何故か部屋へ通してそれぞれがベッドだの椅子だのに腰を落ち着かせた途端、自分に飛びつき頭の上で楽しそうにしているキューに対し、いい加減我慢の限界だとウルが叫んで無理やり彼女を離そうとする。


 それをいち早く察知したキューは、ころころと転がっていた動きを止めてウルの手を逃れ、

『きゅっ!? きゅー!』

 ぴょんっとウルの頭から離れて元より懐いていたカナタやレプターの元に……では無く、

「え、ちょっと、何でこっちに……」

 何故か隣に座っていたハピに飛びつき、当のハピもその行動の意図が全く読めず困惑していた。


 一方で、キューが二人にやたらと懐いている理由に心当たりがあったレプターは、

「あ、あぁすまない二人とも。 その樹人トレント……キューについてなんだが、実は――」

 生まれたばかりの樹人トレントの非礼を詫びつつ、キューが生まれ、共に旅する事となった経緯いきさつを語る。


 サーカ大森林での粘液生物ブロヴ討伐の際、ウルとハピが魔術によって薙ぎ倒した木々の中から生まれた事、それを偶然見つけた蜘蛛人アラクネのウェバリエが彼女を保護していた事、素質は充分だから必ず役に立つ筈と自分たちに託した事を振り返りつつ話してみせた。


 そんなレプターの話を相槌を打ちながら聞いていたハピが、長い脚を組み替えてから息をつき、

「へぇ、ウェバリエから……何だか懐かしく感じちゃうわね。 そんなに経ってない筈なのに」

 少しだけ遠い眼をしつつそう呟いて、ねぇ、とベッドの上で胡座をかくウルに話を振る。


「その後の道中も色々濃かったからな……で、こいつはあん時の爆発で倒れた木の中から生まれたってか」


 それを受けたウルは、そうだなと答えてから嘆息して、レプターに向き直ってそう口にすると、

「あぁ、だからこそ貴女たち二人にそれだけ懐いてるんだと思う。 勿論、ミコ様にも懐いていたぞ」

 彼女はうんうんと頷きながら、ウルたちの時と同じ様に望子にも飛びついた事を思い返していた。


「まぁそれは分かったが……なぁレプ。 お前、こいつがミコを喚んだ聖女だって知ってたんだよな? 何でここまで連れて来やがった」


 一方、ウルがキューについての話題を切り替え、カナタを指差しつつレプターに怪訝な表情で尋ねる。


「……そうだな。 ハッキリ言うが……ウル、私は貴女と違ってカナタに敵意をいだいてはいない。 何なら感謝したいくらいだ。 彼女がいなければ、ミコ様や貴女たちに出会う事は無かっただろうからな」

「むっ……」


 すると、そんなウルとは対照的にレプターは凛とした表情でそう語り、そのあまりの迷いの無さにウルは思わず面喰らってか言葉に詰まってしまう。


「そりゃあ……そうだろうが……だからってなぁ?」


 どう言い返したものか、そう考えたウルが隣に座ってキューを撫でているハピに話を振ったのだが、

「あら、私は良いわよ?」

 あまりにも何気なく口にした、カナタの決意を受け入れるかの様な彼女の発言に対し、

「はぁっ!?」

「え……!?」

 ウルは勿論の事、断られても仕方ないが何としても受け入れてもらわなければ、と考えていたカナタまでもが目を見開いて、表情を驚愕の色に染めていた。


 その一方、ハピは極めてきょとんとした顔で首をかしげて、ほらあの時、と前置きしてから、

「ローアが言ってたじゃない。 聖女なら治療術を修めてるだろうし、治療術士ヒーラーとしては申し分無いって」

 ショストに到着する少し前、リフィユざんを下りている最中にローアが語っていた聖女の性質と、ウルが翼人ウイングマンたちから受けたらしい回復薬は必要だという助言を思い返して淡々とそう告げる。


 勿論それについてはウルも理解していたが、だからといってあっさり認められる筈も無く、

「待て待て! お前分かってんのか? こいつはミコをここへ連れてきた……言っちまえば元凶なんだぞ!?」

 伸ばした腕でハピを制しつつ立ち上がり、もう片方の手でカナタをビシッと指差して、お前はこいつを赦せるのかと思わず声を荒げてしまう。


 ひるがえってハピは呆れながらも言いたい事は分かる、という様に眉をひそめて溜息をついて、

「……それは重々理解してるし、私だって全面的に彼女を赦した訳じゃ無いわ。 でもねウル、私たちが最も優先しなきゃいけない事って何かしら?」

「そりゃあ……ミコを元の世界へ帰す事だろ?」

 まるで親が子に言い聞かせるかの如く優しい声音で尋ねると、ウルは大して考える時間を取る事も無くサラッとそう言ってのけた。


 するとハピは、自分と同じ答えをウルが口にした事に満足そうに頷いてから、

「そうよね。 それじゃあもう一つ聞くけれど……貴女の一時いっときの我儘は私たちの最優先事項より……大事?」

 形の良いぷるんとした唇に指を当て、いつまでも子供っぽい事言わないでと暗に告げつつ首をかしげる。


 それを見たウルは、ぐっと唸って若干の苛立ちを露わにしながらも何とか激情を抑えて、

「……はぁああああ……わーったよ、好きにすりゃいいだろ。 つっても、結局ミコ次第だからな」

 深く深く息を吐き全く納得のいっていない表情を見せつつそう言うと、勿論、とハピが笑顔で頷いた。

 

「……さて、折角仲間になるかもしれないんだし、ここまでの旅の話を聞かせてくれないかしら?」


 その後、ハピがレプターたちに向き直り、ドルーカとか通ったの? と付け加えて提案したのだが、

「そうだな。 私も貴女たちの冒険譚は是非聞きたいと思っていた。 さて、どこから話せばいい、か……」

 ハピの提案を一つ返事であっさり受け入れたレプターの声が何故か少しずつフェードアウトし、一対いっついの角をピクピクと動かして部屋の扉の方を見遣る。


「どうした? ……あぁ、戻って来たのか。 レプ、悪ぃが開けてやってくれ」


 そんなレプターを不思議に思ったウルがそう言ったが、彼女もまた扉の向こうの存在に気づいて鼻を鳴らし、そう告げた言葉に反応したレプターが頷いて、

「そうだな……お帰りなさいませ、ミコ様」

 扉を開けるとそこには、ノックしようとしていたのか片手を胸の高さまで上げていた望子と、そんな望子に後ろから抱きついたままふわふわ浮かぶフィン、そして白衣の袖で眼鏡を拭いているローアがいた。


「……ただいま、とかげさん。 それにみんなも……はなしあい、もうおわったのかな?」


 レプターの挨拶にニコッと笑って返しつつ、部屋に入った望子が最初に目についたウルに尋ねると、

「……おぅ、取り敢えずはな。 後はミコ次第だぜ」

 ウルは未だに納得がいっていないのか若干ブスッとした表情でそう言ってから、ここまでのカナタたちとの話を望子たち三人に簡単に伝えた。


「そっか……うん、わたしはいいよ。 まおうをたおすの、てつだってくれるんでしょ?」


 話し合いの結果を聞いた望子は少しだけ思案する様子を見せてから、カナタの手を自分の小さな手で包んで、目をしっかりと見つつ優しい笑顔でそう告げて、

「……! えぇ、勿論よ!」

 愛らしい望子の笑顔に一瞬目を奪われたものの、カナタは自分の胸に手を当てつつ声を大にして答える。


「それじゃあかなさんも、きょうからわたしたちのなかまだよ。 もちろん、とかげさんもきゅーちゃんもね。 みんなもそれでいい?」


 そんなカナタの言葉を嬉しく思ったのか、望子が笑顔でうんうんと頷きながら仲間たちに向けてそう言うと、ウルたちは一様に顔を見合わせて――。


「……ミコがいいなら、あたしに文句はねぇよ」

「勿論、私もいいわよ」

「みこは優しいからね。 絶対そう言うと思ってた」

「……我輩は元より聖女の加入を勧めていたのだし、否定する理由も無いのである」


 ウルは諦めた様に首を振り、ハピはニコッと笑ってそう答え、フィンはお見通しだとばかりにそう口にして、ローアは腕を組みつつ自分が言い出した事だからと付け加えて、それぞれが望子の提案を受け入れた。


 ……よくよく聞けばフィンだけは肯定も否定もしていなかったのだが、望子はそれに気づかず、

「じゃあさんにんとも、よろしくね!」

 てくてくとカナタたち三人の元へ歩み寄って、満面の笑みを浮かべて新たな仲間を歓迎し、

「はい! ミコ様!」

『きゅー♪』

 そんな望子の言葉にレプターとキューは揃って声を上げ、心底嬉しそうに望子の手を取っていた。


(やっとここまで来れた……必ず私が、貴女を元の世界に戻してあげるから……)


 二人がそんな風に快活な返事をする一方で、カナタは人知れず脳内でそう考えてグッと拳を握り、更に強く決意を固めていたのだった。

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