第161話 人魚への新たな依頼
わいわいと喜びを分かち合う望子とローアに、ふふっと微笑んでいたファタリアがパチンと指を鳴らし、
「それじゃあ早速報酬を、と言いたいところなんだけど……その前に一つ、頼みたい事があるんだよ」
「たのみたいこと?」
二人の視線が自分の方へ向いてから、ギルドマスターの執務室に繋がる奥の扉を親指で差しつつそう言うと、望子がこてんと首をかしげて復唱する。
あぁ、と返事をしたファタリアが四枚の羽のうち緑色の羽を輝かせながら手を伸ばし、扉を風で開けてふわふわと奥へ飛んでいき、ここじゃ駄目なのかと二人は顔を見合わせたが、結局後に続いて程々の長さの廊下を歩いて、先日も訪れた彼女の執務室へ招かれた。
ファタリアは彼女専用の小さなソファーに、望子とローアは来客用の普通のソファーに座ってから、
「で、さっき言った頼みたい事ってのは……
真剣な話をする為か、葉巻を灰皿に押しつけ火を消し、怪訝そうな表情を湛えつつ望子の持つぬいぐるみを指差してファタリアがそう声をかける。
ん? と望子は彼女の言葉に首をかしげていたが、ほかのひとにみせないようにしてくれたのかな、とすぐにファタリアの配慮に気がついて、
「あぁそういう……『いるかさん、おきて』」
頷きながらぬいぐるみを自分の隣に置き、いつも通りにそう呟くと、ぬいぐるみが淡く青い光を放ち、それは段々と
「――ん、んぅ……あれ、みこ……?」
眠たげな目をこすりながら、自分を覗きこんでいた望子の名を拙い口調で呼んでいたフィンに対し、
(話に聞いてたから驚きはしないけど……こうやって見てもいまいち信じられないね、元が
実際にぬいぐるみから
一方、望子やローアからファタリアへ視線をスライドさせたフィンは青い瞳をパチパチさせて、
「……あれ、ファタリアちゃん? って事は……ここ冒険者ギルド? な、なぁんだ、結局連れて来てくれたんだね? もぅ、みこってば思わせぶりなんだから!」
きょろきょろと部屋の中を見回してから、少し焦った様子を見せながらも笑って望子に抱きつく。
そんな彼女の調子の良さに若干呆れているのか、珍しく乾いた笑みを浮かべた望子は、
「はは……あっ、そうだいるかさん。 ふぁたちゃんがいるかさんにようがあるんだって」
先程のファタリアの言葉を思い出し、彼女の愛称を口にしつつフィンを軽く引き剥がしてそう告げると、
「うん? ボクに用?」
望子から離れたフィンは、何かあったの? と、一度姿勢を直してからファタリアに問いかけた。
「あぁ……実はあんたに一つ、あたしとオルコからの
するとファタリアがソファーからふわっと浮かび上がり、普通サイズの棚から普通サイズの書類を数枚よいしょと引っ張り出してそう言うと、
「……えぇ? 海賊倒したばっかなのに? また何かめんどくさい海の魔獣か魔物でも出てきたの?」
フィンは先程までの笑顔とは対照的な極めて面倒臭そうな表情を見せて、ボク疲れてるんだけどなー、と当て付けの様にそう愚痴を漏らす。
それを聞いたファタリアはというと、ふっと微笑みつつも首を横に振りつつ机に降り立ち、
「いや、あんたに頼みたいのは……海賊たちに奪われた積荷の回収だよ」
彼女にとっては大きなその書類をパサっと机に広げると、そこにはこれまで海賊の被害に遭った商船や客船、そしてそこに積まれていたのだろう様々な荷物とその莫大な損害額が記されていた。
「積荷……あぁ、あのアジトにあった大っきい木の箱とかの事かな。 あれを持って帰ればいいの?」
一方、
「あぁ……」
「ん?」
ファタリアは何故か神妙な表情を浮かべて首を縦に振り、違和感を覚えたフィンが首をかしげる。
どうしたの? と彼女が問うと、実はね、とファタリアは言いにくそうに口を
「本来、そういった物は海賊を討伐したあんたたちに所有権がいくんだけど……今回の件で被害を受けたのはこの町だけじゃ無い。 多少なり、しかるべきところに返した方がってオルコたちと話してたんだよ」
冒険者なら知ってるとは思うけど、とこの世界における不文律を口にするも、当然そんな事は知らない望子とフィンは、へー、と揃って声を出していた。
その時、ここまで沈黙を貫いていたローアが腕を組んだまま、ふむ、と唸ってから、
「では、我輩たちの取り分は無しと? それはまた、随分と虫の良い話に聞こえるのであるな」
町の体裁の為に使われるというのはなぁ、と自分がやる訳では無いにも関わらず煽る様に告げる。
するとファタリアはローアの言葉と表情に一瞬むっとしたが、いやいやと首を振って、
「……勿論、海賊討伐の報酬とは別にそれなりの額は出すよ。 どうだい? フィン」
ギルドの財政にそこまでの余裕は無いが、ポケットマネーを割いてでもフィンに頼みたかったらしく、ファタリアが苦笑いで控えめに話を振ると、
「んー……ボク一人?」
腕を組んでしばらく唸って思案した後、フィンは顔を上げつつ首をかしげ、何気なく尋ねてみた。
それを受けたファタリアは、あー、と少し上を見つつ声を出すと、申し訳無さそうな表情を見せて、
「現状、この町の冒険者や両ギルド職員、並びに漁師や船乗り、町の住人たちに至るまで……水棲の
あんたが引き揚げてくれた積荷を船へ載せるのに人手は割くよ、と付け加え、改めて話を持ち掛ける。
その一方で、当のフィンはしばらく唸って思案を続けていたのだが、ある時ハッと顔を上げて、
「……あっ! 良い事思いついた!」
「っ、な、何だい?」
とても良い笑顔でそう口にした彼女に対し、付き合いの短いファタリアでさえ何か嫌な予感がしたのか、引きつった様な表情でおそるおそる尋ねた。
そんな彼女とは極めて対照的に、ニコニコと笑うフィンがソファーから身を乗り出して、
「ねぇファタリアちゃん! あの二人、まだどうするか決めてないんだったら……ボクに貸して!」
可愛らしくウインクしながらサムズアップし、さも妙案だと言わんばかりにそう提案する。
一瞬、この
「あの、二人……? はっ!? いやいや、それは駄目だろう! 今あの二人の存在は秘匿してるんだよ、正式に扱いが決定するまでは牢から出せないし……そもそも出したら逃げるに決まって――」
今日討伐され今日捕らえられたばかりの海賊団の二人の船長を脳裏に浮かべた途端、無理無理! と彼女は手も首も振ってフィンの提案を否定しようと――。
――したのだが。
「――逃げないよ。 っていうか……ボクから逃げられるんなら逃げてみてほしいけどね」
つい先程までの快活な笑顔とは全く異なる、残虐ささえ感じさせる様な笑顔でフィンが呟いた事で、彼女自身にそんなつもりは無かったが、思わずファタリアはビクッと身体を震わせ根源的にフィンに恐怖した。
ドキドキと鼓動する胸を落ち着けてから、何を言っても譲る気は無いのだろう、と長年の勘で理解していたファタリアは、はぁ、と深く溜息をつき、
「……分かったよ。 好きにしな」
後でオルコとグレースに話をしないと、と脳内で考えながらフィンの提案を受け入れ、
「ん、りょーかい! で、いつ行ったらいいの?」
それを聞いたフィンは再び愛らしい笑顔に戻り、乗り出していた身体を戻しつつ問いかける。
ん? とフィンの問いに反応したファタリアは、微笑みながらソファーへぽすっと腰掛けて、
「そりゃ勿論、早めに行ってくれるに越した事は無いけど……ま、しっかり休息取ってからでいいよ」
疲れてる様には見えないけど、とは決して口にせぬままフィンを気遣う姿勢を取ってそう告げると、
「そっか。 じゃあ今日はもういい?」
ニコッと笑ってソファーから浮かび上がり、フィンは執務室を後にしようとする。
「あぁ。 改めて、ありがとう……っと、忘れるとこだった。 ミコ、ローア、これがあんたらの報酬だよ」
そんな彼女に頷きつつ、お疲れ様と手を振っていたファタリアだったが、フィンの印象が強すぎたのか望子たちに支払う報酬の事をあわや忘れかけており、どうせ達成するだろうと
「おぉ、魔獣討伐にしては中々の……」
それを見たローアは随分意外そうな表情を見せていたが、遠近両方に対応する
「ぇへへ、ありがとうふぁたちゃん!」
勿論そんな事は知らない望子は麻袋を大事に鞄に仕舞った後で、ニコッと笑ってファタリアに礼を述べ、
「こちらこそ。 またよろしくね」
そんな望子の笑顔に若干癒されたファタリアは、今度こそ手を振って望子たちを見送ったのだった。
(あれ、そういえば……ファタリアちゃんもぬいぐるみにはならないんだ。 何でレプとピアンだけ……?)
一方、フィンは脳内でそんな事を考えつつ、これまでに出会い、自分と同じぬいぐるみになった
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