第160話 勇者と魔族の達成報告
時は少しだけ遡り、後片付けを終えて下山した望子たちが、カナタたち三人の身分証明を済ませて港町ショストへと帰還してすぐの頃――。
三人の
三人のうちの一人であるフィンが一緒だったという事もあってか、ありがとうねと町の住人たちに感謝されたり、明日の宴を楽しみにしててくれよと漁師たちに声をかけられたりと色々あったものの、何とか夕刻に差し掛かるかどうかという時間までに、冒険者ギルドと宿屋が見えるところまで辿り着く。
その時、ローアと共に一行の先頭を歩いていた望子がクルッとカナタに振り返り、
「それじゃあがんばってね? かなさん」
たいへんかもしれないけど、と付け加えて、この町に入ってからずっと神妙な表情のカナタに告げると、
「え、えぇ……何とか、認めてもらわないと……」
言葉に詰まりながらも何とか返事をしたカナタは、胸の前でぎゅっと拳を握って、落ち着いていけばきっと大丈夫、とそう自分に言い聞かせていた。
ちなみに、魔獣の解体を始めてその後ここに辿り着くまでの間、望子はカナタから……では無く、レプターから自分たちに追いつくまでの
レプター越しに聞いた
「ミコ様、私はカナタと共にウルたちの元へ向かおうかと……流石に一人では厳しいと思いますので」
一方、本当は望子についていきたかったが、この状態のカナタを黙って見送るも出来ないレプターがカナタの肩に手を置きつつそう言うと、
「うん、それがいいよ。 よろしくね、とかげさん」
「はい! お任せ下さい!」
望子はニコッと笑って頷き、同じ様にレプターも笑顔を浮かべて快活に返事をする。
そして視線をレプターから、自分の肩の上に乗るキューへとスライドさせて、
「きゅーちゃんはどうする? わたしやろーちゃんといっしょにいく? それとも……」
『きゅ? きゅ〜……きゅっ!』
言葉は話せなくとも理解はしている、と把握していた望子が問いかけると、キューは少しだけ思案する様子を見せた後、ぴょんとカナタの方へ飛び移った。
「わっ! キュー……私と、来るの?」
『きゅー!』
突然の事に驚いたカナタが声を上げつつ確認する様に尋ねたが、キューはこくんと首を縦に振る。
「ふふ、なかよしさんだね。 じゃ、そういうことで」
そんな二人のやりとりを見ていた望子は、齢八歳の少女とは思えない程の慈愛に満ち溢れた表情を見せながら、ローアを引き連れ冒険者ギルドに――。
「……あれ? いるかさんもくるの?」
赴こうとしたのだが、てっきりフィンも宿屋に戻って休むのではと考えていた望子が、自分たちと共にギルドへ向かおうとするフィンにそう問いかけると、
「えっ!? ま、待ってよみこ! あのちっこいのには一緒に来る? って言っといてボクは駄目なの!?」
「え、い、いやだめじゃないけど……えっと……」
フィンは『ガーン!』という音が聞こえてきそうな程にショックを受け、必死に詰め寄ってくる彼女に対し、助けを求める様に望子はローアを横目で見る。
それで全てを察したローアは、フィン嬢、と刺激しない様にと出来る限り優しい声音で話しかけ、
「ミコ嬢はこう言いたいのであるよ。 『今回の
「ん、んー……そ、そうかも……?」
望子が本当にそう思っているかどうかはともかく、フィンを納得させるに足る言い分を口にして望子に目配せする一方、自分の考えとは違うものの、そういう思いも無くはないと考えた望子はふわっと肯定した。
だが、たとえ望子の言葉であっても、望子の事に関しては譲れない部分の多いフィンはといえば、
「……やだやだ! ボクも行く! さっきはしょうがないから許してあげたけど、まぞ――」
首をブンブンと横に振り、あろう事か人の目もある町中でローアの正体を口走らんとする。
――だからこそ。
「……『ちょっとおとなしくしてて』」
「――く、えっ?」
溜息混じりに告げられたその言葉と共に、フィンの身体が一瞬発光したかと思うと――。
――ぽんっ。
そんな間の抜けたお決まりの音と同時に、ころんと望子の足元に海豚のぬいぐるみが転がり、
「……よし、いこっか」
軽くしゃがんで土を払い、ぬいぐるみを優しく抱えた望子がローアに顔を向けてそう口にすると、
「う、うむ……容赦ないのであるな」
『勇者の行動に若干引き気味の魔族』という、世にも珍しい光景がカナタたち三人の視界に映った。
……無論、ローアは既に
その後、カナタたちと別れた望子とローアが冒険者ギルドへ入るとそこに冒険者は誰一人として残っておらず、ゆえに望子たちにすぐ気がついたのか、
「こんにちは……あら、今朝の……お仲間の皆さんはもう戻って来られてますよ。 今は宿の方に……」
先日も望子たち一行の対応をした受付嬢のセリーナが、てっきりウルたちが
一方、本題はそちらでは無いと伝えたかった望子だったが……ここで勇者、痛恨のミス。
「ぁ、えっと……なんだっけ、なまえ……」
(
そう呟きつつ頭を抱えていると、助け舟だとばかりにローアが望子の耳元で魔獣の名前を囁いた。
「そう、その……ぼるぼあ? をとうばつしてきました! かくにんしてもらえますか?」
ありがと、と小声でローアに返した望子が、初めて自分で行う達成報告という事もあってか、若干緊張した様子で、おまけに珍しく敬語でそう言うと、
「……え? もう、ですか?
推論が見事に外れたセリーナは、この二人だけとなると、流石に何日かはかかるかなと考えていたからなのか、心底意外そうに尋ね返す。
するとローアは得意げな表情を浮かべつつ、腕を組んでからこくんと首を縦に振り、
「うむ。 といっても、
討伐に関しては我輩は何もしておらぬのである、と正直に望子の戦果を称賛する姿勢を見せた。
このギルドで五年程受付嬢をしているセリーナから見ても、望子たちが嘘をついている様には見えず、
「……分かりました。 では、
とりあえず物を見てから判断しようと考えて、望子たちが受注した
「はい! えーっと……どれだっけ……」
そんな彼女の事務的な言葉にも元気良く返事をした望子が、背負っていた鞄を下ろしてゴソゴソと中身を探っているとそこへローアが近寄っていき、
「我輩も手伝おう……あぁ、これであるな」
望子一人では取り出すのも一苦労であろうと考え、鞄の底の方を望子が持ち、ローアは次から次へとカウンターに解体済みの
カウンターに綺麗に並べられていく綺麗な素材たちに、呆気に取られていたセリーナだったが、
「そ、その鞄……もしや
ハッと我に返った彼女は明らかに許容量を超えた中身が出てくる鞄に驚きつつも、専門の解体職人がやったのかという程の完璧な素材にも目を奪われる。
「これはろーちゃんがやってくれたの! あっ、やってくれました! かくにん、おねがいします!」
一方、望子はまるで自分が褒められたかの様にニコニコと笑みを浮かべてそう言ったものの、先程まで敬語を使っていた事を思い出して言い直し、
「はい、少々お待ち……あれ? ギルドマスター?」
そんな望子を微笑ましく思い、くすっと笑って確認作業に移ろうとしたセリーナの視界に、ふわふわと宙に浮かぶ小さな上司の姿が映った。
するとギルドマスターの
「あー……セリーナ。 後はあたしがやるから、あんたはそろそろ戻ってくる筈の冒険者たちに払う報酬の準備をしておいてくれるかい?」
ウルたち三人が討伐し、その証明にとわざわざ回収してきた海賊団の
「はぁ、まぁいいですけど……それじゃあ、お願いしますね。 お二人とも、お疲れ様でした」
面倒臭いんだろうなぁ、とズバリ当てていたがそれを決して言葉にはせず大人しく上司の頼みを受け入れて、望子たちに軽く一礼して受付を後にした。
そしてファタリアは、魔女の様な服の懐から葉巻を取り出し、赤、青、緑、黄色の四色の羽のうち、赤い羽に葉巻を押し当て着火させて咥えつつ、
「……ま、話に聞いた通りなら
ほぅ、と煙を吐いてからカウンターに並べられた素材を見て、うんうんと頷きながらそう言うやいなや望子たちの方へ振り返り、カウンターに腰掛けながらニコッと笑って二人の
「……やったぁ! ろーちゃん、やったね!」
瞬間、望子は喜びの声を上げつつ、ぬいぐるみを抱えていない方の手をローアの方へ向けて、
「うむうむ、ミコ嬢の頑張りあってこそであるよ」
そんな望子の心情を察したローアは同じく片手を差し出して、パチン! と手を合わせたのだった。
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