第153話 糾える縄の如く

 時は少しだけ遡り、望子とローアが依頼クエストを受けて、再びリフィユざんへと足を踏み入れていた頃――。


『『ブォオオオオオオオオ……!!』』


 とある三人の冒険者たちの前に、全身がギザギザとした金色の体毛で覆われた巨大な二頭のボアの魔獣が今にも襲いかからんばかりに立ちはだかっており、

「ふふ、彼我の戦力差も見極められないか……だがその無謀さは悪くない! 纏めてかかってくるがいい!」

 三人のうちの一人……先頭に立っていためすで混血の龍人ドラゴニュートが悠然と翼を広げてそう叫び放つ。


 だがそんな彼女とは対照的に、少し後ろに控え、その肩に小さな樹人トレントを乗せた金髪の神官が、

「ちょ、ちょっと待って! あれ電毛突猪ボルボアよ!? 体毛を擦り合わせて電撃を発生させる、近距離でも遠距離でも面倒な魔獣の筈……何も戦わなくたって……!」

『きゅ〜?』

 威嚇して追い払えばいいじゃない、とリフィユざんで自分たちを襲わんとした悍しい外見の鳥の魔獣を威圧した時の事を持ち出して説得しようとし、一方の樹人トレントは何も分かって無さそうに首をかしげていた。


 すると龍人ドラゴニュートは、やれやれとでも言いたげに大きな溜息をついてから尻尾でピシッと地面を叩き、

「まぁ威圧それでもいいが……そろそろ獣の肉が恋しくなってきたんだ。 魔獣とはいえボアだろう? うってつけの相手じゃないか! さぁ来い! 『鋼鎧挑発ブロクティブ』!」

 決して魔獣たちから目を離さぬままに、バキバキと力強く右手を鳴らしてそう告げたかと思うと、次の瞬間その手をガンガン! と自身の胸当てに叩きつけて音を立て、かかってこいと挑発用の武技アーツを行使する。


『ゥルルルル……!!』

『ブォオオオオオオオオッ!!』


 それを受けた二頭の電毛突猪ボルボアは、武技アーツの効果かそれとも単に我慢の限界だったのか、怒り心頭といった様子で低く唸ってほぼ同時に冒険者たちへ突撃し、

「手間が省けて良いな! 『双牙ツヴァ――」

 左右から挟まれるより余程良い、と龍人ドラゴニュートは笑みを浮かべて腰に差した二本の細剣レイピアを抜き放ち、金色の魔力を込めて得意の武技アーツを行使しようと――。


 ――したのだが。


『やっとみつけた……!』


 突如、山の奥から疾風の様に……全身に黄色のローブを羽織り、両手、両足、そして頭……五体が半透明な淡い黄緑色の風と化した何かが現れて、

「――大剣イト』……? なっ、何だ!?」

『ブルォ……ッ!』

『ボ、オォ!?』

 突然の事態に、武技アーツを中断してしまう程に驚いたのは何も龍人ドラゴニュートだけで無く、二頭の電毛突猪ボルボアもまた、その存在に驚きズサァッと突進を止めてしまった。


 一方、自分の方を見て固まっている龍人ドラゴニュートには気づかないままに、同じく硬直してしまっていた討伐対象たる魔獣に向けて手を伸ばしたその存在が、

『おねがい! たおしてきて!』

 澄んだ声でそう叫んだ途端、伸ばした両手の先に黄緑色の風が渦を巻いて集まり、その中心から、

『『クェエエエエエエエエッ!!』』

 小さな翼と鉤爪を携え、全身に黄色の布を被せられた、虫とも蝙蝠ともつかない何かが出現する。


 そして、二匹のそれは小さな翼で飛んでいるとは思えない程の速度で電毛突猪ボルボアに襲いかかり、

『ボギュォッ!?』

『ブ、ギ……ッ?』

 かたやその勢いのまま風を纏って突撃し、頭から全身を貫いて絶命させ、かたや小さな鉤爪から風の斬撃を発生させて、真っ二つに巨体を切り裂いてみせた。


 そんな中、黄色いローブの何某は、うひゃああ、と何故か目を逸らしてしまっていたものの、

『や……やったぁ! ありがとう、ふたりとも!』

 小さな二匹仲間たちがしっかりと自分の指示を聞き、討伐を成し遂げてくれた事に、ぴょんぴょんと軽く跳ねながら嬉しそうにしていると、

『『クエッ♪』』

 その二匹も同じく嬉しそうに一鳴きし、何某かの周りをクルクルと飛び回る。


 一方、目の前で起こった出来事に呆気に取られていた三人の冒険者たちはというと、

「な、何あれ……!」

『きゅー……?』

 神官はビクビクとしつつも、の様に腰を抜かしたり、意識を手放したりはする事無くそう呟き、かたや樹人トレントは先程までと同じく首をかしげていた。


 最も、この時首をかしげていた理由に関しては、何も分かっていないから……では、無かったのだが。


(……明らかに私よりも強い、それは間違いない筈だが……何故だ、どこか安心出来る様な……)


 そして、始めようとしていた戦いに水を差された龍人ドラゴニュートは、土煙の向こうに見えるその存在に畏怖を覚えながらも、何故かその力を悪だとは思えなかった。


 ……それも無理はないだろう、彼女の視界で二匹の何かと戯れるその何某の正体は、他でもない望子であり、彼女は……レプター=カンタレスは、望子に追いつき、望子の力となる為に旅をしてきたのだから。


「おや、どうやら既に終わってしまっている様であるな。 どうせ人目も無い、我輩も飛ぶべきだったか」


 そんな折、ガサガサと茂みを揺らしてその場へ立ち入ったのは、上級魔族でありながら、現状望子の仲間であり友達でもある白衣の少女ローア。


 彼女はやれやれと言わんばかりに息をつき、肩甲骨辺りをさすさすと触れてそう言うと、

『あ、ろーちゃん! どうかな、うまくできたかな?』

 そんなローアに気づいた望子が、風の邪神の姿そのままに彼女へ近寄って、死骸を指差し問いかける。


 するとローアは、くははと笑いながら半透明な望子の顔を見上げて興味深そうにこう口にした。


「うむうむ、上々であるよ……しかし、流石であるなぁ。 眷属ファミリアの再現までこうもあっさりと……」


 そう、望子の周りを飛んでいるその二匹は、かつてストラが従えていた眷属ファミリア有翼虫螻ビヤーキーであり、ローアの超級魔術によって絶滅した筈のそれらを、実際に戦った望子が邪神の力で再現し、元の姿より小さく、そして可愛らしくデフォルメしていたのだった。


 望子とローアが共に満足げにしていたその時、すっかり晴れた土煙の向こうから姿を現したレプターが、

「……すまない、一ついいか?」

 最大限警戒しつつ、彼女から見れば正体不明の望子たちにおそるおそる声をかけると、

「む? おっと、先客がいたとは……これは失礼を」

 真っ先にそれに気がついたローアが、我々これでも冒険者である、と軽く一礼しながらそう告げる。


 そんなローアの言葉で、漸くその場に自分たち以外の誰かがいた事に気がついた望子は、相手側も冒険者で、同じ依頼クエストを受けたのだとしたら? とそう考え、

『え? あ、ほんとだ……もしかしてわたし、よこどりしちゃっ……て……?』

 少し申し訳なさそうにそう呟き、声のする方へ顔を向けた瞬間……望子の思考が、止まってしまった。


 一方、思いの外丁寧な様子で返された事に、若干拍子抜けしていたレプターは首をゆっくり横に振り、

「いや、それは構わないんだが……貴女たちは、何者だ? 仮に冒険者だとしても、とても並とは――」

 それでも、自分の後ろに守らなければならない者たちがいる以上、最低限の警戒心は持ったまま、その正体を探るべくそう語りかけようとしたその瞬間。


『……とかげさん?』


 望子が……いや、彼女の視点からすれば黄色のローブに覆われた謎の存在からそう声をかけられた事に、

「っ!? なっ、何故その名を……貴様何者だ!? 私をそう呼んでいいのは、この世界でただ一人……!」

 レプターは目を見開いて驚きを露わにし、かつて自分に新たな力と姿を授けてくれた小さな勇者を思い浮かべつつ、片方の細剣レイピアを向けてそう言い放った。


 すると望子は、そんなレプターの発言で確信を得たのか、彼女とは対照的に嬉しそうに声を弾ませて、

『やっぱりとかげさんだ! わたし、みこだよ!』

「え……!? み、ミコ様……?」

 自分の胸に手を当ててそう主張してきた何某の言葉に、レプターは思わず呆気に取られてしまう。


(ミコ、って……まさか)


 その一方で、未だ元いた位置から動けていない神官はそれを聞いて、レプターの……そして、自分の目的でもある黒髪黒瞳の女の子とは似ても似つかぬその存在を見つめ、こんなところで? と脳内で呟いていた。


 そんな中、どうして信じてもらえないんだろう、と考えていた望子が、ふと自分の姿を思い返して、

『あ、そっか。 このかっこじゃわかりにくいよね……よい、しょっと! これでどうかな?」

 首に下げたままの立方体の触媒を握りしめるやいなや、その姿は元の愛らしい黒髪黒瞳の少女となり、

「! ミコ、様……本当に……?」

 されど先程までの邪神姿が眼に焼きついていたレプターとしては、ミコ様ならこれくらいやってのけるだろうと思いつつも、疑心が拭えずおずおずと尋ねる。


 そんな彼女を安心させる為か、望子はてくてくとレプターの元へ歩き、彼女の手をぎゅっと握って、

「そうだよ。 やくそくどおり……おいかけてきてくれたんだね、とかげさん」

 かつて、レプターが初めてぬいぐるみに変化した時と同じ、愛らしくもどこか流麗な……まるで、神が自ら創造したのではないかという程の笑みを見せた。


 ――無論これは、レプターの個人的な感想である。


「……! はい! 遅ればせながら馳せ参じました! これからは私も貴女の剣として……そして、貴女の盾として! この身を捧げる所存です!!」


 レプターは瞬間的にザッとその場に片膝をつき、望子の手を取ったまま、自分の全ては貴女の物です、とハッキリとした声音でそう主張する。


「う、うん? えっと……よろしくね?」

「はい! ミコ様!」


 彼女が何を言いたいのかは大体理解出来たが、難しい言い回しとその勢いに若干押され気味の望子が苦笑いしつつ改めて手を握ると、レプターはバッと顔を上げて、真剣さと嬉しさの入り混じる表情を作った。


 そんなやりとりを目の当たりにしていた神官……いや、聖女であるカナタは、誰にも聞き取れない程の小さな小さな呟きを口にする。


「やっぱり、そうだわ……やっと、出会えた……」


 今ここに、勇者と聖女……そして魔族。


 彼女が行使した勇者召喚サモンブレイヴから始まった……この物語のピースが揃ったのだった。


 ――三人の、亜人ぬいぐるみを除いて。

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