第152話 依頼の報酬と邪神との契約
海運ギルドへ到着するやいなや、ちょっと待ってろと何処かへ出かけてしまったオルコが、
「悪ぃ、待たせちまったな」
大きな扉を開けながら、片手を添えつつ頭を軽く下げてそう言うと、ソファーに座っていたウルは、
「いや構わねぇが……ん? あんたは?」
気にすんな、とクルッと扉の方を振り向いたが、そんな彼女の視界に見覚えの無い
彼女はウルの言葉を受けて、その場でいかにも育ちの良さそうな一礼を見せてから、
「初めまして。 私はグレース=マルフェと申します。 若輩の身ではありますが町長として、ファタリアさんやオルコさんと共にショストの纏め役を務めさせていただいてます。 以後お見知りおきを」
左側頭部で結われた青髪を揺らして、グレースと名乗ったその細身の女性は、ドルーカの領主であるクルトと同様に前町長だった父親を早くに亡くし、町長の座を継いだばかりだと語って、至らぬ点もあると思いますがと懇切丁寧に自己紹介をしてみせた。
「あら、ご丁寧にどうも……聞いてるとは思うけれど、私が
「もう一人、
一方、座ったままの姿勢ではあるが、彼女の丁寧な挨拶に思わずかしこまってしまっていた二人はというと、元より丁寧なハピはともかく、ウルまでもがそこそこ真面目な様子でそう口にする。
「えぇ、楽しみにしておきます……改めましてこの度は、海賊団の殲滅及び……船長二人の捕獲、本当にありがとうございました。 感謝の念に堪えません」
オルコに部屋へ通されソファーに腰掛けたグレースはニコリと笑って返した後、その笑顔とは全く対照的な冷ややかな視線を縛られたまま床に座らされていた二人の船長へ向けてから、再びウルたちに向き直り、深く頭を下げて謝意を示した。
「そんなに頭下げなくてもいいって。 あたしらは海を渡りたかっただけで、それを邪魔するこいつらをぶっ飛ばしたに過ぎねぇんだからよ」
それを受けたウルは、今回の事は色々偶然が重なっただけなんだと言って、暗に気にするなと伝えたが、
「それでも、です。 この者たちのせいで一体どれだけの漁師や商人、冒険者たちが犠牲になったか……貴女がたは、その負の連鎖を止めて下さったんですよ」
一方のグレースは首を横に振り、若輩とは思えない程の強く鋭い視線で船長たちを射抜きつつ、膝の上に置いていた両の拳を握りしめてそう告げる。
そうかもしれねぇが、とウルが呟いていたその時、ところで、と彼女が話題を切り替えんと口を
「ここに来るまでの間、オルコさんとも話したのですが……今回の
大きなソファーに座るオルコにチラッと視線を送って、机に腰掛けるファタリアにも同意を求める様にニコッと笑みを浮かべてみせた。
「ん? うちは勿論通常通りの報酬と……あんたら三人の
あんたらも何か用意するの? と煙を吐きつつ問いかけると、オルコとグレースは顔を見合わせ頷く。
「色々考えたんだがなぁ、俺はお前らに船をやる事にした! つっても俺の船じゃなく、他所からも職人を呼んで……すっげぇ船を用意してやるぜ!」
「私からは……その船の造船費を全額負担、という形で報酬を支払わせていただきます」
そして、オルコが大きな両腕をバッと広げ、楽しみにしてろよ! と満面の笑みでそう口にして、そんな彼女の言葉に補足する様に、懐から小切手の様な小さな紙を取り出しウルたちに差し出してからそう言った。
「おぉ、いたれりつくせりで……ん? どうしたハピ」
それを見たウルは上機嫌な様子で、真っ先にその紙を受け取ろうとしたが、そんな彼女をハピがスッと手で……翼で制し、ウルは思わず疑問の声を上げる。
「……私たちに支払うくらいなら、この町の復興に充てるべきなんじゃないかしら」
ハピはウルとは違い、自分たちに過分に支払う余裕があるなら、ボロボロなショストの家屋や各ギルドの修繕などに回した方が良いのでは、と考えていた。
そういやそうだな、とウルが納得していると、グレースは再び首をゆっくりと横に振ってから、
「心配して下さってありがとうございます。 ですが、大丈夫ですよ。 当面の問題は貴女がたが解決して下さいましたから。 時間はかかるでしょうが、いずれまた元の活気ある港町に戻る筈です。 私たちからの感謝の証、受け取ってはいただけないでしょうか」
「……そこまで言うなら」
この町の住民たちは決して軟弱ではありません、と確かな声音と表情でそう告げられた事で、ハピは軽く溜息をついてから頷き、控えめに小切手を受け取る。
「ありがとうございます。 では……貴女がたは何やらこの者たちに聞きたい事がある様ですし、私はこれで失礼しますね……処遇は、また後程決めますので」
「「……」」
一方のグレースは
そして、グレースが退室してからしばらく静寂が部屋を包んだが、ハピがふいっと船長たちに顔を向け、
「……さて、漸く本題ね。 聞かせてもらえるかしら? 貴女たちが交わしたっていう……邪神との契約を」
「「……!」」
淡々とした口調と声音でそう告げると、一方の二人はついに来たかと息を呑んでいたものの、
「「……!?」」
そんな彼女たちとは全く違う理由で、ファタリアとオルコが目を剥き呆気に取られてしまっている。
「ま、待て! 邪神だと!? どういうこった!」
ハピが語り出す前にバッと腕を伸ばし、大きな声で当然の疑問を口にしたオルコに対して、
「どういうも何も……こいつらは正体知らねぇままに邪神と契約して力を貰ってたらしいんだ」
ウルは船長たちとオルコを交互に見遣って、心底興味無さげにそう言ってのけた。
「……成る程、ねぇ。 あの時……っていうか、今もヒシヒシと感じてるこの妙な力は、邪神のものだったのかい。 まぁ普通に考えるなら……水の邪神かな」
そんな中、ファタリアはそんなウルの雑な説明でも、初めて二人を見た時から感じていた肌を刺す様な感覚について理解し、しめやかにそう呟く一方で、
「貴女たちは、普通に知ってるのね。 邪神の存在を」
やはり、というか五百歳なら知っててもおかしくないだろうと考えてはいたものの、オルコでさえ『邪神って何だ?』とは聞いてこなかった事で、共にある程度の知識があるのかと判断したハピはそう口にする。
「……まぁね。 といっても、あたしらみたいにある程度長く生きてる奴しか知らない筈さ」
その言葉を受けたファタリアは、
「それで? 何でお前たちはその契約について知りたがってんだ? まぁ俺も気になるっちゃあなるが」
存在こそ知っていても、ファタリア程の知識は無いオルコが腕を組み、首をかしげて問いかけた。
するとハピは覚悟を決めるかの様に、ふーっと長めの息をついてからパサッと前髪を掻き上げて、
「……私の眼、左右で色が違うの分かる?」
シミ一つ無い綺麗な
「……あぁ、みたいだな……で?」
されど、それが一体邪神とどう繋がるのか全く要領を得ないオルコが首をかしげる一方、ファタリアは何か嫌な想像でもしてしまったのか顔を顰めている。
「元々私、両眼とも緑色だったの。 でもある時からいきなり右眼だけが黄色になって、どうしてだろうって考えた時に……思い当たったのよ」
そんな折、掻き上げていた前髪を戻し、サッサッと指で梳きながらローアと共に辿り着いたその考えを口にしようとして、もう一度深く長く息をついた。
……そして。
「私たち、リフィユ
「「「「……はぁ!?」」」」
ハピが真剣な表情と声音で打ち明けたその事実に、衝撃を受け思わず声を荒げたのはファタリアとオルコだけでは無く、身体を縄で縛られ床にへたり込んだままの二人の船長もまた同様に目を剥き驚いている。
「な、何だそりゃ……! ファタリア、邪神ってのは殆ど人前に現れず、影から世界を掌握しようと企む連中だって俺は聞いてたんだが……!?」
そんな中、真っ先に我に返ったオルコが、かつて両親から聞いた話をそのまま大声で口にして、自分より遥かに長く生きているファタリアに問いかけた。
「……あたしも、そう思ってたよ。 で? その邪神はどうなったんだい? まさか、とは思うけど……」
見た感じは冷静であっても内心驚き続けていたファタリアは、見逃してくれたとも思えないし、と若干震えの残るその声でおそるおそる確認しようとする。
「あぁ、倒したぜ」
特に笑みなどを浮かべる事も無く代表してウルがそう答えると、ファタリアたちはとことん呆気に取られてしまった様で、ポカンと口を
「何よ、それ……! 邪神より強いなんて、そんなの私たちが敵う筈無いじゃない……!」
「最初から負け戦だったってか……馬鹿馬鹿しい」
その一方、ファタリアたちと同じく驚いていたポルネが悔しげにバンッと床を叩き、カリマがウルたちに挑んでしまった自分たちを嘲る様に力無く笑う中、
(……倒したのはあたしらじゃねぇがな)
討伐したのは望子……の様な何かである事と、その時自分は無様に気絶していた事を思い返して、されどそれを口にはせずにコソッと溜息をつくに留まる。
「その時に私、邪神の力を受けたせいで短期間だけど支配下に置かれてたの。 それでこうなっちゃったんじゃないかって思ってね。 だから少し気になったのよ、この二人が交わした契約っていうのが」
あまり思い出したくは無いのだろう、ハピは渋面を浮かべてそう語ってから、改めて船長たちに鋭く……そして妖しく光る眼を向けると、二人は伏し目がちに顔を見合わせつつも、どちらからともなく頷いた。
……既に心を完全に折られていた二人は、想像以上に素直になってこれまでの
自分たちが元々は互いに敵対する海賊団の船長だった事、されど想い合う恋仲にあった事、その事実を
「……あの人は、こう言ったわ。 『いずれ私はこの世界の海を、そして全ての水を支配する。 死にたくなければ、私の尖兵となりなさい。 勿論、その為の力はあげる。 ありがたく受け取るといいわ』って」
二人での逢い引きの
「って事は、風に続いてそいつも女か……良く分かんねぇが、随分と勝手なやつだったんだな?」
一方、ポルネの言葉を黙って聞いていたウルが、水の邪神も女性という大して役に立ちそうに無い情報を呟いてから、邪神の傲慢な物言いについて尋ねる。
「……今思えばなァ。 だがあの時のアタシらは、とにかく力を欲してた……二人一緒になる為に」
「カリマ……」
カリマはウルに同意しながらも舌を打ち、目的の為に手段は選んでられなかったんだと口にして、そんな彼女にポルネは、自分も同じ気持ちだとばかりに縛られたまま身を寄せて、小さく彼女の名を呟いていた。
そんな中、二人の慕情など心底どうでもいいと考えつつも、いつか私も望子と……と、図らずも浮かんでしまったまるでフィンの様な思考を振り払ってから、
「……まぁ、大体分かったわ。 私の眼の事も、やっぱり邪神の影響なんでしょうね」
「確かな事は言えないけれど……そうだと思うわ」
改まってそう呟いて、一方のポルネは下半身の触手を器用に動かし、それを見たカリマも同じ様にして、私たちがそうだったんだものと眼帯をめくり、ポルネは右の、カリマは左の……群青色の目を露わにする。
ポルネはともかく、カリマの目は今初めて見たウルは、まぁこいつもそうだよなと改めて思いつつ、
「で、これくらいか? 聞きたい事は」
いい加減面倒臭くなってきていた為、もういいだろと付け加え、チラッとハピの方へ視線を送った。
「……そうね、もう充分よ……後は、お願いしていいかしら……? ちょっと、疲れちゃったわ……」
「あぁ、どうなるかはまだ未定だけど……正式に決定するまでは牢に入っててもらうよ」
するとファタリアは葉巻を小さな灰皿にグリグリと押しつけつつ、五百歳の貫禄が如実に感じられる鋭い視線でポルネたちを射抜いてそう告げると、
「……えぇ」
「くそォ……」
極刑は免れないでしょうね、とポルネは全てを諦めた様に小さく返したが、カリマはというと、折角一緒になれたのに、と未練がましく悪態をついていた。
「んじゃ、あたしらはこれで失礼するぜ。 大して疲れちゃいねぇが、眠いっちゃあ眠いしな」
そして話も漸く一段落ついた事でウルが軽く欠伸をしながら、傷もないのに満身創痍といった様子のハピに肩を貸して立ち上がらせつつそう口にする。
「あぁ! 改めて……本当にありがとうな!」
「しっかり休むんだよ」
瞬間、オルコがバッと立ち上がり、ファタリアもスイッと浮かび上がって口々に感謝と労いの声をかけ、
「おぅ、どういたしまして。 また後日な」
ハピが力無く笑みを見せて手を振る中、ウルはニカッと笑ってそう言って、海運ギルドを後にした。
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