第151話 ぬいぐるみの帰還

 一方その頃、夕方のショストの港には住民の殆どが集まり、町に近づいてくる二隻の船を見ながら、不安と期待を胸にガヤガヤと騒ぎ立ててしまっていた。


 それも無理はないだろう、遠方に見ゆるその船はかたや海運ギルドのギルドマスターが所有する大きな帆船と、かたや露骨に海賊の物と分かる髑髏が描かれた黒い帆を掲げた帆船だったのだから。


「――ファタリア! あいつらが……ウルたちが戻ってきたってのは本当か!?」


 そんな折、ギルドの職員たちから報告を受けて、その巨体にそぐわない速さで走ってきたオルコが、先に港へ着いていたファタリアに息を切らして尋ねると、

「……あぁ、あたしもついさっき聞いて、急いでここまで飛んできたんだけどねぇ……ほら、あれ」

 小さな自分にグイッと顔を寄せてきた彼女に辟易へきえきとしながらも、ファタリアは火のついた葉巻を海の方へ向けて淡々とそう答えてみせた。


「んん……? おぉ! あれはまさしく俺の船……と? あの髑髏の帆は、まさか……!?」


 一方、どれどれとオルコが海を見遣ると、遠目にとはいえ確かに彼女の船が見てとれたが、何故かその隣には明らかに悪寄りの帆を掲げた船が並んでおり、彼女は思わず目を剥き呆然としてしまう。


「海賊船、だろうね。 討伐の証明のつもりで持って帰ってきたんじゃないか、とあたしは思うんだけど」


 だがそんなオルコとは対照的に、至って冷静な様子のファタリアが紫煙をくゆらせそう告げると、

「成る程、という事は……!」

 特に思案する事も無く納得したオルコは、期待に胸膨らませもう一度海の方へ視線を向ける。


「おーい! ファタリアちゃん!オルコさーん! 海賊、倒してきたよー!」


 次の瞬間、そんな明るい声が彼女たちの元へ届き、船の船首付近で手を振る青い人魚マーメイドが見えて、

「この声は……フィンか! よくやった! 流石は俺が見込んだ冒険者たちだ! あっはっは!!」

「……うっさ」

 町の住民たちが喜びを露わにする中、一際大きな声でそう叫び高笑いするオルコの声に、ファタリアは葉巻を咥え、耳を両手で塞ぎながら小さく呟いていた。


 しばらくして、二隻の船は無事着港し、乗船する時にも利用した木製のタラップから亜人ぬいぐるみたちがスタスタと、或いはフワフワと下りてきて、

「戻ったぜ。 出迎えご苦労様だな」

 ウルが三人を代表して、よっ、と片手を上げて挨拶がてらに人混みの先頭に立つ二人に声をかけた。


 それを受けたファタリアは、三人の元へスイッと飛んであまり似合わない柔和な笑みを浮かべつつ、

「お帰り。 まさか、こんなに早く戻ってくるとはねぇ。 海賊船あれを見れば大体の事は分かるけど……あんたらの口から改めて、聞かせてくれるかい?」

 彼女たちを労いながらも、ギルドマスターらしくちゃんとした報告を要求すると、喜びの声を上げていた住民たちも一様に口を閉じ、三人へ視線を送る。


 すると三人は一瞬互いに顔を見合わせ、ニコッと笑ったかと思うと再びウルが口をひらき、

「……まぁ見ての通りだし、さっきこいつが馬鹿みてぇに叫んでたが……海賊、討伐成功だ」

 最初に海賊船へ顔を向け、次にフィンの方を向きつつ彼女の頭をクシャッと撫でた後、その場にいた全員を安堵させる晴れやかな笑顔で成果を告げた。


 ――瞬間。


「「「「……うぉおおおおおおおお!!」」」」


 屈強な海の男たちの喜びの咆哮が辺り一面に響き渡り、フィンとファタリアは思わず耳を押さえる。


 ……その中にはこれまで海賊たちの手により身内や親しい人が犠牲になった者たちもおり、彼、或いは彼女たちは喜びと、そして哀しみから涙を流していた。


「約束通り、船を返しに戻ってきたわ。 これから先の船旅の良い予行練習になったわよ、ありがとうね」


 そんな中、未だ本調子では無い様子のハピが若干顔色も悪いままにオルコに近寄り礼を述べたが、

「なぁに気にすんなって! 船もそうだが、お前たちが無事で何よりだ! 期待以上だったぜ、奇想天外ユニークよ!」

 一方のオルコはハピの体調の悪さには全く気づいておらず、バシバシと大きな手で彼女の背を叩き、三人の大活躍を満面の笑みで称賛する。


「へへ、まぁな。 で、あの船なんだが……」


 それを受けたウルが得意げにしながらも海賊船の方へ顔を向けると、あぁ、とオルコが声を上げて、

「あれは討伐証明に持ち帰ってきたんだろ? 心配しなくてもこっちで処理して……ん? 何だこの臭い……」

 ファタリアの推測をそのまま口にしたのだが、ウル程では無いにしろ人族ヒューマンよりは優れている彼女の嗅覚に、何かが腐った様なツンとえた臭いが届いた。


 その言葉で色々と察してしまったウルは、随分とバツが悪そうに、あー、と声を出して、

「……悪い、もしかしたら船だけじゃ足んねぇかと思ってよ。 海賊たちの死体……いや、遺体? を一つ残らず持ち帰ってきたんだが……いらねぇか?」

 改めて海賊船の方へ目をやり、そこへ乗せられているのだろう、少し前まで船員クルーたちだった何かの存在を明らかにしてガリガリと頭を掻く。


 事実、フィンが彼らに注いだ魔族の力は既に回収済みではあったが、途方も無い悪の因子に身体をむしばまれた彼らの殆どは、白骨死体もかくやという程の酷い状態となっており、死んでから然程時間も経過していないにも関わらず死臭を放ってしまっていた。


 ……最も、幸運にもここは人族ヒューマン中心の町であり、その臭いに気がついたのがオルコとファタリアだけだった為、パニックにはならなかったが。


「い、いや、証明としては充分過ぎるくらいだぜ……そっちの処理は任せていいか? ファタリア」


 オルコが鼻を覆いつつ、一体どんだけいるんだろうなと考えながら、船の方はこっちでやるからとファタリアにそう頼み込むと、

「……全く気は進まないけど、任されたよ」

 彼女は深く溜息をついて、どうせやるのはあたしじゃなくて冒険者たちだし、と脳内で呟いてから、心底面倒臭そうな表情でオルコの頼みを受け入れた。


「ごめんなさいね。 それと……もう一つ持ち帰ってきたものがあるのだけど……」


 一方、自分がやった事では無いとはいえそれでもとりあえず謝意を示したハピだったが、ついでだからともう一つ、彼女たちが証明にと持ち帰ったあの二人について口にしようとした。


「……いや、ここじゃあちょっとまずいかしら」


 だが、海賊たちに強い憤りをいだく住民も少なからずいるだろうこの場で、諸悪の根源たる船長を捕まえてきたなどと言ったら……と考え、彼女は小さく呟く。


 そんな彼女の呟きを聞き逃さなかったオルコは、それで全てを察した様子でハッとした表情になり、

「……! 皆、感謝したいのも分かるが彼女たちは討伐依頼クエストを終えたばかりだ……まずはしっかり休んでもらおうじゃねぇか。 それからでも遅くはねぇだろ?」

 その場へ集まり、ウルたちへ謝意を伝えていた住民たちへ向けて、いつもとは違う真剣な声音でそう伝えると、確かに、と住民たちは納得し、一人、また一人と改めて感謝しながらその場を後にした。


 その場にウルたち三人と二人のギルドマスター、彼女たちが信頼出来る数人の職員たちだけとなった頃、

「……それで? やたら小声だったけど、さっき言ってたもう一つ持ち帰ってきたものってのは一体――」

 ファタリアが煙を吐きつつ、先程ハピとオルコが口にしていた話へ軌道修正しようとしたのだが――。


「ねぇねぇ、みこは何処? ……あ、ローアも」


 何故か港についてから、特に言葉を発さずきょろきょろとしていたフィンが、ここにいない望子……と、ついでの様にローアについても尋ねると、

「……あぁ、あの二人なら少し前にあたしんとこに来て、依頼クエスト受けて山に行ったよ。 『みんながんばってるんだし、わたしもなにかしたい』って言ってたけど」

 話の腰を折られたファタリアは少しだけ顔を顰めはしたものの、彼女たちとは異なり山での討伐依頼クエストを受注していった二人の少女を思い出してそう答える。


 それを聞いたウルたちは、受付で頑張って背伸びしながらキリッとした表情で依頼クエストを受注したのだろう望子の姿を思い浮かべてほっこりしていたのだが、

「山ってボクたちが下りてきた山だよね? じゃあボクそっち行ってくる! 後はよろしくねー!」

 唐突にフィンがニコッと笑ってそう言ったかと思えば、ビュンッと宙を泳いで山の方へ向かってしまう。


 それを見ていたウルとハピは、それぞれ呆れて物も言えないといった様子を見せていたものの、

「で、もう一つって何の事なんだ? 町の奴らがいちゃあ話しにくかったんだろ?」

 そんな彼女たちに、今度こそ話を切り替えるべくオルコが辺りを見回しながら問いかけると、

「えぇ、実は……いや、見てもらった方がいいわね」

「「……?」」

 ハピは一瞬その問いかけに答えようとしたが、ふるり、と首を横に振ってからそう呟いて船の方へ歩みを進め、一方のファタリアとオルコは彼女の行動も言葉もいまいち理解出来ずに揃って首をかしげる。


 怪訝な表情を浮かべる二人と、何があるのか分かっているからこそ面倒臭そうな表情を湛えたウルを連れ立って船へ乗り込んだハピが、

「さぁ、入って」

 疼く右眼を押さえつつ乗員室に繋がる扉を開くと、そこには二人の人魚マーメイドが俯いて座り込んでいた。


 乗員室へ通され、その二人を見たオルコとファタリアは未だ首をかしげていはしたものの、

「 ……っ、まさか!」

「あー……確か、船長は二人いたんだっけね」

 ほぼ同時に何かを察した様で、オルコは目を剥き、ファタリアはウルと同じく面倒臭そうにそう呟く。


「あぁ、察しの通り……捕まえてきたんだよ」


 彼女たちの反応を見たウルが、はぁ、と深い溜息をつきながら、こいつが言い出したんだがな、とハピの方へ親指をクイッと向けてそう言うと、

「ちょっと個人的な都合でね。 それが終わったら引き渡すから、その後は好きにしていいわよ」

 個人的な都合……つまりは、彼女たちの中にある邪神の力、何より契約について聞き出す為だ……とは口にしなかったが、二人の引き渡しだけは約束した。


 オルコは、そうかと納得した様子だったが、一方のファタリアは、んー、と少し唸っている。

「……その都合ってのは、あたしらが聞いていい事? それとも……言えない様な事かい?」

 御年おんとし五百歳であり、魔術にも、そしてそれ以外の事に関してもある程度聡い彼女は、目の前の二人から何か奇妙な力を強く感じ取っていたのだった。


 するとハピは軽く俯き思案していたものの、以前ローアから邪神の存在について聞いた時、ここ百年の間は表立っての動きは無いと語っていた事を思い出し、

「……いえ、大丈夫よ。 ただ、あまり大事おおごとにはしたくないのだけど……」

 共に百を超えているこの二人であれば、何かを知っているのではと考え、他言しないのであればと付け加えてから控えめにそう告げる。


 ちなみにオルコは、御年おんとし二百と五十歳。


 ……丁度ファタリアの半分の年齢であった。


「それなら、俺んとこで話そうぜ! まぁファタリアんとこでもいいが、あそこは俺にゃあ狭すぎるしな!」


 そんな折、オルコが豊満な胸をドン! と叩いて提案し、さりげなく冒険者ギルドにケチをつけると、

「……あんたんとこが無駄に縦長ってだけだろうに」

 ファタリアは対抗する様にジトッとした視線を送って、二本目の葉巻に火を着けていた。


 その後、オルコは部下にあたる職員たちに向けて海賊船の解体をする様に言いつけ、同じくファタリアも職員たちに、海賊に敗けた冒険者を駆り出して、報酬を出すから死体の処理をさせる様にと指示を出す。


 そして話が一段落つき、軟体動物であるオクト烏賊スクイッドを縄で拘束する意味があるかは分からないが、亜人族デミだしいけるだろと二人を縄で縛ってから、

「んじゃ行くか。 おい、余計な抵抗はするなよ」

 人目につかない道を通って行こうとのオルコの提案の元、歩を進めようとしたウルが二人を軽く脅すと、

「わ、分かってるわ……」

「……しねェよ今更」

 彼女の予想以上に二人の心は折れていた様で、伏し目がちに小さく答えたのだった。

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