第150話 進路を港町へ

 フィンが海底のアジトにて二人の船長を追い詰めていた頃、ウルとハピはそれぞれ炎と風を用いて、海に浮かぶ船の残骸や船員クルーの死体を片付けていた。


 まずはハピが軽めの竜巻を起こして、大量の死体を巻き上げて壊れていない方の海賊船へ乗せたのを確認してから、ウルは片手を前に……海の方に伸ばす。


「威力を、弱めに……『焼球しょうきゅう』」


 以前、ハピの冷気と自分の炎がぶつかった時に大規模な爆発が起きた事を覚えていた為か、最低限船の残骸を焼失させられる程度の火力に抑えた炎の球体をじわじわと海面に近づけて、灰も残さず焼き払った。


 辺り一面に漂う焦げ臭さに顔を顰めながらも、周辺を見回し焼き残しが無い事を確認するやいなや、

「……はぁ、何か無駄に疲れたな」

 ウルが深く大きな溜息をつき、落水防止用の柵に寄りかかっていると、ハピも同じ様に軽く息を吐いて、

「ふぅ、そうね。 それにしても……やっぱりあの、とんでもないわよね」

 の当たりにしたフィンの無慈悲なまでの力に、改めて少しの羨望と畏怖を込めてそう口にする。


「ん? あぁまぁ……そうだな。 一応あいつには言っといたが、ありゃあミコには見せらんねぇよな」


 その一方、既にフィンへの忠告を済ませていたウルは、彼女の呟きに同意しつつも腰に着けていた革袋から水筒を取り出して、あらかじめハピに冷やしてもらっておいた葡萄酒ワインを飲んでいた。


「確かにね……ぅっ!」


 完全に気を抜いているウルに呆れながらも、同調する様に頷こうとしたハピが小さく唸って、突然右眼を手で覆い、そこから漏れ出る光を視認した事で、

「……痛むのか?」

 聞くまでも無いだろうが、念の為にとウルが柵から離れて彼女に近寄りそう口にすると、

「え、えぇ……多分、フィンが戻ってきてるんだわ。 あの二人を、生きたまま捕らえて……」

 露骨に顔色が悪くなったハピは海の方へスッと視線を向けてから、静かな声音でそう告げて――。


 次の瞬間、ほんの少しだけ海面がへこんだかと思うと、そこから一人の青い人魚マーメイドが飛び出して、

「……ぷはーっ! ただいま! ちゃんと殺さずに捕まえてきたよ! ほら見て見て!」

 そのままの勢いで高く跳躍し、一対いっついの鮫と共に甲板へふわっと降り立った途端、彼女は豊かな胸を張りながら得意げに自らの成果を披露する。


「鮫、か……お前、こんなのも出来たのか?」


 だが、水の鮫に二人が飲み込まれている事よりも、そもそも鮫がいる事自体に驚いていたウルが、体調の優れないハピに代わって問いかけると、

「へへ、まぁね。 ほい、お疲れー」

 フィンはその表情を更に明るくさせながら、もう役目は終わったとばかりにパンッと手を叩き、一瞬のうちに飲み込んでいた二人を残して鮫を消してみせた。


「意識は……無いみたいね。 起きるのを待ってあげる理由も無いし、このまま町まで戻りましょうか。 フィン、悪いけど操舵任せてもいいかしら……」


 そんな折、倒れている二人にふらふらと近寄っていったハピが彼女たちを覗き込み、完全に喪心している事を確認してから、提案とお願いを口にする。


「え? あぁそっか。 了解、任せといてー」


 一瞬、何で? と考えていたフィンだったが、そういや体調悪いんだっけと思い出し、サムズアップしてから見張り台までびゅんっと浮上して、大鬼帆船オグロ・ベレーロと海賊船……二隻同時に操舵する為、波を操り始めた。


 しばらく海上を進んでいた時、二人のうち赤い触手を生やした亜人族デミがゆっくりと身体を起こし、

「……ぅ、うぅ……ここ、は……?」

 にわかに痛む頭を軽く振って、力無くそう呟いた声に気づいたウルが彼女を見下ろしながら、

「やっと起きたか……ここはあたしらが乗ってきた船の上だぜ? 蛸船長よぉ」

 よくもまぁすやすやと、とケチをつけつつも、若干茶化す様にそう言って彼女へ視線を向ける。


 一方、蔑称にしか聞こえないその呼び名に反論しようとしたポルネだったが、

「誰が蛸船長、よ……!? あ、貴女……さっきの……っ、待って! カリマは!? カリマは何処に……!」

 それが自分たちを壊滅させた人狼ワーウルフの言葉だったと知るやいなや、彼女はビクッと身体を震わせつつも、自分と同時に捕まった筈の恋人の姿が視界に無い事に気づいてあたふたしてしまう。


 そんな彼女に対し、落ち着けだとか大丈夫だとか、優しい言葉をかけてやる筋合いなど無いウルは、

「っせぇな……相方の事を言ってんなら、お前の後ろで転がってんのがそうじゃねぇのか」

 バタバタされるのも鬱陶しいと思い、ポルネの後ろで未だ目覚めぬカリマを指差してそう言った。


「っ! カリマ! 生きて……る? よ、良かった……」


 するとポルネはウルが指差した先に転がっていたカリマを見た瞬間彼女に抱きつき、その豊かな胸に耳を当て確かな心音を感じた事で、心底嬉しそうに、そして愛おしそうに笑みを浮かべつつも涙を流す。


「あたしは正直お前らの生き死になんかどうでもいいんだが……まぁいいや、おいハピ! 蛸が起きたぞ! 聞きてぇ事あるんだろ!」


 そんな彼女とは対照的に極めて冷めた視線で二人を射抜き、船内で身体を休めているハピに知らせようと大声で叫び、ポルネは思わず身体を震わせる。


 しばらくすると、ゆっくり乗員室の扉がひらき、顔色も……機嫌すらも悪そうなハピが現れて、

「……そんなに叫ばなくても聞こえるわよ。 むしろ貴女の大声で体調が悪化するまであるわ」

 ギロッと鋭い視線をウルに向けつつそう言うと、ウルはバツが悪そうに露骨に目線を逸らしていた。


「まぁそんな事より……ポルネ、だったわね? いくつか聞きたい事があるのだけれど……いいかしら」


 閑話休題、とそんな風に話題を切り替えたハピが、カリマを優しく抱えているポルネを見遣って、明らかに辛そうな表情を湛えたまま声をかけたのだが。


「っ、ちょ、ちょっと待って……! 貴女の質問に答えるのはいいわ。 でもその前に、私からも一つ確認したい事があるの……聞いても、いい?」


 ポルネは彼女を片手で制して、目の前の鳥人ハーピィを初めて見た時からずっと気になっていた事を先に聞かせてほしいと頼み込み、その一方で特に断る理由も思いつかなかったハピはそれを受け入れる。


 するとポルネは一度深呼吸をして自分を落ち着かせてから、ぷるんとした唇をひらいて、

「貴女も……あの人と、もしくはあの人の仲間と、契約をしてる……のよね……?」

 極めて神妙な表情と声音で、脳内に恐ろしいを浮かべておずおずと問いかけたものの、

「……契約? 何の事かしら」

 てっきり邪神の加護がどうのこうのと聞かれるんだろう、そんな風に思っていたハピは、彼女の口から出た言葉にカクンと首をかしげてしまっていた。


 だが、予想外に感じていたのは何もハピだけでは無かった様で、ポルネはクワッと目を剥いて、

「え……!? そ、それじゃあその眼は何!? 私たちと……同じなんじゃないの!? ほら!」

 空いた片手でハピを……正確には、ハピの右眼を指差してそう叫んだ後、彼女は自分の右目に付けていた豪華な眼帯を勢いよく外し、その目を露わにする。


 ――そこには、薄紅色の左目とは全く異なる深い深い水底の様な……群青色に輝く瞳があった。


 ハピは一瞬その表情を驚愕に染めたものの、も予想の範疇ではあったのか軽く息をついてから、

「……やっぱりあの時視えたのは、間違ってなかったのね……邪神の加護って」

「え、じゃ、邪神?」

 誰に語りかけるでも無い様な口調でそう呟くと、途端にポルネはきょとんとした顔になったかと思えば、今度はその顔色をサァッと青くしてしまう。


「あの人が、邪神……!? た、確かにそう言われてもおかしくない程の力と外見だったけれど……!」


 ハピの言葉からその事実を察してしまった彼女は、鮮明に思い出せるその存在の姿にかつて以上の恐怖をいだき、思わずカリマを抱える腕の力を強めていた。


「……そろそろ私からの質問に答えてくれる? といっても、今まさに聞きたい事が増えたのだけど……」

「……契約について、かしら」


 だが、そんな彼女の様子など露知らず、ハピが息を整えながら改めて問いかけると、ポルネは涙目になりつつもハピを見上げてそう呟き、一方のハピは至って真剣な表情をキープしたままこくんと頷いていた。


「ま、そうなるよな。 じゃあ、こいつ起こすか? なぁに、ちょっと焼いてやりゃあ……」


 そんな折、よーっし、と腕をグルンと回してそう口にしたウルが、炎を出現させてカリマに近寄ると、

「ま、待って! これ以上傷つけるのはやめて!」

 一方のポルネは、未だ目覚めぬカリマをぎゅっと抱きしめ彼女を守らんとしたのか、思わず比較的無事な触手をマスケット銃の様に変化させてしまう。


 それを見たウルはカチンときて、船を破壊せんとばかりの勢いでドンッ! と甲板を踏みしめて、

「あぁ!? お前らもこれまで散々略奪だの何だのやってきたんだろうが! それが今更何言って――」

 ポルネの綺麗な桃色の髪をグシャッと掴み、ぁうっと唸ったポルネの事など気にもかけずに、彼女たちが犯してきた罪を自覚させようと叫んだのだが――。


「――『凍檻しおり』」


 ハピが小さくそう呟いた瞬間、ウルの足元からパキパキと音を立てて氷が忍び寄ったかと思うと、

「ぅ!? ぎゃあ! 何すんだお前ぇ!」

 それは一瞬でウルの頭を除いた全身を固め完全に拘束してしまい、極端なまでの冷たさと、それに伴う痛みに彼女は大声で苦言を叫び放つ。


 ……最も、本来であればこの凍檻しおり、この様な中途半端な拘束では無く、頭も含めた全身を一瞬のうちに氷で覆い、呼吸すら許さず自由を奪う魔術なのだが……今の絶不調な彼女では、これが限界だった。


 ウルの懲りない大声にも、上手くいかない自分の魔術にもとことん苛ついていたハピは、

「……フィンの事を色々言ってたけれど、貴女も大概人の話聞かないわよね」

 鋭い脚の爪の先から伸びていた氷をカツッと砕きながら、その冷たさからか段々眠くなってきていたウルを見遣って、げんなりとした様子でそう口にする。


「……続きは、町に着いてからでいいわ」

「え、えぇ……ありがとう」


 そう呟いたハピの視界には既に、小さくではあるものの港町の姿が映っていたのだった。

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