第149話 追撃と捕縛と

「さて、あっさり全滅した訳だが……どうすっか。 討伐の証明になりそうなもんとかないか?」


 もう自分たち以外に生きてる奴もいないだろうとウルが辺りをきょろきょろと見回しはしたものの、最早周辺には彼女の炎で焼け焦げ、かつバラバラになった一隻の海賊船と……もう一つの海賊船には傷一つ無くとも、甲板やその周囲にはフィンの魔術によって苦しみのうちに死んでいった船員クルーの死体が転がり……また、浮かんでいるだけであった。


「死体でも持って帰る? あぁいや、海賊船が一隻残ってるし、これをボクとハピで運んで……」


 その一方、フィンは形の良い唇に人差し指を当て、うーんと唸りつつそう提案し、振り返ってから今回の戦闘には参加しなかったハピに視線を向けると、

「……そういやハピ、お前もう大丈夫なのか?」

 ウルも同じく甲板に座り込むハピを見下ろして、彼女としては珍しい気遣う様な声音で問いかける。


「……まだよ」


 するとハピが、右眼を片手で押さえたまま神妙な表情で首をゆっくり横に振った為、

「マジかぁ、一体何が原因で――」

 体調は未だ優れないのだろうと判断したウルは、頭をガリガリと掻いて溜息をついたのだが、

「ぁ、ち、違うのよ。 右眼の事じゃ無くて……いや、その事でもあるのだけど……」

「? 何言ってんの?」

 それを見たハピはあたふたとしながらも、痛みと疼きに耐えて何かを伝えようとし、されどフィンには彼女が何を言いたいのか全く分からず首をかしげた。


 その時、ハピが気持ちを落ち着かせる為に一度深呼吸して、その口をひらいたかと思うと、

「……あの二人、邪神の加護を受けてるみたいなの」

 静かな、しかしハッキリとした声で彼女はそう告げて、そっと右眼を押さえていた手を外す。

 その右眼から溢れていた黄色の光は、二人の船長が近くにはいないからなのか少しだけ弱まっていた。


「邪神の……そう、視えたのか?」


 当分聞きたくは無かったそのワードに、片手で頭をかかえたウルが彼女の眼を見て聞き返すと、

「えぇ……だから私の右眼が反応したんだと思うの」

 ハピは再び右眼を覆い、こくんと頷いてから海の方を見遣って小さく答えてみせた。


「……まだ、生きてる? もしかして、海の底のアジトってところまで戻ったのかな……よしっ」


 それを受けたフィンもここで漸くあの二人が生きているのかもと考え、海底へ潜ったのなら自分の出番だとばかりに頷いた後、とある魔術を行使する。


「ぅおっ……それ、山でミコ探す時に使ったやつか」


 それはウルの言葉通り、リフィユざんにて矛を交えた風の邪神に望子が拐われた際に、彼女が望子を探す為に行使した音の魔術、究鳴きゅうめいであり、突然その身を叩いた音の波にウルは驚き声を上げた。

 

 一方のフィンは、集中している事もあってか特にウルの言葉に対して返答する事も無かったが、

「……あ、いた。 さっきの船長二人だけみたい。 ボクがサクッとぶっ飛ばしてくるよ」

 そう口にした彼女の脳内には、海底にあるという海賊たちのアジトまで逃げていた二人の亜人族デミの姿がハッキリと浮かんでおり、さっさと終わらせようと勇んで海へ飛び込もうとしたのだが、

「ま、待って……フィン、あの二人は捕まえてきて。 色々聞きたい事もあるし……何より、討伐の証明としては船より適してると思わない?」

 そんな彼女を息を切らしてハピが止めつつ、殺すのはやめてと暗に伝えてそう提案する。


「あー、まぁそうだね。 うん、そうする……でも」


 するとフィンは、んー、と唸って思案していたもののすぐに彼女の提案を受け入れたが、

「余計な抵抗してきたら、その限りじゃないけどね」

 その後、冷たい笑みを浮かべてそう言い残し、未だ海精霊ネレイスのいないその海へ飛び込んでいった。


「……一言多いんだよなあいつ」


 そんな彼女を見送ったウルは、一生治んねぇだろうな、と軽く溜息をついてからそう呟き、

「それじゃあ私たちは後片付けでもしましょうか。 まさか放置しておく訳にもいかないでしょうし、ね?」

 それを聞いたハピが、そうねと苦笑しつつ海上に浮かぶ船の破片や船員クルーの死体を見遣って提案すると、

「あぁ、そうだな……はぁ、めんどくせぇ」

 ウルはもう一度深く深く溜息をついて、さっさと終わらせてミコんとこ帰ろうぜと口にして、ハピも決して芳しくは無い体調を押して頷き立ち上がった。


――――――――――――――――――――――――


 そんなやりとりが海上で行われていた一方、海底に存在する巨大な二枚貝を模したアジトまで何とか逃げて、これまでに奪ってきた物を保管している場所へ辿り着いていた二人の船長はというと。


「ぐ、ぎィいい……! な、んなんだ、こりゃあ……あいつ、一体何を……ッ、がァああああ!!」


 かたや、その口から青とも黒ともつかない液体を吐き、全身に浮かんだ黒い斑紋に強い痛みを感じ、

「カリマ……っ! しっかりして! ほら、回復薬ポーションよ! 効くかどうかは分からないけど、飲まないよりは良い筈だから……ジッと、しててね……」

 かたや、業炎のいかりにより触手の一部が焼け落ちていたりと手負いというにはあまりに酷い状態ではあったが、それでもポルネは相方のカリマを気遣い、奪った積荷の中から回復薬ポーションを取り出し自分の口に含む。


「ッ、あ、あァ……んむッ」


 そしてカリマもそれを見て察したのか、意地で痛みに耐えながら……ポルネの口移しを受け入れた。


 カリマの喉がこくんと音を鳴らした事で、ちゃんと飲んでくれたと判断したポルネは唇を離し、

「……ぷはっ、どう? カリマ……」

 僅かに上気した頬を隠そうともせず、心配そうな表情を湛えてカリマの顔を改めて覗き込む。


 すると、ほんの少しだけ身体の黒い斑紋が薄まり、若干だが痛みも和らいだのだろうカリマが、

「……へへ、こんな状況じゃなきゃあ……情熱的だなッて言ってやるとこなんだが……」

 ポルネのプルンとした唇に指を当てて、力無い笑みを見せつつ茶化す様にそう言うと、

「もぅ。 そんな事言う元気があるなら大丈夫よね」

 ポルネはその手を軽く払い除けてからそう告げて、同じく商船から奪ったいかにも高価そうなソファーにカリマを寝かせていたのだが――。


(……私たち二人以外は全滅、したのよね……私が、あれを商船だと思ってしまったばっかりに……)


 ポルネは横たわるカリマを見つつ脳内でそう呟いて、心の底から今回の事を後悔していた。


(何が船長よ、何が同盟よ。 船員クルーどころか、恋人一人守れもしないなんて……)


 そう、ポルネとカリマは元々違う海賊団の船長でありながら、密かに想い合う恋人同士でもあったのだ。


 しかし一年程前、船員クルーたちの目をかいくぐって逢い引きをしていた二人の元へ、彼女たちが瞬時に勝てないと判断してしまう程、おぞましい数の真っ青な触手を生やした何某かが現れ、もと二人へ力を……加護を与えて海の果てへと去っていった。


 それからは、契約を履行する為に必要な事だからと互いの船員クルーたちを納得させて同盟を組み、大きな一つの海賊団として新たな旗揚げをしていたのだった。


「げほッ……なァ、ポルネ……これからどうする? ハッキリ言って……あれには勝てねェぞ」


 ポルネが思案にふけっていたそんな折、横になっていたカリマが咳き込んでから彼女へ意見を求めたが、

「……そう、よね。 でも……貴女だって分かってるんでしょう? 私たちは、逃げられないんだって」

 契約を忘れたの? と口にしてポルネが首を横に振ると、カリマはググッと上体を起こしてから、

「じゃあどうすんだよ……ッ! あいつらが全部終わったと思って帰っていくのを――」

 待つしかねェのか、と力無くポルネの肩に手を置き、そう叫び放とうとした。


 ――その、瞬間。


「――待つしかない、って?」

「「!?」」


 カリマの言葉を補足する様に、透き通った声が響いた事に二人が驚いて声の聞こえた方へバッと顔を向けると、そこには二人が今一番会いたくなかった青い海豚ドルフィン人魚マーメイド、フィンがふわふわと宙に浮かんでいた。


「見ーつけた……ここがアジトなんだねぇ。 旅してる身でなきゃ、こういう拠点があっても良さそう」


 フィンはきょろきょろとアジトを……もとい保管庫を見回しつつ呑気にそう口にして、

「な、何で……!」

 そんな彼女を見たポルネは信じられないといった様子でそう呟き、カリマも同じく目を剥き驚いている。


「何でって言われても。 ほら、ボクの仲間に鳥人ハーピィがいたでしょ? あのがね、キミたちがまだ生きてるって言うから確認してみたんだよ」


 しかしフィンはあくまで余裕を崩さず、何でも無いかの様にそう語り始めた事で、二人の脳内には海上で見たおそらく自分たちと同じ境遇にあるのだろうと考えた、亜麻色の鳥人ハーピィの姿が浮かんでいた。


「それでね? 海の底まで確認してみたらほんとに生きてるんだもん、びっくりしたよ。 だからこうやって捕まえに来てあげたんだ……面倒だけどね」


 そんな二人をよそにフィンは話を締め括り、もう説明はいいでしょ? と渦巻く水玉を掌に浮かべると、

「く、くそ……ッ! やるしかねェのか……!」

 カリマは意地でソファーから立ち上がり、息を切らして十本の触手を鋭い刀剣の様に変化させる。


 しかし、そんな彼女に対してスッと手を伸ばし、待って待ってと制したフィンが口をひらいて、

「今、捕まえに来たって言ったけど、それはボクの意見じゃ無いんだ。 だからもし抵抗するなら……ボクは今度こそ、ちゃーんとキミたちを殺すよ?」

「「……!」」

 冷ややかな……そして極めて悪辣な、決して望子には見せられない笑みを添えて告げられたその言葉に、二人は思わず揃って息を呑んでしまう。


 しばらく彼女たちは一様に俯き、それぞれが思考の海に溺れてしまっていたものの、

「……降伏、するわ」

「ッ!? おい、ポルネ……ぐッ!?」

 何かを決意したかの様に顔を上げたポルネがそう口にすると、驚いたカリマは声を荒げてしまい、それが原因かは分からないが再び痛みに襲われていた。


「その代わり……彼女を、カリマを元の状態に戻してあげて! 図々しいのは分かってるけれど……!」


 それで無くとも元々それを交換条件として提示しようとしていたポルネは、無理を言っているのは分かっていたが、最愛の恋人を助けたい一心でそう言うと、

「いいよ? それくらい。 どのみち回収しなきゃいけなかったんだし。 上の死体からもね……っと」

「……ぐ!? ごぼッ!?」

「か、カリマっ!?」

 そんな切羽詰まった彼女とは対照的に、実に緩い感じで答えたフィンがパチンと指を鳴らすやいなや、カリマの口から青と黒の液体が泡の様に一気に吐き出され、それに伴い身体中の黒い斑紋は綺麗に消滅する。


「……げほッ、あ? 痛みが、消えた……?」

「な、治ったの? 良かっ――」


 諸悪の根源たる液体を一滴残らず吐き出したカリマが咳き込みつつも、苦痛が無くなった事に驚き、そんな彼女にポルネは嬉しそうに抱きつこうとした。


 ――が、それを許す程フィンは優しくない。


「それじゃあ捕まえるね? 『捕鮫とらざめ』!」


 両腕を彼女たちへ伸ばしてそう叫ぶと同時に、その両手の先から水玉が出現し、それは次第に丁度人一人飲み込めるサイズの水の鮫へと変化を遂げる。


「ちょ……っ!?」

「な、ァ……っ!?」


 亜人族デミであるとはいってもオクト烏賊スクイッドだという事実は変わらない以上、生物として天敵たる鮫の姿を見た瞬間二人の身体は強張ってしまい、一対いっついの鮫はあっさりと二人を飲み込み、傷つける事無く捕らえてみせた。


 降伏するとは言ったものの、何故か水の中で息が出来ない事に二人はあたふたと慌てていたが、

「よーし、任務完了! 早くみこのところに帰って沢山褒めて貰おっと!」

 そんな二人の焦りなど露知らず、フィンはグーっと背伸びしてから上を向いてそう口にしてから、一対いっついの鮫と共に海上を目指して泳ぎ始めた。

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